【完結】男装の麗人が私の婚約者を欲しがっているご様子ですが…

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26 番外編(元男爵令嬢の愚かな話②)

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「そうか……」
「気をつけてね、シル……」

貴族の元へ奉公に出ると言った時、父さんも母さんも力なくそう答えただけだった。良くやったと喜ぶことも、どこの貴族だと怒ることもない。ただ報告を受けただけで、二人はまた夕食を続けてしまう。

あの夜、私は両親からの信頼も愛情も同時に失ってしまったんだ。

(……大丈夫、絶対に取り戻して見せるから)




*****

「やぁ、よく来たのう」
「こんにちわ旦那様」

次の日、やって来た従者に連れてこられたのは大きな屋敷の前だった。私を出迎える老人は酒場にいた時よりも上等な服を着ていた。
恐らく子爵以上、もしかしたら男爵令嬢のときよりずっと良い暮らしが出来るかもしれないな。

老人の後ろにつき屋敷の中を案内される。
屋敷の中は随分とあっさりしていた。壁に絵画が飾られている訳でもなく、花瓶に花が挿してある訳でもない。それにしても……

(やたらと侍女がいるな)

簡素すぎる屋敷の中よりも謎なのはさっきから廊下ですれ違う侍女たちの多さ。彼女たちは人が多すぎて仕事がなくなったのか、手持ち無沙汰に窓の桟やピカピカの花瓶を丁寧に拭いている。普通は何としてでも抑えたい人件費をここまで使うとは。
ふと窓の外をチラッと見れば、少し離れた場所に小さな屋敷があるのを見つけた。

「あれは?」
「ん?ああ、あれは別邸じゃよ」
「まさか、あそこに住むのですか」

見るからに古い作りの別邸に眉を顰めてしまう。何だか幽霊でも出てきそうな雰囲気……この爺さん、生活は保証すると言ってたくせにあんな小屋に私を閉じ込めるつもりか?

「違う違う、お前さんはこの屋敷に住むんじゃよ。あそこには近づかんで良い」
「そ、そうですか」
「ああ。あれはじゃからな」

ん?今何て……。

「さぁ着いた、今日からここがお前さんの住処じゃ」

老人は扉を開ける。
昼間だというのに薄暗い室内、そして中からはむせ返るほどの香の煙が立ち込めていた。

(っ……なんだこ臭い、頭がクラクラしそうだ)

「さぁ、女を連れてきましたよ。

老人は後ろ手に扉を閉めれば部屋の明かりをつける。

「!!!」

部屋の真ん中には大きなベッド、そしてその周りには何人もの女たちが集まっていた。
異国の服や侍女が着ている作業服、中には娼婦のように下着姿に近いドレスを着た者もいる。そしてその全員が蕩けたような目で私の方を見た。

(何だこれ、彼女たちは一体……)


「ようやく来たのかい」


突然の男の声にビクッと肩が跳ねる。

部屋に置かれたベッドの上、そこには半裸で寝そべる男がいた。その身体はキングサイズのベッドを、ほぼ占領するほど大きく、太りすぎた身体のせいで額には流れるほどの汗をかいている。そんな事も気にせず、彼の両腕には甘えるように美しい女が抱かれていた。

「っ……」
「なんだァ、返事も出来ないのか?自ら望んでやって来たくせにその態度か」

男はククッと楽しそうに笑う。

「じ、爺さん……これは一体!」
「あちらのお方がお前さんの主人、バルトロ様だ」
「ば、バルトロ……ってまさか!」

その名前を聞いて血の気が一気に引いていく。

社交界に身を置いていた時、母さんはある男の名前を出し決して近寄らない様に私に言い聞かせた。そらが、ケビン=バルトロ伯爵だ。
なかなか表舞台には現れずいつも従者を使う彼にはある噂が立っていた。それは屋敷で大量の女を飼い、飽きるまでその身体と精神を貪り尽くすド級の変態だと。まさかそれがこの男とは……。
身を翻し部屋を出ようとするが、すぐに老人に身体を取り押さえられてしまった。

「くそっ!離せっ!この人攫いめ!」
「勘違いされては困る。お前さんは借金を返す金と引き換えにここへ来たんだろ?シルビア=バレイン」
「っ!知っていたのか」
「有名人じゃからの」

そう言って私の腕を力いっぱい引き、そのままベッドの上へと放り投げる。私は男に跨るように着地すると、周りにいた女たちがわらわらと寄って来た。

(くそっ!なんだよコイツら……それにこの香は、)

「まぁ落ち着けって、お前もじき楽になるさ」
「何だとっ?!」
「この香を嗅いでいれば意識がふわふわしてくるんだ。それに淫剤の役目も含んでいるからなァ、たっぷり楽しませてくれ」

男の指がするっと内腿に触れるだけで身の毛がよだつ。

「やめろ……やめてくれ、!」
「男らしく振る舞う女ほど力でねじ伏せれば弱いものだ。一度男装している女を組み敷きたかったんだ」

クスクスと周りの女たちは笑う。

覚悟はしてきたさ。でもこれは違うだろ、私はこんな男に汚されるために今まで頑張って来た訳じゃないんだ。
こんなのは娼婦の仕事だろ!こんなのは女の……。

そこまで思いようやく気付いた。
私も同じなのだ。男装の麗人と持て囃されてきた、そしていざこういう場面になってようやく理解する。
私は特別なんかじゃない。

あぁ……頭がぼぉーっとする。
なんだこれ、生温かくて、気持ちいい。

「すまない、……」

あれ、これは誰への謝罪だ?まぁいいか、そんなのはもうどうでもいい。
何もかも忘れ、今はただ…………




*****

これにて完結です。
ご愛読頂き誠にありがとうございました。

2021.07.26
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