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物心ついた時にはもう、神殿にいました。
『魔力が多いお前を、聖女にする。許してくれとは言わぬ。ただ、すまぬ……』
魔王復活の神託がおりた時、神官長様がそう言ってうなだれていました。その目には涙がにじんでいたようでした。
悲しまないでください、神官長様。
私は本当に嬉しいのです。
初めて知った神殿の外の世界。《冬夜の大地》は冷たく閉ざされていたけれど、パーティーのみなさんがいたから少しも怖くなかったです。
聖女は器。神聖魔法の入れ物。そんな空虚な存在の私を、みなさんは人間として受け入れてくださいました。
みなさん優しくて親切で、楽しいことをたくさん教えてくださいました。
みなさんのことが大好きです。
お役に立てることが、こんなに嬉しいと思える。
私は幸せ者です。
有難うございます。
私の大事な宝物――
「なんなんだよ!?」
アルヴィンは激昂していた。
突然断ち切られた戦い。転移魔法としか思えない、洞窟の外への追い出し。
少しずつだが着実に、魔王の力を削いでいたはずだ。
それなのに、また洞窟の入り口に立っている。みんな武器を持ったまま茫然自失だ。
誰がこんなことをしたのか、すぐに気が付いた。
だって、聖女がこの場にいない。
「ざっけんな! どういうつもりだ!?」
全てを知っているであろう神官クリスに、アルヴィンは詰め寄った。
クリスの顔色は白に近い。その瞳は空洞のようだ。
「聖女様の御業ですから――」
刹那。洞窟の奥から、凄まじい光の奔流が溢れ出た。堪らずメンバーたちは地面に倒れ伏す。
光が消えたかと思うと、今度は地鳴りだ。地面が揺れだし、どんどん強くなっていく。光と地響き。まるで噴火みたいだ。
各自バラバラに退避。遅れたアルヴィンとクリスは、ダリルに引きずられる。
「魔王の洞窟が崩れてくわ!」
シンディが指さした。
その先で、ボコボコと岩が割れ、崩れ落ちていく。岩盤も砕け、ズズズ……という不気味な音と共に、下に沈んでいく。凍った万年雪も、いじけた草も、呑み込まれていく。
砂塵が舞い上がり、氷の破片が散る。
どれくらい揺れていただろう。
やがてそれも止まり、静寂が戻る。瘴気が薄れていることに、みんなは気づいた。
「……あの崩落の所、魔力が消えずに覆っているようね」
チェルシーが目を眇めながら言った。彼女の目には、神聖な光の魔力がネットのように崩れた洞窟を覆っているのが見えるらしい。
「聖女が纏っていた魔力と同じものね」
「そうです」
ポツリとクリスが言った。
「貴方がたには、勘違いしてもらっていたんです。このパーティーは魔王討伐のパーティーではなかった。……魔王を倒すための聖女様を護衛するパーティーだったんです」
「お前は最初から知っていたのか?」
アルヴィンが唸るように言う。クリスは幼子のようにコクリと頷いた。
「聖女様という存在は、魔王が復活するという神託が下りたために……計画的に造られたものですから。聖女様の中には、神殿が総力を挙げて造りあげた神聖魔法が封じられました。聖女様自身は、それを暴発させないようにコントロールして、的確な時と場所で解放するのが……役目だったのです」
「おいおい、それって、聖女様は対魔王の最終兵器って言っているようなもんじゃないか? あの子の人間性を全否定してんじゃない?」
ブラッドは、恐ろしいものを見る目をクリスに向ける。
ヒューゴも口を開いた。
「だから……だから、聖女には……名前がないのか」
「そんなぁ……嘘でしょう?」
シンディが堪えきれずに涙をこぼす。彼女の手には、役目を終えて灰になった編みぐるみが握られている。
「魔力が少なかったんじゃなかったのね。制御のために魔力のほとんどを取られてたんだ」
今頃気づくなんてと、チェルシーは唇を噛んだ。
――どうかみなさんに幸運が訪れますように
祈る聖女の声が蘇る。
『聖女になった……なった訳ではないんです。もともと聖女として在るんです。そういうことになっている。クリスさんにもそう教えられたことがあります』
あの星降る夜、聖女が言ったことをアルヴィンは思い出す。
『私は、ここに来て良かった。本当に良かったです』
あれはきっと、本心だ。心の底からそう思っている。
『みなさんと旅ができて、とても嬉しい。幸せです』
