一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第79話 雪降る街の謎

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翌朝、トウマは窓の外を見て眉をひそめた。昨夜から降り続いていた雪は、むしろ勢いを増していた。街全体が真っ白な雪に覆われ、まるで真冬のような光景を見せている。

「これは……予想以上だな」

膝の上で丸くなっている子猫を見下ろすと、小さな瞳がトウマを見つめ返した。

「お前も起きたか。おはよう」

子猫は小さく鳴いて、トウマの手に頬を擦り付ける。一夜を共にしたことで、すっかり懐いてしまったようだった。

「さて、親を探しに行くか」

朝食を済ませた後、トウマは子猫を懐に入れて外に出た。雪は相変わらず激しく降っており、足元には既に膝の高さほどの雪が積もっている。

「こりゃ参ったな」

季節外れの大雪に、街の人々も困惑しているようだった。店の前で雪かきをする商人や、足早に歩く通行人の姿が見える。

「……この雪、普通じゃねえな」

トウマは空を見上げた。雪雲の様子が不自然で、まるで特定の場所から発生しているような気がする。

「魔法の影響か?」

その時、懐の中の子猫が身を乗り出した。

「どうした?」

子猫は前足で一方向を指すような仕草を見せる。まるで何かを感じ取っているかのようだった。

「そっちに行きたいのか?」

トウマは子猫の示す方向に歩き始めた。街の中心部から離れ、次第に人通りも少なくなっていく。

――――――

雪道を歩き続けること十数分、トウマは街外れの一角に差し掛かった。そこには古い屋敷が一軒、雪に埋もれるように建っていた。

「ここか?」

子猫は興奮したように鳴いている。どうやら親猫がこの屋敷にいるらしい。

「飼い主もここにいるってことか」

トウマは門の前に立ち、呼び鈴を鳴らした。カランコロンと音が響くが、いくら待っても応答がない。

「留守かな?」

もう一度呼び鈴を鳴らしてみたが、やはり反応はなかった。

「おかしいな……」

トウマは直感的に何かを感じ取った。この静寂には、ただの留守とは違う不穏な空気が漂っている。琥珀色の瞳が鋭く細められる。

「中に入ってみるか」

子猫を懐に入れ直し、トウマは屋敷の玄関に向かった。ドアは鍵がかかっていなかった。

「失礼しまーす」

わざと軽い調子で声をかけながら中に入ると、屋敷の中は薄暗く、ひんやりとしていた。

「誰かいないか?」

トウマの声が廊下に響く。しかし、返事はない。

「仕方ないな。少し探索させてもらうか」

子猫は懐の中で落ち着きなく動いている。何かを感じ取っているようだった。

廊下を歩きながら、トウマは部屋を一つずつ確認していく。書斎、客間、台所……どの部屋も人の気配がない。古い家具が埃をかぶり、長い間使われていない様子が伺える。

「奥にまだ部屋があるな」

屋敷の最奥部に向かうと、そこには重厚な扉があった。他の部屋と違って、こちらからは微かに明かりが漏れている。

「ここか?」

扉を開けると、そこは研究室のような部屋だった。本棚には難しそうな魔法書が並び、机の上には各種の実験器具が置かれている。錬金術師の工房のような雰囲気だった。

「学者の家だったのか。ん?あれは……?」

部屋の一角に、何かが光っているのに気がついたトウマは近づいてみる。すると、そこには見たことのない形の装置があった。水晶のような物体が埋め込まれた複雑な機械で、青白い光を放っている。魔力の波動が装置全体を包み、空気すら震えているようだった。

「うわっ!」

装置の側で、一人の人物が倒れているのを発見した。中年の女性で、白い髪を後ろで結んでいる。研究者らしい白衣を着ており、眼鏡が床に落ちていた。そして、その傍らには一匹の猫が心配そうに寄り添っていた。

