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第5話:最強のクレーマー(?)と、激辛ならぬ激痛ティー
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精霊たちの口コミというのは、光の速さよりも速いらしい。
開店から一週間。私の薬草カフェには、日替わりで森の魔獣たちが訪れるようになっていた。
今日の客足も落ち着き、私がカウンター(自作)で在庫整理をしていると、足元で寝ていたポチが突然跳ね起きた。
背中の毛を逆立て、喉の奥で低く唸っている。
「グルルル……ッ!」
今まで見たことがないほどの警戒心だ。
直後、空が急に暗くなった。
雨雲ではない。
上空を、「巨大な何か」が覆い尽くしたのだ。
ズゥゥゥゥン……!
大気を震わせる重低音と共に、屋敷の庭に影が降り立つ。
突風が吹き荒れ、テーブルセットが吹き飛びそうになるのを私が魔法で固定した瞬間――風が止んだ。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
燃えるような赤髪に、金の瞳。
整いすぎた顔立ちをしているが、纏っている雰囲気が人間離れしている。
威圧感だけで言えば、かつての王城にいた騎士団長の一億倍くらい怖い。
「……ここか。噂の『黄泉がえりの魔女』の店というのは」
男が低い声で言った。
ポチが私の前に立ちはだかり、必死に吠える。
「ワンッ! ガウッ!(主、逃げろ! こいつはヤバい!)」
「ほう。フェンリルを番犬にするとは、なかなか良い趣味だ。だが退け。雑種に用はない」
男が軽く指を振っただけで、ポチが見えない壁に弾き飛ばされた。
「ポチッ!?」
私は慌てて駆け寄るが、怪我はないようだ。ただ、力の差を見せつけられて腰を抜かしている。
私は立ち上がり、男を睨みつけた。
「うちの従業員に何をするんですか。お客様なら席へ、冷やかしならお帰りを」
「ふん、人間風情が俺に指図するか。……まあいい。俺の名はイグニス。竜種の長をしている」
竜種。イグニス。
聞いたことがある。伝説の「炎竜王」の名だ。
世界最強の生物が、なんでこんな辺境のカフェに?
「単刀直入に言う。俺の『逆鱗』を治せ」
「逆鱗?」
「首元の鱗が一枚、ここ数百年ほど黒く変色し、激痛が止まらん。人間どもの魔法も、エルフの秘薬も効かなかった。……貴様の噂を聞いて来てやったんだ。治せるなら治してみろ」
偉そうだ。
典型的な「俺様系」のお客様だ。
でも、患部を見せてもらうと、確かに首筋に一枚だけ、どす黒く脈動する鱗があった。
(うわ、これは酷い……。『古竜の呪毒』が凝り固まってる。数百年の便秘みたいなものね)
これは痛いだろう。常に焼けた釘を刺されているようなものだ。
私はため息をつき、メニュー表を指差した。
「治せますけど」
「なっ……本当か!?」
「ええ。ただし、うちはカフェなので。ご注文を頂かないと施術できません」
私は厨房に戻り、とっておきの特製カクテルを作り始めた。
竜王クラスの呪いとなると、普通のハーブティーでは出力不足だ。
高濃度の聖水をベースに、マンドラゴラの絞り汁(激苦)と、灼熱草のエキス(激辛)をブレンド。
完成したのは、どす黒い紫色をした、どう見ても毒薬にしか見えない液体だった。
「はい、どうぞ。『竜王様専用・特製デトックスティー』です」
「……貴様、俺を毒殺する気か?」
「治りますよ。ただし――」
いつもの台詞を言おうとしたが、イグニス様は聞く耳を持たず、疑いながらも一気にカップを煽った。
「ぐっ、苦い! なんだこれは……ぬ、ぐぁぁぁぁぁっ!!??」
ガシャンッ!