そう言い切った彼女は、けれどもチェルシーを怒らせたあの言葉も確かに言っていた。
『魔王を倒すまではお願いします!』
そうだ。魔王を倒した後、聖女はいないことが決まっていたのだ。
「――っ!」
アルヴィンは衝動のままに岩を殴りつける。膨れ上がった魔力が、全身から噴き出す。
身長ほどもある岩が砕け散った。
その砕けた岩を見て、心のままに叫ぶ。
「なにが神聖だ! くそったれがぁっ!!」
大剣を肩に担ぎ、崩壊した洞窟の上へと走り出す。
「俺はっ!」
ガツッ、と淡い光を纏わせた崩落跡に大剣を叩きつける。
「勇者としてここに来たっ!」
叩きつける。
「聖女サマの護衛なんて役目じゃねぇんだよ!!」
何度も叩きつける。魔力も込め、全力で砕きにいく。
「魔王に止めを刺すのは、聖女なんかじゃねぇっ! 俺の役目なんだよっ!!」
ガツッガツッと砕く。
「うあああああっ!!!」
他のメンバーは、アルヴィンに気圧されたようで動けない。
しかし、そこに何かの気配が近づいてきた。
アルヴィンが顔を上げてみると、崩落跡のすぐそばの岩肌に、雪豹が佇んでいるのが目に入った。
あの時の、聖女が助けた雪豹か。
ヒューゴも驚いているから、そうなのだろう。
雪豹は天に顔を向けて、咆哮を上げた。
何度も何度も。
雪豹にはそんな習性などないはずなのに。
「こんなことってあるの……?」
シンディが呆然と周囲を見回す。そして他のメンバーも。
何頭もの雪豹が集まっていた。それだけでなく、氷雪狼の群れもある。氷角鹿や、毛長山羊といった草食動物の姿も多い。兎やキツネ、イノシシや冬眠しているはずの熊までが集まってくる。
空を旋回している鷲が、ひときわ高く鳴いた。
呼応するように雪豹が吠え、それが合図になった。
全ての動物たちが、動いた。
アルヴィンと同じように、崩落跡を一斉に掘り返し始める。
パチパチと、抗議するように光の神聖魔法が弾ける。
それでも動物たちは少しも怯まずに掘り続ける。
アルヴィンも負けじと岩を砕く。
他のメンバーも加わった。
そんな彼らを、クリスだけは呆然と眺めていた。やがて、その双眸からポロポロととめどなく涙が溢れていく。
子どものように泣いて泣いて、そしてクリスも彼らに加わった。
『魔力が多いお前を、聖女にする。許してくれとは言わぬ。ただ、すまぬ……』
魔王復活の神託がおりた時、神官長様がそう言ってうなだれていました。その目には涙がにじんでいたようでした。
悲しまないでください、神官長様。
私は本当に嬉しいのです。
初めて知った神殿の外の世界。《冬夜の大地》は冷たく閉ざされていたけれど、パーティーのみなさんがいたから少しも怖くなかったです。
聖女は器。神聖魔法の入れ物。そんな空虚な存在の私を、みなさんは人間として受け入れてくださいました。
みなさん優しくて親切で、楽しいことをたくさん教えてくださいました。
みなさんのことが大好きです。
お役に立てることが、こんなに嬉しいと思える。
私は幸せ者です。
有難うございます。
私の大事な宝物――
「なんなんだよ!?」
アルヴィンは激昂していた。
突然断ち切られた戦い。転移魔法としか思えない、洞窟の外への追い出し。
少しずつだが着実に、魔王の力を削いでいたはずだ。
それなのに、また洞窟の入り口に立っている。みんな武器を持ったまま茫然自失だ。
誰がこんなことをしたのか、すぐに気が付いた。
だって、聖女がこの場にいない。
「ざっけんな! どういうつもりだ!?」
全てを知っているであろう神官クリスに、アルヴィンは詰め寄った。
クリスの顔色は白に近い。その瞳は空洞のようだ。
「聖女様の御業ですから――」
刹那。洞窟の奥から、凄まじい光の奔流が溢れ出た。堪らずメンバーたちは地面に倒れ伏す。
光が消えたかと思うと、今度は地鳴りだ。地面が揺れだし、どんどん強くなっていく。光と地響き。まるで噴火みたいだ。
各自バラバラに退避。遅れたアルヴィンとクリスは、ダリルに引きずられる。
「魔王の洞窟が崩れてくわ!」
シンディが指さした。
その先で、ボコボコと岩が割れ、崩れ落ちていく。岩盤も砕け、ズズズ……という不気味な音と共に、下に沈んでいく。凍った万年雪も、いじけた草も、呑み込まれていく。
砂塵が舞い上がり、氷の破片が散る。
どれくらい揺れていただろう。
やがてそれも止まり、静寂が戻る。瘴気が薄れていることに、みんなは気づいた。