「ニャ~!」

懐の中の子猫が大きく鳴いた。そして、トウマの懐から飛び出すと、倒れている女性の傍らにいる猫に駆け寄った。

「やっぱりこの屋敷の子だったんだな」

二匹の猫が鼻を擦り合わせ、親猫が子猫を舐めている光景に、トウマは思わず頬を緩めた。しかし、すぐに倒れている女性のことが気になった。

「おい、大丈夫か?」

トウマは女性の肩を揺すろうと手を伸ばした。その瞬間、異変が起きた。

「うっ!」

手が女性に触れた瞬間、トウマの体から魔力が吸い取られるような感覚に陥った。まるで何かに魔力を奪われているような、不快な感覚だった。

「これは……やべえ」

慌てて手を引っ込めると、魔力を吸い取られる感覚も止まった。

「もしかして、あの装置が原因か?」

トウマは先ほどの装置を見つめた。青白い光を放つ装置が、魔力を吸い取っているのかもしれない。

「どうなってやがる、これは」

装置を詳しく調べてみると、中央に埋め込まれた水晶が激しく光っていた。この水晶が魔力を吸い取っているようだった。まるで生き物のように脈動している。

「このままじゃ近づけないし、なんとかこれを止めないと……」

トウマは慎重に装置を調べ、水晶を取り外すための仕組みを探した。幸い、水晶は単純な留め具で固定されているだけだった。

「よし」

水晶を取り外すと、装置の光は消えた。同時に、魔力を吸い取られる感覚も完全に止まった。部屋の空気が一瞬で軽くなる。

「これで大丈夫か。……まてよ?ってことは、この人も魔力を吸い取られてたんじゃ……?」

倒れている女性も、装置の影響で魔力を奪われて倒れたのかもしれないと気づいたトウマは急いで魔力回復薬を取り出す。

「とりあえずこれで……頼む、効いてくれ」

女性の口に薬を含ませ、ゆっくりと飲ませる。しばらく待つと、女性の瞼がゆっくりと開いた。

「あ……あなたは?」

女性の声は弱々しかったが、意識ははっきりしているようだった。

「俺はトウマ。冒険者だ」

「冒険者の……?」

女性は混乱しているようだった。

「とりあえず、ベッドに移るぞ」

トウマは女性を支えて、隣の部屋にあるベッドまで運んだ。

――――――

「すみません、ご迷惑をおかけして」

ベッドに横たわりながら、女性は申し訳なさそうに言った。

「いや、気にするな。それより、何があったんだ?」

「私はエレナと申します。魔法の研究をしているのですが……」

エレナは恥ずかしそうに顔を赤らめた。研究者らしい知的な雰囲気を持つ女性だったが、今は疲労の色が濃い。

「研究中の装置が予想外の動作を起こしてしまって」

「あの装置か?」

「はい。気象制御の実験をしていたのですが、制御を失って……」

エレナの説明によると、彼女は天候を制御する魔法装置の研究をしていたらしい。しかし、実験中に装置が暴走し、魔力を吸い取り始めたのだという。

「それで倒れちまったと」

「お恥ずかしい限りです。一人で実験なんてするものではありませんね」

「そうだな。実験の規模にもよるだろうが、今回は危なかった」

二匹の猫が心配そうにエレナの傍らにいるのを見て、トウマは微笑んだ。

「この子たちも心配してたみたいだな」

「ミルとココです。私の大切な家族なんです」

「ココが外に出ちまって、心配だったろ」

エレナは子猫を優しく撫でた。

「この子は好奇心旺盛で、よく外に出たがるんです」

「俺に似てるな。好奇心旺盛すぎるのも考えもんだけどな」

「でも、そのおかげで助かりました。この子がいなければ、私は……」

「まぁ、助かって良かった。装置も止めたし、もう大丈夫だろう」

「本当にありがとうございました」

――――――

その夜、トウマはエレナの看病に付き添った。魔力回復薬の効果で体調は回復しつつあったが、念のため一晩様子を見ることにしたのだ。

「すみません、泊まっていただいて」

「いいさ。一人だと心配だからな」

トウマは椅子に座って、エレナの様子を見守った。

「冒険者の方がこんなに親切にしてくださるなんて」

「俺も昔、似たような経験があるからな。気にするな」

「はい。ありがとうございます」

エレナは嬉しそうに礼を言い、二匹の猫もトウマの足元で静かに眠っていた。

――――――

翌朝、トウマは窓の外を見て驚いた。

「おお、晴れてる」

昨日まで降り続いていた雪は完全に止み、空には雲一つない青空が広がっていた。

「昨日までの雪もあの装置の影響だったんだな」

エレナも窓から外を眺めていた。体調もすっかり回復しているようだった。

「これで街の人たちも安心だな」

「本当に申し訳ありませんでした」

「まぁ、気にするな。研究には失敗がつきもんだ」

「トウマさんは優しい方ですね」

エレナは感謝の気持ちを込めて、トウマに深く頭を下げた。

「ただ、今度から実験する時は気を付けてな」

「はい、肝に銘じます」

そうして、トウマはエレナと猫達に見送られながら屋敷を後にした。

――――――

屋敷を出ると、外は本当に雲一つない晴天だった。街の人々も雪が止んだことに安堵しているようで、あちこちで雪かきをする姿が見える。

「また変な騒動に巻き込まれちまったな」

トウマは振り返って屋敷を見た。窓からエレナと二匹の猫が手を振っているのが見えた。

「まぁ面白かったし、よしとするか」

トウマは満足そうに微笑むと、宿に向かって歩き始めた。
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