カップが地面に落ちて割れた。
イグニス様が喉を押さえ、膝から崩れ落ちる。
「あぐぁぁッ!? 熱い! 首が、首が燃えるぅぅぅ!! き、貴様ぁぁぁ!!」
「暴れないでくださいねー。今、数百年の汚れを一気に剥がしてますから」
イグニス様の全身から、黒い煙がモクモクと噴き出す。
最強の竜王が、地面をのたうち回り、涙目になって悶絶している。
ポチが「あーあ……」という顔で、物陰から見守っていた。
一分後。
「はぁ……はぁ……し、死ぬかと思った……」
イグニス様が、生まれたての子鹿のように震えながら立ち上がった。
全身汗だくだ。
しかし、彼はすぐに自分の首筋に触れ――目を見開いた。
「……ない」
「はい?」
「痛みが、ない。……消えた? あれほど俺を苛み続けた痛みが、完全に?」
彼は懐から手鏡を取り出し、首元を確認した。
そこには、ルビーのように美しく輝く、真新しい鱗が再生していた。
「馬鹿な……人間如きの魔法で、竜の呪いを……?」
彼は震える手で鱗を撫で、それから私を凝視した。
先程までの傲慢な目は消え、そこにあったのは、畏怖と――強烈な執着だった。
「エレナ、と言ったな」
「は、はい」
「気に入った。貴様を俺の『専属』に任命する」
「お断りします。私はカフェの店主なので」
「ならば、この店ごと俺の加護下に置く! 誰にも手出しはさせん!」
ドンッ!
イグニス様がテーブルに巨大な宝石(たぶん国が買える値段)を叩きつけた。
「代金だ! 釣りはいらん! 明日も来るからな! ……あ、あの茶はもう少し甘くしてくれ頼む」
そう言い残し、背中からバッと翼が生えたかと思うと、次の瞬間には巨大な竜の姿に変わり、突風と共に空の彼方へ消えていった。
嵐のようなお客様だった。
「……ポチ、どうしよう。なんか凄いの常連になっちゃった」
「ワフゥ(ドンマイ)」
こうして私は、知らぬ間に「竜王の加護」という、この世界で最強の防犯セキュリティを手に入れてしまったのだった。
――これで、もし王都から追手が来ても、玄関先で消し炭にされることが確定したわけだが。
その頃、王都ではいよいよ原因不明の疫病がパンデミックを起こそうとしていた。
開店から一週間。私の薬草カフェには、日替わりで森の魔獣たちが訪れるようになっていた。
今日の客足も落ち着き、私がカウンター(自作)で在庫整理をしていると、足元で寝ていたポチが突然跳ね起きた。
背中の毛を逆立て、喉の奥で低く唸っている。
「グルルル……ッ!」
今まで見たことがないほどの警戒心だ。
直後、空が急に暗くなった。
雨雲ではない。
上空を、「巨大な何か」が覆い尽くしたのだ。
ズゥゥゥゥン……!
大気を震わせる重低音と共に、屋敷の庭に影が降り立つ。
突風が吹き荒れ、テーブルセットが吹き飛びそうになるのを私が魔法で固定した瞬間――風が止んだ。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
燃えるような赤髪に、金の瞳。
整いすぎた顔立ちをしているが、纏っている雰囲気が人間離れしている。
威圧感だけで言えば、かつての王城にいた騎士団長の一億倍くらい怖い。
「……ここか。噂の『黄泉がえりの魔女』の店というのは」
男が低い声で言った。
ポチが私の前に立ちはだかり、必死に吠える。
「ワンッ! ガウッ!(主、逃げろ! こいつはヤバい!)」
「ほう。フェンリルを番犬にするとは、なかなか良い趣味だ。だが退け。雑種に用はない」
男が軽く指を振っただけで、ポチが見えない壁に弾き飛ばされた。
「ポチッ!?」
私は慌てて駆け寄るが、怪我はないようだ。ただ、力の差を見せつけられて腰を抜かしている。
私は立ち上がり、男を睨みつけた。
「うちの従業員に何をするんですか。お客様なら席へ、冷やかしならお帰りを」
「ふん、人間風情が俺に指図するか。……まあいい。俺の名はイグニス。竜種の長をしている」
竜種。イグニス。
聞いたことがある。伝説の「炎竜王」の名だ。
世界最強の生物が、なんでこんな辺境のカフェに?
