ここに聖女はいない

こもろう

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 極寒の地であっても、常に聖女の顔は微笑みが浮かんでいる。
 クリスの手によってもこもこに着込まされ、帽子も目深に被らされるからほとんど目しか出ていないが、その若草色の瞳はいつも柔らかな光に満ちている。
 きっと神殿では愛される存在だっただろう。

 重たい物は持てない。足も弱くてすぐにふらふらになる。自分の仕事に誠実で一生懸命なのは長所なのだろうが、魔力が少ないくせに力を出し惜しみしないから肝心な時に魔力切れを起こして役に立たない場合が多い。

「どうしてこんな奴が聖女に選ばれたんだ?」

 凍結した雪に足を取られて転んでいる聖女の姿に、メンバーたちはみんなジト目になる。
 聖女を助け起こすのは、クリスだけだ。
 それでも聖女は、他のメンバーにも人懐っこく寄ってくる。

「不謹慎かもしれませんが、こうして皆さんと一緒にいられることが嬉しいんです」

 ニコニコしながらヒヨコのように後をついて回ったりするのだ。
 根が優しい騎士のダリルなどは、突き放せずに複雑な顔になっている。
 狩人ヒューゴは、視界にもいれない。
 魔剣士ブラッドは、気が向いた時だけいじっている。
 弓使いシンディは時折仲良くしゃべっている。
 魔術師チェルシーはいつも突っかかっている。

 実は孤児で苦労人でもある勇者アルヴィンは、どうしても聖女の笑みが忌々しくてならない。
 わざわざ深刻ぶらなくてもいいが、何も悩みのなさそうな聖女の顔に怒りすら覚える。

(こいつを押し付けてきた神殿と王家の正気を疑うぜ)

 腹が立つから、ヒューゴのように無視すればいい。視界にすら入れなければ、多少は怒りも治まるだろう。それなのに、何故か聖女に視線を向けてしまう。そんな自分にも腹が立つ。

「アルヴィンさん、温かい香草茶です~。きゃあっ!?」

「あちっ! もうお前はいいから、さっさとメシを食え!」




 包丁で自分の指を切り落としそうになって以来、聖女は料理の場から完全に外された。
 水汲みや薪拾いなども、森の中で野垂れ死にしそうなので初めから却下。
 そんな役立たずの聖女は、ある夜、ようやく自分もやれることを見つけた。

「繕い物は神殿でもやってたんでした。忘れてましたぁ」

「いや、忘れるもんなのそれ?」

 魔剣士ブラッドは、大げさな呆れ顔になりながらも素直に上着を渡してくれる。その上着には、昼間の魔物との戦闘で出来た裂け目がある。
 動きやすいように薄めに作られているとはいえ防寒も兼ねているから、上着は結構重い。落とさないように丁寧に受け取り、膝の上で裂けた個所を確認する。
 一度お祈りをしてから繕い開始だ。一針一針祈りつつ刺していると、ブラッドが呆れた声を上げた。

「おそっ! いくらなんでも遅すぎじゃないのそれ?」

 聖女は顔を上げるどころではない。とにかく失敗してはいけないと思っている。額に汗まで浮いている。

「焦ってはいけないのです。慎重に慎重に~」

 しばし集中して、なんとか小指半分くらいまで繕うことが出来た。ホッとして顔を上げると、いつの間にかブラッドは片肘を立てて眠っていた。幸い、今日の野営地は暖かな洞窟の中だ。たき火と毛布だけでも風邪はひかないだろう。
  ブラッドの、きっと町では女性にモテモテだろう甘い顔立ちは、眠ると少しだけ幼く見える。目元に疲労の影がうっすらとあることに気づいて、疲れが癒えるようにとの祈りもこめることにした。

(よし、他の人のも繕わせてもらいましょう)

 何とか仕上がった上着を広げ、聖女はにんまりする。

「……なにニヤニヤしてるんだ?」

「ひゃっ!?」

 背後からやけに低い声がして、聖女は軽く跳ねた。
 振り返れば、うろんな眼差しでブラッドの上着を見下ろす勇者アルヴィンが立っていた。どうやら見張りの交代時間だったようだ。

 これはチャンスです! 聖女は鼻息荒く勇者に詰め寄った。

「アルヴィンさん、私にも出来ることがありましたぁ! ということで、そのズボンを脱いでください!」

「はあ!?」

 何故かアルヴィンの顔が真っ赤になった。

「お前、とうとう頭がいかれたか!?」

「どうしてですか? 繕い物くらいさせてください~」

「…………あ、そういうこと」

 アルヴィンの表情が無になった。
 今度はブラッドのいる方から、ブブッ! という音がする。
 何かと思えば、ブラッドが口を手で覆いながらも堪えきれずに噴き出していた。寝た姿勢のままだったから、悶える姿が芋虫みたいだ。

「ちょうウケルんだけど、勇者さまぁ~」

「うるさいっ! ブラッドは見張りに行けよ。時間だぞ!」

「では、アルヴィンさんもズボンを」

「お前はさっさと寝ろ。また倒れられたら堪んねぇからな」

「……はい」

 ギロリと睨まれて、肩を落とす。だけどアルヴィンの言うことはもっともなので、自分たちの分だけ設営したテントに引っ込むことにした。
 その前にやることがある。たき火の前に腰を下ろすアルヴィンに向けて、そっと手を合わせる。

「なんだよ?」

「アルヴィンさんに、みなさんに、明日も幸運が訪れますように」

 聖女の祈りは祝福だ。軽いものでもかけておけば多少なりとも効果はある。
 一瞬だけ光に包まれ、体から魔力が抜けていくのを感じる。この程度ならば一晩寝れば回復する。

「それではおやすみなさいませ」

 神官クリスの守護の魔法がかけられたテントへと入り込む。
 だからアルヴィンが「なんなんだあいつ……」と真っ赤になったことを知らない。






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