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第一話:屋根裏の星屑
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埃と忘れられたガラクタの匂いがする屋根裏部屋が、私、ルチア・ハノーヴァー子爵令嬢の世界のすべてだった。
窓枠に腰かけ、小さな指先を夜空へと伸ばす。すると、遠い星々の瞬きが呼び寄せられるように私の手に集い、淡い光の粒となってこぼれ落ちた。それはやがて一本の、月光をそのまま固めたかのような銀色の糸へと姿を変える。
これが、私だけの秘密。そして、唯一の価値だった。
「ルチア! まだ終わらないのですか! ぐずぐずしていると、夕食は抜きにしますわよ!」
階下から聞こえる甲高い継母の声に、私の肩がびくりと震えた。慌てて紡いだばかりの星屑の糸を針に通し、手元に広げた純白の絹布へと意識を戻す。今夜、王宮で開かれる夜会で、義姉のセシリアが使う扇だ。その縁飾りに、星屑の糸で緻密な百合の刺繍を施している最中だった。
この糸で縫われた布には、触れた者の魔力を穏やかに浄化し、心を鎮める力が宿る。けれど、その奇跡のような手柄は、いつも太陽のように明るく美しい義姉セシリアのものになる。私には何の取り柄もない、家に寄生するだけの役立たず。それが、父亡き後のこの家での私の立場だった。
「……はい、母様。もうすぐ、仕上がります」
消え入りそうな声で返事をすると、私は再び手元に集中した。銀色の糸が絹布の上を滑るたび、まるで本物の月光が縫い付けられていくように、清らかで神秘的な輝きが生まれる。この作業だけが、私の心を無にしてくれる唯一の時間だった。
刺繍が完成に近づいた頃、勢いよく屋根裏への扉が開けられた。
「あら、やっと終わったのね。遅いじゃない」
そこに立っていたのは、真紅の豪奢なドレスを身にまとった義姉のセシリアだった。部屋の薄汚さなど意にも介さず、つかつかと歩み寄ると、私の手から扇をひったくる。
「まあ、なんて綺麗……! これなら、今宵の夜会で一番の注目を集められるわ」
うっとりと扇に施された刺繍を眺めるセシリアは、私が何日も夜を徹して作業したことなど気にも留めない。
「ありがとう、ルチア。あなたのその、地味で根気だけが取り柄の性格も、たまには役に立つものね」
それは、褒め言葉の形をした侮辱だった。私が星屑から糸を紡いでいることなど、彼女たちは知らない。ただ、私が作る刺繍がなぜか人の心を惹きつける不思議な力を持つことだけを知っていて、それを自分たちのために利用しているのだ。
「セシリア、準備はできましたか? アークライト公爵もいらっしゃるそうですよ!」
階下から再び継母の声がする。
「アークライト公爵」――その名を聞いて、セシリアの瞳が爛々と輝いた。
「まあ! 『灰色の魔法使い』様が? ちょうどいいわ。この扇で、あの方の気を引いてみせる」
アークライト公爵。かつて王国を未曾有の危機から救った大英雄。しかし、その代償に強大な魔力を使いすぎた彼は、世界から色彩を認識する力と、あらゆる感情を失ってしまったと噂されている。プラチナブロンドの髪も、氷のように青い瞳も、彼の目にはすべてが色褪せた灰色にしか映らないのだという。
そんな孤独な英雄に、姉が言い寄る姿を想像して、私の胸がちくりと痛んだ。
「さあ、行ってくるわ。あなたは、私が帰るまでこの部屋の掃除でもしておきなさい。埃っぽくて、ドレスに匂いが移ってしまったわ」
セシリアはそう言い捨てると、私の努力の結晶を手に、軽やかな足取りで部屋を出ていった。
一人残された屋根裏部屋で、私は再び窓辺に寄りかかる。遠ざかっていく馬車の音を聞きながら、きらびやかな夜会に思いを馳せた。私には縁のない、光の世界。
それでも、と願ってしまう。
いつか、この星屑の糸が、誰かの心を本当に救える日が来るのなら。私のこの力が、誰かのための温かい光になるのなら――。
小さな窓から見える夜空は、いつもと同じように静かに瞬いているだけだった。
