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第6話 決戦への序章 〜元婚約者たちは、破滅への招待状とも知らずに〜
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数日後。
私は王城の一角にある特別サロンで、人生で最も豪華な衣装に包まれていた。
「素晴らしい……! アリア様、まるで月の女神のようです!」
お針子たちが感嘆の声を上げる。
鏡に映っているのは、帝国伝統の濃紺(ミッドナイトブルー)のドレスを纏った私だった。
生地には無数のダイヤモンドと魔法石が縫い込まれ、動くたびに星空のように煌めく。かつて「地味だ」「華がない」と言われ続けた私の姿は、そこにはなかった。
「よく似合っている、アリア」
カーテンが開き、純白の礼装に身を包んだクライド様が現れた。
そのあまりの美しさに、お針子たちが「きゃっ」と声を上げて赤面する。
「クライド様……。このような高価なドレス、私には勿体ないのでは」
「何を言う。帝国の皇太子妃になる女性だぞ? これでも控えめにしたくらいだ」
クライド様は私の手を取り、エスコートするように鏡の前へ立たせた。
並んだ二人の姿は、自分でも驚くほど釣り合って見えた。
「さて、アリア。美しい君に、一つ報告がある」
クライド様が、少しだけ声を低くした。
鏡越しに合う視線が、鋭い光を帯びている。
「今夜の婚約披露パーティの招待客リストについてだ。……『あの国』からの出席者が確定した」
「……やはり、来るのですか」
「ああ。デリック王子と、その婚約者ミナ嬢だ」
予想はしていた。
彼らの国は今、結界消失による魔獣被害と、物流停止による経済危機で瀕死の状態だ。
起死回生を狙うには、大陸最強の軍事力と経済力を持つこのガルガディア帝国に支援を求めるしかない。
「彼らの目的は二つだ。一つは我が国からの資金援助。そしてもう一つは……」
「私、ですね」
私が即答すると、クライド様は不愉快そうに鼻を鳴らした。
「ああ。『我が国の重要な人材が不当に拘束されているため、返還を要求する』だとさ。よくもまあ、自分から捨てておいてぬけぬけと」
「……ふふっ」
私は思わず笑ってしまった。
予想通りすぎて、怒りも湧いてこない。
彼らはまだ気付いていないのだ。私が「捨てられた」のではなく「見限った」のだということに。そして、今の私がただの「元・婚約者」ではなく、帝国の全権限を握る皇太子の「最愛のパートナー」であることを。
「アリア。もし君が彼らの顔も見たくないというなら、入国拒否もできるが?」
「いいえ、クライド様。お通しください」
私は鏡の中の自分に向かって、凛と微笑んだ。
「中途半端に噂だけ流れるのも面倒です。公衆の面前で、はっきりと『格の違い』を教えて差し上げますわ」
「……頼もしいな。それでこそ私のフィアンセだ」
クライド様は満足げに笑い、私の首筋に熱いキスを落とした。
これは、ただのパーティではない。
彼らにとっての、公開処刑場だ。
◇◇◇
一方その頃、国境へ向かう馬車の中。
「痛いっ! もう、この馬車揺れすぎよ!」
ミナがヒステリックな声を上げる。
デリックは苛立ちながら、乱れた髪を直した。
「我慢しろミナ。王室専用の馬車は、整備不良で車軸が折れたんだ。代わりの馬車など、これしかなかったんだ」
「ひどぉい……。お姉様がいた頃は、こんなことなかったのに」
「……チッ。あいつもあいつだ。勝手に出ていきやがって」
デリックは舌打ちをした。
国を出てから数日、彼らは地獄を見ていた。
食事は粗末になり、宿の手配もミス続き。何をするにもアリアの完璧なサポートがあったことに気付かされ、そのストレスは限界に達していた。
だが、デリックの瞳にはまだ、奇妙な自信が宿っていた。
「だが、心配するな。アリアは俺に未練があるはずだ」
「えぇ? そうなのぉ?」
「ああ。あいつは真面目な女だ。俺が『許してやるから戻ってこい』と言えば、泣いて感謝して戻ってくるさ。昔から俺の言うことには絶対服従だったからな」
デリックはニヤリと笑った。
帝国の皇太子に囲われているという噂もあるが、どうせ一時的な愛人か何かだろう。
地味で可愛げのないアリアが、本気で愛されるはずがない。
「パーティ会場でアリアを見つけたら、すぐに連れ戻すぞ。そうすれば結界も直るし、借金もなんとかなる」
「もぉ、仕方ないなぁ。お姉様が土下座して謝るなら、許してあげてもいいけどぉ」
