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第1話 その婚約破棄、待っておりました
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「アリア・ローズブレイド! 貴様のような可愛げのない女との婚約は、今ここで破棄する!!」
学園の卒業パーティ会場。
オーケストラの演奏がかき消されるほどの大声が響き渡った。
声の主は、この国の第二王子であり、私の婚約者であるデリック殿下。
そして、彼の腕の中にしなだれかかっているのは――私の義理の妹、ミナだった。
「きゃっ、デリック様ぁ。お姉様が怖い顔で睨んでますぅ……」
「大丈夫だ、ミナ。僕が守る。……見ろ、この鉄仮面のような顔を。少しは傷ついた顔を見せたらどうなんだ!」
デリック殿下は私を指差し、軽蔑の眼差しを向けてくる。
周囲の生徒たちも、ひそひそと嘲笑交じりの声を上げていた。
「あの堅物令嬢、ついに捨てられたか」
「妹のミナ様の方が愛想もいいし、可愛いものね」
「いつも仕事ばかりで、お茶会にも来ないからよ」
ふむ。
私は心の中で、冷静に懐中時計を確認した。
現在、十九時三十分。
予定通りだ。そろそろ来る頃だと思っていた。
私は扇を閉じ、表情一つ変えずにカーテシーをした。
「……デリック殿下。そのお言葉、本気と受け取ってよろしいのですね?」
「当たり前だ! 僕は真実の愛に目覚めたのだ。ミナのように純粋で、僕を癒やしてくれる存在こそが王妃にふさわしい。貴様のような、いつも書類と睨めっこをしている事務的な女は願い下げだ!」
「そうですか。安心いたしました」
「は……?」
私はドレスの隠しポケットから、あらかじめ用意しておいた『書類』を取り出した。
羊皮紙に記されたそれは、王家の紋章が入った正式な書類だ。
「な、なんだそれは」
「婚約解消についての合意書です。殿下がおっしゃる通り、私と殿下の相性は最悪でしたから。いつかこうなると思い、準備しておりました」
私は懐からペンを取り出し、殿下の前に差し出す。
「こちらにサインをお願いいたします。これをもって、正式に婚約は白紙となります。もちろん、有責配偶者は殿下ですので、慰謝料については後ほど請求させていただきますが」
「き、貴様……! 泣いてすがることもないのか!?」
「時間が惜しいのです。私、明日から新しい職場に行かねばなりませんので」
デリック殿下は顔を真っ赤にして、引ったくるようにペンを奪い、乱暴にサインをした。
「いいだろう! くれてやる! 二度とその顔を見せるな!」
「お姉様、ごめんなさいねぇ。でも、愛には勝てないの」
ミナが勝ち誇ったように笑う。
その笑顔、いつまで続くかしら。
私はサインを確認し、丁寧に書類を収納した。
これで、自由だ。
今まで、この国の杜撰な財政を立て直すために、私がどれだけの夜を徹して働いてきたか。
デリック殿下の領地の借金を、誰が裏帳簿を整理して返済したと思っているのか。
屋敷の結界維持も、魔道具の管理も、すべて私がやっていたことすら、彼らは知らない。
「ミナ。これからは貴方が殿下を支えるのよ。領地経営の決裁権も、すべて貴方に譲るわ」
「え? け、経営? よくわかんないけど、デリック様がいるから平気よねぇ?」
「もちろんだとも。アリアごときに出来たことが、僕たちに出来ないはずがない」
……ぷっ。
私は思わず吹き出しそうになるのを堪え、踵を返した。
明日になれば、領地の結界は消える。
一週間後には、隠蔽されていた借金取りが屋敷に押し寄せるだろう。
一ヶ月後には、国中の物流が止まるかもしれない。
だって、その采配を振るっていたのは、全て「可愛げのない私」だったのだから。
「それでは、ごきげんよう。皆様、お幸せに」
私は背後で喚いている元婚約者たちの声をBGMに、颯爽と会場を後にした。
夜風が心地いい。
会場の出口、馬車止めの暗がりに、一台の漆黒の馬車が停まっているのが見えた。
王家の紋章ではない。
もっと強大で、恐ろしい――隣国「ガルガディア帝国」の紋章だ。
馬車の扉が開き、この世のものとは思えない美貌の男性が降りてくる。
氷の貴公子、冷徹皇太子と噂されるクライド様だ。
彼は私を見つけると、氷のような表情を一瞬で溶かし、甘く熱い瞳で私を見つめた。
