一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

文字の大きさ
82 / 105

第82話 混沌の街の冒険者ギルド

しおりを挟む
翌朝、トウマは雲の上亭で温かい朝食を取った後、街の中心部にあるという冒険者ギルドを探しに出た。

「確か、中央広場の近くにあるって聞いたんだが……」

しかし、この迷宮都市で「中央広場」を探すこと自体が一苦労だった。道は相変わらず曲がりくねり、時には行き止まりになったり、突然階段が現れたりする。

「こっちかな?」

角を曲がると、そこには魚屋の店主が大きな魚を捌いている光景があった。

「兄ちゃん、迷子かい?」

魚屋の店主が手を止めて声をかけてきた。

「冒険者ギルドを探してるんだが、知ってるか?」

「ああ、ギルドね。この道をまっすぐ行って、赤い屋根の建物を左に曲がって、階段を上がったら……」

店主の説明は複雑で、トウマは途中で混乱してしまった。

「すまん、もう一度頼む」

「あー、そうだな。言葉で説明するより、誰かに案内してもらった方が早いかもな」

その時、昨日会ったキオムが偶然通りかかった。

「おっ、トウマの兄ちゃん!おはよう」

「キオム、ちょうど良かった。冒険者ギルドへの道、分かるか?」

「もちろん!案内するよ」

「助かる」

キオムの案内で、トウマは迷宮のような街を進んだ。途中、橋を渡ったり、建物の間を縫うように歩いたり、まるで立体迷路を攻略しているような気分だった。

「ここの住人は、よくこんな複雑な街で迷わないな」

「慣れだよ。それに、みんなそれぞれ覚えやすい目印を作ってるんだ」

「目印?」

「ほら、あそこに青い鳥の絵が描いてある壁があるだろ?あれとか、向こうの変な形の煙突とか」

キオムが指差すと、確かに個性的な目印があちこちに見えた。

「なるほど。住人なりの工夫があるんだな」

「そういうこと。あ、着いたよ」

――――――

冒険者ギルドは、街の中でも比較的大きな建物だった。それでも、他の建物と同じように不規則な形をしており、増築を繰り返したような独特の外観をしている。

「ありがとう、キオム」

「どういたしまして。何かあったら、また声をかけてよ」

キオムはそう言って、手を振ると去って行った。

トウマはギルドの扉を押して中に入った。内部は他の街のギルドと似ているが、依頼書が貼られた掲示板の配置が少し変わっている。受付カウンターでは、茶髪の女性職員が書類を整理していた。

