「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽

文字の大きさ
4 / 8

第4話 『可愛げのない女』を追い出した翌朝、なぜか屋敷の結界が消滅し、領地が大パニックになっています

しおりを挟む
(デリック視点)

「……寒いっ!!」

 私は全身を貫くような悪寒で目を覚ました。
 ガタガタと歯を鳴らしながら、最高級の羽毛布団を跳ね除ける。
 寝室の窓は閉まっているのに、まるで真冬の屋外に放り出されたかのような冷気だ。今は春だぞ?

「おい! メイド! 執事! どうなっているんだ!」

 私が呼び鈴を乱暴に鳴らすと、年配の執事が青い顔をして飛び込んできた。

「も、申し訳ございませんデリック殿下! 屋敷の空調魔道具が、今朝未明に突然停止しまして……」
「停止? 故障か? なら予備の魔石を使えばいいだろう!」
「そ、それが……予備の魔石の保管場所の封印が解けないのです。あの倉庫の管理パスワードは、アリア様しかご存じなく……」

 アリア。
 またその名前か。

「ええい、あの可愛げのない女のことだ。どうせ意地悪でロックを掛けて出ていったのだろう。……まあいい、食事にしろ。温かいスープを持ってこい」

 私は苛立ちを抑え、食堂へと向かった。
 そこでは、新しい婚約者であるミナが、不満げにフォークでお皿を叩いていた。

「遅いよぉ、デリック様ぁ。このスープ、全然味がしないの!」
「なんだって?」

 席につき、出されたポタージュを口に運ぶ。
 ……泥水か?
 いや、味がないどころか、少し酸っぱい。野菜の鮮度が死んでいる。それに紅茶も、いつもの芳醇な香りがせず、渋いだけの茶色いお湯だ。

「料理長を呼べ! 私の舌を腐らせる気か!」

 怒鳴りつけると、料理長がエプロンを握りしめて走ってきた。

「も、申し訳ございません! ですが、いつも使っている『最高ランクの野菜』と『特級茶葉』が、今朝届かなかったのです!」
「はあ? 業者が忘れたのか?」
「いえ……業者いわく、『アリア様との個人契約だったので、アリア様がいなくなった以上、取引は終了です』と……。契約書を確認したところ、確かに仕入れルートの開拓と契約維持は、すべてアリア様個人の資金とコネで行われておりまして……」

 食堂に沈黙が流れた。
 空調が切れた寒い部屋で、不味いスープと渋い紅茶。
 これが、あの女がいなくなった翌朝の現実だというのか?

「……ふん。たかが食材の手配だろう。アリアは公爵令嬢のくせに、そんな下働きのようなことをしていたのか。やはり王妃の器ではなかったな」

 私は鼻で笑い、強がりを言った。
 そうだ、あんな事務的な女がいなくなって清々したんだ。これくらいの不便、金さえ積めばすぐに解決できる。

 その時だった。

 ドォォォォォォン!!

 地響きのような轟音と共に、屋敷が大きく揺れた。

「きゃぁぁっ!?」
「な、なんだ! 地震か!?」

 私はミナを庇おうと立ち上がったが、窓の外を見て凍りついた。

 空が、赤い。

 いつも領地を覆っていた、青白く輝くドーム状の『守護結界』が、ガラス細工のようにひび割れ、崩れ落ちていくところだった。

「け、結界が……消える……?」

 顔面蒼白の執事が、転がるようにして部屋に入ってきた。

「で、デリック殿下! 大変です! 領地の守護結界が完全に消失しました!」
「馬鹿な! 結界の魔力充填は、王宮魔導師団の仕事だろう!?」
「そ、それが……魔導師団長からの報告によると、『結界の術式が複雑すぎて解析不能』だと……! 今までこの複雑怪奇な術式を一人で制御し、魔力を供給していた術者がいたはずだが、その者がいなくなったから崩壊したのだ、と!」

 術者。一人で制御。
 私の脳裏に、いつも執務室でブツブツと数式を呟きながら、空に手をかざしていたアリアの背中が浮かんだ。

 ――『デリック様。結界の微調整が終わりました。これで魔獣は入れません』

 あの時、私は何と言った?

 『ああ、そうか。地味な作業ご苦労』と、ろくに見もせずに答えたのではなかったか?

「嘘だ……。あの女が、一人でこの広大な領地を守っていたというのか? 王宮魔導師ですら解析できない術式を?」
「殿下! 結界の消失を確認した魔獣たちが、森から溢れ出してきます! 領民たちがパニックに!」
「さらに報告! 領地の主要な商人たちが『アリア様がいないなら撤退する』と店を畳み始めています! 物流が止まります!」
「銀行からも使者が! 『借金の連帯保証人だったアリア様のサインが無効になったので、今すぐ一括返済しろ』と……!」

 次々と飛び込んでくる凶報。
 私はめまいがして、テーブルに手をついた。

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!! アリアはただの、可愛げのない書類女だったはずだ! こんな……こんなことがあってたまるか!」

 ミナが「怖いよぉ、どうにかしてよぉ」と泣き叫んでいるが、慰める余裕などない。

 私はようやく理解し始めていた。
 私が追い出したのは、「可愛げのない女」ではなく、「この国の心臓」そのものだったのではないか、と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「君との婚約は時間の無駄だった」とエリート魔術師に捨てられた凡人令嬢ですが、彼が必死で探している『古代魔法の唯一の使い手』って、どうやら私

白桃
恋愛
魔力も才能もない「凡人令嬢」フィリア。婚約者の天才魔術師アルトは彼女を見下し、ついに「君は無駄だ」と婚約破棄。失意の中、フィリアは自分に古代魔法の力が宿っていることを知る。時を同じくして、アルトは国を救う鍵となる古代魔法の使い手が、自分が捨てたフィリアだったと気づき後悔に苛まれる。「彼女を見つけ出さねば…!」必死でフィリアを探す元婚約者。果たして彼は、彼女に許されるのか?

