「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽

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第5話 極上の朝食と、冷徹皇太子の甘い独占欲

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 チュン、チュン……と、小鳥のさえずりで目が覚めた。

「……ん」

 目を開けると、そこは天蓋付きの巨大なベッドの上だった。
 窓からは温かな陽光が差し込み、部屋全体が黄金色に輝いている。
 空調魔法が完璧に制御された室内は、春の野原のように快適な温度だ。

(……昨日の朝とは大違いだわ)

 実家にいた頃は、冷え切った部屋で目覚め、震える手で結界の制御盤を調整するのが日課だった。
 それがどうだろう。この羽根布団の柔らかさ、肌触りの良いシルクの寝間着。
 まるで、雲の上で寝ていたみたいだ。

「おはよう、アリア。よく眠れたか?」

 不意に、甘い声が降ってきた。
 サイドテーブルの椅子に座り、優雅に紅茶を飲んでいたクライド様が、私を覗き込んでいた。

「ク、クライド様!? いつからそこに……っ!」
「君が寝息を立てているのを見るのが楽しくてな。一時間ほど前からだ」
「い、一時間も!? 起こしてくださいませ! 私、寝顔なんて……」

 慌てて布団で顔を隠そうとすると、クライド様がその手を優しく制し、額に口付けを落とした。

「可愛かったぞ。普段の凛とした君もいいが、無防備な君も格別だ」
「うぅ……」

 朝から心臓に悪い。
 この国の皇太子は、いつ公務をしているのだろうか。

「さあ、朝食にしよう。君のために、帝国最高のシェフを叩き起こして作らせた」

 運ばれてきたワゴンを見て、私は息を飲んだ。
 焼きたてのパンの香り、宝石のように輝くフルーツ、そして湯気を立てる黄金色のコンソメスープ。
 実家では「経費削減だ」と言われ、具のないスープと硬いパンばかり食べていたのに。

 スープを一口飲む。
 ……濃厚な旨味が、身体中に染み渡る。

「おいしい……。こんなにおいしいスープ、初めてです」
「そうか。なら、毎日食べさせよう。君の身体は細すぎる。これからは私が餌付けして、ふっくらと健康的にしてやる義務があるな」

 クライド様は楽しそうに笑いながら、私の口元についたパン屑を指で拭った。
 その指を、自然な動作でご自身の口へと運ぶ。

「ああっ!? そ、それは!」
「甘いな。……君が食べたからか?」

 ボンッ、と音がしそうなほど顔が熱くなった。
 この方は、息をするように愛を囁いてくる。これが溺愛というものなのか。免疫のない私は、ただ翻弄されるばかりだ。
 その時、コンコンと控えめなノック音がして、昨日の文官長が入室してきた。
 彼は私を見ると、パァッと顔を輝かせ、深々と頭を下げた。

「アリア様! 昨日はありがとうございました! おかげで兵站計画が完璧に進んでおります!」
「お役に立てて何よりです」
「して、殿下。……隣国より、緊急の早馬が来ておりますが」

 文官長の声色が、少しだけ硬くなった。
 という言葉に、私はスプーンを止めた。

「報告してみろ」
「はっ。……隣国にて『原因不明の結界消失事故』が発生したとのこと。魔獣が森から溢れ出し、領民の避難が始まっているそうです。また、主要な商会が一斉に撤退を表明し、経済が麻痺状態にあると……」

 文官長の報告を聞きながら、私は静かに紅茶を飲んだ。
 やはり、そうなったか。

「原因不明、ね。……管理パスワードすら覚えていないような方々には、そう見えるのでしょうね」
「アリア、どうする? 君が望むなら、手を貸してやってもいいが」

 クライド様が試すような視線を向けてくる。
 私は、首を横に振った。

「いいえ。必要ありません」

 かつては、私が守らなければと必死だった。
 でも、彼らは私を捨てた。私の警告も、献身も、すべて踏みにじったのは彼らだ。

 それに――。

 私は、目の前の愛しい人を見つめ返した。

「今の私の仕事は、この国の発展に尽くすこと。そして……クライド様のお側にいることです。他国の不始末を尻拭いしている暇はありませんわ」
「……ふっ、はははは!」

 クライド様は愉快そうに笑い、私を強く抱き寄せた。

「合格だ、アリア! その通りだ。あの国はもう終わりだ。放っておけばいい」

 彼の腕の中は温かく、シトラスの香りに包まれている。
 窓の外には、どこまでも広がる青い空と、活気に満ちた帝都の街並みが見えた。
 どんよりと曇った故郷の空とは違う。
 ここには、私の居場所がある。

「さて、アリア。朝食が済んだら、ドレスを選びに行こうか」
「ドレス、ですか?」
「ああ。来週の『皇太子婚約発表パレード』で着るための、最高の一着だ。……世界中に見せつけてやらねばな。私が手に入れた至宝を」

 元婚約者の国が魔獣に怯えている頃、私は世界で一番幸せな花嫁になる準備を始めようとしていた。
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