追放された聖女は旅をする

織人文

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17 北の国境を抜けて

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 ルルイエとジャクリーヌの旅は、順調だった。
 東方世界は西方世界と違って、中部以外には街道が整備されていない。むろん、国によっては主要な都市同士を結ぶ道が整備されているところもあるし、国境近くは大きな道路が敷かれている場合も多い。だが、東方世界全体をつなぐ趣旨で造られた街道は、交易都市ミルカから東方世界の中央を貫いて最東端のカルハラの都へと向かうものだけだ。
 そんなわけで、アイラからイーリスの北の国境を目指すルルイエたちは、現在はアイラ国が敷いた国境まで続く国有街道を移動している。
 北部は相変わらずまだ肌寒くはあったが、このところは、いい天気が続いていた。
「このまま行けば、あと三日ほどで国境に到着するでしょう」
 街道の端に馬車と馬を止め、軽い休憩を取りながら、ヘグンが言った。
「思っていたより、早く着きそうですね。……やはり、馬車だと移動できる距離が大きいのですね」
 それへ返しながら、ルルイエが彼の隣に座る。
 街道の端には馬車や荷車の転落防止のために、低い縁石が施されている。二人はそこに腰を下ろしていた。
 その二人に、ジャクリーヌが温かいお茶の入ったカップを差し出す。
「お二人とも、お茶をどうぞ」
 街道を降りた草地では、ラスが小石で囲った炉を作り、小枝を集めて火を焚いてお茶を入れていた。
 ヘグンとラスは、こうした野外での飲食の支度などには手慣れている。彼らは実際に戦争に参加したこともあったし、それ以前にも以後にも、騎士団の任務で野営は何度も経験しているためだ。
「ありがとう。……それにしても、村や町に立ち寄らなくても、こんなふうにお茶や食べ物が楽しめるなんて、思いませんでした」
 カップを受け取り、ルルイエが笑う。
「そうですね。わたくしにも、多少は野営の知識がありましたが、これほど手慣れてはおりませんから」
 ジャクリーヌも笑って返した。

 二人だけで、西方世界を旅していた時、彼女たちは基本的には途中の村や町に立ち寄り、宿を取っていた。
 急ぐ旅ではなかったから、宿を出る際に作ってもらった弁当などを、街道の途中で足を止めて食べることもあったし、森や林で木の実や果物を取って食することもあった。
 だが、西方世界の街道は基本的には人通りが多く、火を焚いて野営をするには、街道を降りて平原や森に分け入る必要があった。また、実り豊かであるがゆえに、街道を降りると動物も多く、中には獰猛な獣もいるため、危険なことも多かった。
 そうしたこともあって、二人は体を休めたり飲食する時は、できるだけ近くの集落に入るようにしていたのだった。

 ちなみに、今彼女たちがたどっている国有街道は、西方世界の街道に較べると、ずいぶんと人通りは少ない。ヘグンとラスによれば、今がまだ寒い季節であることに加え、この先にはイーリスとの国境が控えているためだという。
 北部では、雪が消えれば人の往来が始まるが、それでもアイラには、進んでイーリスに行きたがる人間はあまりいないのだ。
「スラヴェナ様のことは、民たちも知っておりますし……戦争の前から、イーリスとはいい関係ではありませんでしたからね」
 ヘグンは、それについて、二人にそう言って言葉を濁したものだ。

