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第2話 冷徹皇太子の甘すぎるヘッドハント
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「どうぞ、中へ。我が君が首を長くしてお待ちでしたので」
御者の恭しい手引きで、私は漆黒の馬車へと足を踏み入れた。
車内は、先ほどのパーティ会場よりも遥かに豪華だった。
最高級のベルベットが張られた座席、魔法石による柔らかな照明、そして微かに漂うシトラスの香り。
その優雅な空間の中心に、彼――ガルガディア帝国の皇太子、クライド様が優雅に足を組んで座っていた。
「久しぶりだな、アリア。今は『元・公爵令嬢』と呼ぶべきか?」
クライド様は、黄金の髪をさらりと揺らし、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
その美貌は、直視するだけで目が眩みそうだ。
隣国では「氷の皇太子」「冷血の覇王」と恐れられている方だが、私にはいつもこうして気安く接してくれる。
「お久しぶりです、クライド殿下。ええ、つい先ほど、無事に『無職』となりました」
「くくっ、無職か。あの国一番の傑物が無職とは、世も末だな」
私が対面の席に座ろうとすると、クライド様は長い腕を伸ばし、私の手首を掴んだ。
そして、強引に――けれど驚くほど優しく、ご自身の隣に私を座らせた。
「で、殿下? 流石に近すぎでは……」
「いいだろう。ずっと我慢していたんだ」
クライド様は私の手を取り、その指先に口付けを落とした。
心臓が大きく跳ねる。
デリック殿下からは「インク臭い手だ」と嫌味を言われていた私の手。
それを、彼はまるで宝物のように扱ってくれる。
「よくやったな、アリア。あの愚か者との婚約破棄、見事だった」
「……お見苦しいところをお見せしました。もっと穏便に済ませるつもりだったのですが、向こうが騒ぎ立てたもので」
「いや、あれでいい。君があの国に未練を残さず、完全に決別してくれたことが嬉しい」
クライド様は満足げに目を細めた。
そう、この手引きは数ヶ月前から計画されていたことだ。
国境付近の視察で偶然出会った私たちが、領地経営や魔導理論について議論を交わしたのが始まりだった。
私の計算能力と、独自に開発した領地管理システムを見たクライド様は、その場でこう言ったのだ。
『その頭脳、我が国で活かす気はないか?』と。
「改めて言おう、アリア。我が帝国に来い」
クライド様は真剣な眼差しで私を見つめる。
「君の能力は、あの狭い国で、ましてやあの無能な王子の飾り物として埋もれさせていいものではない。君が一人で支えていた結界術、そして財政再建の手腕……我が国なら、正当な地位と報酬を用意できる」
「……私のような、可愛げのない女でよろしいのですか? 先ほども言われました。私は鉄仮面で、男好きのしない女だと」
私が自虐的に言うと、クライド様は不機嫌そうに眉を寄せた。
そして、私の頬にそっと手を添え、強引に視線を合わせさせる。
「可愛げがない? 誰がそんな戯言を言った」
「え……」
「君は美しい。徹夜で書類に向かう真剣な横顔も、領民のために泥にまみれて現場を指揮する姿も、私にとってはどんな宝石よりも魅力的だ」
予想外の言葉に、私は言葉を失った。
熱いものが頬に集まるのを感じる。
「私は君の『仕事』も欲しているが、それ以上に君自身を欲している。……アリア、私にとって君は、最初に出会った時から唯一無二の女性だ」
その声は甘く、とろけるような響きを帯びていた。
冷徹皇太子と恐れられる彼が、私にだけ見せる情熱。
これこそが、私がデリック殿下に見切りをつけ、国を捨てる決意をした最大の理由だった。
「……光栄です、クライド様。貴方のような方に評価していただけるなら、この身のすべてを捧げてお仕えします」
「『お仕え』はいらないな。私が望んでいるのは、もっと対等で、親密な関係だ」
クライド様は楽しそうに笑うと、馬車の壁をコンコンと叩いた。
合図と共に、馬車が動き出す。
「さあ、行こう。帝国までは少し時間がかかる。……積もる話もあるし、ゆっくりと私に甘やかされる準備をしておけ」
「あ、甘やかされる、とは……?」
「言葉通りの意味だ。君は今まで働きすぎた。これからは私が、君の人生を最高のものにすると誓おう」
遠ざかる王都の灯り。
その中には、私の抜けた穴に気づかず、破滅へと向かう元婚約者たちがいるはずだ。
けれど、もう同情はしない。