「待ちわびたぞ、アリア。……やっと、ゴミ溜めから解放されたか」
私の新しい人生(と、元婚約者たちの破滅)が、今ここから始まる。
学園の卒業パーティ会場。
オーケストラの演奏がかき消されるほどの大声が響き渡った。
声の主は、この国の第二王子であり、私の婚約者であるデリック殿下。
そして、彼の腕の中にしなだれかかっているのは――私の義理の妹、ミナだった。
「きゃっ、デリック様ぁ。お姉様が怖い顔で睨んでますぅ……」
「大丈夫だ、ミナ。僕が守る。……見ろ、この鉄仮面のような顔を。少しは傷ついた顔を見せたらどうなんだ!」
デリック殿下は私を指差し、軽蔑の眼差しを向けてくる。
周囲の生徒たちも、ひそひそと嘲笑交じりの声を上げていた。
「あの堅物令嬢、ついに捨てられたか」
「妹のミナ様の方が愛想もいいし、可愛いものね」
「いつも仕事ばかりで、お茶会にも来ないからよ」
ふむ。
私は心の中で、冷静に懐中時計を確認した。
現在、十九時三十分。
予定通りだ。そろそろ来る頃だと思っていた。
私は扇を閉じ、表情一つ変えずにカーテシーをした。
「……デリック殿下。そのお言葉、本気と受け取ってよろしいのですね?」
「当たり前だ! 僕は真実の愛に目覚めたのだ。ミナのように純粋で、僕を癒やしてくれる存在こそが王妃にふさわしい。貴様のような、いつも書類と睨めっこをしている事務的な女は願い下げだ!」
「そうですか。安心いたしました」
「は……?」
私はドレスの隠しポケットから、あらかじめ用意しておいた『書類』を取り出した。
羊皮紙に記されたそれは、王家の紋章が入った正式な書類だ。
「な、なんだそれは」
「婚約解消についての合意書です。殿下がおっしゃる通り、私と殿下の相性は最悪でしたから。いつかこうなると思い、準備しておりました」
私は懐からペンを取り出し、殿下の前に差し出す。
「こちらにサインをお願いいたします。これをもって、正式に婚約は白紙となります。もちろん、有責配偶者は殿下ですので、慰謝料については後ほど請求させていただきますが」
「き、貴様……! 泣いてすがることもないのか!?」
「時間が惜しいのです。私、明日から新しい職場に行かねばなりませんので」
デリック殿下は顔を真っ赤にして、引ったくるようにペンを奪い、乱暴にサインをした。
「いいだろう! くれてやる! 二度とその顔を見せるな!」
「お姉様、ごめんなさいねぇ。でも、愛には勝てないの」
ミナが勝ち誇ったように笑う。
その笑顔、いつまで続くかしら。
私はサインを確認し、丁寧に書類を収納した。
これで、自由だ。
今まで、この国の杜撰な財政を立て直すために、私がどれだけの夜を徹して働いてきたか。
デリック殿下の領地の借金を、誰が裏帳簿を整理して返済したと思っているのか。
屋敷の結界維持も、魔道具の管理も、すべて私がやっていたことすら、彼らは知らない。
「ミナ。これからは貴方が殿下を支えるのよ。領地経営の決裁権も、すべて貴方に譲るわ」
「え? け、経営? よくわかんないけど、デリック様がいるから平気よねぇ?」
「もちろんだとも。アリアごときに出来たことが、僕たちに出来ないはずがない」
……ぷっ。
私は思わず吹き出しそうになるのを堪え、踵を返した。
明日になれば、領地の結界は消える。
一週間後には、隠蔽されていた借金取りが屋敷に押し寄せるだろう。
一ヶ月後には、国中の物流が止まるかもしれない。
だって、その采配を振るっていたのは、全て「可愛げのない私」だったのだから。
「それでは、ごきげんよう。皆様、お幸せに」
私は背後で喚いている元婚約者たちの声をBGMに、颯爽と会場を後にした。
夜風が心地いい。
会場の出口、馬車止めの暗がりに、一台の漆黒の馬車が停まっているのが見えた。
王家の紋章ではない。
もっと強大で、恐ろしい――隣国「ガルガディア帝国」の紋章だ。
馬車の扉が開き、この世のものとは思えない美貌の男性が降りてくる。
氷の貴公子、冷徹皇太子と噂されるクライド様だ。
彼は私を見つけると、氷のような表情を一瞬で溶かし、甘く熱い瞳で私を見つめた。
「待ちわびたぞ、アリア。……やっと、ゴミ溜めから解放されたか」
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