一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第81話 迷宮都市と自由な人々

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ドラゴンの峰を下りた翌日、トウマは街道沿いの宿場町で一泊し、商隊と一緒に旅をしながら、トウマは次第に目的地へと近づいていた。

「そろそろ着くはずなんだが……」

琥珀色の瞳で前方を見つめると、遠くに奇妙な光景が広がっていた。まるで積み木を無造作に積み上げたような、不規則な建物群が見える。

「あれが迷宮都市か」

商隊の隊長が指差しながら言った。

「初めて見る人は大抵驚くんです。あの街は本当に迷宮みたいでしてね」

トウマは興味深そうに街を眺めた。確かに、これまで見たどの街とも違う。建物の高さはバラバラで、色も形も統一感がない。まるで子供が思いつくままに作った積み木の城のようだった。

「面白そうな街だな」

「ええ、ただし道に迷わないよう気をつけてください。あの街は一度入ると出てこれないって冗談で言われるくらい複雑なんです」

隊長の言葉に、トウマは苦笑いを浮かべた。

「それは楽しみだ」

――――――

商隊と別れたトウマは、一人で迷宮都市の入り口に向かった。近づくにつれて、その異様さがより際立ってくる。

街の入り口には門があるものの、門番らしき人物はいない。代わりに、看板が立てられていた。

『迷宮都市へようこそ。自己責任でお楽しみください』

「自己責任ね。面白い歓迎文句だな」

街に入った瞬間、まず驚いたのは音だった。様々な言語が飛び交い、商売の声、子供の笑い声、動物の鳴き声が混ざり合って、独特な雰囲気を作り出している。

「これは確かに迷宮だな」

目の前に広がる光景は、まさに混沌そのものだった。道は曲がりくねり、時には階段になったり、突然広場に出たりする。建物同士が複雑に絡み合い、どこが道でどこが建物なのか分からない箇所も多い。

「おい、兄ちゃん!」

突然声をかけられて振り返ると、赤い髪の少年が駆け寄ってきた。

「あんた、この街は初めてかい?」

「ああ、そうだが」

「だったら案内してやるよ。この街は慣れないと大変だからな」

少年は人懐っこい笑顔を浮かべていた。

「案内料は?」

「銅貨三枚でどうだ?」

「安いな。頼むよ」

トウマは銅貨を少年に渡した。

「俺はトウマだ。お前は?」

「キオムだ。よろしくな、トウマの兄ちゃん」

キオムは元気よく答えると、さっそく歩き始めた。

「それにしても、変わった街だな。なんでこんなに建物がごちゃごちゃしてるんだ?」

「ああ、それはな……」

キオムは振り返りながら説明し始めた。

「この街には、明確な支配者や規律が存在しないんだ」

「支配者がいない?」

「そうだ。みんな勝手に集まって、好き勝手に生活してるんだよ」

トウマは眉をひそめた。確かに、これまで訪れた街には必ず領主や街の代表者がいた。

「じゃあ、誰が街を管理してるんだ?」

「管理?そんなものはないよ」

キオムは当たり前のように答えた。

「みんな自分の好きなように家を建てて、好きなように商売して、好きなように生活してる。街っていうより、集会場に近いかもな」

「集会場?」

「人が集まる場所って意味だよ。街の決まりごとも、税金もない。ただ、みんなが勝手に住んでるだけなんだ」

トウマは驚いた。そんな場所が本当に存在するとは思わなかった。

「それで成り立つのか?」

「まあ、何とかなってるよ。トラブルなんかはしょっちゅうだけどな。案外、何とかなってるんだよ」

キオムの説明を聞きながら、トウマは街の様子を観察した。確かに、人々は自由に生活しているように見える。商人が勝手に店を開き、子供たちが路地で遊び、職人が路上で作業している。

