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第七話:辺境の村と最初の課題
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あの無愛想な猟師――レオンと名乗ったか――と別れた後、私はすぐに目的地である辺境の村にたどり着いた。
村は、粗末だが頑丈そうな木の柵で囲われていた。王都の壮麗な城壁とは比べるべくもないが、魔物の侵入という実用的な脅威に対し、より現実的に作られている。
門をくぐると、そこには王都の洗練とは無縁の、剥き出しの生活の匂いが満ちていた。泥濘の残る道、石と木で無骨に組まれた家々、響き渡る鍛冶の音と、土に汚れた子供たちの笑い声。そして、破れたドレスを着た見慣れない私に向られる、警戒心と好奇心が半々に混じった視線。
私はそれらの視線を意に介さず、門番に村長の家を尋ね、まっすぐにそこへ向かった。
村長の家は、村で一番大きいとはいえ、私が王都で暮らしていた屋敷の馬小屋ほどの広さしかなかった。通された部屋で待っていると、やがて白髭をたくわえた、好々爺といった風貌の老人が現れた。彼がこの村の村長、ドルガンらしい。
「見ない顔じゃが……あんたさん、どこから来なさった。こんな辺境に、おなごの一人旅とは」
「わたくしはリディア、と申します。旅の魔術研究家、とでもお考えください。しばらくの間、この村に滞在させていただきたく、お伺いしました」
身分を隠し、そう告げると、村長は探るような目で私をじろりと見た。当然の反応だろう。私はテーブルの上に、密かに持ち出した金貨を数枚、静かに置いた。
「宿代の前払いです。ご迷惑はおかけしません」
金貨の輝きに、村長の目の色が変わる。だが、私が彼に提示したのは金銭だけではなかった。
「ところで、村長殿」
私は窓の外に見える村の防壁を指さした。
「あの防壁、支柱の間隔が等間隔に過ぎますわね。魔物の衝撃という応力は、決して均等にはかかりません。支柱の位置を、例えばフィボナッチ数列に基づいて再配置するだけで、同じ木材の本数でも耐久性は飛躍的に向上しますが……ご興味は?」
「ふぃぼ……? なんだそれは」
「黄金比、という言葉ならご存知かしら。自然界で最も安定するとされる比率の数列です」
村長は私の言葉を完全には理解できていないようだったが、私がただの世間知らずな貴族ではないことは察したらしい。彼が腕を組み、唸り始めた、その時だった。
「村長、いるか。今日の獲物だ」
低い声と共に、部屋に現れたのは、あのレオンだった。彼は仕留めた魔物の素材らしき袋を肩に担いでいたが、私を見るなり、その鋭い目をさらに険しくさせた。
「あんた、あの時の女か。なぜここにいる」
「レオンか。このリディアというおなごが、村に滞在したいと言ってきてな」
「断るべきだ。俺が森で会ったが、こいつはゴーレムの前でも平然としてやがった。どう考えてもまともじゃない。厄介事を持ち込むに決まってる」
レオンの敵意むき出しの言葉に、私は静かに向き直った。
「あなたの魔法の方が、よほどまともではありませんでしたわ。あれほどの才能と魔力を持ちながら、その大半を無駄に虚空へ垂れ流しているのですから。宝の持ち腐れとは、まさにああいう現象を指すのでしょうね」
「な……貴様!」
激昂しかけるレオンを、村長が手で制した。
「まあ待て、レオン。……リディアと言ったな。あんたさんの言う、その『ふぃぼなっち』とやら、少し見てみたい気もする。よし、分かった。村のはずれにある納屋なら、今は誰も使っておらん。好きに使うがいい。ただし、村で問題を起こしたら、即刻出て行ってもらう。いいな?」
「ええ、結構ですわ」
こうして、私はこの村に、ささやかながらも活動の拠点を得ることになった。
案内された納屋は、蜘蛛の巣が張り、干し草と土の匂いがする、埃っぽい小屋だった。だが、私の目は輝いていた。王都の、何一つ不自由のない豪奢な自室よりも、この誰にも邪魔されない空間の方が、よほど私の心を躍らせた。
早速、私はわずかな手荷物を解く。数冊の専門書、羊皮紙の束、インクとペン。それらを粗末な木の机に並べれば、そこはもう、私だけの研究室だった。
私はすぐに羊皮紙を広げ、複雑な数式を書き連ねていく。
テーマは、【観測対象A(レオン)の魔力放出におけるエネルギー損失率の算出、及びその改善に関する考察】。
あの乱雑で、しかし力強い魔法の軌跡を思い出しながら計算に没頭していると、不意に外から村の鐘がカンカンカン、とけたたましく鳴り響いた。何事かと叫ぶ村人たちの声も聞こえてくる。
「大変だ! 西の井戸が!」
「水がほとんど出ねえ! このままじゃ水が止まっちまう!」
私はペンを置き、小さな窓から外の騒ぎを眺めた。村人たちが井戸の周りに集まり、途方に暮れた顔で水面を覗き込んでいる。どうやら、村の生命線である水源に、何らかの問題が起きたらしい。
私の口元に、知的な笑みが浮かんだ。
「どうやら、最初の実験課題が、向こうからやってきてくれたようね」
