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25 マリアン視点
しおりを挟む『マリアン様っ!』
ひまわりが咲いたような、あの子の笑顔が好きだった。
鈴の音のように胸に響く、あの子の声が好きだった。
天使のように無邪気な、あの子の躍りが好きだった。
でも私が一番好きだったのは……
『許さない……っ絶対に、私は!』
怒りに震えながらも逸らされることのなかった“瞳”。
魔術ではどうにもならない強い意志に触れた時、私はただただ心が高揚したのよ。
■□■□■□■□■□
「っ……クロエ、」
地面に押さえつけられた状態でもその声が誰なのかすぐに分かってしまった。
「もう終わりですわ、お義母様」
感情のこもっていない声だこと。
でも、クロエがシャンディラの魔術師と繋がっていたのは誤算だったわね。魔力のない人間なんかと油断していたわ。
「このまま身柄をシャンディラに引き渡します。大罪人とはいえこの国での貴女は王太后、与えられる罰には限りがありますから」
「ふふっ!相変わらずなーにも出来ないのねアンタは!」
嫌みたっぷりで言ってもクロエは眉ひとつ動かさない。
こんな可愛げのない女、大国の第一王女でなければ縁談なんか断らせていたのに……何十年も前の自分を呪ってやりたいわ。
でもまぁ確かにクロエの言う通りだった。
魔術に馴染みがないこの国じゃ、魅了魔法の使用はせいぜい終身刑止まり。…、誰よりも私を憎んでいるこの女が、その程度の刑で満足するわけないわねぇ。
(だとすればここから実権を握るのは……彼ね)
老いた私を容赦ない力で捕らえるこの男。
ファリスと言ったかしら、かなりの実力者ね。こんな怪物相手に身動きは取れない、魔力は底を尽きた、頼みの綱だった魅了用の魔力も空っぽ……勝てるわけないわ。
「マリアン=ブルーディア。いくつか質問する、嘘偽りなく正直に答えろ」
「ふふ、はぁい」
どうでも良いけどこのまま?仮にも年寄りなのに……もうっ!
「シャンディラを抜け出した貴女には監視役の魔術師がいたはずだ。そいつはどうした」
「さぁ?覚えてないってことは消しちゃったのかしら」
退屈な質問が続いてふわぁっと欠伸をしてしまう。 ほんと、調べ尽くしてあるくせに性格悪いわよねぇ?
「では最後に、」
「っ?!」
「禁忌魔法である魅了を使用したのはサラだけではないな?」
さっきまで感じなかった膨大な魔力に言葉が詰まった。
私に勘づかれないようにオーラを隠していたなんて……やっぱり口封じのために始末した監視役とは格が違う。
「ふふっ、もう全部お見通しなのねぇ」
「マリアン様……」
ぽつりと不安げな声を漏らすサラ。
可愛い子ね、よほどこの魔術師が心配で心配でしょうがないんだわ。
「サラ。私ね、魅了をかけるのは貴女で2度目なのよ」
「2度目……?」
「そうよ。初めて魅了をかけたのは……」
「おばあさまっ!助けてくださいぃぃぃ!!!」
「あら、まだそこにいたの」
すっかり忘れていたわ。
ルシアンは泣き叫びながら私に訴えかける。その足元にはミュアという小娘が張り付いていて、半べそをかきながら叫んでいる。
「もうアンタにも興味がないのよねぇ。可哀想だけどその彼女と仲良くおやりなさい」
「そ、そんなぁ!ぼ、僕を見捨てるのですか?!高貴なるこの僕を!祖母なのに?!」
「うるさいわねぇ。いい加減に気付きなさい、私はお前を愛しているからここまで甘やかしてきた訳じゃないのよ?」
「え………」
大好きなルシアンの金髪が風に靡く。
お馬鹿な子、でもその頭の悪さも許せちゃう。だって……
「アンタがロッティの産んだ子だからここまでよくしてやったの」
思い出すのは、無邪気で可愛い金髪の少女。
私の心を未だに満たしてくれる、最愛の友だちだ。
「へ?ろ、ろ、ロッティ?だ、誰ですかそれは」
「アンタの母親の名前よ」
「ぼっ僕は!クロエ=ブルーディアの子で!父上はっ」
「父親は国王アーサー=ブルーディア、でも母親は違う。本当の母親はロッティという貴族でも何でもない、ただの侍女娘よ」
青ざめていくルシアンを見て、私はどんどん冷静になっていく。
(へぇ、魅了をかけられた状態とはいえ親が違うと告げられるのはやっぱりショックなのねぇ)
興味深いデータだわ。今度魅了をかけるときはその辺りも考慮して……なーんて、もうそんな機会はないのだけど。それに計画が失敗した今、もうルシアンやサラには興味がない。
「さてと。じゃあそろそろ行きましょうか。この後シャンディラで処罰されるのでしょう?さっさと移送してちょうだい」
「……最後に言うことは?」
「ないわ」
もうどうでも良いのよ全部。
息子も、孫も、この国も何もかも。
ロッティがいないこの世界のことなんか。
拘束され、男に連れられながら歩き出す。一瞬だけすれ違う時にサラと視線が交わった。
(あぁ、そうよ……これよ、この目なの)
ゾクゾクっと身体が震える。
穢れのない目が、真っ直ぐに私を捕らえている。
髪色も背丈も顔も身分もロッティとは違う。でもサラの目は、最後に見たあの子の目と同じだった。
逃げ出したいはずなのにじっと堪えている。この目の奥に隠している、怒りや悔しさだけは誤魔化せない。本当に人間らしくて羨ましいわ。
「じゃあね、サラ」
あの子がいない時点で誰も私を傷付けることは出来ない。
悲しませることも、反省させることも、後悔させることも全部出来ないのよ。
「ふふふふっ!私の勝ち、無駄な努力ご苦労さまっ!」
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