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3章 依存国ツィーシャ
約束と代償 (クレアside)
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『クレア』はトレードマークの大きな杖を持って、今までにないくらいに怖い顔をしながら周りに雷をまとわせていた。
怖くても、『クレア』が来てくれて安心した。
「『クレ………」
「よう、裏切者。追われる気分はどうだ?」
私が『クレア』を呼ぶ声に被せるようにして、男は『クレア』に話しかけた。
『クレア』は男に抱えられている私を見つけて、聞こえない声量で何かをつぶやいた。
何を言っているのか口の動きから判別しようとしていたら、気づくと私は『クレア』の腕の中にいた。
「悪いけど、話す気はない」
『クレア』は私を抱える腕に力を込めて吐き捨てるように言った。
まるで瞬間移動のように、私を男から奪い返して元いた場所まで距離を取った『クレア』の得意な魔法───『雷迅』だった。
光の速さと同じくらいの速さで短い間動くことができるけど、そのぶん、魔力の消耗が激しい魔法でもあった。
『クレア』はそんなに魔力があるわけじゃないから、『雷迅』を使ったとわかった私はひどく心配した。
私の視線に気づいたみたいで、男を睨みつけていた鋭い眼差しをやわらかくして、こちらに笑いかけた『クレア』は私を地上に下ろした。
「怪我はない?」
「………うん」
「そう。よかった」
『クレア』は私に怪我がないことがわかると、いつもみたいに優しく笑ってくれた。
でも私はあのとき、すごく罪悪感でいっぱいで、すぐに俯いた。
「ありがとう」も「ごめんなさい」も言えなくて。
ただ「うん」としか言えなかった。
私が怖がってると思ったのか、『クレア』は私の手を握って「ごめんね」と言ってきた。
驚いて顔を上げたら、『クレア』は本当に申し訳ないといった顔で私をみていた。
どうしてそんな顔をするの?
謝るのは私なのに。
連れて行かれそうになった私が悪いのに。
色々と言いたいことはあったけど、どれも喉からうまく出て行かなかった。
「……『クレア』は悪くないよ」
それを言うだけで精一杯だった。
『クレア』は私を抱きしめてからまた目を見て話してくれた。
「私と───ちゃんは、あの男の人と『かくれんぼ』しているの。だから早く逃げないといけない」
『かくれんぼ』と言われて、いつも言われているものだとすぐにわかった私は、『クレア』に疑問を呈した。
「でもさっき、つかまっちゃったよ?」
「あ………えーと、この『かくれんぼ』は見つかった人を入れる部屋に連れて行かれたら負けなの。だから、まだ負けてないよ」
「…………そうなんだ」
何かはぐらかされていると思ったけど納得した記憶がある。
今考えれば、牢屋とか、死ぬって言葉をできるだけ使わずに教えようとしてくれたんだと思う。
牢屋も死ぬことも隣り合わせの環境だったから、気を遣ってくれなくてよかったのになんて、今更言っても意味なんてない。
『クレア』は納得した私を見て、私の頭を撫でる。
練習通りに────『クレア』とかくれんぼで見つかりそうになったときのためにと、練習してきたこと────実行すればいい。
今までもやってきた。
「元は仲間だったのにそんなに突き放すことないだろう?
─────遊ぼうよ」
少し嬉しそうな声でつぶやいた男は、右足を地面に3回、強く音を立てた。
次の瞬間、男と似たような外見をしたたくさんの人たちが空から現れた。
「逃げた同胞には分からせてあげないといけないって、教えだからね。しかも指名手配ときた。
賞金ってどれくらいなんだろうな………」
うっとりとした顔で男はこれから『クレア』をどう痛めつけようか考えているみたいだった。
背筋が凍りそうになった。
あの顔は、誰かを痛めつけるのが好きなどこかの国の人と同じ顔だった。
「だいじょうぶ」
嫌な記憶が蘇りそうになって、『クレア』が私を呼び戻してくれる。
私は小さく頷いて、『クレア』の手を握った。
手を繋いであの男を見たら、怖くなかった。
練習通りにやればいい。
私は一度深呼吸してから、『クレア』と繋いでいないほうの手を男たちにかざした。
『────ちゃんは、いろんな属性が使えるみたいだけど、まだコントロールが難しいよね』
『氷属性と聖属性はつかえるよ』
『ふふ、そうだね。とってもえらい!