私の隣には今、私を心から必要とし、愛してくれる人がいるのだから。
馬車は夜の闇を切り裂き、輝かしい未来の待つ大国へと走り出した。
御者の恭しい手引きで、私は漆黒の馬車へと足を踏み入れた。
車内は、先ほどのパーティ会場よりも遥かに豪華だった。
最高級のベルベットが張られた座席、魔法石による柔らかな照明、そして微かに漂うシトラスの香り。
その優雅な空間の中心に、彼――ガルガディア帝国の皇太子、クライド様が優雅に足を組んで座っていた。
「久しぶりだな、アリア。今は『元・公爵令嬢』と呼ぶべきか?」
クライド様は、黄金の髪をさらりと揺らし、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
その美貌は、直視するだけで目が眩みそうだ。
隣国では「氷の皇太子」「冷血の覇王」と恐れられている方だが、私にはいつもこうして気安く接してくれる。
「お久しぶりです、クライド殿下。ええ、つい先ほど、無事に『無職』となりました」
「くくっ、無職か。あの国一番の傑物が無職とは、世も末だな」
私が対面の席に座ろうとすると、クライド様は長い腕を伸ばし、私の手首を掴んだ。
そして、強引に――けれど驚くほど優しく、ご自身の隣に私を座らせた。
「で、殿下? 流石に近すぎでは……」
「いいだろう。ずっと我慢していたんだ」
クライド様は私の手を取り、その指先に口付けを落とした。
心臓が大きく跳ねる。
デリック殿下からは「インク臭い手だ」と嫌味を言われていた私の手。
それを、彼はまるで宝物のように扱ってくれる。
「よくやったな、アリア。あの愚か者との婚約破棄、見事だった」
「……お見苦しいところをお見せしました。もっと穏便に済ませるつもりだったのですが、向こうが騒ぎ立てたもので」
「いや、あれでいい。君があの国に未練を残さず、完全に決別してくれたことが嬉しい」
クライド様は満足げに目を細めた。
そう、この手引きは数ヶ月前から計画されていたことだ。
国境付近の視察で偶然出会った私たちが、領地経営や魔導理論について議論を交わしたのが始まりだった。
私の計算能力と、独自に開発した領地管理システムを見たクライド様は、その場でこう言ったのだ。
『その頭脳、我が国で活かす気はないか?』と。
「改めて言おう、アリア。我が帝国に来い」
クライド様は真剣な眼差しで私を見つめる。
「君の能力は、あの狭い国で、ましてやあの無能な王子の飾り物として埋もれさせていいものではない。君が一人で支えていた結界術、そして財政再建の手腕……我が国なら、正当な地位と報酬を用意できる」
「……私のような、可愛げのない女でよろしいのですか? 先ほども言われました。私は鉄仮面で、男好きのしない女だと」
私が自虐的に言うと、クライド様は不機嫌そうに眉を寄せた。
そして、私の頬にそっと手を添え、強引に視線を合わせさせる。
「可愛げがない? 誰がそんな戯言を言った」
「え……」
「君は美しい。徹夜で書類に向かう真剣な横顔も、領民のために泥にまみれて現場を指揮する姿も、私にとってはどんな宝石よりも魅力的だ」
予想外の言葉に、私は言葉を失った。
熱いものが頬に集まるのを感じる。
「私は君の『仕事』も欲しているが、それ以上に君自身を欲している。……アリア、私にとって君は、最初に出会った時から唯一無二の女性だ」
その声は甘く、とろけるような響きを帯びていた。
冷徹皇太子と恐れられる彼が、私にだけ見せる情熱。
これこそが、私がデリック殿下に見切りをつけ、国を捨てる決意をした最大の理由だった。
「……光栄です、クライド様。貴方のような方に評価していただけるなら、この身のすべてを捧げてお仕えします」
「『お仕え』はいらないな。私が望んでいるのは、もっと対等で、親密な関係だ」
クライド様は楽しそうに笑うと、馬車の壁をコンコンと叩いた。
合図と共に、馬車が動き出す。
「さあ、行こう。帝国までは少し時間がかかる。……積もる話もあるし、ゆっくりと私に甘やかされる準備をしておけ」
「あ、甘やかされる、とは……?」
「言葉通りの意味だ。君は今まで働きすぎた。これからは私が、君の人生を最高のものにすると誓おう」
遠ざかる王都の灯り。
その中には、私の抜けた穴に気づかず、破滅へと向かう元婚約者たちがいるはずだ。
けれど、もう同情はしない。
私の隣には今、私を心から必要とし、愛してくれる人がいるのだから。
馬車は夜の闇を切り裂き、輝かしい未来の待つ大国へと走り出した。
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