 三日後、ヘグンの言葉どおり一同は、イーリスとの国境へとたどり着いた。
 国境は石造りの高い壁で仕切られており、道の先に門があってそこが関所になっている。
「すごいですね……」
 馬車の窓からその堅牢な壁や門を見やって、ルルイエは呟いた。
 目の前にそびえたつ壁は、これまで彼女が見て来たどの壁よりも高く、そして強固に見えたのだ。
 門の前には門番が二人いて、厳しい顔つきで馬車を見据えている。
 ラスが馬車を止め、ヘグンが馬から降りて門番の方へと歩み寄って行く。
「私はアイラ国騎士団、第一大隊の隊長ヘグン・リーだ。イーリス国内に向かう旅人を護衛している」
 そう告げるヘグンに、門番の一人が小さく肩をすくめた。
「国を守る騎士様が護衛とは、馬車の中にいるのは、いったいどんな人物なんだ? ヘグン隊長」
「王家の客人とだけ言っておこう。……久しぶりだな、ヤーノン」
 返してヘグンは、小さく口元を上げる。どうやら二人は顔見知りのようだ。
 それもあってか、ルルイエたちは馬車から降りることもなく、ちらりと窓から顔を出してみせただけで、国境を通る許可が出た。
 ヘグンが門番と、もう一言二言話して馬にまたがると、軽くラスに合図を送る。
 それへうなずいて、ラスは馬車を出発させた。
 ヘグンと話した門番が門を開けてくれて、彼らはそこを通り抜けて行く。
 門の中は短い通廊になっていて、しばらく行くと外に出た。こちら側には門はなく、見張りの兵士はいたが、何も言わずに通してくれた。
 国境からは、再び広く舗装された道が伸びている。

 国境からだいぶ離れてから、ヘグンが馬車の方に馬を寄せて来た。
「とりあえず国境を抜けたので、もう安心です」
「はい。……にしても、門番と知り合いだったのですね」
 窓ごしに声をかけられ、ルルイエがうなずいて問う。
「ええ。……平の騎士だったころは、国境での小競り合いを止める任務によく駆り出されたので、国境勤務の兵士には、顔なじみが多いのです」
 苦笑して言うと、ヘグンは続けた。
「イーリス側からアイラへ入る門は、もう少し西寄りにあって、そちらにはアイラの国境警備兵が詰めています。兵士同士のいざこざも多いので、場所を分けているのですよ」
「いろいろと、大変なのですね」
 笑って返すルルイエに、「ええまあ」と曖昧にうなずいたあと、ヘグンはつと真剣な顔になって言った。
「それより、これからあとのことですが――都の近辺に着くまでは、街道を降りて野営をします。その方が、安全ですので」
「それは、どういうことですか?」
 ジャクリーヌが軽く眉をひそめて尋ねる。
 それへ、ヘグンは言った。
「街道筋の集落の者たちは、アイラから来る者を良く思っていません。彼らは戦争に負けたのも、そのあとの自分たちの困窮も、全てアイラのせいだと思っています。また、今私たちが抜けた国境から、この街道を通って旅をする者は、全てアイラの人間だという認識でいます。実際、多くはアイラの民ですが、中には他から来た旅人もいます。ですがそれも、彼らは全てアイラの人間だと考えるのです。そして、アイラの者に彼らは宿を貸しません。ものを売ることも買うこともしません。場合によったら、危害を加えられたり、ものを盗られたりもします。街道筋の集落に立ち寄るのは、アイラから来た者にとっては、森で野営するよりもずっと危険なことなのです」
 彼の説明に、ルルイエとジャクリーヌは息を飲む。
「アイラとイーリスの間には、今でも深い溝があるのですね……」
 ややあって、ルルイエが言った。
「ええ。……とはいえ、都の周辺まで行けば、そうしたことはなくなります。他の土地から来た旅人も増えますし、都は中部にありますから、もっと暖かいですしね」
 うなずいて、ヘグンは少しだけ明るい口調で返す。

 そこからは、ヘグンが言ったとおり、彼らは日が落ちると街道を降りて野営した。
 野営の場所も、なるべく集落から離れた茂みの向こうや窪地など、街道からも目につきにくい所を選ぶ。
 寝起きするのは、ルルイエとジャクリーヌは馬車の中で、ヘグンとラスは焚火の側に寝袋を置くといった形だった。ヘグンたちは、ちゃんと野営のための道具も積んでいて、天気の悪い日には自分たちのために小さな天幕を立てたりもした。
 食事は基本的にラスが作った。食材は、持参した干し果や干し肉、蒸して潰した芋などを固めたレーションだった。が、時おりヘグンが兎や鳥などを狩ったり、ルルイエとジャクリーヌが木の実や野草を採ったりして、少し豪華になることもあった。

 そうやって彼らは、半月ほどをかけて、イーリスの都へとたどり着いた。
 アイラの都を出てからだと、およそ一月に及ぶ旅だった。
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