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25 番外編(元男爵令嬢の愚かな話①)

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貴族という立場に執着はなかった。
令嬢など、大層な名前なだけで蓋をとれば噂好きな町娘となんら変わりはないと思っていた。

だが、待ち受けていた現実は容赦なく私をどん底へと引き摺り込んでいった。




*****

「ほぉ、お前さんが最近入った新入りだね?なかなか可愛い子じゃないか」
「……シャルと申します」

酒と煙草の匂いが充満している。薄暗い照明と長いソファー、バーカウンターの向こう側では主人と思われる男が酔っ払い相手に怒鳴っていた。
質の悪い酒場にはこうして踊り子が呼ばれ華を添えることもある。彼らは単純な踊りを楽しむのではなく、曝け出された女の肌を見に来ていると言って過言ではない。つまり、交わっていないだけでやっている事は娼婦に近しいのだ。

ショーが終わり客席に挨拶回りをしていると一人の老人に声を掛けられた。声を掛けられた踊り子は客に酌をする、これもまた仕事の内だ。
老人は頭のてっぺんから足の先までじろじろと観察した後ニコリと笑った。

「うんうん、肌に染みもないし傷もない。うっすら品も感じられるから……もしかして元貴族かな?」
「!!!」

もうバレてしまった。
動揺する私に対し、その老人はニコッと笑った。


シルビア=バレインの名前を口にすれば誰もが顔を歪めた。全てはあのパーティー、そして決定打となったのは私の元親友たちからの絶縁。御三家と呼ばれる彼らから絶縁を言い渡された私は貴族連中からすれば疫病神ジョーカー、そんな女に好き好んで声をかける奴はいない。

(それでも私は貴族の世界に戻りたい……っ!)

私は生まれ変わったんだ。
女性を見下していた男装の麗人はもういない。今は私も女だということをちゃんと理解している。今なら前のような過ちは犯さない!そしたらもう一度アイツらと……アッシュと、仲直りが出来るはずなんだ!

「図星かい?」
「……えぇ。曰く付きの女はお嫌いですか?」

そう言ってテーブルの下で老人の手にするりと自分のを絡める。

(この爺さん、服装がそこら辺の奴とは違う。そこそこいい身分なはずっ!)

それにこの歳じゃ夜の相手はしなくて良さそうだ。

「いや、毒がある華ほど魅力的なもんじゃ。老い先短い儂にはどうでも良いさ」
「まぁ……では私を娶って下さいませんか?」
「お前さんを?」
「教養はそれなりに身に付いております。旦那様の寵愛を一身に受けようなどと厚かましいことも望みません」
「ほぉ……?」
「どうぞ旦那様のお好きなように」

男の誘い方は仲間の踊り子たちに教わった。
彼女たちは常に出会った男を品定めし、あわよくば貴族の愛人になれることを夢見ている。蜘蛛のように網を張りながら獲物が来るのをじっと待つ、そんな彼女たちに教えてもらった方法を全部出し切る。
自慢の足を老人に見せつけ、強請るように身体を密着させる。

「ふむ、だがあまりにも危ない賭けじゃな。その顔立ちで平民に落ちたとなれば、よほどの借金持ちか大罪を犯したかのどちらかだろ?」
「っ……」
「少々見返りが少なすぎやせんかのう」

老人は渋った様子を見せる。

「そうじゃなぁ、ではこうしよう。召し上げた後実家への帰省は許さん。最低でも3年は屋敷で過ごすことを誓いなさい」
「そ、それは両親にも会えない、という事ですか」
「外出は主人と一緒なら許可するが一人での行動は基本的には許さん。それならばお前さんの借金も肩代わりする、当分の生活も保障しよう」

老人の条件が危険なことは嫌でも分かる。だが、そうでもしなければうちの借金は返せないのだ。

(3年……とても長い期間じゃない。耐え切れれば美味しい話かもしれないな)

「安心せい、危害を加えることは絶対にせん。それどころか正妻よりも良い暮らしをさせてやる」
「………」
「働き次第じゃ3年待たずに家を出ても構わん。ほれ、悪い話じゃないだろ?」
「っ……せ、精一杯務めさせていただきます」

私は深々と頭を下げる。悩んでいる余裕はない、今はただこの老人に従うしかない。

これで金の心配はしなくても良くなりそうだ。きっと父さんも母さんも喜んでくれるはず!平民に落ちてから二人とも表情は暗いし、前ほど私に優しくなくなった。老人の愛人と踊り子、どちらが良いか分からないけど少なくとも二人は喜んでくれるはず。

「では交渉成立じゃ。明日、うちの従者を寄越すから荷物をまとめて来なさい。今日は早く家に帰って両親に別れの挨拶をしておいで」
「……お心遣い、感謝致します」

そう言って老人は酒場を出て行く。

(あれ、そう言えばあの人はどこの貴族なんだ?)
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