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24 番外編(ある子爵令嬢の懺悔②)
しおりを挟む幸運なことに、誰も彼女がシル様だと気付いていない。それも当然だ、今の彼女は男装の麗人と呼ばれていたあの頃では想像出来ないほど女性らしい。
髪も少し伸びてるし、何より雰囲気が変わった。
爽やかで無邪気だった好青年の雰囲気が、今では男を魅了する色気が感じ取れる。案の定、私の隣にいる男はシル様を獣のような目で見ている。
「いいねぇあの背の高い子、俺タイプだなぁ」
「っ……」
「あんな美人が踊り子だなんて勿体ない!ほら見てごらん、他の男たちもいつ声を掛けようか様子を伺っているよ」
促されるように周りを見渡す。
他の男たちも一緒にいる女たちそっちのけでシル様の踊りにのめり込む。
だけど、私は内心ものすごく焦っていた。
(何とかしてここを抜け出さないと……もしシル様と知り合いだってバレたら!)
それこそ社交界で居場所はなくなる。
「待ってくれ!」
席を立ち部屋から出ようとした時、私の手首は何者かに掴まれた。恐る恐る振り返ればステージから降りてきたシル様がそこにはいた。
「あ……あぁ、……」
「こんな所で会えるなんて良かった!久しぶりで誰だか分からないかな?私だよ!」
分からないはずがない。
私はこの人のために青春を全て捧げ、そして地獄に突き落とされたんだから。言葉を失う私とは違い、知り合いに会えたのが嬉しいのか満面の笑みを浮かべ両手で握る。
(やめて……お願いだから、これ以上親しく話しかけて来ないでよ!)
「あの後、君の屋敷を訪れたんだが門前払いされてしまって謝る機会を失ってしまったんだ。でも良かった、こうしてまた出会えるなんてやっぱり君と私には深い縁があるらしい」
「っ……お願いです、手を離して」
「君に幻滅されても仕方ない。だがこの姿も仮だ、まとまった金があればもう一度君の望む私に返り咲けるはずなんだ」
(この人は何を言ってるの?返り咲く?無理よ、もう貴族の世界には貴女の居場所なんかないんだから)
「借金さえなくなれば……私は生まれ変わったんだ、そしたらまたアッシュたちも」
「!!!」
その言葉に絶句する。シル様は自分の性格が治ればまた以前のようにスプラウト様たちと仲を戻せると本気で思っているらしい。そういう次元じゃないのに。
「何だ君、お金に困ってるの?そしたら俺が借金の肩代わりをしてやろうか?」
私とシル様が知り合いだと分かれば、すぐに男は声を掛けてきた。
「本当かっ?!」
「ああ。まぁ金額次第だし、何より君次第だけど」
「半分、いや三分の一でも構わない!なかなか金を貸してくれる人がいなくて困っていたんだ」
「ハハッ!何それ、君って意外に嫌われ者?」
男はシル様に近付き露出した腰元にするりと指を滑らそうとした時だった。
「ああ。何故かバレインの名を出すと急に皆冷たくなってしまうんだ」
その言葉に全員の動きがピタッと止まる。
「?どうかしたのか?」
「……ねぇ、君の名前は?」
「名前?えっと、今はシャルという名で踊り子をしているが本名はシルビア=バレイン。数年前まで父は男爵の位を賜っていた!」
恥ずかしげもなく、堂々も宣言するシル様。その瞬間、私の目の前は真っ暗になっていく。
(ああ………終わった、何もかも)
「……悪いが帰らせてもらうよ」
他の男たちも素早く身支度をして足早に部屋を出て行こうとする。彼らの気が変わった理由を分かっていないのはこの場でただ一人、シル様だけは帰ろうとする男を引き留めていた。
「なっ、何か悪いことをしてしまったか?!」
「悪いこと?アンタ、まだ分かってないのかよ」
「わ、分かってないって……」
「アンタはあの御三家から絶縁されたんだ!そんな貧乏神、愛人だろうが何だろうか手付きにしたとバレりゃ即刻勘当されちまうだろっ!」
男の言うことは至極真っ当。
スプラウト家、エマーソン家、シェランダ家は御三家と呼ばれる貴族界の影の立役者。その三家に目をつけられた女を囲えばまず生きていけない。彼らが直接手を下さずとも、その周りの中流貴族が黙っていない。それほどまでにシルビア=バレインは私たちにとって爆弾なのだ。
「おい」
「っ!」
「お嬢さんもバレインの知り合いなんだろ?悪いが金を積まれたってアンタとは結婚しねぇよ」
男は私に向かって嫌悪を抱く目で睨み、そしてその場から居なくなった。
気付けば私とシル様だけが取り残されている。
「…………」
「あ、その」
「全部、アンタのせいよ」
違う、この人だけのせいじゃない。
「全部アンタがいけないのよっ!アンタに出会いさえしなければ、私は普通に生きていけたのにっ!」
私がシル様に喜んで欲しくて道を外れた。
そして、その責任を全部押し付けようとしてるの。
「最悪だわ……ねぇ、消えてよ。もう私の人生に関わってこないでよ」
神さま、ごめんなさい。
私は自分の"恋"のためなら何をしても良いと思っていました。でも、そんな自分勝手な理由で彼女を……グラシャ=ノーストス様を傷付けました。
どうか許してください……どうか、神様……
私はみっともない涙を流しながら、届かない懺悔を何度も何度も繰り返した。
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