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第83話 地下迷宮の案内人
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冒険者ギルドを出たトウマとレイドは、街の複雑な道を進んでいた。レイドは慣れた様子で狭い路地を縫うように歩き、トウマはその後を追いながら約束通り冒険談を語り始めた。
「最近の話なら、北の国で古代の魔導書を発見したことがあったな」
「ほう、それは興味深い」
レイドは振り返ることなく、軽やかな足取りで階段を上がっていく。
「その魔導書には、失われた魔法の詠唱が記されていたんだが、問題はそれを守護する魔物だった」
「どんな魔物だったんだ?」
「氷の巨人だよ。全身が氷の装甲で覆われていて、普通の攻撃じゃ歯が立たない」
トウマは当時のことを思い出しながら話を続けた。レイドは時折相槌を打ちながら、建物の間を抜けるショートカットを使って進んでいく。
「それで、どうやって倒したんだ?」
「炎の魔法で溶かした……と言いたいところだが、実際は違う。氷の巨人の弱点は、核となる魔石だった」
「核?」
「胸部に埋め込まれた青い魔石。それを破壊すれば一撃で倒せる。問題は、その魔石まで到達することだった」
トウマは琥珀色の瞳を輝かせながら、当時の戦闘を振り返った。
「巨人の動きを観察して、攻撃パターンを読んだ。そして、巨人が大振りの攻撃をする瞬間を狙って、胸部に飛び込んだ」
「命がけの賭けだな」
「まあ、そんなところだ。結果的に魔導書も手に入れることができた」
レイドは満足そうに頷いた。二人は橋を渡り、古い石造りの建物が立ち並ぶ区域に入った。
「なるほど、確かに面白い話だった。これで情報の対価は支払われたな」
「そうだな。それで、肝心の地下の構造はどうなってるんだ?」
レイドは足を止め、古い建物を指差した。
「あそこが入り口だ。一見すると普通の古い建物に見えるが、地下に続く階段がある」
建物は三階建てで、外壁には蔦が絡まり、窓の多くは板で塞がれている。長い間放置されていることが一目で分かった。
「この建物、何か歴史があるのか?」
「昔は商会の倉庫として使われていたらしい。三百年前の話だがな」
レイドは建物の周りを歩きながら説明した。
「商会が倒産した後、何度も所有者が変わったが、地下から奇妙な音が聞こえるという噂があって、誰も長く住まなかった」
「奇妙な音?」
「魔物の鳴き声かもしれんし、古い下水道の水の流れかもしれん。真相は分からないが、最近になって音が大きくなってきたという話がある」
トウマは建物を見上げた。確かに、よく見ると一階の窓の隙間から薄暗い光が漏れている。
「中に入る方法は?」
「裏口から入れる。錠前は壊れているからな」
レイドは建物の裏側に回り込んだ。そこには古い木製の扉があり、確かに錠前が壊れている。
「こいつは……」
トウマは壊れた錠前を観察した。金属部分が内側から外側に向かって押し出されるように変形している。
「内側から壊されたな。最近のことだ」
「鋭いな。俺もそう思った」
レイドは扉を押し開けた。中は埃っぽく、古い木材の匂いがする。
「エリナって嬢ちゃんが、この建物に興味を持ったのも頷けるな」
「どういうことだ?」
「この建物の歴史を調べれば、必然的に地下構造についても知ることになる。好奇心旺盛な子なら、実際に確かめてみたくなるだろう」
レイドの推理は的を射ていた。トウマは建物の内部を見回した。一階は元々倉庫として使われていたらしく、天井が高く、太い梁が見える。
「地下への階段はどこだ?」
「この辺りにあるはずだが……」
レイドは床を調べ始めた。トウマも別の場所を探した。しばらくして、壁際に隠し扉らしきものを発見した。
「ここだ」
トウマが手をかけると、重い石の扉がゆっくりと開いた。中からは湿った空気と、かすかに下水の匂いが漂ってくる。
