「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽

文字の大きさ
6 / 8

第6話 決戦への序章 〜元婚約者たちは、破滅への招待状とも知らずに〜

しおりを挟む
 数日後。
 私は王城の一角にある特別サロンで、人生で最も豪華な衣装に包まれていた。

「素晴らしい……! アリア様、まるで月の女神のようです!」

 お針子たちが感嘆の声を上げる。
 鏡に映っているのは、帝国伝統の濃紺(ミッドナイトブルー)のドレスを纏った私だった。
 生地には無数のダイヤモンドと魔法石が縫い込まれ、動くたびに星空のように煌めく。かつて「地味だ」「華がない」と言われ続けた私の姿は、そこにはなかった。

「よく似合っている、アリア」

 カーテンが開き、純白の礼装に身を包んだクライド様が現れた。
 そのあまりの美しさに、お針子たちが「きゃっ」と声を上げて赤面する。

「クライド様……。このような高価なドレス、私には勿体ないのでは」
「何を言う。帝国の皇太子妃になる女性だぞ? これでも控えめにしたくらいだ」

 クライド様は私の手を取り、エスコートするように鏡の前へ立たせた。
 並んだ二人の姿は、自分でも驚くほど釣り合って見えた。

「さて、アリア。美しい君に、一つ報告がある」

 クライド様が、少しだけ声を低くした。
 鏡越しに合う視線が、鋭い光を帯びている。

「今夜の婚約披露パーティの招待客リストについてだ。……『あの国』からの出席者が確定した」
「……やはり、来るのですか」
「ああ。デリック王子と、その婚約者ミナ嬢だ」

 予想はしていた。
 彼らの国は今、結界消失による魔獣被害と、物流停止による経済危機で瀕死の状態だ。
 起死回生を狙うには、大陸最強の軍事力と経済力を持つこのガルガディア帝国に支援を求めるしかない。

「彼らの目的は二つだ。一つは我が国からの資金援助。そしてもう一つは……」
「私、ですね」

 私が即答すると、クライド様は不愉快そうに鼻を鳴らした。

「ああ。『我が国の重要な人材が不当に拘束されているため、返還を要求する』だとさ。よくもまあ、自分から捨てておいてぬけぬけと」
「……ふふっ」

 私は思わず笑ってしまった。
 予想通りすぎて、怒りも湧いてこない。
 彼らはまだ気付いていないのだ。私が「捨てられた」のではなく「見限った」のだということに。そして、今の私がただの「元・婚約者」ではなく、帝国の全権限を握る皇太子の「最愛のパートナー」であることを。

「アリア。もし君が彼らの顔も見たくないというなら、入国拒否もできるが?」
「いいえ、クライド様。お通しください」

 私は鏡の中の自分に向かって、凛と微笑んだ。

「中途半端に噂だけ流れるのも面倒です。公衆の面前で、はっきりと『格の違い』を教えて差し上げますわ」
「……頼もしいな。それでこそ私のフィアンセだ」

 クライド様は満足げに笑い、私の首筋に熱いキスを落とした。
 これは、ただのパーティではない。
 彼らにとっての、公開処刑場だ。

 ◇◇◇

 一方その頃、国境へ向かう馬車の中。

「痛いっ! もう、この馬車揺れすぎよ!」

 ミナがヒステリックな声を上げる。
 デリックは苛立ちながら、乱れた髪を直した。

「我慢しろミナ。王室専用の馬車は、整備不良で車軸が折れたんだ。代わりの馬車など、これしかなかったんだ」
「ひどぉい……。お姉様がいた頃は、こんなことなかったのに」
「……チッ。あいつもあいつだ。勝手に出ていきやがって」

 デリックは舌打ちをした。
 国を出てから数日、彼らは地獄を見ていた。
 食事は粗末になり、宿の手配もミス続き。何をするにもアリアの完璧なサポートがあったことに気付かされ、そのストレスは限界に達していた。

 だが、デリックの瞳にはまだ、奇妙な自信が宿っていた。

「だが、心配するな。アリアは俺に未練があるはずだ」
「えぇ? そうなのぉ?」
「ああ。あいつは真面目な女だ。俺が『許してやるから戻ってこい』と言えば、泣いて感謝して戻ってくるさ。昔から俺の言うことには絶対服従だったからな」

 デリックはニヤリと笑った。
 帝国の皇太子に囲われているという噂もあるが、どうせ一時的な愛人か何かだろう。
 地味で可愛げのないアリアが、本気で愛されるはずがない。

「パーティ会場でアリアを見つけたら、すぐに連れ戻すぞ。そうすれば結界も直るし、借金もなんとかなる」
「もぉ、仕方ないなぁ。お姉様が土下座して謝るなら、許してあげてもいいけどぉ」

 ガタガタと揺れるボロ馬車の中で、二人は浅はかな皮算用を弾いていた。
 その行き先が、断罪の舞台であるとも知らずに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

妹の方が大事だとおっしゃる旦那様。なら妹と婚約すればいいのでは??

睡蓮
恋愛
ロンベル伯爵とセレシアは婚約関係にあったものの、ロンベルには3人の妹がおり、彼はそちらの方にばかり気をかけていた。そんなある日の事、ロンベルは一方的な理由をつけてセレシアの事を婚約破棄してしまう。そこには妹に対するゆがんだ思いがあったのであろうが、彼は後にその感情によって自らを滅ぼすことになるのだった…。

四の五の言わず離婚届にサインをしてくれません?

白雲八鈴
恋愛
アルディーラ公爵夫人であるミレーネは、他の人からみれば羨ましいと思える立場にいた。 王妹の母譲りの美人の顔立ち、公爵夫人として注目を集める立場、そして領地の運営は革命と言えるほど領地に潤いを与えていた。 だが、そんなミレーネの心の中にあるのは『早く離婚したい』だった。 順風満帆と言えるミレーネは何が不満なのか。その原因は何か。何故離婚できないのか。 そこから始まる物語である。

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?

石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。 ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。 彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。 八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから

越智屋ノマ
恋愛
宮中舞踏会の最中、侯爵令嬢ルクレツィアは王太子グレゴリオから一方的に婚約破棄を宣告される。新たな婚約者は、平民出身で才女と名高い女官ピア・スミス。 新たな時代の象徴を気取る王太子夫妻の華やかな振る舞いは、やがて国中の不満を集め、王家は静かに綻び始めていく。 一方、表舞台から退いたはずのルクレツィアは、親友である王女アリアンヌと再会する。――崩れゆく王家を前に、それぞれの役割を選び取った『親友』たちの結末は?

処理中です...