だからね、────ちゃん。もしかくれんぼで見つかりそうになったら────』
「─────『聖なる雨』」
私の言葉で、空から、雪に混じって雨が降ってきた。
立っていた男たちは、その雨に触れた途端。
「ア、アァァァァッッッ!!!!!」
まるで火傷をしたみたいに痛がり、叫び出して、膝をついて、神に乞いはじめる人も出てきた。
まさに阿鼻叫喚。
『聖なる雨』は聖属性では中級の魔法で、瘴気に侵されていないモノにはただの雨でも、瘴気に侵されているモノに対しては浄化や消滅の作用を持つ。
当時の私が使えた一番強い魔法だった。
私を連れて行こうとした男にも少し効いているみたいだったけど、他の人と比べるとあまり痛がっていなかった。
私の魔法が放たれたら、次は『クレア』の番だった。
『друсфиномэкисбхнлдтшун』
もともと足の速い『クレア』は『雷迅』を使うことなく素早く走りだした。
間合いを詰めながら詠唱をすると、杖をレイピアに変えてひと薙ぎする。
次の瞬間、苦しんでいた増援のうちの何人かが何かに貫かれたように身体をはねさせて倒れた。
今のも『クレア』の得意な魔法である『雷撃』だ。
相手の体内に雷撃することができ、失神、麻痺の状態にできる。運が良ければ殺せるくらいには威力がある魔法でもある。
『雷撃』で杖がレイピアになるのは、一太刀入れて魔法を放つほうがかっこいいし、身を守れるからだと『クレア』が言っていた。
『аутсдйб по жиро』
一網打尽にしていく『クレア』を止めようとしたのか、何処かから魔法が放たれる。
黒紫色の何かがたくさん飛んできている。
しかし、『クレア』は軽々とすべて避けて、詠唱してまたレイピアをひと薙ぎした。
ズガガガガッッッ
『クレア』は攻撃されてきた方向を狙うようにまた稲妻を落としたけれど、当たった感触はなかった。
「つまんないな…………」
何処かから聞こえてきた退屈そうな声はそれだけ言ってなりをひそめた。
その声を気にする暇もなく、『クレア』は立て続けに『雷撃』で素早く、鋭く相手を突いていって次々と倒していく。
この間は私は何もしないで『結界』を張ると練習していて、その通りに『結界』を張って『クレア』が倒していくのを見る。
このころの私は『結界』を魔力のコントロールの問題で維持が難しくて、一定の時間で『結界』を張り直すしかなかった。
張り直すときは、『クレア』の戦っている状況を伺う必要があった。
今までの実践でもこの方法を採用していた。
相手から距離が十分取れていて、危険がなく、みんなが『クレア』に注意を向けるからだった。
今回もいつもみたいに『クレア』が戦う間、守備に徹する。
『クレア』とならかくれんぼで負けない。
そう思っていた。
だから、私は油断していた。
ある程度の数が倒されてきたころ、『結界』を張り直さなければならなくなって『クレア』のほうに目を向けた。
『クレア』は、私に向かって切羽詰まった表情で走ってきていた。
口もとが「にげて」と動いている気がした。
その視線は、私というよりは私の後ろのほうに向いていて。
どうしたのかと思って後ろを向くと。
「ばあ」
「え……………?」
私を連れて行こうとした、あの男が、不吉な笑みをたたえて私を見下ろしていた。
「聖魔法が使えるなんて、悪い子だね。
悪い子には─────罰を与えるんだよ」
何が起きているか分からないでいると、男は目を細めて、快感を予感した表情で、私に向かって杖を向けた。
『грдопиййв кбит ил ппо где』
負ける。
直感で思った。
固まる私は、杖の先から溢れる黒紫の光をただ見つめるしかなくて、ようやく『結界』を張り直さないといけないと思ったときには手遅れだった。
放たれた光が刃となって私に向かってきていた。
ここで死ぬんだとわかった。
すべてがゆっくりになっていく。