「確かに地下に続いてるな」
「石段が見えるが、かなり古いものだ。足元に注意しろ」
レイドは魔道具の明かりを灯した。薄い青白い光が階段を照らし出す。
「この階段、建物よりも古くないか?」
「よく気づいたな。この階段は、建物が建てられる前からあったものだ」
「古代遺跡の一部ってことか」
「その通り。この街の地下には、古代文明の遺跡が眠っている。建物はその上に建てられたものだ」
二人は慎重に階段を降りていった。石段は滑らかに磨かれており、長い年月をかけて多くの人が通ったことが分かる。
「エリナは一人でここを降りたのか?」
「可能性は高い。好奇心旺盛で、人見知りしない性格なら、危険を顧みずに探検したかもしれん」
階段の途中で、トウマは足を止めた。
「何か聞こえるな」
「水の音か?」
「それもあるが……別の音も混じってる」
トウマは耳を澄ませた。確かに水の流れる音が聞こえるが、その奥で何かが動いているような音もする。
「魔物の気配だ」
「やはりな。下水道に魔物が住み着いているという話は本当だったようだ」
レイドは警戒しながら歩を進めた。
「この辺りから本格的な地下迷宮が始まる。道が複雑に入り組んでいるから、俺についてこい」
階段を降りきると、そこには石造りの通路が続いていた。通路の両脇には水路があり、汚水が流れている。
「昔の下水道か」
「古代都市の下水システムの一部だ。当時の技術は現代よりも優れていた部分がある」
レイドは通路を進みながら説明した。
「この地下迷宮は、大きく三つの層に分かれている。最上層は下水道、中層は貯水施設、最深層は神殿の跡だ」
「神殿?」
「古代の水神を祀った神殿らしい。詳しいことは分からないが、かなり巨大な施設だったようだ」
通路を進むにつれ、魔物の気配が強くなってきた。トウマは剣の柄に手を置いた。
「魔物はどの層にいるんだ?」
「全部だ。最上層にはスライムやゴブリン、中層にはより強力な魔物たちが潜んでいる。最深層は……」
最後の部分でレイドは言葉を濁した。
「最深層には何がいるんだ?」
「分からない。誰も戻ってこなかった」
「なるほど……。エリナがそこまで行けるとは思えないが、急いだほうが良さそうだ」
トウマは歩を早めた。通路の分岐点で、レイドは右の道を選んだ。
「この先に最近の足跡がある。恐らくエリナのものだ」
「どうして分かる?」
「小さな靴跡だ。それに、歩き方に特徴がある」
レイドは床を照らしながら説明した。
「つま先から着地して、かかとに体重をかけている。軽やかな歩き方だ」
「なるほど。流石、情報屋だな」
トウマは感心した。レイドの観察力と推理力は思っていた以上に優秀だった。
「他に気づいたことはあるか?」
「足跡が途中で乱れている。恐らく、何かに驚いて走り出したんだろう」
「魔物に遭遇した可能性が高いな」
「そうだ。さらに進むと、戦闘の痕跡もある」
レイドが指差した先には、壁に爪痕のような傷があった。
「これは……ゴブリンの爪痕だ」
「エリナは戦ったのか?」
「いや、逃げたんだと思う。足跡はこの先でも続いている」
「なら、急ごう」
二人は足早に通路を進んだ。
――――――
しばらく進むと、通路が広いホールのような空間に開けた。天井は高く、壁には古代文字が刻まれた石板が埋め込まれている。
「古代遺跡らしくなってきたな」
「ここは祭壇だったんじゃないか?」
ホールの中央には、円形の石の台座があった。
「誰かいる」
レイドが指差した先に、人影が見えた。
「エリナちゃんか?」
近づいてみると、茶色い髪の少女が石の台座の隣に座り込んでいた。青い服は汚れているが、怪我はしていないようだ。
「エリナ!」
トウマが声をかけると、少女は顔を上げた。
「え?あなたたちは?」
「俺はトウマ。あんたの父親に頼まれて探しに来た」
「お父さんが?」
エリナは安堵の表情を浮かべた。
「大丈夫か?怪我は?」