「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」

「依頼を受けたい。これが俺の冒険者証だ」

トウマは琥珀色の瞳で女性職員を見つめながら、冒険者証を差し出した。

「Aランクの……トウマ様ですね。お噂は聞いております」

女性職員は微笑んだ。

「現在、うちで対処をお願いしたい依頼は……」

彼女はそう言うと、棚から一枚の書類を取り出した。

「街の地下に広がる古い下水道に、魔物が住み着いてしまったというものです。最近、地上への被害も報告されています」

「魔物の種類は?」

「詳しくは分かりませんが、複数の種類がいるようです。それと、下水道の構造も複雑で、迷いやすいという問題があります」

トウマは面白そうに眉を上げた。

「この街の上も複雑だが、下も複雑なのか」

「そうなんです。実は、この街の地下構造は謎が多く、古代遺跡の一部ではないかという説もあります」

「古代遺跡?それは興味深いな」

「報酬は金貨十枚です。期限は設けませんが、被害が拡大する前に解決していただけると助かります」

「分かった。引き受けよう」

トウマは依頼書を受け取った。

「ありがとうございます。地下への入り口は、街の北側にある古い建物の地下室からアクセスできます。詳しい場所は、この地図に記載されています」

女性職員が地図を手渡そうとした時、ギルドの扉が勢いよく開いた。

「大変だ!誰か助けてくれ!」

入ってきたのは、汗だくで息を切らした中年の男性だった。

「どうされましたか?」

女性職員が慌てて声をかけた。

「俺の娘が……娘が行方不明になったんだ!」

男性は必死な表情でギルドの中を見回した。

「詳しく話を聞かせてください」

「昨日の夕方から帰ってこないんだ。いつもなら、遅くても夜には帰ってくるのに……」

男性の声は震えていた。

「娘さんのお名前と年齢は?」

「エリナ、十六歳だ。茶色い髪で、青い服を着ていた」

トウマは興味深そうに男性を見つめた。

「最後に見かけた場所は?」

「友達と一緒に、街の東側の市場に行くって言ってたんだ。その友達に聞いてみたら、午後の三時頃に別れたって……」

男性は頭を抱えた。

「それから行方が分からないんです」

女性職員が状況を整理した。

「この街は複雑ですから、道に迷ってしまった可能性もありますが……」

「いや、エリナはこの街で生まれ育ったんだ。道に迷うなんてことは考えられない」

男性は首を振った。

「何か事件に巻き込まれたかもしれませんね」

女性職員は深刻な表情を浮かべた。

「金は払う!誰か、娘を探してくれ!」

「……その娘さんの特徴、もう少し詳しく教えてくれ」

トウマが口を開くと、男性は希望を見つけたような表情になった。

「背は小さめで、いつも元気な子なんだ。人見知りしないから、誰とでも話すんだが……」

「性格は?」

「好奇心旺盛で、面白いものを見つけると、つい夢中になってしまうタイプなんだ」

トウマは自分と似た性格だと感じた。

「最近、何か変わったことはなかったか?」

「変わったこと……」

男性は思い出すような表情を浮かべた。

「そう言えばエリナは最近、街の古い建物に興味を持っていたんだ。歴史がある建物を調べるのが好きで……」

「古い建物?」

「まさか……」

トウマと女性職員は同時に反応した。

「トウマさん、何かお気づきのことが?」

「地下の魔物退治の依頼、入り口は古い建物の地下室からだったよな?」

「そうですね……あ、まさか……?」

「あぁ。もしかすると、エリナさんはその建物を調べているうちに、地下の迷宮に迷い込んでしまったのかもしれない」

トウマの推理に、男性は青ざめた。

「そんな……」

「可能性はある。地下に魔物がいるなら、なおさら危険だ」

女性職員も心配そうな表情を浮かべた。

「それでは、依頼を変更しましょうか?魔物退治と同時に、エリナさんの捜索も……」

「いや、捜索依頼は別で出してくれ。俺はその地下に向かって先に彼女を探す」

「承知いたしました」

「ありがとう!本当にありがとう!」

男性は涙を浮かべてトウマに頭を下げた。

「礼なんていい。だが、ただでさえ迷いやすいこの街の地下を、俺一人で探索するのは効率が悪い。誰か案内できる人間はいないか?」

「案内……ですか……」

女性職員が考え込んだ。

「地下の構造に詳しい人は、この街にも数人いますが、魔物がいる場所に同行してくれる人は……」

「魔物の対処は俺がする。道案内だけできれば十分だ」

その時、ギルドの扉が再び開いた。

「よお、何やら騒がしいじゃねえか」

入ってきたのは、黒い外套を着た痩せた男性だった。顔には古い傷跡があり、左手には魔道具らしき手袋をはめている。

「レイドさん」

女性職員が少し緊張したような表情を見せた。

「何か面白い話があるなら、俺も混ぜてくれよ」

レイドと呼ばれた男性は、不敵な笑みを浮かべながらトウマを見つめた。

「あんたは?」

「俺か?俺は情報屋だ。この街で起こることは、大抵知ってるぜ」

そう答えるレイドを、トウマは興味深そうに男性を見つめる。

「なるほど、情報料はいくらだ?」

「そうだな……」

レイドは値踏みするような目でトウマを見つめた。

「面白い話を聞かせてもらえるなら、タダでも構わねえぜ」

トウマは眉をひそめた。怪しい男だが、情報は必要だった。

「面白い話?」

「あんたの冒険談でもいいし、他の街で起こった出来事でもいい。俺は情報が商売道具だからな」

「なるほど。そういう取引ってわけか」

「そういうことだ」

レイドは椅子に座りながら、トウマを見つめた。

「それで、どうする?」

トウマは少し考えた後、決断した。

「分かった。取引しよう」

「ほう、話が早いじゃねえか」

「その代わり、本当に役に立つ情報を頼む」

「もちろんだ。俺の情報にハズレはねえぜ」

レイドは自信満々に答えた。

「それじゃあ、まずは地下の構造について教えてくれ」

「地下の構造か……」

レイドは少し考えるような表情を浮かべた。

「その前に、あんたの冒険談を聞かせてもらおうか」

「今か?」

「今だ。情報は対価を支払ってから受け取るのがルールだろ?」

確かに一理ある。だが、今は緊急事態だ。こんなところで足を止めている時間はない。となれば――

「分かった。但し、冒険談は移動しながらだ。あんたは道案内を頼む。これで対等だろう?」

「なるほど、俺にも同時に対価を払えって訳か。確かに対等だな。取引成立だ!」

そうして、トウマとレイドは冒険者ギルドから地下への道を走りだした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い

☆ほしい
ファンタジー
過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。 「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」 そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。 スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。 これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

『規格外の薬師、追放されて辺境スローライフを始める。〜作ったポーションが国家機密級なのは秘密です〜』

雛月 らん
ファンタジー
俺、黒田 蓮(くろだ れん)35歳は前世でブラック企業の社畜だった。過労死寸前で倒れ、次に目覚めたとき、そこは剣と魔法の異世界。しかも、幼少期の俺は、とある大貴族の私生児、アレン・クロイツェルとして生まれ変わっていた。 前世の記憶と、この世界では「外れスキル」とされる『万物鑑定』と『薬草栽培(ハイレベル)』。そして、誰にも知られていない規格外の莫大な魔力を持っていた。 しかし、俺は決意する。「今世こそ、誰にも邪魔されない、のんびりしたスローライフを送る!」と。 これは、スローライフを死守したい天才薬師のアレンと、彼の作る規格外の薬に振り回される異世界の物語。 平穏を愛する(自称)凡人薬師の、のんびりだけど実は波乱万丈な辺境スローライフファンタジー。

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

執事なんかやってられるか!!! 生きたいように生きる転生者のスローライフ?

Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった中学生、朝霧詠無。 彼の魂はそのまま天国へ……行くことはなく、異世界の住人に転生。 ゲームや漫画といった娯楽はないが、それでも男であれば心が躍るファンタジーな世界。 転生した世界の詳細を知った詠無改め、バドムス・ディアラも例に漏れず、心が躍った。 しかし……彼が生まれた家系は、代々ある貴族に仕える歴史を持つ。 男であれば執事、女であればメイド。 「いや……ふざけんな!!! やってられるか!!!!!」 如何にして異世界を楽しむか。 バドムスは執事という敷かれた将来へのレールを蹴り飛ばし、生きたいように生きると決めた。

処理中です...