「君の魔法は地味で映えない」と人気ダンジョン配信パーティを追放された裏方魔導師。実は視聴数No.1の正体、俺の魔法でした

希羽

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第15話:シロとクロ、大臣を「餌」と認識する

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「聞こえなかったのか? そのフェンリルと古竜を国に引き渡せと言っているのだ」

 軍務大臣ゲルマンは、脂ぎった顔を歪めてそう言った。
 彼の背後には、数十名の近衛兵が銃や杖を構えている。
 だが、彼らの足は小刻みに震えていた。無理もない。目の前にいるのは、神話級の災害指定魔獣が二体なのだから。

「引き渡せって言われてもなぁ」

 俺はポリポリと頬をかいた。
 隣では、アイリス王女が「まぁ! ゲルマン大臣ったら、また強引な徴収を……これだから支持率が下がるんですのよ」と、なぜか他人事のようにスマホで実況配信を続けている。

「おい、お前ら。国の軍隊に入りたいか?」

 俺は振り返って二匹に尋ねた。
 シロ(フェンリル)はあくびをし、クロ(古竜)は鼻で笑った。

「ワフッ(やだ。飯が不味そう)」
「グルァ(我を縛れるのは主の飯だけだ)」
「だそうです。お引き取りください」
「き、貴様ッ! 魔獣の分際で国に逆らう気か!」

 ゲルマン大臣が激昂し、懐からジャラリと音を立てて何かを取り出した。
 禍々しい光を放つ、黒い鎖だ。

「これを見ろ! 王家の宝物庫から持ち出した『隷属の鎖』だ! これさえあれば、どんな魔獣も意のままに操れる! おい、その汚い犬に首輪をつけてやれ!」

 ゲルマンが鎖を部下に渡そうとする。
 その瞬間だった。

 ピタリ。

 あたりの空気が凍りついた。

「……汚い犬?」

 俺の声ではない。

 シロだ。

 銀色の毛並みが一瞬で逆立ち、その身体から噴き出す魔力が、物理的な圧力となって大臣たちを襲った。

「ヒッ……!?」

 ゲルマンが悲鳴を上げる。
 シロがゆっくりと、音もなく大臣の目の前まで歩み寄る。
 その黄金の瞳孔は、縦に細く収縮していた。

 クンクン。

 シロがゲルマンのふくよかな腹のあたり匂いを嗅ぐ。

「ワフゥ……(脂が乗ってる)」

 ジュルリ。

 シロの口から、大量の涎が垂れた。
 それは恐怖による威嚇ではない。
 純粋な「食欲」だった。

「ひっ、ひいいいッ!?」
「グルルル……(シロ、独り占めはずるいぞ)」

 クロもぬっと首を伸ばし、大臣の頭上から赤い舌をチロチロと出し入れした。
 エンシェント・ドラゴンの巨大なあぎとが、ゲルマンの全身をすっぽりと覆う位置で開かれる。

「ま、待て! 私は大臣だぞ! 偉いんだぞ! 食べ物じゃない!」

 ゲルマンが錯乱して叫ぶ。
 だが、野生の頂点に立つ彼らにとって、人間の肩書きなど何の意味もない。あるのは「美味そう」か「不味そう」かだけだ。

「ギャンッ!(いただきまーす!)」
「グルァ!(頭からいくか)」

 二匹が同時に口を開けた。

「ぎゃああああああああっ!! 助けてくれぇぇぇぇッ!!」

 ゲルマンは腰を抜かし、無様に尻餅をついた。
 股間からじわりと温かいシミが広がり、アンモニア臭が漂う。
 『隷属の鎖』は手から滑り落ち、泥の中に沈んだ。

「はい、ストーップ」

 ガチンッ。
 二匹の牙が、大臣の鼻先数センチで止まった。
 俺が指を鳴らして制止したからだ。

「シロ、クロ。やめとけ。そんな脂っこいものを食ったら腹を壊すぞ。コレステロールの塊だ」
「クゥ~ン(ちぇっ)」
「グルゥ(残念)」

 二匹はあからさまに残念そうな顔をして、大臣から離れた。
 ゲルマンは白目を剥いて、泡を吹いて気絶していた。

「あーあ、失禁しちゃってるよ。畑の肥やしにもなりゃしない」

 俺は呆れて肩をすくめた。
 ふと横を見ると、アイリス王女がキラキラした目でその様子を撮影していた。

「素晴らしいですわジン様! 今の『待て』のタイミング、完璧でした! 大臣の情けない悲鳴も高音質で撮れましたわ!」
「……姫様、あんたも大概だな」

 俺は配信タブレットを覗き込んだ。
 王女のアカウントと、俺のアカウントの両方で、この喜劇は全世界に配信されていた。

『大臣www漏らしたwww』
『フェンリルに「汚い犬」とか言うから……』
『シロちゃん、グルメだから変なもの食べちゃダメだよ』
『「コレステロールの塊」扱いで草』
『王女様、爆笑してるけどいいのか?』
『ざまぁwww』

 コメント欄は、権力者の醜態に大盛りあがりだ。
 俺は気絶した大臣を近衛兵たちに引き渡した。

「ほら、連れて帰ってくれ。あと、その鎖は没収な。シロの首輪には趣味が悪い」
「は、はいっ! 申し訳ありませんでしたっ!」

 近衛兵たちは青ざめた顔で大臣を担ぎ上げ、逃げるように飛空艇へと戻っていった。
 こうして、国軍による「強制接収」の危機は、ペットたちの食欲によってあっけなく回避されたのだった。

 ……まあ、これで国との溝は決定的になった気もするが。

「ジン様! 今の動画、編集してアップしてもよろしいですかっ?」
「……好きにしてください」

 俺は深く溜息をつき、まだ涎を垂らしているシロの口元を拭いてやった。
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