刃が近づくにつれて、頭の中で、目の前で、何かが駆け巡っていく。
知ってる人たちとの、知ってる思い出が、目まぐるしい速さで駆けていく。
走馬灯、だろうか。
初めて見た走馬灯は、とても綺麗で、迫り来る刃が安寧をもたらすとさえ思わせた。
ここで死んでもいいかもな──────。
酷い思考に辿り着いた。
そして、美しい景色を目の当たりにした。
私は、今まで見た中で一番尊く、美しい血が、華のように一面に飛び散る瞬間を『誰か』の背中越しに見た。
それは本当に一瞬で、さっきまでゆっくりになっていた出来事が本当の速さに戻ったようだった。
見下ろしてきていた男は後ろに倒れ込み、その『誰か』は、そのまま崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。
「…………『クレア』………?」
信じたくなかった。
ここで死んでもいいと思った罰かもしれない。
どくどくと流れていく血が、真っ白な雪を染め上げていく。
綺麗な黒髪が血に濡れていく。
そっと近寄って、肩を揺らしてみる。
返事はない。
ただか細い呼吸だけが続いている。
「…………『クレア』」
肩を揺らしてみる。
返事はない。
「………………『クレア』」
もう一度、肩を揺らしてみる。
返事は、ない。
「──────っ、『クレア』!!!」
はじめて、叫んだ気がする。
『クレア』を起こさないといけないと思って、気づけば叫んでいた。
涙がとめどなく溢れる。
何度も、何度も、何度も『クレア』の名を呼び続ける。
まだ、一緒にいたい。
言えていないことだって、たくさんある。
聞きたいことも、たくさんある。
やりたいことが、たくさん残っている。
「うあぁぁっ、ひっ、やだっ、やだぁっ!
起きてっ!おきてよぉ!『クレア』…………」
ただ私だけの叫び声が冬の寒空に響いていく。
しっかりと生存しているのは私だけだった。
鼻水と涙で顔がぐしゃぐしゃになりながら、『クレア』を揺らし続ける。
そして、願いを聞き届けたかのように。
「───────ゴホッ、ゴホッ、………は…………はぁ…………」
「『クレア』…………っ!」
激しく咳き込みながら、目を開けた『クレア』は、私が呼びかけると、顔だけこちらに向けて、力無く笑った。
そして、『クレア』がはじめて涙を流した。
本当に突然のことで、とても戸惑ってしまった。
どうすれば泣き止むのだろう。
どうしたらまた笑ってくれるだろう。
私の戸惑い具合が面白かったのか、『クレア』は涙を流しながらも笑いかけてきた。
そして、私は起こすので必死になって血だらけになった手を『クレア』の頬に添えた。
あたたかい涙が伝っていく。
「巻き込んで…………ごめんなさい。私のせいで………」
「……………『クレア』は悪くない」
謝り出した『クレア』に必死に言葉をかける。
話すのもつらそうな『クレア』は、手にしていたレイピアを杖に戻して私のほうに置いた。
「─────ちゃん、約束、しようか」
「………やく、そく?」
『クレア』は死の覚悟を決めた表情を見せながら、真剣に私の目を見てきた。
私が唖然としていると、『クレア』はまた力無く笑った。
「無理して叶える、必要はないよ………。
ただ、これからの、目標にでもっ、ゴホッゴホッ、……………してよ」
「……………どんな、約束?」
不安げに問いかける私に、つらいはずなのに優しく笑った『クレア』は、私の前に置いた杖を触った。
「…………この杖、をあなたにたくします。
わたしは………っ、ここでずっと…………あなたの来訪を待っている。
次に…………ここに、来た、ゴホッゴホッ………ときは、その杖を、持ってきてほしい」
信じたくなかった。
待っているというのは、私がどこかへ行っても、『クレア』がついてきてくれないということだ。
杖をたくすのは、死期が迫ると師弟関係の人が行う儀式だ。
その意味は、『あなたを継承する』。
この世から消えてしまったとしても、杖に宿ったあなたの存在を、あなたを忘れない弟子が継承していく。
そうして、紡がれていき、あるべきところへやってきたとき、杖は役目を終えて消える。
『クレア』はこのときも、「死」を遠回しに語った。
私は、意味が正しく理解できてはいなかったと思う。
でも、ひとりになることは何故かわかって、ひとりになりたくなくて、首をずっと横に振っていた。
その様子に、『クレア』は困ったように笑いながら、頬に添えた私の手を握った。
「ほら、大丈夫だよ。ゆっくり吸って」
優しく言われて、私はいつもの癖で大きく息を吸う。
「はぁーっ、て吐いて」
ゆっくり吐いていく。
「最後は、笑顔………!」
額に汗を滲ませながら笑う『クレア』に倣ってぎこちなく笑ってみせると、『クレア』は声を出して咳き込みながら笑った。
いつも、そのおまじないと明るさに助けられてきた。
そして、また優しく包み込む声で話しかけてくれる。
「私が、杖に宿るから。
だから………逃げて、生き延びて、また私と話をしよう。
たくさん…………話そう…………」
限界だというように、『クレア』の瞼がゆっくりと落ちていく。
ここで閉じれば永遠の別れのように思えて、私は慌てて意識を保ってもらうように手を強く握る。
でも、もう握り返してくれなかった。
『クレア』は安らかで、いつも見せる笑顔をたたえて、眠った。
「あ、…………あぁ…………………………」
生き残ったのは私だけだった。
体の中で魔力が暴れ出す。
目の当たりにした死の衝撃が強すぎたせいだった。
大切な人が目の前で死んだ。
私のせいで。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私が声を上げて泣き出した途端、雪が降って寒かったあたりが、もっと寒くなった。
周りが氷で埋まっていく。
吹雪が強くなっていく。
抑えられない魔力。
抑えてくれる人はもういない。
ただ溢れていく魔力に、痛みは感じなかった。
痛みは胸の奥にしかなかった。
私は『クレア』を抱きしめながら、ずっと泣き叫び続けた。
異常な魔力値が認められて、駆けつけて私を保護したのは、大陸魔法使い協会だった。
怖くても、『クレア』が来てくれて安心した。
「『クレ………」
「よう、裏切者。追われる気分はどうだ?」
私が『クレア』を呼ぶ声に被せるようにして、男は『クレア』に話しかけた。
『クレア』は男に抱えられている私を見つけて、聞こえない声量で何かをつぶやいた。
何を言っているのか口の動きから判別しようとしていたら、気づくと私は『クレア』の腕の中にいた。
「悪いけど、話す気はない」
『クレア』は私を抱える腕に力を込めて吐き捨てるように言った。
まるで瞬間移動のように、私を男から奪い返して元いた場所まで距離を取った『クレア』の得意な魔法───『雷迅』だった。
光の速さと同じくらいの速さで短い間動くことができるけど、そのぶん、魔力の消耗が激しい魔法でもあった。
『クレア』はそんなに魔力があるわけじゃないから、『雷迅』を使ったとわかった私はひどく心配した。
私の視線に気づいたみたいで、男を睨みつけていた鋭い眼差しをやわらかくして、こちらに笑いかけた『クレア』は私を地上に下ろした。
「怪我はない?」
「………うん」
「そう。よかった」
『クレア』は私に怪我がないことがわかると、いつもみたいに優しく笑ってくれた。
でも私はあのとき、すごく罪悪感でいっぱいで、すぐに俯いた。
「ありがとう」も「ごめんなさい」も言えなくて。
ただ「うん」としか言えなかった。
私が怖がってると思ったのか、『クレア』は私の手を握って「ごめんね」と言ってきた。
驚いて顔を上げたら、『クレア』は本当に申し訳ないといった顔で私をみていた。
どうしてそんな顔をするの?
謝るのは私なのに。
連れて行かれそうになった私が悪いのに。
色々と言いたいことはあったけど、どれも喉からうまく出て行かなかった。
「……『クレア』は悪くないよ」
それを言うだけで精一杯だった。
『クレア』は私を抱きしめてからまた目を見て話してくれた。
「私と───ちゃんは、あの男の人と『かくれんぼ』しているの。だから早く逃げないといけない」
『かくれんぼ』と言われて、いつも言われているものだとすぐにわかった私は、『クレア』に疑問を呈した。
「でもさっき、つかまっちゃったよ?」
「あ………えーと、この『かくれんぼ』は見つかった人を入れる部屋に連れて行かれたら負けなの。だから、まだ負けてないよ」
「…………そうなんだ」
何かはぐらかされていると思ったけど納得した記憶がある。
今考えれば、牢屋とか、死ぬって言葉をできるだけ使わずに教えようとしてくれたんだと思う。
牢屋も死ぬことも隣り合わせの環境だったから、気を遣ってくれなくてよかったのになんて、今更言っても意味なんてない。
『クレア』は納得した私を見て、私の頭を撫でる。
練習通りに────『クレア』とかくれんぼで見つかりそうになったときのためにと、練習してきたこと────実行すればいい。
今までもやってきた。
「元は仲間だったのにそんなに突き放すことないだろう?
─────遊ぼうよ」
少し嬉しそうな声でつぶやいた男は、右足を地面に3回、強く音を立てた。
次の瞬間、男と似たような外見をしたたくさんの人たちが空から現れた。
「逃げた同胞には分からせてあげないといけないって、教えだからね。しかも指名手配ときた。
賞金ってどれくらいなんだろうな………」
うっとりとした顔で男はこれから『クレア』をどう痛めつけようか考えているみたいだった。
背筋が凍りそうになった。
あの顔は、誰かを痛めつけるのが好きなどこかの国の人と同じ顔だった。
「だいじょうぶ」
嫌な記憶が蘇りそうになって、『クレア』が私を呼び戻してくれる。
私は小さく頷いて、『クレア』の手を握った。
手を繋いであの男を見たら、怖くなかった。
練習通りにやればいい。
私は一度深呼吸してから、『クレア』と繋いでいないほうの手を男たちにかざした。
『────ちゃんは、いろんな属性が使えるみたいだけど、まだコントロールが難しいよね』
『氷属性と聖属性はつかえるよ』
『ふふ、そうだね。とってもえらい!
だからね、────ちゃん。もしかくれんぼで見つかりそうになったら────』
「─────『聖なる雨』」
私の言葉で、空から、雪に混じって雨が降ってきた。
立っていた男たちは、その雨に触れた途端。
「ア、アァァァァッッッ!!!!!」
まるで火傷をしたみたいに痛がり、叫び出して、膝をついて、神に乞いはじめる人も出てきた。
まさに阿鼻叫喚。
『聖なる雨』は聖属性では中級の魔法で、瘴気に侵されていないモノにはただの雨でも、瘴気に侵されているモノに対しては浄化や消滅の作用を持つ。
当時の私が使えた一番強い魔法だった。
私を連れて行こうとした男にも少し効いているみたいだったけど、他の人と比べるとあまり痛がっていなかった。
私の魔法が放たれたら、次は『クレア』の番だった。
『друсфиномэкисбхнлдтшун』
もともと足の速い『クレア』は『雷迅』を使うことなく素早く走りだした。
間合いを詰めながら詠唱をすると、杖をレイピアに変えてひと薙ぎする。
次の瞬間、苦しんでいた増援のうちの何人かが何かに貫かれたように身体をはねさせて倒れた。
今のも『クレア』の得意な魔法である『雷撃』だ。
相手の体内に雷撃することができ、失神、麻痺の状態にできる。運が良ければ殺せるくらいには威力がある魔法でもある。
『雷撃』で杖がレイピアになるのは、一太刀入れて魔法を放つほうがかっこいいし、身を守れるからだと『クレア』が言っていた。
『аутсдйб по жиро』
一網打尽にしていく『クレア』を止めようとしたのか、何処かから魔法が放たれる。
黒紫色の何かがたくさん飛んできている。
しかし、『クレア』は軽々とすべて避けて、詠唱してまたレイピアをひと薙ぎした。
ズガガガガッッッ
『クレア』は攻撃されてきた方向を狙うようにまた稲妻を落としたけれど、当たった感触はなかった。
「つまんないな…………」
何処かから聞こえてきた退屈そうな声はそれだけ言ってなりをひそめた。
その声を気にする暇もなく、『クレア』は立て続けに『雷撃』で素早く、鋭く相手を突いていって次々と倒していく。
この間は私は何もしないで『結界』を張ると練習していて、その通りに『結界』を張って『クレア』が倒していくのを見る。
このころの私は『結界』を魔力のコントロールの問題で維持が難しくて、一定の時間で『結界』を張り直すしかなかった。
張り直すときは、『クレア』の戦っている状況を伺う必要があった。
今までの実践でもこの方法を採用していた。
相手から距離が十分取れていて、危険がなく、みんなが『クレア』に注意を向けるからだった。
今回もいつもみたいに『クレア』が戦う間、守備に徹する。
『クレア』とならかくれんぼで負けない。
そう思っていた。
だから、私は油断していた。
ある程度の数が倒されてきたころ、『結界』を張り直さなければならなくなって『クレア』のほうに目を向けた。
『クレア』は、私に向かって切羽詰まった表情で走ってきていた。
口もとが「にげて」と動いている気がした。
その視線は、私というよりは私の後ろのほうに向いていて。
どうしたのかと思って後ろを向くと。
「ばあ」
「え……………?」
私を連れて行こうとした、あの男が、不吉な笑みをたたえて私を見下ろしていた。
「聖魔法が使えるなんて、悪い子だね。
悪い子には─────罰を与えるんだよ」
何が起きているか分からないでいると、男は目を細めて、快感を予感した表情で、私に向かって杖を向けた。
『грдопиййв кбит ил ппо где』
負ける。
直感で思った。
固まる私は、杖の先から溢れる黒紫の光をただ見つめるしかなくて、ようやく『結界』を張り直さないといけないと思ったときには手遅れだった。
放たれた光が刃となって私に向かってきていた。
ここで死ぬんだとわかった。
すべてがゆっくりになっていく。
刃が近づくにつれて、頭の中で、目の前で、何かが駆け巡っていく。
知ってる人たちとの、知ってる思い出が、目まぐるしい速さで駆けていく。
走馬灯、だろうか。
初めて見た走馬灯は、とても綺麗で、迫り来る刃が安寧をもたらすとさえ思わせた。
ここで死んでもいいかもな──────。
酷い思考に辿り着いた。
そして、美しい景色を目の当たりにした。
私は、今まで見た中で一番尊く、美しい血が、華のように一面に飛び散る瞬間を『誰か』の背中越しに見た。
それは本当に一瞬で、さっきまでゆっくりになっていた出来事が本当の速さに戻ったようだった。
見下ろしてきていた男は後ろに倒れ込み、その『誰か』は、そのまま崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。
「…………『クレア』………?」
信じたくなかった。
ここで死んでもいいと思った罰かもしれない。
どくどくと流れていく血が、真っ白な雪を染め上げていく。
綺麗な黒髪が血に濡れていく。
そっと近寄って、肩を揺らしてみる。
返事はない。
ただか細い呼吸だけが続いている。
「…………『クレア』」
肩を揺らしてみる。
返事はない。
「………………『クレア』」
もう一度、肩を揺らしてみる。
返事は、ない。
「──────っ、『クレア』!!!」
はじめて、叫んだ気がする。
『クレア』を起こさないといけないと思って、気づけば叫んでいた。
涙がとめどなく溢れる。
何度も、何度も、何度も『クレア』の名を呼び続ける。
まだ、一緒にいたい。
言えていないことだって、たくさんある。
聞きたいことも、たくさんある。
やりたいことが、たくさん残っている。
「うあぁぁっ、ひっ、やだっ、やだぁっ!
