追放された魔法使いの巻き込まれ旅

ゆり

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閑話 昔の思い出を携えて

仲間へ会いに

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ざく、ざく、ざく

早朝から誰かが雪を踏む音がする。

全身を黒いローブで覆ったクレアは、地図を頼りにある場所へ向かう。

セイルクとハシュアに別れを告げて、クレアはそのまま出ていかずに寄り道をしていた。


「ついた……」


寄り道をしたのは、かつてクレアが一度訪れたことがあるマクレン広場だった。
早朝にもかかわらず、今日も魔法を愛する者で溢れている。

ある人を探すため、広場に入っていく。

前に出会ったときの立て看板を目印に周辺を歩き回り、奥まったところでようやくそれを見つけた。

ルクレイシアの魔法を語る、と書かれた看板が隅に立てかけられている。
少しだけ手荷物が置いて行かれているためやっていそうだが、誰もいない。
前日に場所取りをしたままで、まだ来ていないのだろうか。
早朝なだけあってありえそうなことに、困っていると、後ろから声が聞こえた。

「あら、クレアちゃん?」

聞いたことのある声に思わず振り向くと、ふくよかな体つきで和やかな雰囲気を身にまとったカルーアが立っていた。
後ろには、ヘレンとデュラムもいた。
クレアが安堵して会釈をすると、ヘレンとデュラムが詰め寄ってきた。

「ほ、本当にクレアちゃん?ここに来て大丈夫?」
「痛むところはないか?」
「………えっと、一体何が?」

突然のことに状況を飲み込めていないクレアと詰め寄る2人を見て、カルーアはやれやれといったように2人を引き剥がした。

「もう、クレアちゃんが困ってるでしょう?大きい体で詰め寄らないの!
ごめんね、クレアちゃん。昨日の討伐で行方不明になったって聞いて、みんなで心配していたのよ」
「あ……そういうことですか」

カルーアにつまみ上げられたヘレンとデュラムは反省した面持ちになり、その様子にクレアはカルーアの話を聞きながら少し笑った。
軽い反応だったからか、クレアの返答にカルーアは眉を顰めた。

「とても心配していたのよ?
あなたは強いからなんて送り出したルフトくんと私はもっと心配だったんだから」

カルーアはたしなめるように言って、クレアの頭をローブ越しに撫でる。

「怪我はない?」

心の底から心配してくれているとわかる。
カルーアの何もかも包み込んでくれそうな優しい手がそれを物語る。
胸が熱くなる。

「………はい。緊急連絡先にしていた方のおかげで、酷い怪我はそこまで負いませんでした」

クレアの受け答えにカルーアはようやく安心したような顔を見せた。
極限状態で魔法を使うために生命力を削ったり、魔力暴走で傷がついたり、自分の魔法と相手の火属性の魔法で吹き飛ばされたりして、他人が聞けばあまり大丈夫ではない。
しかし、それ以上の痛みを知っているから、酷くないと言える。

「そういえば、こんな朝早くからどうしてここに?
私たちは今から始める予定で来たから、クレアちゃんがいて驚いちゃったけど」

安否確認ができて安心したのはカルーアだけでなくヘレンもデュラムもだった。
立ち直ったヘレンがクレアに対して問いかけてきた。
クレアはそう言われて本来の目的を思い出した。

「実は、このあとここを出て次の場所へ行く予定なんです。
それで、その前にルフトさんに会いたくてここに来たんです」

クレアがここにやってきた目的は、ルフトに会うことだった。

『リュカオンと連絡取りたいときは僕のところにおいでよ。あと1ヶ月くらいは滞在する予定で毎日ここにいるからさ』

ルフトの言葉を思い出して、クレアは久しぶりにリュカオンと話したいと思っていた。
そこで、会いにきたわけだが、ここにいるのはカルーアとヘレンとデュラムだけだ。

肝心なルフトはどこにもいない。

3人の方を見ると、全員目を合わせて、呆れたようにため息をついた。

「ごめん、クレアちゃん。ちょっと頼まれてくれるかな?」
「……え?」
















コンコンコン。
コンコンコン。

「ルフトさーん…………朝ですよ……」

ドアに向かって放ったその言葉は、小さすぎたのかドアの向こうの主人であるルフトに届かない。

クレアはルフトの泊まる宿までやって来ていた。
毎日朝からマクレン広場に集まっているという4人だが、いつもルフトが寝坊してくるらしい。
いつもはカルーアたち3人のうち誰かが、代わる代わる起こしに行く係を請け負っていたが、今日は準備や買い出しなどで忙しくて起こしに行っていなかったらしい。

