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第十三話:閉じた系と最後の変数
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「――フェーズ2、エンゲージ」
私の静かな号令が、夜の闇に響き渡る。それを合図に、崖の上に潜んでいた猟師たちが、一斉に張り詰めていたロープを断ち切った。
ギギギ……ッ! ドッシャアアアン!!
渓谷の入り口で、あらかじめ仕掛けておいた第一の罠が作動する。しならせて固定していた巨木が、恐ろしい勢いで解放され、槍のように鋭く尖らせた先端部が、突撃してきたダイアウルフの群れの先頭集団を薙ぎ払い、串刺しにした。
悲鳴と怒りの咆哮が入り混じり、完璧に統率されていた群れの隊列が、一瞬にして崩壊する。
だが、私の作戦は、まだ始まったばかりだった。
私は戦場の流れを、まるでチェス盤の駒の動きのように、冷静に俯瞰していた。
「猟師A班、右翼の個体を狙い、左へ追い立てなさい。B班は第二障壁の準備を」
「レオン」
「おう!」
「座標γ-7(ガンマセブン)の岩盤へ、指向性衝動波を。目的は殺傷ではなく、足場の破壊です。彼らの機動力をさらに削ぎます」
「任せろ!」
レオンの掌から放たれた風の衝撃波が、寸分の狂いもなく指定された岩盤に着弾し、砕けた岩石が狼たちの足元を覆う。群れはさらに混乱し、身動きが取れなくなった個体から、崖の上の猟師たちが放つ矢の餌食となっていった。
しかし、ダイアウルフの統率は、私の想定をわずかに上回っていた。
傷つき、混乱しながらも、巨大なアルファ個体の咆哮一つで、残った群れが再び統率を取り戻す。奴らは死んだ仲間を乗り越え、瓦礫の山をものともせず、力ずくで中央突破を試みようとしていた。数頭が、獣とは思えぬ身軽さで、崖を駆け上がろうとし始める。
村人たちの間に、緊張が走る。
だが、私の心は、依然として湖面のように静かだった。
「予測可能な行動です。射手は崖を登る個体に集中。――レオン、今です。入り口を完全に封鎖します」
レオンが、これまでで最大級の魔力を練り上げる。彼の力が、私の数式によって完璧に収束され、渓谷の入り口に設置した最後のバリケード――巨木と岩で組み上げた即席の城門へと叩きつけられた。
轟音と共に、バリケードが崩落し、大量の土砂を巻き込みながら、渓谷の入り口を完全に塞いでしまう。
これで、鼠は袋の中だ。
退路を断たれたことを悟り、アルファの目に、初めて焦りの色が浮かんだ。追い詰められた獣は、最も危険だ。アルファは天に向かって咆哮すると、残った十数頭の群れを率い、唯一開かれた道――渓谷の奥へと、死に物狂いの最後の突撃を開始した。
彼らが向かう先こそ、この戦術における、最終にして最大の殺戮装置が待ち受ける場所だった。
「全班、最終トラップの起動準備」
私は、崖下に殺到する狼たちの速度と質量を、冷徹な目で見極める。彼らが、崖下に仕掛けた岩盤崩落の最適有効範囲(キルゾーン)に完全に進入する、その瞬間を。
「……今。起動」
レオンと村の男たちが、崖の上の巨大な岩盤を支えていた最後の一本のロープを、同時に断ち切る。
ゴゴゴゴゴゴゴ……と、地獄の釜が開くような、重く低い音が響き渡る。崖全体が、まるで生き物のように身震いした。そして、私たちが一日がかりで崖の上に乗せた、数え切れないほどの巨石と土砂が、一斉に、眼下の狼たちの頭上へと降り注いだ。
狼たちの絶叫は、山が崩れる轟音に、赤子の産声のようにかき消された。地面が激しく揺れ、巨大な土煙が夜空へと舞い上がる。
やがて、全てが終わった。
後に残されたのは、悪夢のような静寂だけだった。ゆっくりと土煙が晴れていくと、そこには原型を留めないほどに瓦礫で埋め尽くされた渓谷の姿があった。狼の群れは、その大半が岩石の下敷きとなり、完全に沈黙していた。
崖の上の村人たちは、眼下の光景に言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くす。そして、その視線は、畏怖と、ほんのわずかな恐怖をない交ぜにしながら、この惨劇をただ一人で描ききった、私へと注がれた。
レオンが、魔力消費の疲労から、ぜえぜえと肩で息をしながら、私に近づいてきた。その目には、隠しようもない賞賛の色が浮かんでいた。
誰もが、勝利を確信した、その時だった。
「グルルルルルル……」
瓦礫の山の向こうから、地を這うような、低い唸り声が響いた。
土煙の中から、ぬっと現れたのは、あのアルファ個体だった。
片足は無残に折れ曲がり、全身から血を流しながらも、その巨体は、まだ生きていた。突撃の先頭にいたことで、奇跡的に岩盤崩落の直撃を免れたのだ。
その燃えるような赤い双眸は、もはや他の誰でもない。ただ一人、この作戦の司令塔である、崖の上の私だけを、純粋な憎悪と共に捉えていた。
「リディア!」
レオンが叫ぶのと、アルファが動くのは、ほぼ同時だった。
獣は折れた足の痛みなどないかのように、信じがたい跳躍力で崖を駆け上がってくる。その速度は、私の計算を超えていた。
私の完璧な閉じた系の中に、最後まで残っていた、最大の予測不能な変数。
それは、瀕死の獣が放つ、ただ純粋な、生の執念だった。
狼の巨大な顎が、すぐ目の前に迫っていた。
私の静かな号令が、夜の闇に響き渡る。それを合図に、崖の上に潜んでいた猟師たちが、一斉に張り詰めていたロープを断ち切った。
ギギギ……ッ! ドッシャアアアン!!