「単刀直入に言う。俺の『逆鱗』を治せ」
「逆鱗?」
「首元の鱗が一枚、ここ数百年ほど黒く変色し、激痛が止まらん。人間どもの魔法も、エルフの秘薬も効かなかった。……貴様の噂を聞いて来てやったんだ。治せるなら治してみろ」
偉そうだ。
典型的な「俺様系」のお客様だ。
でも、患部を見せてもらうと、確かに首筋に一枚だけ、どす黒く脈動する鱗があった。
(うわ、これは酷い……。『古竜の呪毒』が凝り固まってる。数百年の便秘みたいなものね)
これは痛いだろう。常に焼けた釘を刺されているようなものだ。
私はため息をつき、メニュー表を指差した。
「治せますけど」
「なっ……本当か!?」
「ええ。ただし、うちはカフェなので。ご注文を頂かないと施術できません」
私は厨房に戻り、とっておきの特製カクテルを作り始めた。
竜王クラスの呪いとなると、普通のハーブティーでは出力不足だ。
高濃度の聖水をベースに、マンドラゴラの絞り汁(激苦)と、灼熱草のエキス(激辛)をブレンド。
完成したのは、どす黒い紫色をした、どう見ても毒薬にしか見えない液体だった。
「はい、どうぞ。『竜王様専用・特製デトックスティー』です」
「……貴様、俺を毒殺する気か?」
「治りますよ。ただし――」
いつもの台詞を言おうとしたが、イグニス様は聞く耳を持たず、疑いながらも一気にカップを煽った。
「ぐっ、苦い! なんだこれは……ぬ、ぐぁぁぁぁぁっ!!??」
ガシャンッ!
カップが地面に落ちて割れた。
イグニス様が喉を押さえ、膝から崩れ落ちる。
「あぐぁぁッ!? 熱い! 首が、首が燃えるぅぅぅ!! き、貴様ぁぁぁ!!」
「暴れないでくださいねー。今、数百年の汚れを一気に剥がしてますから」
イグニス様の全身から、黒い煙がモクモクと噴き出す。
最強の竜王が、地面をのたうち回り、涙目になって悶絶している。
ポチが「あーあ……」という顔で、物陰から見守っていた。
一分後。
「はぁ……はぁ……し、死ぬかと思った……」
イグニス様が、生まれたての子鹿のように震えながら立ち上がった。
全身汗だくだ。
しかし、彼はすぐに自分の首筋に触れ――目を見開いた。
「……ない」
「はい?」
「痛みが、ない。……消えた? あれほど俺を苛み続けた痛みが、完全に?」
彼は懐から手鏡を取り出し、首元を確認した。
そこには、ルビーのように美しく輝く、真新しい鱗が再生していた。
「馬鹿な……人間如きの魔法で、竜の呪いを……?」
彼は震える手で鱗を撫で、それから私を凝視した。
先程までの傲慢な目は消え、そこにあったのは、畏怖と――強烈な執着だった。
「エレナ、と言ったな」
「は、はい」
「気に入った。貴様を俺の『専属』に任命する」
「お断りします。私はカフェの店主なので」
「ならば、この店ごと俺の加護下に置く! 誰にも手出しはさせん!」
ドンッ!
イグニス様がテーブルに巨大な宝石(たぶん国が買える値段)を叩きつけた。
「代金だ! 釣りはいらん! 明日も来るからな! ……あ、あの茶はもう少し甘くしてくれ頼む」
そう言い残し、背中からバッと翼が生えたかと思うと、次の瞬間には巨大な竜の姿に変わり、突風と共に空の彼方へ消えていった。
嵐のようなお客様だった。
「……ポチ、どうしよう。なんか凄いの常連になっちゃった」
「ワフゥ(ドンマイ)」
こうして私は、知らぬ間に「竜王の加護」という、この世界で最強の防犯セキュリティを手に入れてしまったのだった。
――これで、もし王都から追手が来ても、玄関先で消し炭にされることが確定したわけだが。
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