この夜、姉が手にした扇が、私の灰色の運命を根底から揺るがす奇跡の引き金になることなど、知る由もなかった。
窓枠に腰かけ、小さな指先を夜空へと伸ばす。すると、遠い星々の瞬きが呼び寄せられるように私の手に集い、淡い光の粒となってこぼれ落ちた。それはやがて一本の、月光をそのまま固めたかのような銀色の糸へと姿を変える。
これが、私だけの秘密。そして、唯一の価値だった。
「ルチア! まだ終わらないのですか! ぐずぐずしていると、夕食は抜きにしますわよ!」
階下から聞こえる甲高い継母の声に、私の肩がびくりと震えた。慌てて紡いだばかりの星屑の糸を針に通し、手元に広げた純白の絹布へと意識を戻す。今夜、王宮で開かれる夜会で、義姉のセシリアが使う扇だ。その縁飾りに、星屑の糸で緻密な百合の刺繍を施している最中だった。
この糸で縫われた布には、触れた者の魔力を穏やかに浄化し、心を鎮める力が宿る。けれど、その奇跡のような手柄は、いつも太陽のように明るく美しい義姉セシリアのものになる。私には何の取り柄もない、家に寄生するだけの役立たず。それが、父亡き後のこの家での私の立場だった。
「……はい、母様。もうすぐ、仕上がります」
消え入りそうな声で返事をすると、私は再び手元に集中した。銀色の糸が絹布の上を滑るたび、まるで本物の月光が縫い付けられていくように、清らかで神秘的な輝きが生まれる。この作業だけが、私の心を無にしてくれる唯一の時間だった。
刺繍が完成に近づいた頃、勢いよく屋根裏への扉が開けられた。
「あら、やっと終わったのね。遅いじゃない」
そこに立っていたのは、真紅の豪奢なドレスを身にまとった義姉のセシリアだった。部屋の薄汚さなど意にも介さず、つかつかと歩み寄ると、私の手から扇をひったくる。
「まあ、なんて綺麗……! これなら、今宵の夜会で一番の注目を集められるわ」
うっとりと扇に施された刺繍を眺めるセシリアは、私が何日も夜を徹して作業したことなど気にも留めない。
「ありがとう、ルチア。あなたのその、地味で根気だけが取り柄の性格も、たまには役に立つものね」
それは、褒め言葉の形をした侮辱だった。私が星屑から糸を紡いでいることなど、彼女たちは知らない。ただ、私が作る刺繍がなぜか人の心を惹きつける不思議な力を持つことだけを知っていて、それを自分たちのために利用しているのだ。
「セシリア、準備はできましたか? アークライト公爵もいらっしゃるそうですよ!」
階下から再び継母の声がする。
「アークライト公爵」――その名を聞いて、セシリアの瞳が爛々と輝いた。
「まあ! 『灰色の魔法使い』様が? ちょうどいいわ。この扇で、あの方の気を引いてみせる」
アークライト公爵。かつて王国を未曾有の危機から救った大英雄。しかし、その代償に強大な魔力を使いすぎた彼は、世界から色彩を認識する力と、あらゆる感情を失ってしまったと噂されている。プラチナブロンドの髪も、氷のように青い瞳も、彼の目にはすべてが色褪せた灰色にしか映らないのだという。
そんな孤独な英雄に、姉が言い寄る姿を想像して、私の胸がちくりと痛んだ。
「さあ、行ってくるわ。あなたは、私が帰るまでこの部屋の掃除でもしておきなさい。埃っぽくて、ドレスに匂いが移ってしまったわ」
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一人残された屋根裏部屋で、私は再び窓辺に寄りかかる。遠ざかっていく馬車の音を聞きながら、きらびやかな夜会に思いを馳せた。私には縁のない、光の世界。
それでも、と願ってしまう。
いつか、この星屑の糸が、誰かの心を本当に救える日が来るのなら。私のこの力が、誰かのための温かい光になるのなら――。
小さな窓から見える夜空は、いつもと同じように静かに瞬いているだけだった。
この夜、姉が手にした扇が、私の灰色の運命を根底から揺るがす奇跡の引き金になることなど、知る由もなかった。
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