11 / 22
11
しおりを挟む彼の登場で会場の空気は一気に変わる。
特に令嬢たちはひさしぶりに社交場に現れたヴィンセントに悲鳴にも似た歓声をあげた。
(『みんなの王子様ポジション』は健在ね)
「遅れてしまって申し訳ない」
ふぅと息をついた後、ヴィンセントはわざとらしく謝罪の言葉を口にする。芝居がかった彼にも合わせるよう私も苦笑した。
「大丈夫、来てくれてありがとう」
「こちらこそ招待してくれてありがとう」
私の手を取り指先へ軽いキスを落とす。
「先程ロットバレン公と公爵夫人にご挨拶してきたところだ」
「そう、お父様とお母様は喜んでくれたでしょうね」
「ああ。なんせあれでは……ね?」
チラッと視線を移す。
そこには優雅な音に合わせ楽しそうに踊るアルバートとラングレー嬢の姿が。あからさまにヴィンセントの表情が険しくなっていく。
「本当に……虫唾が走る」
「ま、まぁまぁ。それよりも準備は大丈夫そう?」
彼の耳元に顔を近づけこそっと囁く。
(元々はキュレッド夫妻とアルバートを屋敷にいない状況を作るための夜会だもの。何の準備かはまだ教えてもらってないけど……)
「大丈夫、あとは仕上げだけだ」
「仕上げ?」
「うん。それにしても、まさかあの馬鹿に君と踊る機会を奪われてしまうなんてね」
ハァと深いため息をつく。
(ここでヴィンセントと踊ってしまえば、彼にとってのファーストダンスの相手は私……婚約者であるアルバートと踊ってないのにそれはまずい)
今度は私とヴィンセントの噂が広がってしまう。
「まぁ俺も君以外とは踊る気ないからバルコニーで涼もうか。ダンスは今後の楽しみに取っておくよ」
「ふふっ、そうね」
ドリンクを手に移動しようとした時だった。
「ヴィジー!」
遠くの方で大きな声が聞こえた。
周りにいたゲストたちも何事かと会話を止める。
振り返ればこちらに向かって大きく手を振るラングレー嬢がいた。
(嫌な予感しかしない……)
案の定彼女はアルバートをその場に置いて駆け寄ってきた。
「ヴィンセント様をあんな親しげに……」
「またあの人ね、どういうつもりなのよ」
「何だあの派手な女は……」
「美人だがあんな大声をだして、礼儀もないのか」
さっきまで令嬢たちだけだった批判、今度はその場にいる侯爵な他国の要人たちからも聞こえる。
(関わりたくないってのが本音なのよね……)
「ヴィジー、お仕事お疲れ様。あのね、今アルと」
「……話しかけるな、俺まで馬鹿になるだろ」
「もお、意地悪しないでよ」
ヴィンセントの冷たい言葉にも彼女は動じず、むしろ冗談だと思っているのかニコニコと笑っていた。
しばらくして私たちの前にアルバートが現れる。
「アルバート」
「っ……はい、」
「俺が何を言いたいか、分かるな?」
「……はい、ですが」
「言い訳は聞きたくない、そこにいる馬鹿女を連れてさっさと出て行け」
ヴィンセントはアルバートを見もせずそう言い放つ。彼もまた怯えているのかヴィンセントを見ようともしない。
「まぁシャロン様、先程は気付きませんでしたがとっても素晴らしいネックレスですわね!」
急に名前を呼ばれビクッと肩が跳ねる。
(この空気の中、よくそんな事言えるわね)
空気を読まない彼女にむしろ尊敬すらしてしまう。
ラングレー嬢は目をキラキラとさせながら私の胸元に輝くブルーダイヤモンドを見つめてきた。
「可愛いデザイン、私も好きですこういうの」
「……そう、ありがとう」
「きっと私みたいな男爵家の人間には一生身につけられない代物なんでしょうね」
次第に遠巻きに様子を伺っていた周りがコソコソとし出す。そしてブルーダイヤモンドに気付いた貴族たちは目を丸くし、令嬢たちは羨ましげに私を見た。
この場にいる全員の注目が私に集まった状況が楽しくないのか、一瞬ラングレー嬢の顔が強張ったのに気付く。
「……私、生まれつき体が弱くて両親からこういう華やかな場所に連れてって貰えなかったんです。だからキラキラした宝石が大好きで、いつも元気をもらってるんです」
チラッと私の顔を見る。
(あからさまに物欲しそうにしちゃって……私があげる、とでも言うと思ってるのかしら)
「これは頂き物なの。流石に譲れないわ」
「……そうですか」
しゅんとした彼女。
だがすぐにアルバートに縋りついた。
「ねぇアル、私も欲しいわ」
「ぇっ……?」
「青いダイヤモンドなんて珍しいじゃない」
ねぇお願い?
甘えるように言う彼女を見て吐き気がする。
きっと彼女は今までもこの手口でアルバートを呼び出していた。私の存在があるのを知ってて……。
「エマ、ごめん……ブルーダイヤモンドは手に入らないよ。凄く希少なものだし、見つけたとしても買える訳ないよ」
「……アルは私のこと、きらいなの?」
「そんな訳ないっ!エマは僕の全てだ、最高の幼馴染だよ!」
「なら……お願い、聞いて欲しいの」
「い、いや……」
「アルバート……こんなこと貴方にしか頼めないわ。ね?もうわがまま言わないからっ」
沢山の人の前で二人だけの空間に酔いしれるアルバートとラングレー嬢。私だけではなく他の人たちも呆れすぎてうっすら嘲笑っていた。
そんな空気を一変させる。
「お前ら、馬鹿なのか」
ヴィンセントの声に二人もピタッと止まる。
「……またそんな事を。ヴィジーだって思うでしょう?あのダイヤ、私に似合うと思わ……」
「思わねぇよ」
荒くなる口調に驚く。
完全に怒りが頂点に達しているのか、ヴィンセントは満面の笑顔をラングレー嬢に近づける。
「お前みたいに常識もない見た目だけの女、どんなに着飾ろうが美しくなる事はない」
「そんな……ひどい、っ!」
「お前らがシャロンにした事の方が酷いだろ」
「兄さん……っ、」
「喋るなアルバート。お前が今、エマを庇えば俺は一生お前を許さない」
言葉と目だけでアルバートを制す。
「ヴィジー、私のこと嫌いなの……?」
ぽろりと大きな目から涙が溢れる。
そしてアルバートに縋っていた体を今度はヴィンセントにくっつけた。
(やめて……ヴィンセントには、やめてよ)
密着する彼女に怒りが込み上げてくる。
アルバートの時には感じたことのない気持ちがどんどんと溢れてくる。でもここで二人を引き離せば誰かが私たちの仲を疑う。
「ふふっ、ヤキモチ妬かないでヴィジー」
カァっと赤くなる顔。もうこれ以上は見ていられない。間に入ろうとした瞬間、一瞬だけヴィンセントと目が合った。
「っ、ヴィ……」
「エマ」
「なぁに?」
「嫌いだよ、お前なんか」
冷たい目が真っ直ぐラングレー嬢を捕らえる。
「さっさと離れろ、不愉快だ」
797
あなたにおすすめの小説
完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。
結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに
「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで
みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める
婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様
私を愛してくれる人の為にももう自由になります
比べないでください
わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」
「ビクトリアならそんなことは言わない」
前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。
もう、うんざりです。
そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?
星野真弓
恋愛
十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。
だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。
そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。
しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――
今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
毛蟹
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる