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2章 魔法の国ルクレイシア
ある魔法使いの1日
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『───!!こっちこっち!』
誰かに呼ばれて、手を引かれた感覚がした。
気がつくと、目の前には短い黒髪をもった子どもが手を引いていた。
顔は見えない。
ただ、耳についたサファイアのピアスが揺れている。
『……テルム、そんなに急がなくても遊んであげるよ』
『だってちょっとしか遊べないもん』
頬を膨らませている気がする。
テルムと呼ばれた子は色んな魔法を使ってみせる。
色とりどりの花火、動物をかたどった光。
とても優しい魔法に、思わず微笑んでしまう。
テルム、と呼ぼうとしたところで、あたりが闇に包まれた。
誰もいない。
何があったのか、ここはどこかと周りを見渡す。
背後に人が立っていた。
誰かを抱えている。黒いフードで身を隠しているが、ちらりとフードの中からサファイアのピアスが見えた。
身構えて相手の様子を伺っていると、こちらを指差して睨んできた。
『────。』
「はぁ……っ!はぁ、はぁっ…は……はぁ…………」
ルクレイシアの宿で飛び起きたクレアは息が整わなくて胸を押さえる。
冬なのに、クレアの体からは大量に冷や汗が溢れていた。
久しぶりに見た悪夢だった。
どんな夢かは覚えていない。
とてつもない憎悪を向けられた感覚が拭えない。
息が整い始めて、クレアは自分で自分の体を抱きしめる。
「……朝、だ」
少し曇っている。
まだ朝というにも早すぎるような時間だった。
寝覚めの悪い1日だ。
クレアは抱きしめた自分の体の温もりを感じて生を実感して、ため息をついた。
落ち着いて着替えたころには外で人が話し合う声が聞こえ出した。
クレアがセイルクに魔法を教えるようになって1週間が経ったある日の朝の話だった。
今日は宿でゆっくりするつもりだったが、さすがに居心地が悪いため、いつものように街を散策することにした。
ルクレイシアはグラント公国に次ぐ魔法国家だ。
どこに行っても魔法しかない。
冬にしては風が弱い曇りの日で過ごしやすいからか、人通りが多い気がする。
クレアはマクレン広場に来ていた。
【マクレン広場】
魔法使いの交流がある場所。
国民、異邦人問わず魔法について話し合う数少ない場所。
ルクレイシアの国旗が地面にあしらわれたレンガ造りの広場は中央で魔法を見せるために使われていて、パフォーマンスとして飛び入りも許されている。
広場の脇には魔道具や魔法書を売る店やカフェが並んでいる。
各々の店が屋内外に座るスペースを設けていて、魔法を使えない人々が魔法を見るために座ることもできる。
他にも占いや体験や雑談場などがある。
クレアがここに来るのは2回目で、最初のときは通り過ぎるだけだった。
ただすごく面白そうな場所だと思って通っていたため、気を晴らすためにもここに来たわけだ。
広場の脇を通って何かないかと探していると、広場の中央へ向けてブーイングが飛び交った。
席に座る人たちを見る限り、今はルクレイシアの国民が多くいる時間のようだ。
おおよそ、パフォーマンスをした魔法使いは他の国から来た者で、特殊な魔法を使ったのだろう。
どうしても「普通」が好きらしい。
少し嫌な気分になったクレアは前方に紺色のコートを着て身を寄せ合って暖を取っている3人の集団を捉えた。
足元には「ルクレイシアの魔法を語る」という立て看板が置いてあった。
外部の人だろうか。
話しているはずの彼らに、クレアが近づいても全く音が聞こえない。
クレアがじっと見ていると、さっきまで寒そうにしていた1人が話しかけてきた。
背が高く、コートを着ていてもすらりとした体の女性だ。
「こんにちは!ルクレイシアの魔法について語っていきませんか?
あっ、もちろん自分の魔法についてでも大丈夫です!」
「……入らせてもらいます」
クレアの言葉に顔を輝かせると、彼女はすぐに仲間のもとへ連れて行った。
彼女の名前はヘレン。属性は火で、魔法使いの迫害が酷い南部から北を目指している途中だそうだ。
この雑談場は他に3人仲間がいるらしい。
2人は暖を取っていたところにいた者で、もう1人はさっきのパフォーマンスを見せてブーイングが上がった者のようだ。
暖を取っていた2人は、飛び込んだら跳ねそうなくらいのふっくらとした体型の女性と、味方にしたら心強そうな筋肉質な体型の男性だった。
女性の方はカルーア。属性は土で防御や足止めの方が得意らしい。東寄りの中央から魔法使いとの交流を深めるために旅をしているそうだ。
男性の方はデュラム。身体強化などの支援魔法が得意な剣士で、魔法使いは本職ではないらしい。ヘレンとは幼馴染で、追い出されるように南部から出ていくヘレンについてきたという。
その場にいた3人からの自己紹介が終わったころ、さっきまでブーイングを受けていた魔法使いが戻ってきた。
ひょろひょろとしていて倒れても仕方がないくらいの細さをした男性だ。
名前はルフト。彼らの中で一番の魔法の使い手のようだ。属性は土と氷で、攻撃系の魔法が得意らしい。あまり優秀な魔法使いを輩出していない西部の弱小国の出身で、トランスヴァール帝国との戦争から逃げるために南を渡って北上しているそうだ。
ヘレンたちとはその道中で出会ったのだとか。
「まったく、知ってたなら言ってくれたっていいじゃないか……」
ルフトは肩をがっくりと落とした。
西方の情勢には詳しいが他の地方には疎いルフトは、ヘレンたちに言われるがまま魔法を使ったらしい。
その結果があのブーイングだそうだ。
不憫なルフトにヘレンはいたずらっぽく笑いながら謝った。
「ごめんごめん。この前私が立て看板に書いた意味がわかってなさそうだったから、身をもって味わってもらいたくて」
「身をもってわかったけど、ここまでとは思わなかったよ……」
ルフトを慰める3人を少し離れたところでクレアは懐かしそうな目で彼らを見ていた。
クレアを置き去りにしていることに気づいたのか、カルーアはそのふくよかな体でクレアを抱きしめた。
「ごめんなさいね。ルフトくんをあやすので手一杯になってあなたのこと放置しちゃってたわ」
「大丈夫です。あれだけ批判されると結構堪えますよね」
「僕もしや歳下に気を遣われてる……?」
「ちょっと、デュラムや私だって歳下なんですけど?」
カルーアの体にすっぽりとおさまったクレアの返答に少し場が和んだあたりで全員がクレアに視線を注いだ。
自己紹介を求めているのだろう。
クレアは4人に囲まれたまま一度お辞儀をして自己紹介をする。
「初めまして、クレア=モルダナティスです。15歳で、属性は氷です。
出身は………………西です。
人と会う約束をしていて、アナスタシア王国に向かっている途中です」
クレアの言葉に最初に反応したのはルフトだった。
「アナスタシア王国って、トランスヴァール帝国にもう滅ぼされてる国だよね?たしかクーデタに協力して……。
それに、その名前どこかで聞いた覚えがある」
西方出身なら知っているのは当たり前だろう。
クレアの名前をどこで聞いたか思い出そうと必死になっているルフトを見て、クレアは俯いてローブの裾をぎゅっと握る。
ルフトの答えを待っていると、クレアの様子を察したのか、ヘレンが手を叩いた。
「じゃあ、自己紹介も終わったし!色々話し合おうよ」
クレアがヘレンを見ると、ヘレンはクレアに向かってウインクをした。
詮索されたくないことがヘレンにもあるのかもしれない。
ヘレンのおかげでルフトは考えることをやめて席に座った。
そして、ポケットから黒曜石のような輝きをもつ小型の魔道具を取り出して机に置いた。
全員が席についたことを確認して、『уттаитоиг』と呟くと、何か膜のようなものがクレアたちの空間を覆った。
防音結界の魔道具かもしれない。
最初に聞こえなかったのもこの魔道具が作用していたのかもしれない。
話す内容自体結構批判されそうなだけあって対策は万全のようだ。
クレアが感心していると、カルーアが口を開いた。
「ルフトくんが体感したとおり、この国の魔法はおかしいと思うわ」
「そうだね。国民に対して一般の魔法が魔法使いの手厚い教育をしているみたいだけど……度を超えた教育もされているようだし」
「俺は魔力がない国民をどこを歩いても見ないのは結構おかしいと思った」
「あの、どうしてこんな状況になってしまったのでしょうか?」
クレアの疑問に全員が言葉を詰まらせる。
ルクレイシアの魔法に対する考え方の変化はその最中にいた者たちにしかわからない。
記録がそんなに残っていないのだ。
おそらく記録に残したくない出来事を契機に変化したのだろう。
そこでヘレンがそっと手をあげて発言する。
「昔はここまで他の魔法に対して否定的ではなかったみたいなの。それでも、30年くらい前に起きたルクレイシア存亡危機で考えを変えたらしくて」
「ルクレイシア存亡危機?」
クレアが首を傾げると、ヘレン以外の3人もルクレイシア存亡危機について知らなかったようで、ヘレンは「私がその時期生きていた人に聞いた話だけど」と前置きしてから簡単に内容を説明した。
「ルクレイシア存亡危機は、当時の国王が浪費家で起きたできごとみたい。
財政赤字になり、政治も疎かになったのがちょうど30,40年くらい前。
財政難と厳しい税収に苦しんで人口が落ち込んできて、労働者が減ったころ、外部から亡命してくる魔法使いを受け入れて働かせるという政策を実施した。
おかげで労働人口は回復したけれど……人口比率が亡命魔法使いで6割を占めるようになったの。
少し寒いけど生活には困らないルクレイシアは、一般の魔法を使うだけでも十分生きてこれたから、新しい魔法ができることがなかった。だからルクレイシアの国民は最初、外部からの魔法使いが使う魔法に賞賛と羨望の眼差しを注いでいたみたい。
でも、人口比率が逆転してくると、外部の魔法使いがルクレイシア国民を差別するようになった。使える魔法が一般の魔法しかない弱者だと思われて、彼らの使う普通じゃない魔法で結構苦しめられたらしくて。
大きな権力を握った外部の魔法使いがついに王家にまで手を出そうとして傀儡国家になりかけた………とそんなことがあったみたいよ」
相当な出来事に少しの間沈黙が流れる。
たしかにこれは記録に残したくはないだろう。
デュラムが口を開いた。
「それ、王家が止めたのか?」
「聞いた感じだとそうね。ちょうど王家に手を出す少し前に代替わりして、優秀な王が即位したらしいの。
それで、外部の魔法使いを受け入れる政策を禁止して追い出して、貿易国を一国だけに絞って排他的な政治を行ったみたい。
その政策の中で一般魔法以外の魔法に関する考えを移しかえるために反外部魔法思想をもつ人たちを奨励して国民に刷り込んだようね。
おかげで外部の魔法使いの血が薄まったり、外部魔法派を追い出すことに成功したみたい」
「結構大胆なことをするのね……」
「これだけやらないといけないくらい存亡の危機だったんだろう」
各々が見解を述べる中で、クレアは原因を知って複雑な気持ちを感じた。
今に至るまでその思想は根深く受け継がれている。
たしかに外部にさらされて危機に侵されることは少なくなるかもしれない。
新しいものを拒み今のままを望むことはいいかもしれない。
でも。
(この国は一生進まない………)
クレアはルクレイシアの行く先が不安になった。
そうして、ルクレイシアの魔法について語り始めてから話題は2週間後に控える討伐についての話に移った。
クレアが参加する前日に魔道具の準備や間引きのための参加が可能のようだ。
カルーアとデュラムは準備、ヘレンとルフトは間引きで参加をするらしい。
「みなさんも参加されるんですね……!」
「みなさん"も"ってことは、クレアちゃんも参加するのかしら?」
「はい。前日ではないですが、パートナーとして初日に参加が決定してます」
クレアの言葉に全員が驚いた表情を見せた。
何に対して驚いているのかわからずに首を傾げると、カルーアがクレアの肩を掴んだ。
「くくくくく、クレアちゃん?パートナーとして参加するなんて本当に?あなたはまだ15歳でしょう?
支援する学生の子たちと同じ歳じゃない!しかも初日だなんて……一番危険な日よ?今すぐにでも辞退しましょう?」
「カルーア、気持ちはわかるけど落ち着いて」
「落ち着けないわよ!こんなにか弱い子が討伐だなんて!」
「カルーアさん、肩に力が入りすぎてます……」
クレアの弱った声にカルーアはすぐに肩から手を離して「ごめんなさいね」と言ってクレアの手を握った。
そして顔色を伺うようにクレアを見ている。
本当に心配しているのだろう。
正論ばかりで何も言い返せない。
クレアが黙ってカルーアに手を握られていると、ルフトが口を開いた。
「カルーア、この子……クレアさんなら大丈夫だよ。クレアさんは魔力量が多くて、使い方もわかってるから」
「ルフトくん……?どうしてそんなこと言えるの?」
カルーアを落ち着かせるために言ったはずが、カルーアには伝わっていないみたいだった。
ルフトはクレアに視線を向けてカルーアに答えた。
「クレアさんは『銀の魔女』だよね」
「………なんのことでしょう」
ルフトの言葉にしらを切るクレアはカルーアに握られていない手で裾を強く握りしめる。
西方出身のルフトなら、『銀の魔女』を聞いたことがあるのも頷ける。
しかし、容姿も見ていないのになぜ断定するのだろうか。
ルフトに不信感をつのらせていると、ルフトは何かに気づいて笑った。
「ごめんね。僕の知り合いが君のことを知っててよく聞いていたから。
……リュカオンっていうんだけど」
「えっ……?」
クレアは突然出てきた知ってる名前に驚きを隠せなかった。
そして、気づいたときにはルフトに近寄っていた。
「リュカオン……は生きてるんですか」
「……うん。僕の国に逃げてきてからすぐに南を通って西方を脱出したんだ。僕が逃げるときもその道を使った」
「そうなんですね………」
クレアは安心したのか、その場にへたり込んだ。
誰もいないと思っていた。
生きていた。
その事実が嬉しくて、クレアは自然と涙を流していた。
「そう、だからルフトくんは大丈夫って言ったのね」
「そうだよ。僕はでたらめを言わない」
簡単に理由を説明されたカルーアはクレアが討伐初日に参加しても大丈夫だとわかって安心したようだった。
クレアは泣き止むまでに時間がかかって、今も少し鼻声だ。
時計を見ると、そろそろセイルクが学校を終える時間に差し迫っていた。
授業のために帰らなければいけない。
クレアは鼻をすすって4人に向き直った。
そして、魔法で氷の花が入った小さな球をつくった。
「もう帰らないといけないので、最後にお礼として皆さんにこれを」
そう言ってクレアから渡された球にみんなは不思議そうな顔をした。
ただの綺麗な球のように見える。
クレアは少しだけ笑って口を開いた。
「この球は割ると一度だけ氷魔法が使えます。とはいえ、目印代わりや少し凍るくらいですが……。
皆さんも討伐に参加するということで、お守りみたいになったらいいなと思います」
クレアがそう言って立ち去ろうとすると、ルフトが声をかけてきた。
「リュカオンと連絡取りたいときは僕のところにおいでよ。あと1ヶ月くらいは滞在する予定で毎日ここにいるからさ」
「……はいっ」
クレアは元気に返事をした。
朝の憂鬱な気分はどこかに消えていた。
誰かに呼ばれて、手を引かれた感覚がした。
気がつくと、目の前には短い黒髪をもった子どもが手を引いていた。
顔は見えない。
ただ、耳についたサファイアのピアスが揺れている。
『……テルム、そんなに急がなくても遊んであげるよ』
『だってちょっとしか遊べないもん』
頬を膨らませている気がする。
テルムと呼ばれた子は色んな魔法を使ってみせる。
色とりどりの花火、動物をかたどった光。
とても優しい魔法に、思わず微笑んでしまう。
テルム、と呼ぼうとしたところで、あたりが闇に包まれた。
誰もいない。
何があったのか、ここはどこかと周りを見渡す。
背後に人が立っていた。
誰かを抱えている。黒いフードで身を隠しているが、ちらりとフードの中からサファイアのピアスが見えた。
身構えて相手の様子を伺っていると、こちらを指差して睨んできた。
『────。』
「はぁ……っ!はぁ、はぁっ…は……はぁ…………」
ルクレイシアの宿で飛び起きたクレアは息が整わなくて胸を押さえる。
冬なのに、クレアの体からは大量に冷や汗が溢れていた。
久しぶりに見た悪夢だった。
どんな夢かは覚えていない。
とてつもない憎悪を向けられた感覚が拭えない。
息が整い始めて、クレアは自分で自分の体を抱きしめる。
「……朝、だ」
少し曇っている。
まだ朝というにも早すぎるような時間だった。
寝覚めの悪い1日だ。
クレアは抱きしめた自分の体の温もりを感じて生を実感して、ため息をついた。
落ち着いて着替えたころには外で人が話し合う声が聞こえ出した。
クレアがセイルクに魔法を教えるようになって1週間が経ったある日の朝の話だった。
今日は宿でゆっくりするつもりだったが、さすがに居心地が悪いため、いつものように街を散策することにした。
ルクレイシアはグラント公国に次ぐ魔法国家だ。
どこに行っても魔法しかない。
冬にしては風が弱い曇りの日で過ごしやすいからか、人通りが多い気がする。
クレアはマクレン広場に来ていた。
【マクレン広場】
魔法使いの交流がある場所。
国民、異邦人問わず魔法について話し合う数少ない場所。
ルクレイシアの国旗が地面にあしらわれたレンガ造りの広場は中央で魔法を見せるために使われていて、パフォーマンスとして飛び入りも許されている。
広場の脇には魔道具や魔法書を売る店やカフェが並んでいる。
各々の店が屋内外に座るスペースを設けていて、魔法を使えない人々が魔法を見るために座ることもできる。
他にも占いや体験や雑談場などがある。
クレアがここに来るのは2回目で、最初のときは通り過ぎるだけだった。
ただすごく面白そうな場所だと思って通っていたため、気を晴らすためにもここに来たわけだ。
広場の脇を通って何かないかと探していると、広場の中央へ向けてブーイングが飛び交った。
席に座る人たちを見る限り、今はルクレイシアの国民が多くいる時間のようだ。
おおよそ、パフォーマンスをした魔法使いは他の国から来た者で、特殊な魔法を使ったのだろう。
どうしても「普通」が好きらしい。
少し嫌な気分になったクレアは前方に紺色のコートを着て身を寄せ合って暖を取っている3人の集団を捉えた。
足元には「ルクレイシアの魔法を語る」という立て看板が置いてあった。
外部の人だろうか。
話しているはずの彼らに、クレアが近づいても全く音が聞こえない。
クレアがじっと見ていると、さっきまで寒そうにしていた1人が話しかけてきた。
背が高く、コートを着ていてもすらりとした体の女性だ。
「こんにちは!ルクレイシアの魔法について語っていきませんか?
あっ、もちろん自分の魔法についてでも大丈夫です!」
「……入らせてもらいます」
クレアの言葉に顔を輝かせると、彼女はすぐに仲間のもとへ連れて行った。
彼女の名前はヘレン。属性は火で、魔法使いの迫害が酷い南部から北を目指している途中だそうだ。
この雑談場は他に3人仲間がいるらしい。
2人は暖を取っていたところにいた者で、もう1人はさっきのパフォーマンスを見せてブーイングが上がった者のようだ。
暖を取っていた2人は、飛び込んだら跳ねそうなくらいのふっくらとした体型の女性と、味方にしたら心強そうな筋肉質な体型の男性だった。
女性の方はカルーア。属性は土で防御や足止めの方が得意らしい。東寄りの中央から魔法使いとの交流を深めるために旅をしているそうだ。
男性の方はデュラム。身体強化などの支援魔法が得意な剣士で、魔法使いは本職ではないらしい。ヘレンとは幼馴染で、追い出されるように南部から出ていくヘレンについてきたという。
その場にいた3人からの自己紹介が終わったころ、さっきまでブーイングを受けていた魔法使いが戻ってきた。
ひょろひょろとしていて倒れても仕方がないくらいの細さをした男性だ。
名前はルフト。彼らの中で一番の魔法の使い手のようだ。属性は土と氷で、攻撃系の魔法が得意らしい。あまり優秀な魔法使いを輩出していない西部の弱小国の出身で、トランスヴァール帝国との戦争から逃げるために南を渡って北上しているそうだ。
ヘレンたちとはその道中で出会ったのだとか。
「まったく、知ってたなら言ってくれたっていいじゃないか……」
ルフトは肩をがっくりと落とした。
西方の情勢には詳しいが他の地方には疎いルフトは、ヘレンたちに言われるがまま魔法を使ったらしい。
その結果があのブーイングだそうだ。
不憫なルフトにヘレンはいたずらっぽく笑いながら謝った。
「ごめんごめん。この前私が立て看板に書いた意味がわかってなさそうだったから、身をもって味わってもらいたくて」
「身をもってわかったけど、ここまでとは思わなかったよ……」
ルフトを慰める3人を少し離れたところでクレアは懐かしそうな目で彼らを見ていた。
クレアを置き去りにしていることに気づいたのか、カルーアはそのふくよかな体でクレアを抱きしめた。
「ごめんなさいね。ルフトくんをあやすので手一杯になってあなたのこと放置しちゃってたわ」
「大丈夫です。あれだけ批判されると結構堪えますよね」
「僕もしや歳下に気を遣われてる……?」
「ちょっと、デュラムや私だって歳下なんですけど?」
カルーアの体にすっぽりとおさまったクレアの返答に少し場が和んだあたりで全員がクレアに視線を注いだ。
自己紹介を求めているのだろう。
クレアは4人に囲まれたまま一度お辞儀をして自己紹介をする。
「初めまして、クレア=モルダナティスです。15歳で、属性は氷です。
出身は………………西です。
人と会う約束をしていて、アナスタシア王国に向かっている途中です」
クレアの言葉に最初に反応したのはルフトだった。
「アナスタシア王国って、トランスヴァール帝国にもう滅ぼされてる国だよね?たしかクーデタに協力して……。
それに、その名前どこかで聞いた覚えがある」
西方出身なら知っているのは当たり前だろう。
クレアの名前をどこで聞いたか思い出そうと必死になっているルフトを見て、クレアは俯いてローブの裾をぎゅっと握る。
ルフトの答えを待っていると、クレアの様子を察したのか、ヘレンが手を叩いた。
「じゃあ、自己紹介も終わったし!色々話し合おうよ」
クレアがヘレンを見ると、ヘレンはクレアに向かってウインクをした。
詮索されたくないことがヘレンにもあるのかもしれない。
ヘレンのおかげでルフトは考えることをやめて席に座った。
そして、ポケットから黒曜石のような輝きをもつ小型の魔道具を取り出して机に置いた。
全員が席についたことを確認して、『уттаитоиг』と呟くと、何か膜のようなものがクレアたちの空間を覆った。
防音結界の魔道具かもしれない。
最初に聞こえなかったのもこの魔道具が作用していたのかもしれない。
話す内容自体結構批判されそうなだけあって対策は万全のようだ。
クレアが感心していると、カルーアが口を開いた。
「ルフトくんが体感したとおり、この国の魔法はおかしいと思うわ」
「そうだね。国民に対して一般の魔法が魔法使いの手厚い教育をしているみたいだけど……度を超えた教育もされているようだし」
「俺は魔力がない国民をどこを歩いても見ないのは結構おかしいと思った」
「あの、どうしてこんな状況になってしまったのでしょうか?」
クレアの疑問に全員が言葉を詰まらせる。
ルクレイシアの魔法に対する考え方の変化はその最中にいた者たちにしかわからない。
記録がそんなに残っていないのだ。
おそらく記録に残したくない出来事を契機に変化したのだろう。
そこでヘレンがそっと手をあげて発言する。
「昔はここまで他の魔法に対して否定的ではなかったみたいなの。それでも、30年くらい前に起きたルクレイシア存亡危機で考えを変えたらしくて」
「ルクレイシア存亡危機?」
クレアが首を傾げると、ヘレン以外の3人もルクレイシア存亡危機について知らなかったようで、ヘレンは「私がその時期生きていた人に聞いた話だけど」と前置きしてから簡単に内容を説明した。
「ルクレイシア存亡危機は、当時の国王が浪費家で起きたできごとみたい。
財政赤字になり、政治も疎かになったのがちょうど30,40年くらい前。
財政難と厳しい税収に苦しんで人口が落ち込んできて、労働者が減ったころ、外部から亡命してくる魔法使いを受け入れて働かせるという政策を実施した。
おかげで労働人口は回復したけれど……人口比率が亡命魔法使いで6割を占めるようになったの。
少し寒いけど生活には困らないルクレイシアは、一般の魔法を使うだけでも十分生きてこれたから、新しい魔法ができることがなかった。だからルクレイシアの国民は最初、外部からの魔法使いが使う魔法に賞賛と羨望の眼差しを注いでいたみたい。
でも、人口比率が逆転してくると、外部の魔法使いがルクレイシア国民を差別するようになった。使える魔法が一般の魔法しかない弱者だと思われて、彼らの使う普通じゃない魔法で結構苦しめられたらしくて。
大きな権力を握った外部の魔法使いがついに王家にまで手を出そうとして傀儡国家になりかけた………とそんなことがあったみたいよ」
相当な出来事に少しの間沈黙が流れる。
たしかにこれは記録に残したくはないだろう。
デュラムが口を開いた。
「それ、王家が止めたのか?」
「聞いた感じだとそうね。ちょうど王家に手を出す少し前に代替わりして、優秀な王が即位したらしいの。
それで、外部の魔法使いを受け入れる政策を禁止して追い出して、貿易国を一国だけに絞って排他的な政治を行ったみたい。
その政策の中で一般魔法以外の魔法に関する考えを移しかえるために反外部魔法思想をもつ人たちを奨励して国民に刷り込んだようね。
おかげで外部の魔法使いの血が薄まったり、外部魔法派を追い出すことに成功したみたい」
「結構大胆なことをするのね……」
「これだけやらないといけないくらい存亡の危機だったんだろう」
各々が見解を述べる中で、クレアは原因を知って複雑な気持ちを感じた。
今に至るまでその思想は根深く受け継がれている。
たしかに外部にさらされて危機に侵されることは少なくなるかもしれない。
新しいものを拒み今のままを望むことはいいかもしれない。
でも。
(この国は一生進まない………)
クレアはルクレイシアの行く先が不安になった。
そうして、ルクレイシアの魔法について語り始めてから話題は2週間後に控える討伐についての話に移った。
クレアが参加する前日に魔道具の準備や間引きのための参加が可能のようだ。
カルーアとデュラムは準備、ヘレンとルフトは間引きで参加をするらしい。
「みなさんも参加されるんですね……!」
「みなさん"も"ってことは、クレアちゃんも参加するのかしら?」
「はい。前日ではないですが、パートナーとして初日に参加が決定してます」
クレアの言葉に全員が驚いた表情を見せた。
何に対して驚いているのかわからずに首を傾げると、カルーアがクレアの肩を掴んだ。
「くくくくく、クレアちゃん?パートナーとして参加するなんて本当に?あなたはまだ15歳でしょう?
