「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽

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第4話 『可愛げのない女』を追い出した翌朝、なぜか屋敷の結界が消滅し、領地が大パニックになっています

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(デリック視点)

「……寒いっ!!」

 私は全身を貫くような悪寒で目を覚ました。
 ガタガタと歯を鳴らしながら、最高級の羽毛布団を跳ね除ける。
 寝室の窓は閉まっているのに、まるで真冬の屋外に放り出されたかのような冷気だ。今は春だぞ?

「おい! メイド! 執事! どうなっているんだ!」

 私が呼び鈴を乱暴に鳴らすと、年配の執事が青い顔をして飛び込んできた。

「も、申し訳ございませんデリック殿下! 屋敷の空調魔道具が、今朝未明に突然停止しまして……」
「停止? 故障か? なら予備の魔石を使えばいいだろう!」
「そ、それが……予備の魔石の保管場所の封印が解けないのです。あの倉庫の管理パスワードは、アリア様しかご存じなく……」

 アリア。
 またその名前か。

「ええい、あの可愛げのない女のことだ。どうせ意地悪でロックを掛けて出ていったのだろう。……まあいい、食事にしろ。温かいスープを持ってこい」

 私は苛立ちを抑え、食堂へと向かった。
 そこでは、新しい婚約者であるミナが、不満げにフォークでお皿を叩いていた。

「遅いよぉ、デリック様ぁ。このスープ、全然味がしないの!」
「なんだって?」

 席につき、出されたポタージュを口に運ぶ。
 ……泥水か?
 いや、味がないどころか、少し酸っぱい。野菜の鮮度が死んでいる。それに紅茶も、いつもの芳醇な香りがせず、渋いだけの茶色いお湯だ。

「料理長を呼べ! 私の舌を腐らせる気か!」

 怒鳴りつけると、料理長がエプロンを握りしめて走ってきた。

「も、申し訳ございません! ですが、いつも使っている『最高ランクの野菜』と『特級茶葉』が、今朝届かなかったのです!」
「はあ? 業者が忘れたのか?」
「いえ……業者いわく、『アリア様との個人契約だったので、アリア様がいなくなった以上、取引は終了です』と……。契約書を確認したところ、確かに仕入れルートの開拓と契約維持は、すべてアリア様個人の資金とコネで行われておりまして……」

 食堂に沈黙が流れた。
 空調が切れた寒い部屋で、不味いスープと渋い紅茶。
 これが、あの女がいなくなった翌朝の現実だというのか?

「……ふん。たかが食材の手配だろう。アリアは公爵令嬢のくせに、そんな下働きのようなことをしていたのか。やはり王妃の器ではなかったな」

 私は鼻で笑い、強がりを言った。
 そうだ、あんな事務的な女がいなくなって清々したんだ。これくらいの不便、金さえ積めばすぐに解決できる。

 その時だった。

 ドォォォォォォン!!

 地響きのような轟音と共に、屋敷が大きく揺れた。

「きゃぁぁっ!?」
「な、なんだ! 地震か!?」

 私はミナを庇おうと立ち上がったが、窓の外を見て凍りついた。

 空が、赤い。

 いつも領地を覆っていた、青白く輝くドーム状の『守護結界』が、ガラス細工のようにひび割れ、崩れ落ちていくところだった。

「け、結界が……消える……?」

 顔面蒼白の執事が、転がるようにして部屋に入ってきた。

「で、デリック殿下! 大変です! 領地の守護結界が完全に消失しました!」
「馬鹿な! 結界の魔力充填は、王宮魔導師団の仕事だろう!?」
「そ、それが……魔導師団長からの報告によると、『結界の術式が複雑すぎて解析不能』だと……! 今までこの複雑怪奇な術式を一人で制御し、魔力を供給していた術者がいたはずだが、その者がいなくなったから崩壊したのだ、と!」

 術者。一人で制御。
 私の脳裏に、いつも執務室でブツブツと数式を呟きながら、空に手をかざしていたアリアの背中が浮かんだ。

 ――『デリック様。結界の微調整が終わりました。これで魔獣は入れません』

 あの時、私は何と言った?

 『ああ、そうか。地味な作業ご苦労』と、ろくに見もせずに答えたのではなかったか?

「嘘だ……。あの女が、一人でこの広大な領地を守っていたというのか? 王宮魔導師ですら解析できない術式を?」
「殿下! 結界の消失を確認した魔獣たちが、森から溢れ出してきます! 領民たちがパニックに!」
「さらに報告! 領地の主要な商人たちが『アリア様がいないなら撤退する』と店を畳み始めています! 物流が止まります!」
「銀行からも使者が! 『借金の連帯保証人だったアリア様のサインが無効になったので、今すぐ一括返済しろ』と……!」

 次々と飛び込んでくる凶報。
 私はめまいがして、テーブルに手をついた。

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!! アリアはただの、可愛げのない書類女だったはずだ! こんな……こんなことがあってたまるか!」

 ミナが「怖いよぉ、どうにかしてよぉ」と泣き叫んでいるが、慰める余裕などない。

 私はようやく理解し始めていた。
 私が追い出したのは、「可愛げのない女」ではなく、「この国の心臓」そのものだったのではないか、と。
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