「……あの崩落の所、魔力が消えずに覆っているようね」
チェルシーが目を眇めながら言った。彼女の目には、神聖な光の魔力がネットのように崩れた洞窟を覆っているのが見えるらしい。
「聖女が纏っていた魔力と同じものね」
「そうです」
ポツリとクリスが言った。
「貴方がたには、勘違いしてもらっていたんです。このパーティーは魔王討伐のパーティーではなかった。……魔王を倒すための聖女様を護衛するパーティーだったんです」
「お前は最初から知っていたのか?」
アルヴィンが唸るように言う。クリスは幼子のようにコクリと頷いた。
「聖女様という存在は、魔王が復活するという神託が下りたために……計画的に造られたものですから。聖女様の中には、神殿が総力を挙げて造りあげた神聖魔法が封じられました。聖女様自身は、それを暴発させないようにコントロールして、的確な時と場所で解放するのが……役目だったのです」
「おいおい、それって、聖女様は対魔王の最終兵器って言っているようなもんじゃないか? あの子の人間性を全否定してんじゃない?」
ブラッドは、恐ろしいものを見る目をクリスに向ける。
ヒューゴも口を開いた。
「だから……だから、聖女には……名前がないのか」
「そんなぁ……嘘でしょう?」
シンディが堪えきれずに涙をこぼす。彼女の手には、役目を終えて灰になった編みぐるみが握られている。
「魔力が少なかったんじゃなかったのね。制御のために魔力のほとんどを取られてたんだ」
今頃気づくなんてと、チェルシーは唇を噛んだ。
――どうかみなさんに幸運が訪れますように
祈る聖女の声が蘇る。
『聖女になった……なった訳ではないんです。もともと聖女として在るんです。そういうことになっている。クリスさんにもそう教えられたことがあります』
あの星降る夜、聖女が言ったことをアルヴィンは思い出す。
『私は、ここに来て良かった。本当に良かったです』
あれはきっと、本心だ。心の底からそう思っている。
『みなさんと旅ができて、とても嬉しい。幸せです』
そう言い切った彼女は、けれどもチェルシーを怒らせたあの言葉も確かに言っていた。
『魔王を倒すまではお願いします!』
そうだ。魔王を倒した後、聖女はいないことが決まっていたのだ。
「――っ!」
アルヴィンは衝動のままに岩を殴りつける。膨れ上がった魔力が、全身から噴き出す。
身長ほどもある岩が砕け散った。
その砕けた岩を見て、心のままに叫ぶ。
「なにが神聖だ! くそったれがぁっ!!」
大剣を肩に担ぎ、崩壊した洞窟の上へと走り出す。
「俺はっ!」
ガツッ、と淡い光を纏わせた崩落跡に大剣を叩きつける。
「勇者としてここに来たっ!」
叩きつける。
「聖女サマの護衛なんて役目じゃねぇんだよ!!」
何度も叩きつける。魔力も込め、全力で砕きにいく。
「魔王に止めを刺すのは、聖女なんかじゃねぇっ! 俺の役目なんだよっ!!」
ガツッガツッと砕く。
「うあああああっ!!!」
他のメンバーは、アルヴィンに気圧されたようで動けない。
しかし、そこに何かの気配が近づいてきた。
アルヴィンが顔を上げてみると、崩落跡のすぐそばの岩肌に、雪豹が佇んでいるのが目に入った。
あの時の、聖女が助けた雪豹か。
ヒューゴも驚いているから、そうなのだろう。
雪豹は天に顔を向けて、咆哮を上げた。
何度も何度も。
雪豹にはそんな習性などないはずなのに。
「こんなことってあるの……?」
シンディが呆然と周囲を見回す。そして他のメンバーも。
何頭もの雪豹が集まっていた。それだけでなく、氷雪狼の群れもある。氷角鹿や、毛長山羊といった草食動物の姿も多い。兎やキツネ、イノシシや冬眠しているはずの熊までが集まってくる。
空を旋回している鷲が、ひときわ高く鳴いた。
呼応するように雪豹が吠え、それが合図になった。
全ての動物たちが、動いた。
アルヴィンと同じように、崩落跡を一斉に掘り返し始める。
パチパチと、抗議するように光の神聖魔法が弾ける。
それでも動物たちは少しも怯まずに掘り続ける。
アルヴィンも負けじと岩を砕く。
他のメンバーも加わった。
そんな彼らを、クリスだけは呆然と眺めていた。やがて、その双眸からポロポロととめどなく涙が溢れていく。
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