支援する学生の子たちと同じ歳じゃない!しかも初日だなんて……一番危険な日よ?今すぐにでも辞退しましょう?」
「カルーア、気持ちはわかるけど落ち着いて」
「落ち着けないわよ!こんなにか弱い子が討伐だなんて!」
「カルーアさん、肩に力が入りすぎてます……」
クレアの弱った声にカルーアはすぐに肩から手を離して「ごめんなさいね」と言ってクレアの手を握った。
そして顔色を伺うようにクレアを見ている。
本当に心配しているのだろう。
正論ばかりで何も言い返せない。
クレアが黙ってカルーアに手を握られていると、ルフトが口を開いた。
「カルーア、この子……クレアさんなら大丈夫だよ。クレアさんは魔力量が多くて、使い方もわかってるから」
「ルフトくん……?どうしてそんなこと言えるの?」
カルーアを落ち着かせるために言ったはずが、カルーアには伝わっていないみたいだった。
ルフトはクレアに視線を向けてカルーアに答えた。
「クレアさんは『銀の魔女』だよね」
「………なんのことでしょう」
ルフトの言葉にしらを切るクレアはカルーアに握られていない手で裾を強く握りしめる。
西方出身のルフトなら、『銀の魔女』を聞いたことがあるのも頷ける。
しかし、容姿も見ていないのになぜ断定するのだろうか。
ルフトに不信感をつのらせていると、ルフトは何かに気づいて笑った。
「ごめんね。僕の知り合いが君のことを知っててよく聞いていたから。
……リュカオンっていうんだけど」
「えっ……?」
クレアは突然出てきた知ってる名前に驚きを隠せなかった。
そして、気づいたときにはルフトに近寄っていた。
「リュカオン……は生きてるんですか」
「……うん。僕の国に逃げてきてからすぐに南を通って西方を脱出したんだ。僕が逃げるときもその道を使った」
「そうなんですね………」
クレアは安心したのか、その場にへたり込んだ。
誰もいないと思っていた。
生きていた。
その事実が嬉しくて、クレアは自然と涙を流していた。
「そう、だからルフトくんは大丈夫って言ったのね」
「そうだよ。僕はでたらめを言わない」
簡単に理由を説明されたカルーアはクレアが討伐初日に参加しても大丈夫だとわかって安心したようだった。
クレアは泣き止むまでに時間がかかって、今も少し鼻声だ。
時計を見ると、そろそろセイルクが学校を終える時間に差し迫っていた。
授業のために帰らなければいけない。
クレアは鼻をすすって4人に向き直った。
そして、魔法で氷の花が入った小さな球をつくった。
「もう帰らないといけないので、最後にお礼として皆さんにこれを」
そう言ってクレアから渡された球にみんなは不思議そうな顔をした。
ただの綺麗な球のように見える。
クレアは少しだけ笑って口を開いた。
「この球は割ると一度だけ氷魔法が使えます。とはいえ、目印代わりや少し凍るくらいですが……。
皆さんも討伐に参加するということで、お守りみたいになったらいいなと思います」
クレアがそう言って立ち去ろうとすると、ルフトが声をかけてきた。
「リュカオンと連絡取りたいときは僕のところにおいでよ。あと1ヶ月くらいは滞在する予定で毎日ここにいるからさ」
「……はいっ」
クレアは元気に返事をした。
朝の憂鬱な気分はどこかに消えていた。
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