この村が、私の知識を正しく評価するかどうか。その試金石としては、ちょうどいい。
私は羊皮紙の裏に、水理学と構造力学に関する数式を、静かに書き出し始めた。
村は、粗末だが頑丈そうな木の柵で囲われていた。王都の壮麗な城壁とは比べるべくもないが、魔物の侵入という実用的な脅威に対し、より現実的に作られている。
門をくぐると、そこには王都の洗練とは無縁の、剥き出しの生活の匂いが満ちていた。泥濘の残る道、石と木で無骨に組まれた家々、響き渡る鍛冶の音と、土に汚れた子供たちの笑い声。そして、破れたドレスを着た見慣れない私に向られる、警戒心と好奇心が半々に混じった視線。
私はそれらの視線を意に介さず、門番に村長の家を尋ね、まっすぐにそこへ向かった。
村長の家は、村で一番大きいとはいえ、私が王都で暮らしていた屋敷の馬小屋ほどの広さしかなかった。通された部屋で待っていると、やがて白髭をたくわえた、好々爺といった風貌の老人が現れた。彼がこの村の村長、ドルガンらしい。
「見ない顔じゃが……あんたさん、どこから来なさった。こんな辺境に、おなごの一人旅とは」
「わたくしはリディア、と申します。旅の魔術研究家、とでもお考えください。しばらくの間、この村に滞在させていただきたく、お伺いしました」
身分を隠し、そう告げると、村長は探るような目で私をじろりと見た。当然の反応だろう。私はテーブルの上に、密かに持ち出した金貨を数枚、静かに置いた。
「宿代の前払いです。ご迷惑はおかけしません」
金貨の輝きに、村長の目の色が変わる。だが、私が彼に提示したのは金銭だけではなかった。
「ところで、村長殿」
私は窓の外に見える村の防壁を指さした。
「あの防壁、支柱の間隔が等間隔に過ぎますわね。魔物の衝撃という応力は、決して均等にはかかりません。支柱の位置を、例えばフィボナッチ数列に基づいて再配置するだけで、同じ木材の本数でも耐久性は飛躍的に向上しますが……ご興味は?」
「ふぃぼ……? なんだそれは」
「黄金比、という言葉ならご存知かしら。自然界で最も安定するとされる比率の数列です」
村長は私の言葉を完全には理解できていないようだったが、私がただの世間知らずな貴族ではないことは察したらしい。彼が腕を組み、唸り始めた、その時だった。
「村長、いるか。今日の獲物だ」
低い声と共に、部屋に現れたのは、あのレオンだった。彼は仕留めた魔物の素材らしき袋を肩に担いでいたが、私を見るなり、その鋭い目をさらに険しくさせた。
「あんた、あの時の女か。なぜここにいる」
「レオンか。このリディアというおなごが、村に滞在したいと言ってきてな」
「断るべきだ。俺が森で会ったが、こいつはゴーレムの前でも平然としてやがった。どう考えてもまともじゃない。厄介事を持ち込むに決まってる」
レオンの敵意むき出しの言葉に、私は静かに向き直った。
「あなたの魔法の方が、よほどまともではありませんでしたわ。あれほどの才能と魔力を持ちながら、その大半を無駄に虚空へ垂れ流しているのですから。宝の持ち腐れとは、まさにああいう現象を指すのでしょうね」
「な……貴様!」
激昂しかけるレオンを、村長が手で制した。
「まあ待て、レオン。……リディアと言ったな。あんたさんの言う、その『ふぃぼなっち』とやら、少し見てみたい気もする。よし、分かった。村のはずれにある納屋なら、今は誰も使っておらん。好きに使うがいい。ただし、村で問題を起こしたら、即刻出て行ってもらう。いいな?」
「ええ、結構ですわ」
こうして、私はこの村に、ささやかながらも活動の拠点を得ることになった。
案内された納屋は、蜘蛛の巣が張り、干し草と土の匂いがする、埃っぽい小屋だった。だが、私の目は輝いていた。王都の、何一つ不自由のない豪奢な自室よりも、この誰にも邪魔されない空間の方が、よほど私の心を躍らせた。
早速、私はわずかな手荷物を解く。数冊の専門書、羊皮紙の束、インクとペン。それらを粗末な木の机に並べれば、そこはもう、私だけの研究室だった。
私はすぐに羊皮紙を広げ、複雑な数式を書き連ねていく。
テーマは、【観測対象A(レオン)の魔力放出におけるエネルギー損失率の算出、及びその改善に関する考察】。
あの乱雑で、しかし力強い魔法の軌跡を思い出しながら計算に没頭していると、不意に外から村の鐘がカンカンカン、とけたたましく鳴り響いた。何事かと叫ぶ村人たちの声も聞こえてくる。
「大変だ! 西の井戸が!」
「水がほとんど出ねえ! このままじゃ水が止まっちまう!」
私はペンを置き、小さな窓から外の騒ぎを眺めた。村人たちが井戸の周りに集まり、途方に暮れた顔で水面を覗き込んでいる。どうやら、村の生命線である水源に、何らかの問題が起きたらしい。
私の口元に、知的な笑みが浮かんだ。
「どうやら、最初の実験課題が、向こうからやってきてくれたようね」
この村が、私の知識を正しく評価するかどうか。その試金石としては、ちょうどいい。
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