渓谷の入り口で、あらかじめ仕掛けておいた第一の罠が作動する。しならせて固定していた巨木が、恐ろしい勢いで解放され、槍のように鋭く尖らせた先端部が、突撃してきたダイアウルフの群れの先頭集団を薙ぎ払い、串刺しにした。
悲鳴と怒りの咆哮が入り混じり、完璧に統率されていた群れの隊列が、一瞬にして崩壊する。
だが、私の作戦は、まだ始まったばかりだった。
私は戦場の流れを、まるでチェス盤の駒の動きのように、冷静に俯瞰していた。
「猟師A班、右翼の個体を狙い、左へ追い立てなさい。B班は第二障壁の準備を」
「レオン」
「おう!」
「座標γ-7(ガンマセブン)の岩盤へ、指向性衝動波を。目的は殺傷ではなく、足場の破壊です。彼らの機動力をさらに削ぎます」
「任せろ!」
レオンの掌から放たれた風の衝撃波が、寸分の狂いもなく指定された岩盤に着弾し、砕けた岩石が狼たちの足元を覆う。群れはさらに混乱し、身動きが取れなくなった個体から、崖の上の猟師たちが放つ矢の餌食となっていった。
しかし、ダイアウルフの統率は、私の想定をわずかに上回っていた。
傷つき、混乱しながらも、巨大なアルファ個体の咆哮一つで、残った群れが再び統率を取り戻す。奴らは死んだ仲間を乗り越え、瓦礫の山をものともせず、力ずくで中央突破を試みようとしていた。数頭が、獣とは思えぬ身軽さで、崖を駆け上がろうとし始める。
村人たちの間に、緊張が走る。
だが、私の心は、依然として湖面のように静かだった。
「予測可能な行動です。射手は崖を登る個体に集中。――レオン、今です。入り口を完全に封鎖します」
レオンが、これまでで最大級の魔力を練り上げる。彼の力が、私の数式によって完璧に収束され、渓谷の入り口に設置した最後のバリケード――巨木と岩で組み上げた即席の城門へと叩きつけられた。
轟音と共に、バリケードが崩落し、大量の土砂を巻き込みながら、渓谷の入り口を完全に塞いでしまう。
これで、鼠は袋の中だ。
退路を断たれたことを悟り、アルファの目に、初めて焦りの色が浮かんだ。追い詰められた獣は、最も危険だ。アルファは天に向かって咆哮すると、残った十数頭の群れを率い、唯一開かれた道――渓谷の奥へと、死に物狂いの最後の突撃を開始した。
彼らが向かう先こそ、この戦術における、最終にして最大の殺戮装置が待ち受ける場所だった。
「全班、最終トラップの起動準備」
私は、崖下に殺到する狼たちの速度と質量を、冷徹な目で見極める。彼らが、崖下に仕掛けた岩盤崩落の最適有効範囲(キルゾーン)に完全に進入する、その瞬間を。
「……今。起動」
レオンと村の男たちが、崖の上の巨大な岩盤を支えていた最後の一本のロープを、同時に断ち切る。
ゴゴゴゴゴゴゴ……と、地獄の釜が開くような、重く低い音が響き渡る。崖全体が、まるで生き物のように身震いした。そして、私たちが一日がかりで崖の上に乗せた、数え切れないほどの巨石と土砂が、一斉に、眼下の狼たちの頭上へと降り注いだ。
狼たちの絶叫は、山が崩れる轟音に、赤子の産声のようにかき消された。地面が激しく揺れ、巨大な土煙が夜空へと舞い上がる。
やがて、全てが終わった。
後に残されたのは、悪夢のような静寂だけだった。ゆっくりと土煙が晴れていくと、そこには原型を留めないほどに瓦礫で埋め尽くされた渓谷の姿があった。狼の群れは、その大半が岩石の下敷きとなり、完全に沈黙していた。
崖の上の村人たちは、眼下の光景に言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くす。そして、その視線は、畏怖と、ほんのわずかな恐怖をない交ぜにしながら、この惨劇をただ一人で描ききった、私へと注がれた。
レオンが、魔力消費の疲労から、ぜえぜえと肩で息をしながら、私に近づいてきた。その目には、隠しようもない賞賛の色が浮かんでいた。
誰もが、勝利を確信した、その時だった。
「グルルルルルル……」
瓦礫の山の向こうから、地を這うような、低い唸り声が響いた。
土煙の中から、ぬっと現れたのは、あのアルファ個体だった。
片足は無残に折れ曲がり、全身から血を流しながらも、その巨体は、まだ生きていた。突撃の先頭にいたことで、奇跡的に岩盤崩落の直撃を免れたのだ。
その燃えるような赤い双眸は、もはや他の誰でもない。ただ一人、この作戦の司令塔である、崖の上の私だけを、純粋な憎悪と共に捉えていた。
「リディア!」
レオンが叫ぶのと、アルファが動くのは、ほぼ同時だった。
獣は折れた足の痛みなどないかのように、信じがたい跳躍力で崖を駆け上がってくる。その速度は、私の計算を超えていた。
私の完璧な閉じた系の中に、最後まで残っていた、最大の予測不能な変数。
それは、瀕死の獣が放つ、ただ純粋な、生の執念だった。
狼の巨大な顎が、すぐ目の前に迫っていた。
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