婚約破棄を「奪った側」から見たならば ~王子、あなたの代わりはいくらでもいます~

フーラー
恋愛
王子が「真実の愛」を見つけて婚約破棄をする物語を「奪ったヒロイン側」の視点で『チート相手に勝利する』恋愛譚。 舞台は中世風ファンタジー。 転生者である貴族の娘『アイ』は、前世から持ち込んだ医療や衛生の知識を活かして、世界一の天才研究家として名を馳せていた。 だが、婚約者の王子ソームはそれを快く思っていなかった。 彼女のその活躍こそ目覚ましかったが、彼が求めていたのは『優秀な妻』ではなく、自分と時間を共有してくれる『対等なパートナー』だったからだ。 だが、それを周りに行っても「彼女の才能に嫉妬している」と嘲笑されることがわかっていたため、口に出せなかった。 一方のアイも、もともと前世では『本当の意味でのコミュ障』だった上に、転生して初めてチヤホヤされる喜びを知った状態では、王子にかまける余裕も、彼の内面に目を向ける意識もなかった。 そんなときに王子は、宮廷道化師のハーツに相談する。 「私にアイ様のような才能はないですが、王子と同じ時間は過ごすことは出来ます」 そういった彼女は、その王子をバカにしながらも、彼と一緒に人生を歩く道を模索する。 それによって、王子の心は揺れ動いていくことになる。 小説家になろう・カクヨムでも掲載されています! ※本作を執筆するにあたりAIを補助的に利用しています

出て行けと言われた私が、本当に出ていくなんて思ってもいなかったでしょう??

睡蓮
恋愛
グローとエミリアは婚約関係にあったものの、グローはエミリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、グローは自身の機嫌を損ねたからか、エミリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてエミリアはグローの前から失踪してしまうこととなるのだが、グローはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はエミリアの味方をすると表明、じわじわとグローの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。

これが普通なら、獣人と結婚したくないわ~王女様は復讐を始める~

黒鴉そら
ファンタジー
「私には心から愛するテレサがいる。君のような偽りの愛とは違う、魂で繋がった番なのだ。君との婚約は破棄させていただこう!」 自身の成人を祝う誕生パーティーで婚約破棄を申し出た王子と婚約者と番と、それを見ていた第三者である他国の姫のお話。 全然関係ない第三者がおこなっていく復讐? そこまでざまぁ要素は強くないです。 最後まで書いているので更新をお待ちください。6話で完結の短編です。

【完結】慰謝料は国家予算の半分!?真実の愛に目覚めたという殿下と婚約破棄しました〜国が危ないので返して欲しい?全額使ったので、今更遅いです

冬月光輝
恋愛
生まれつき高い魔力を持って生まれたアルゼオン侯爵家の令嬢アレインは、厳しい教育を受けてエデルタ皇国の聖女になり皇太子の婚約者となる。 しかし、皇太子は絶世の美女と名高い後輩聖女のエミールに夢中になりアレインに婚約破棄を求めた。 アレインは断固拒否するも、皇太子は「真実の愛に目覚めた。エミールが居れば何もいらない」と口にして、その証拠に国家予算の半分を慰謝料として渡すと宣言する。 後輩聖女のエミールは「気まずくなるからアレインと同じ仕事はしたくない」と皇太子に懇願したらしく、聖女を辞める退職金も含めているのだそうだ。 婚約破棄を承諾したアレインは大量の金塊や現金を規格外の収納魔法で一度に受け取った。 そして、実家に帰ってきた彼女は王族との縁談を金と引き換えに破棄したことを父親に責められて勘当されてしまう。 仕事を失って、実家を追放された彼女は国外に出ることを余儀なくされた彼女は法外な財力で借金に苦しむ獣人族の土地を買い上げて、スローライフをスタートさせた。 エデルタ皇国はいきなり国庫の蓄えが激減し、近年魔物が増えているにも関わらず強力な聖女も居なくなり、急速に衰退していく。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約者から妾になれと言われた私は、婚約を破棄することにしました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私エミリーは、婚約者のアシェル王子に「妾になれ」と言われてしまう。 アシェルは子爵令嬢のキアラを好きになったようで、妾になる原因を私のせいにしたいようだ。 もうアシェルと関わりたくない私は、妾にならず婚約破棄しようと決意していた。

許したと思っていたのかしら?──学園に精霊のアイス屋さんを開いた伯爵令嬢

nanahi
恋愛
平民のグリアに婚約者を奪われ無実の罪で学園を退学させられた伯爵令嬢のわたくしは、ちょうど一年後の今日学園にアイス屋さんを開きました。 さっそくグリアたちは店頭で接客をするわたくしを馬鹿にしに参ります。 「お前が売るアイスを私が食べるとでも?」 けれどどうしたのかしら? 買わないと言ったのに、なぜわたくしのアイスを何度も買いに来るのですか、グリア? グリアはわたくしのアイスから離れられなくなり、自身の淑女としての仮面が日に日にはがれていきます。 大丈夫ですの、グリア? このままではせっかくわたくしから奪い取ったロバート様に捨てられてしまいますわ……

処理中です...