そこでルフトに会うつもりで来たクレアにお願いする形となったのだ。

しかし、かれこれ冒頭の下りを4回ほど繰り返しているが、全く起きる気配はない。
クレアの声が小さいからなのか、本人に起きる意思がないからなのかは不明だが、このままでは昼まで起きないだろう。

今日早めにここを発つつもりだった歌レアにはあまり嬉しくないことである。
宿の扉を壊すわけにもいかず、ずっと低姿勢で起こそうとしていたが、クレアもそろそろ我慢の限界だった。


「………………………『開け』」


長い葛藤の末、クレアは魔法で部屋の扉の鍵を開けた。
中に入ると、まだ夢の中にいるルフトがベッドで布団を抱いて寝ていた。
クレアは亜空間から布を取り出し、触ると思わず手を引っ込めたくなるような冷たい氷を大量に入れて、首筋に当てた。

「つめたっ!?」

ルフトはようやく飛び起きて、何が起きたか状況をつかめないまま首を手で守った。

「おはようございます。ルフトさん」







「あぁ………それでここに来たんだ………。悪かったね、起こしてもらって」
「本当です」

着替えて事情を聞いたルフトは自分で淹れたコーヒーを飲みながら、申し訳なさそうな顔をした。
クレアの即答具合に相当怒っていることを察して、ルフトはすぐに連絡用の水晶を持って来た。

『стыуфибьжофайги』

水晶に手をかざして呪文を唱えると、水晶が淡く光り、上部にモニターのようなものが出現した。
数秒間砂嵐だったが、上手くつながってモニターには雪の降る外が映し出された。
反射しているように見えるため、室内の窓際だろうか。

「リューク、いる?」

ルフトがリュカオンを愛称で呼ぶと、近くから物音がした。
近づいてくる足音がぴたりと止まり、モニターに映る景色が誰かに持ち上げられたみたいに変わっていく。
モニターは急に床を映して、誰かの裸足がたまに映りながらどこかへ進んでいく。
机に置かれると、視界が安定して、目の前に一人の男が現れた。

外で雪が降っている割には一着のグレーの薄着だけを着て、ハーフアップにした黒髪とサファイアのピアスをした黄金色の瞳をした男だった。

『………朝からなんの用だ、言ってみろ』

頬杖をして、ハイライトのない目でモニター越しにルフトを睨むリュカオンは迫力満点だ。
徹夜明けなのか、眼光がとても鋭く、蛇に睨まれたような感覚に陥りそうになる。
ルフトは物怖じせずに口を開く。

「リュークに会わせたいし、会いたいって言ってる人がいるから、この機会に会わせてあげようと思ってさ」
『はあ?』

ルフトの言葉に怪訝な表情を浮かべたリュカオンを横目に、ルフトはクレアを手招きする。
クレアは一瞬、いろんなためらいが起きたが、すぐにモニターの前に現れてフードを脱いだ。

「………リュ、リュカオン、久しぶり……」
『………………』

クレアが頑張って久しぶりの挨拶をすると、リュカオンは理解するのに時間がかかるように沈黙し、やがて頬杖をしていた手から顔を離して至近距離までモニターに近づいてくる。

『………は、君……………もしかして
「ちびっ子」!?』
「『ちびっ子』呼びされる年齢じゃないよ………」

驚きを隠せないリュカオンの目には少しだけ生気が宿っている。
ようやく現実だと理解したのか、リュカオンはモニターから離れた。

『「ちびっ子」がダメなら、銀の魔女になるけど』
「それはちょっと……」
『じゃあ「ちびっ子」』
「はい………」

昔に戻った気分だった。
いつも気怠そうな顔をしてやって来ては、その顔のまま意地悪をしてくる。
たまに笑う顔が優しかった。
あの地獄の中で楽しみだったひとつをまた体験している。

『………生きてたんだ。てっきりあのとき、あの人と死んだと思った』

懐かしさに浸っていると、リュカオンはどこか遠くを眺めるような眼差しでクレアに話しかけた。

いろんな思いが、溢れてくる。
辛酸を舐めた日々も、木漏れ日のような優しい温かさに包まれた日々も、フラッシュバックするみたいにクレアの体を駆け巡る。



────だから逃げて、生き延びて。


────私とまた、話をしよう?