起きてっ!おきてよぉ!『クレア』…………」
ただ私だけの叫び声が冬の寒空に響いていく。
しっかりと生存しているのは私だけだった。
鼻水と涙で顔がぐしゃぐしゃになりながら、『クレア』を揺らし続ける。
そして、願いを聞き届けたかのように。
「───────ゴホッ、ゴホッ、………は…………はぁ…………」
「『クレア』…………っ!」
激しく咳き込みながら、目を開けた『クレア』は、私が呼びかけると、顔だけこちらに向けて、力無く笑った。
そして、『クレア』がはじめて涙を流した。
本当に突然のことで、とても戸惑ってしまった。
どうすれば泣き止むのだろう。
どうしたらまた笑ってくれるだろう。
私の戸惑い具合が面白かったのか、『クレア』は涙を流しながらも笑いかけてきた。
そして、私は起こすので必死になって血だらけになった手を『クレア』の頬に添えた。
あたたかい涙が伝っていく。
「巻き込んで…………ごめんなさい。私のせいで………」
「……………『クレア』は悪くない」
謝り出した『クレア』に必死に言葉をかける。
話すのもつらそうな『クレア』は、手にしていたレイピアを杖に戻して私のほうに置いた。
「─────ちゃん、約束、しようか」
「………やく、そく?」
『クレア』は死の覚悟を決めた表情を見せながら、真剣に私の目を見てきた。
私が唖然としていると、『クレア』はまた力無く笑った。
「無理して叶える、必要はないよ………。
ただ、これからの、目標にでもっ、ゴホッゴホッ、……………してよ」
「……………どんな、約束?」
不安げに問いかける私に、つらいはずなのに優しく笑った『クレア』は、私の前に置いた杖を触った。
「…………この杖、をあなたにたくします。
わたしは………っ、ここでずっと…………あなたの来訪を待っている。
次に…………ここに、来た、ゴホッゴホッ………ときは、その杖を、持ってきてほしい」
信じたくなかった。
待っているというのは、私がどこかへ行っても、『クレア』がついてきてくれないということだ。
杖をたくすのは、死期が迫ると師弟関係の人が行う儀式だ。
その意味は、『あなたを継承する』。
この世から消えてしまったとしても、杖に宿ったあなたの存在を、あなたを忘れない弟子が継承していく。
そうして、紡がれていき、あるべきところへやってきたとき、杖は役目を終えて消える。
『クレア』はこのときも、「死」を遠回しに語った。
私は、意味が正しく理解できてはいなかったと思う。
でも、ひとりになることは何故かわかって、ひとりになりたくなくて、首をずっと横に振っていた。
その様子に、『クレア』は困ったように笑いながら、頬に添えた私の手を握った。
「ほら、大丈夫だよ。ゆっくり吸って」
優しく言われて、私はいつもの癖で大きく息を吸う。
「はぁーっ、て吐いて」
ゆっくり吐いていく。
「最後は、笑顔………!」
額に汗を滲ませながら笑う『クレア』に倣ってぎこちなく笑ってみせると、『クレア』は声を出して咳き込みながら笑った。
いつも、そのおまじないと明るさに助けられてきた。
そして、また優しく包み込む声で話しかけてくれる。
「私が、杖に宿るから。
だから………逃げて、生き延びて、また私と話をしよう。
たくさん…………話そう…………」
限界だというように、『クレア』の瞼がゆっくりと落ちていく。
ここで閉じれば永遠の別れのように思えて、私は慌てて意識を保ってもらうように手を強く握る。
でも、もう握り返してくれなかった。
『クレア』は安らかで、いつも見せる笑顔をたたえて、眠った。
「あ、…………あぁ…………………………」
生き残ったのは私だけだった。
体の中で魔力が暴れ出す。
目の当たりにした死の衝撃が強すぎたせいだった。
大切な人が目の前で死んだ。
私のせいで。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私が声を上げて泣き出した途端、雪が降って寒かったあたりが、もっと寒くなった。
周りが氷で埋まっていく。
吹雪が強くなっていく。
抑えられない魔力。
抑えてくれる人はもういない。
ただ溢れていく魔力に、痛みは感じなかった。
痛みは胸の奥にしかなかった。
私は『クレア』を抱きしめながら、ずっと泣き叫び続けた。
異常な魔力値が認められて、駆けつけて私を保護したのは、大陸魔法使い協会だった。
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