「面白い場所だな」

「だろ?俺も他の街から来たんだけど、ここの自由さが気に入ってるんだ」

「他の街から?」

「ああ、親父が商人でな。色んな街を回ってたんだが、ここに来て気に入っちゃったんだよ」

キオムは懐かしそうに言った。

「今は一人で住んでるのか?」

「いや、向こうに見える青い建物に親父と住んでる。案内業は小遣い稼ぎなんだ」

指差された方向を見ると、確かに青い建物が見えた。しかし、その建物は他の建物と複雑に絡み合っており、どこが入り口なのか分からない。

「あの建物の構造、どうなってるんだ?」

「ああ、あれは元々小さな家だったんだけど、隣の人が増築して、その隣の人も増築して……って繰り返してるうちに、ああなっちゃったんだ」

「なるほど」

トウマは納得した。支配者がいなければ、建築基準も何もない。みんなが好き勝手に建てれば、こうなるのは当然だろう。

「でも、水道や排水はどうしてるんだ?」

「それは街のあちこちに共同の井戸があるんだ。排水は……まあ、各自で何とかしてるよ」

説明が難しいのか、それとも面倒になったのか、キオムは曖昧に答えた。

「そんなんで、衛生面は大丈夫なのか?」

「意外と大丈夫だよ。みんなだって汚いのは御免だからな。お互いそれなりに気を使ってる」

――――――

街の中を歩きながら、トウマは様々な人々と出会った。

「いらっしゃい!新鮮な魚だよ!」

「魔道具の修理、承ります!」

「占いはいかがですか?」

商人たちが思い思いに商売をしている。店構えも様々で、立派な建物を構える者もいれば、路上に商品を並べるだけの者もいる。

「あの人たちは、許可とか取ってるのか?」

「許可?何の許可だよ」

キオムは不思議そうに聞き返した。

「商売の許可だよ。普通の街なら、商売をするには許可が必要だろう?」

「ああ、そういうことか。この街にはそんなものはないよ。やりたい人が勝手にやってるだけだ」

「それ、トラブルになるよな?」

「なるな。同じ商品を売る人同士で価格競争になったり、場所の取り合いになったり」

「それはどうやって解決するんだ?」

「まぁ、話し合いかな。妥協点が上手く見つからなかったら喧嘩になったりもするけど……」

その時、前方で何やら騒ぎが起こっているのが見えた。

「ああ、また始まったか」

「何が始まったって?」

「パン屋同士の喧嘩だよ。もう三日も続いてるんだ」

トウマは興味深そうに近づいた。確かに、二人の中年男女が向かい合って言い合いをしている。

「あんたが勝手に値下げするから、こっちも値下げしなきゃいけないじゃないか!」

「何を言ってるんだ!お客さんが安い方を選ぶのは当然だろう!」

「だからって、そんなに安くしたら商売にならないよ!」

「そんなの知るか!」

二人の言い合いを、周りの人たちが興味深そうに眺めている。

「あの二人、いつも喧嘩してるのか?」

「いや、普段は仲良しなんだけどね。商売のことになると、つい熱くなっちゃうんだよ」

キオムの説明を聞きながら、トウマは面白そうに様子を見ていた。

「おい、そこの兄ちゃん!」

突然、パン屋のおじさんがトウマに声をかけてきた。

「どっちのパンが美味しそうに見える?」

「え?」

「え、じゃなくて、客観的な意見を聞きたいんだ」

パン屋のおじさんは真剣な表情でトウマを見つめている。

「そうだよ!あんたから見て、どっちが良いパンか判断してよ!」

今度はパン屋のおばさんが口を出した。

トウマは困ったような表情を浮かべた。

「いや、俺はただの通りすがりで……」

「通りすがりだからこそ、客観的に判断できるじゃないか!」

二人に詰め寄られて、トウマは仕方なく両方のパンを見比べた。

「うーん、どっちも美味しそうだな」

「それじゃ答えになってない!」

「そうよ!どっちが上か決めなさいよ!」

トウマは頭を掻いた。

「じゃあ、実際に食べてみないと分からないな。両方買うよ」

そう言うと、トウマは代金を支払い、両方のパンを一口かじった。

「……うん。どっちも美味い」

「「はっ?」」

「どっちも美味いって言ったんだ。どっちが上とか俺には決められないな。どうしても決めたいなら、同じ値段で売ればいい。そうしたら他の客が判断してくれるだろ?」

トウマがそう言うと、二人は少し冷静さを取り戻したのか気まずそうな顔になった。

「あ、あぁ。そうだな。お客さん、巻き込んじまってすまなかったな」

「悪かったね。値段については、もう一度こっちで話し合うことにするよ」

「そうしてくれ。まぁ、喧嘩も程々にな。怪我でもしたら、せっかくのパン作りの腕が大変だ」

そう言うと、トウマは手を振ってその場を立ち去った。

「すげぇな、兄ちゃん。あの二人の喧嘩、みんな困ってたんだよ。仲裁に入る人もいなかったし」

「べつに大したことじゃないさ。俺は二人のパンを食べて感想を言っただけだ」

トウマは残りのパンを食べながら、満足そうな顔でそう答えた。

――――――

その後、キオムに案内されて街の様々な場所を見て回った。図書館のような建物、職人街、住宅地、そして街の外れにある宿屋街。

「宿屋もあるんだな」

「ああ、旅人向けの宿屋がいくつかあるよ。どれもそれぞれ個性的だから、好みに合わせて選ぶといいよ」

「おすすめは?」

「『雲の上亭』っていう宿屋が気に入ると思う。料理が美味しいし、店主のばあちゃんが優しいんだ」

「じゃあ、そこにするか」

「よし、案内するよ」

『雲の上亭』は、街の外れにある三階建ての宿屋だった。外観は他の建物と同じように個性的で、まるで雲を模したような白い装飾が施されている。

「ここだよ」

「ありがとう、キオム。案内料以上の価値があったよ」

トウマは追加で銅貨を数枚キオムに渡した。

「本当にいいの?」

「ああ、楽しい時間を過ごせたからな」

「ありがとう、兄ちゃん!また何かあったら声をかけてよ」

「分かった。また会おうな」

キオムは嬉しそうに手を振って去って行った。

――――――

宿屋の中に入ると、温かい雰囲気に包まれた。壁には様々な絵が飾られ、暖炉の火が心地よく燃えている。

「いらっしゃいませ」

カウンターから、白髪の老女が声をかけてきた。

「宿を探してるんだが」

「ああ、旅のお方ですね。部屋はございますよ」

老女は優しい笑顔を浮かべた。

「一泊いくらだ?」

「銀貨二枚です。食事付きなら三枚ですね」

「じゃあ、食事付きで」

「ありがとうございます。お部屋は二階の角部屋です。夕食は六時からですので、よろしくお願いします」

「分かりました」

トウマは鍵を受け取ると、部屋に向かった。

――――――

部屋は清潔で快適だった。窓からは街の様子が見え、人々の活気ある生活が伺える。

「面白い街だったな」

トウマは窓辺に座り、今日一日を振り返った。支配者がいない街、規則に縛られない生活、自由に生きる人々。どれも新鮮で、とても興味深かった。

「さて、明日はギルドに行ってみないとな」

そう呟きながら、トウマは夕食の時間まで、街の喧騒を窓越しに眺めていた。
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