あの日の約束は今でも覚えている。

クレアは目頭が熱くなるのを感じながら、リュカオンを見る。

「…………生かしてくれたんだよ。約束したから、果たすまで死ねない」
『約束………ね』

少し複雑な顔をしたリュカオンは、それ以上は追求せず、話を逸らした。

『いろいろ話したいこともあるし、僕のとこに一回来ない?』

それはモニター越しではなく、本当に対面したいということだった。
話したいことというのは、きっと、思い出話でもあり、また違う話もあるのだろう。
ここで話さないということは、ルフトを巻き込みたくないことを指していた。

クレアはあくびをしながら朝の準備を進めるルフトを横目に、問いかける。

「リュカオンのところって……今、どこにいるの?」
『今はツィーシャっていう、イェルガを少し南下した村みたいなところにいる』
「イェルガって………」

クレアはそこまで言って口をつぐんだ。

イェルガはグラント公国の隣にある北部の国だ。
グラントほどの国力はないが、魔法使いも軍事力も世界的に見れば強力な国。
その理由は、北部の民だからという理由もあるが、一番はイェルガにある『大陸魔法使い協会』の本部があり、世界各地から強者の魔法使いが集まるからだ。
そして、リュカオンの出身地でもある。

クレアは地図を取り出して場所を確認する。
ツィーシャは、クレアが今いるルクレイシアより西にあるところで、イェルガとの間にある大きな一国の影に隠れるようにぽつりと存在している。

なぜこんな場所にいるのかはルフトを巻き込む話に発展するかもしれないから話せない。

クレアは地図をしまって、リュカオンを見た。

「ちょうど、西に行こうとしてたから、寄ろうかな」
『わかった、こっちで待ってる。
………あ、着いたら僕のことは「リューク」って呼んで』
「うん。多分1週間くらいあれば着くと思うから」

クレアがそう答えると、リュカオンはきょとんとした顔をしてから、少し意地悪そうな顔をした。

『迷子にならないように気をつけて』
「………1週間ってそういう意味じゃないから」

リュカオンは優しく笑って、『ごめん、もう切らないと』と伝えて連絡を切ってしまった。
クレアは少しだけ余韻に浸ってからフードを被り直して席を立ち、朝食を食べ終えたルフトに水晶玉を返した。

「ありがとうございました。久しぶりに話せて楽しかったです」
「それはよかった。僕と話すときはもっと悪態つくんだけど、クレアさんにはあんな反応で新鮮だったから、こっちも楽しかったよ」

ルフトは水晶玉をしまいながらそう話してくれた。
クレアにとってはあの反応が普通なのだが、ルフトと話すときはどんな感じになるのか気になってしまった。
しかし、旅立たねばならない。

クレアがルフトの部屋の扉に手をかけて、出て行こうとすると、ルフトが慌てて玄関口までやって来た。
見送りは、今日で2回目だ。
クレアが「ありがとうございました」ともう一度言おうとしたとき、ルフトが先んじて口を開いた。

「あのさ、僕リュークとは5年とかそれ以上の仲で、色んなことお互いに相談し合うんだ。
でも、たまに話してくれない悩みとかもあるんだ。理由は教えてくれないけど、多分クーデタからの話が関わってて、僕を巻き込みたくないんだと思う。
………だから、同じ境遇のクレアさんなら話せることがあると思うんだ。あいつ、なんでも気負っちゃうから聞いてやってよ」

表情には羨ましさと期待が込められていた。
友人の力になれないことを悔やみ、思ってくれている。
リュカオンはいい友人を持ったのだとわかる。
クレアはルフトの手を握って、精一杯元気な声を出した。




「その願い、確かに聞き届けました」
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