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第22話 もう一度 黙っててください
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夜明け前。
少年の容態は安定した。
熱は下がり、規則正しい寝息を立てている。
湯屋の休憩所には、安堵の空気が満ちていた。
「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます……!」
ノアが床に額を擦り付けるようにして泣いている。
周りの村人たちも、帽子を取り、畏敬の念を込めた眼差しで私を見ていた。
その視線が痛い。
温かい感謝の視線が、針のように肌に突き刺さる。
(やめて。そんな目で見ないで)
英雄になんてなりたくない。
「有能で慈悲深い領主様」なんて噂が広まれば、王都の教会派は間違いなく私を警戒し、刺客を送り込んでくる。
断罪回避のために積み上げてきた「無能」の石垣が、ガラガラと崩れ落ちていく音が聞こえるようだった。
私は冷え切った体で立ち上がり、わざと冷酷な声を作った。
「……うるさいわね」
一瞬、場が静まり返る。
「勘違いしないでちょうだい。私はただ、子供の泣き声が耳障りだったから、静かにさせただけよ」
「え……?」
「薬草? あれは私が美容のために使おうとしていたものよ。汚い火傷跡が残って、私の領地の景観を損ねるのが嫌だったの。感謝なんてお門違いだわ」
吐き気がするほどの暴言。
けれど、こうでも言わなければ、彼らの「期待」を断ち切れない。
ノアが呆然として顔を上げる。
その瞳が傷つくのを見て、私の胸も引き裂かれるようだった。
「リディア様、それは……」
村長が何か言いかけたが、私はそれを無視して出口へ向かう。
「二度と私を煩わせないで。……行こう、レージ」
私は逃げるように湯屋を出た。
外はまだ吹雪だ。
吐く息が白く割れて、風に千切れていく。
馬車までの雪道を歩く私の足取りは速い。
涙が出そうになるのを、寒さのせいにして誤魔化す。
これでいい。
彼らが私を「気まぐれで冷酷な貴族」だと思ってくれれば、噂は広まらない。
「助けてくれた」という事実さえ、恐怖で塗りつぶしてしまえばいい。
「……嘘がお上手ですね」
背後から、レージの声がした。
いつもより低い、地を這うような響き。
「あの方々は、心からあなたに感謝していました。それを、なぜ踏みにじるのです」
「生き残るためよ」
私は立ち止まらずに答える。
「感謝なんて毒よ。期待されれば、私はまた間違える。王都の時のように、正しいことをしようとして、殺されるのよ」
「だから、傷つけてもいいと?」
「そうよ! 誰も私に期待しないで! 放っておいてよ!」
叫んで、振り返る。
そこには、見たこともない表情のレージがいた。
いつもの微笑みは消え失せ、白手袋を嵌(は)めた拳が固く握りしめられている。
彼は一歩踏み出し、私を掴もうとして――寸前で止まった。
「……ッ」
彼が声を荒らげそうになり、喉の奥で無理やり飲み込む音が聞こえた。
その葛藤の激しさに、私は息を呑む。
彼は怒っている。
私にではなく、私にこんな嘘をつかせる世界そのものに。
「……馬車がお待ちです。お風邪を召されます」
長い沈黙の後、彼は感情を押し殺した平坦な声で言った。
その拒絶にも似た冷静さが、私の孤独をより一層深めた。
雪の白さが、目に染みて痛かった。
少年の容態は安定した。
熱は下がり、規則正しい寝息を立てている。
湯屋の休憩所には、安堵の空気が満ちていた。
「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます……!」
ノアが床に額を擦り付けるようにして泣いている。
周りの村人たちも、帽子を取り、畏敬の念を込めた眼差しで私を見ていた。
その視線が痛い。
温かい感謝の視線が、針のように肌に突き刺さる。
(やめて。そんな目で見ないで)
英雄になんてなりたくない。
「有能で慈悲深い領主様」なんて噂が広まれば、王都の教会派は間違いなく私を警戒し、刺客を送り込んでくる。
断罪回避のために積み上げてきた「無能」の石垣が、ガラガラと崩れ落ちていく音が聞こえるようだった。
私は冷え切った体で立ち上がり、わざと冷酷な声を作った。
「……うるさいわね」
一瞬、場が静まり返る。
「勘違いしないでちょうだい。私はただ、子供の泣き声が耳障りだったから、静かにさせただけよ」
「え……?」
「薬草? あれは私が美容のために使おうとしていたものよ。汚い火傷跡が残って、私の領地の景観を損ねるのが嫌だったの。感謝なんてお門違いだわ」
吐き気がするほどの暴言。
けれど、こうでも言わなければ、彼らの「期待」を断ち切れない。
ノアが呆然として顔を上げる。
その瞳が傷つくのを見て、私の胸も引き裂かれるようだった。
「リディア様、それは……」
村長が何か言いかけたが、私はそれを無視して出口へ向かう。
「二度と私を煩わせないで。……行こう、レージ」
私は逃げるように湯屋を出た。
外はまだ吹雪だ。
吐く息が白く割れて、風に千切れていく。
馬車までの雪道を歩く私の足取りは速い。
涙が出そうになるのを、寒さのせいにして誤魔化す。
これでいい。
彼らが私を「気まぐれで冷酷な貴族」だと思ってくれれば、噂は広まらない。
「助けてくれた」という事実さえ、恐怖で塗りつぶしてしまえばいい。
「……嘘がお上手ですね」
背後から、レージの声がした。
いつもより低い、地を這うような響き。
「あの方々は、心からあなたに感謝していました。それを、なぜ踏みにじるのです」
「生き残るためよ」
私は立ち止まらずに答える。
「感謝なんて毒よ。期待されれば、私はまた間違える。王都の時のように、正しいことをしようとして、殺されるのよ」
「だから、傷つけてもいいと?」
「そうよ! 誰も私に期待しないで! 放っておいてよ!」
叫んで、振り返る。
そこには、見たこともない表情のレージがいた。
いつもの微笑みは消え失せ、白手袋を嵌(は)めた拳が固く握りしめられている。
彼は一歩踏み出し、私を掴もうとして――寸前で止まった。
「……ッ」
彼が声を荒らげそうになり、喉の奥で無理やり飲み込む音が聞こえた。
その葛藤の激しさに、私は息を呑む。
彼は怒っている。
私にではなく、私にこんな嘘をつかせる世界そのものに。
「……馬車がお待ちです。お風邪を召されます」
長い沈黙の後、彼は感情を押し殺した平坦な声で言った。
その拒絶にも似た冷静さが、私の孤独をより一層深めた。
雪の白さが、目に染みて痛かった。
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