ガタガタと揺れるボロ馬車の中で、二人は浅はかな皮算用を弾いていた。
その行き先が、断罪の舞台であるとも知らずに。
私は王城の一角にある特別サロンで、人生で最も豪華な衣装に包まれていた。
「素晴らしい……! アリア様、まるで月の女神のようです!」
お針子たちが感嘆の声を上げる。
鏡に映っているのは、帝国伝統の濃紺(ミッドナイトブルー)のドレスを纏った私だった。
生地には無数のダイヤモンドと魔法石が縫い込まれ、動くたびに星空のように煌めく。かつて「地味だ」「華がない」と言われ続けた私の姿は、そこにはなかった。
「よく似合っている、アリア」
カーテンが開き、純白の礼装に身を包んだクライド様が現れた。
そのあまりの美しさに、お針子たちが「きゃっ」と声を上げて赤面する。
「クライド様……。このような高価なドレス、私には勿体ないのでは」
「何を言う。帝国の皇太子妃になる女性だぞ? これでも控えめにしたくらいだ」
クライド様は私の手を取り、エスコートするように鏡の前へ立たせた。
並んだ二人の姿は、自分でも驚くほど釣り合って見えた。
「さて、アリア。美しい君に、一つ報告がある」
クライド様が、少しだけ声を低くした。
鏡越しに合う視線が、鋭い光を帯びている。
「今夜の婚約披露パーティの招待客リストについてだ。……『あの国』からの出席者が確定した」
「……やはり、来るのですか」
「ああ。デリック王子と、その婚約者ミナ嬢だ」
予想はしていた。
彼らの国は今、結界消失による魔獣被害と、物流停止による経済危機で瀕死の状態だ。
起死回生を狙うには、大陸最強の軍事力と経済力を持つこのガルガディア帝国に支援を求めるしかない。
「彼らの目的は二つだ。一つは我が国からの資金援助。そしてもう一つは……」
「私、ですね」
私が即答すると、クライド様は不愉快そうに鼻を鳴らした。
「ああ。『我が国の重要な人材が不当に拘束されているため、返還を要求する』だとさ。よくもまあ、自分から捨てておいてぬけぬけと」
「……ふふっ」
私は思わず笑ってしまった。
予想通りすぎて、怒りも湧いてこない。
彼らはまだ気付いていないのだ。私が「捨てられた」のではなく「見限った」のだということに。そして、今の私がただの「元・婚約者」ではなく、帝国の全権限を握る皇太子の「最愛のパートナー」であることを。
「アリア。もし君が彼らの顔も見たくないというなら、入国拒否もできるが?」
「いいえ、クライド様。お通しください」
私は鏡の中の自分に向かって、凛と微笑んだ。
「中途半端に噂だけ流れるのも面倒です。公衆の面前で、はっきりと『格の違い』を教えて差し上げますわ」
「……頼もしいな。それでこそ私のフィアンセだ」
クライド様は満足げに笑い、私の首筋に熱いキスを落とした。
これは、ただのパーティではない。
彼らにとっての、公開処刑場だ。
◇◇◇
一方その頃、国境へ向かう馬車の中。
「痛いっ! もう、この馬車揺れすぎよ!」
ミナがヒステリックな声を上げる。
デリックは苛立ちながら、乱れた髪を直した。
「我慢しろミナ。王室専用の馬車は、整備不良で車軸が折れたんだ。代わりの馬車など、これしかなかったんだ」
「ひどぉい……。お姉様がいた頃は、こんなことなかったのに」
「……チッ。あいつもあいつだ。勝手に出ていきやがって」
デリックは舌打ちをした。
国を出てから数日、彼らは地獄を見ていた。
食事は粗末になり、宿の手配もミス続き。何をするにもアリアの完璧なサポートがあったことに気付かされ、そのストレスは限界に達していた。
だが、デリックの瞳にはまだ、奇妙な自信が宿っていた。
「だが、心配するな。アリアは俺に未練があるはずだ」
「えぇ? そうなのぉ?」
「ああ。あいつは真面目な女だ。俺が『許してやるから戻ってこい』と言えば、泣いて感謝して戻ってくるさ。昔から俺の言うことには絶対服従だったからな」
デリックはニヤリと笑った。
帝国の皇太子に囲われているという噂もあるが、どうせ一時的な愛人か何かだろう。
地味で可愛げのないアリアが、本気で愛されるはずがない。
「パーティ会場でアリアを見つけたら、すぐに連れ戻すぞ。そうすれば結界も直るし、借金もなんとかなる」
「もぉ、仕方ないなぁ。お姉様が土下座して謝るなら、許してあげてもいいけどぉ」
ガタガタと揺れるボロ馬車の中で、二人は浅はかな皮算用を弾いていた。
その行き先が、断罪の舞台であるとも知らずに。
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