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しおりを挟むロットバレン家の夜会に参加する事は、この国の貴族にとってある種のステータスとなっている事を私は知っている。
参加には伯爵家以上の身分が必要で、全ての人間にある程度の教養とマナーが求められている。これはその会を最も有意義に過ごすための最低条件として暗黙の了解とされていた。なので参加できた=貴族として認められた。という意味も含められている。
そんな場で……
「まぁこのお料理、すごく美味しい」
ラングレー嬢は完全に浮いていた。
(あれがエマ=ラングレー……アルバートの言ってた通り確かに美しい人。でもそれ以上に教養がなさすぎて引くわね)
今年の流行カラーは水色やネイビーなどの寒色系。
にも関わらず真っ赤なドレスを着ている彼女は完全に悪目立ちしていた。
そしてその振る舞い方。
こう言う場でお腹を満たすように食事をバクバク食べるのは品がないとされている中、彼女の持つ皿には大量の食べ物が乗っていた。
誰がどう見ても社交の場に相応しくない人物に、怒りを通り越して哀れに思ってしまう。
「シャロン様?」
「あっ、御免なさい。ぼーっとしてしまいました」
「まぁ!完璧なシャロン様にもそんなお茶目なところがあるのですね!」
隣にいる令嬢たちに笑いかける。
みんな伯爵や侯爵令嬢で全員教養がしっかり付いた才女ばかり、そんな彼女たちもチラチラとラングレー嬢を見ていた。
「あ、あの……シャロン様。ご無礼を承知でお聞きしても宜しいでしょうか」
「どうなさったの?」
「いえ、その……本日はアルバート様はご一緒ではないのですね」
遠慮がちに聞いてくる。
(まぁ不思議に思うわよね)
アルバートはラングレー嬢にべったり。
こう言った場では女性のエスコートは伴侶や婚約者が務めるのが常識。なのに彼は今日一度も私の元には来ていない。
(それを咎めないキュレッド夫妻もダメね、浮かれているのが見え見えだわ)
「……ええ。今日は彼にも存分に楽しんでもらうためにエスコートはお断りしたの」
「まぁそうでしたの!シャロン様から仰ったのでしたら私たちが気にする事じゃありませんわね!」
「心配をかけてごめんなさい」
彼女たちの表情が一気に明るくなる。
だが聡い令嬢たちのことだ、きっとアルバートとラングレー嬢の関係に疑問を持ち始めたはず。きっかけさえあれば、二人の良くない関係の噂が広がるだろう。
(あくまで私は『婚約者に浮気されている可哀想な令嬢』でいなくちゃ)
「公爵令嬢様」
高い声が私の名前を呼ぶ。
振り返れば弾けるような笑顔で駆け寄ってくるラングレー嬢。そしてその後ろをアルバートがついてきた。
「……あら、ラングレー嬢」
「アルバートからいつも話は聞いていますわ、こうしてお会いできる日をとても楽しみにしておりました」
ニコニコと笑いながらパッと私の手を握る。
そんな大胆行動に出たラングレー嬢に周りの令嬢たちはもちろん他の貴族たちも騒然とした。
(身分の低い方から高いものに気安く触れてはいけない。そういう当たり前のことも知らないのねこの人は)
チラッとアルバートを見れば顔こそ笑ってはいるもののだらだらと冷や汗が垂れていた。
「お噂通りすっごく綺麗な方!さすが、アルバートの奥様になられる人ですわ」
「え、エマっそろそろ手を……」
「それにドレスもすっごくお似合いですわ。淡い水色だなんて慎ましやかな公爵令嬢にぴったり」
馴れ馴れしく話を続けるラングレー嬢。私は彼女の手をやんわり離し社交辞令用の笑顔をする。
「ありがとう。貴方のその情熱的なドレスも素敵よ」
「実は今日のためにアルバートがプレゼントしてくれたんです。同じ生地を使って、何だか私の方が婚約者に見えてしまいそうですけど」
(喧嘩を売られてるのかしら?)
「ははは……偶然同じ生地になってしまっただけさ」
アルバートは苦し紛れの言い訳を笑いながら言う。
「そう」
「し、シャロン!もうすぐダンスが始まるよね?ほら、ファーストダンスの準備をしようか?!」
焦ったように私とラングレー嬢を引き離そうとする。きっとこれ以上彼女が失言しないようにするためだろうけど……。
「アル!私も踊りたいわ!」
「ああ、じゃあ向こうにいる伯爵子息でも捕まえて」
「嫌よ、私アルと踊りたいわ」
「「「「「なっ!!!」」」」」
その発言に周りの令嬢たちが騒めく。
当たり前だ、夜会でのファーストダンスは婚約者や夫婦である男女が踊るのが決まっている。特に男性はファーストダンスを恋人や婚約者と踊る事でようやくそれ以降のダンスを別の異性と踊る事が許されている。
(さて、アルバート……どうするのかしら)
私を選ぶ事が大前提。
エマを選べば必然的に周りへ自分の不貞を示す。
「エマ、流石にそれは……」
「一生のお願いよアルバート。この先、こんな大きな夜会に参加できるチャンスなんてないんだから」
「……」
「アル、私貴方がいいの」
愛の告白とも取れる言葉をラングレー嬢は大きな目をうるうるさせながら言った。
「……シャロン」
「何ですか」
「……エマと、踊ってきても良いだろうか」
「私に聞かれましても」
「エマは体が弱いんだ。こういった経験もなかなかさせてあげられない、多少の我儘なら全部聞いてあげたいんだ」
多少か。
彼女の言葉がどれほど愚かなことなのかこの人は全く理解していない。
呆れすぎて何も言いたくなくなる。
そうこうしている内に一曲目の演奏が始まる。
「ほらっ!アル、始まってしまうわ」
「あ、ああ」
ラングレー嬢はアルバートの手を強引に掴みダンスボールに連れて行こうとした。
「アルバート」
「何だいっ?!」
「行かないで」
「!」
一瞬驚いた表情をするものの、急かすラングレー嬢の顔をチラッと見る。
「……この埋め合わせは必ずするよ」
そう言って二人は行ってしまった。
(まぁ、こうなるわよね)
「信じられない、普通婚約者を置いていく?」
「最低ね、あの男!」
「あの女も!シャロン様を、ロットバレン家を軽んじ過ぎよ!」
令嬢たちの悪口が止まらない。
これでアルバートとラングレー嬢はこの場にいる全ての貴族たちから嫌われてしまった、まぁ私には関係なくなるんだけども。
(でも流石に婚約者と踊らず他の人の誘いを受ける訳にはいかないわ。今後もし声がかかっても断らないと……)
主催者がダンスを断るなんて無礼だとは思うが私まで礼儀を欠く訳にも……
「シャロン」
聞き慣れた声。
(ああ……何でこの人は、ピンチの時に必ず私の前に来てくれるんだろう)
振り返れば仕立ての良いタキシードに身を包んだヴィンセントがいた。
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