「大丈夫です。少し疲れただけなので」
「どうしてここに?」
「古い建物を調べてたら、地下への入り口を見つけて……つい好奇心で入ってしまいました」
やはり、父親の予想通りだった。
「それで迷子になったのか」
「はい……途中で魔物に襲われて、必死に逃げてたら、ここに辿り着いたんです」
「魔物と戦ったのか?」
「少しだけ。護身用の短剣を持ってたので」
エリナは腰に下げた小さな短剣を見せた。
「よく一人でここまで来れたな」
「でも、もう帰り道が分からなくて……」
その時、ホールの奥から不気味な音が聞こえてきた。
――ドズン、ドズン
「まずいな」
レイドが身構えた。
音が次第に近づいてくる。やがて、ホールの奥から巨大な影が現れた。
「石の巨人……」
それは人型の石像のような姿をしていたが、目が赤く光り、明らかに生きて動いている。
「古代魔法で作られたゴーレムか」
「でかいな」
石の巨人は高さ三メートルほどで、腕には古代文字が刻まれている。
「エリナ、俺の後ろにいろ」
「は、はい」
石の巨人がゆっくりと歩み寄ってくる。その足音は、ホール全体を震わせた。
「レイド、エリナを頼む」
「分かった。そっちは任せたぜ」
エリナをレイドに任せると、トウマはゴーレムに向き直って剣を構えた。
石の巨人が拳を振り下ろしてくる。トウマは紙一重でかわし、その腕を蹴って巨人の肩へと跳び上がった。
「遅い!」
剣を巨人の頭部に突き立てた。
「グオオオオ!」
石の巨人が怒りの咆哮を上げた。
「やったか?」
しかし、巨人は崩れることなく、トウマを振り落とそうと暴れた。
「ちっ、やっぱり弱点を見つけないと効果は薄いか……なら!」
トウマは短剣を取り出し、魔力を込めて刃を伸ばすと、腕の古代文字を斬りつけた。
「ガアアアアァ!」
「分かり易くて助かる。これで終わりだ!」
トウマは巨人が繰り出してきた拳を余裕で躱すと、それを足場に一気に駆け抜け、巨人の胸の古代文字を剣で貫いた。
「グオオオオ……」
石の巨人の動きが止まり、赤い目の光が消えた。
「よし、終わったな」
「す、すごいです!石の巨人をこんなにあっさり!」
トウマの戦いを見ていたエリナは、目を輝かせてそう言った。
「まあ、これくらいは朝飯前だ」
「謙遜すんなよ。あんな化け物を一人で倒すなんて、流石はAランクだな」
レイドも感心したようにトウマの戦いぶりを賞賛する。
「それより、早く帰ろう。あんたの父親が心配してる」
「はい」
三人は来た道を戻り始めた。
「今度からは、一人で危険な場所に近づくなよ」
「はい……でも、古代遺跡って本当に面白いんです」
「気持ちは分かるが、命の方が大切だろ?」
「そうですね……ごめんなさい」
エリナは素直に謝った。
三人は地下迷宮を抜け、元の地下室へと戻った。外の光を見た時、エリナは心底安堵の表情を浮かべた。
「やっと外に出られました」
「お疲れさん。父親のところに送ってやろう」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドに戻ると、エリナの父親が待っていた。
「エリナ!」
「お父さん!」
父娘は抱き合って再会を喜んだ。
「本当にありがとうございました」
父親はトウマに深く頭を下げた。
「気にするな。無事で良かったよ。さて、それじゃあ、俺は地下の魔物退治の続きをしてくる」
「さっきもあんな巨人を倒したばかりなのに、大丈夫なんですか?」
「心配すんな。こういうのには慣れてる。レイド、道案内助かったよ」
「あぁ。こっちも良い話が聞けたしな。無用な心配だろうが、一応気を付けろよ?」
「あぁ。それじゃあな」
トウマは彼らに手を振ると、本来の依頼を果たす為に再び地下へと向かっていった。
「最近の話なら、北の国で古代の魔導書を発見したことがあったな」
「ほう、それは興味深い」
レイドは振り返ることなく、軽やかな足取りで階段を上がっていく。
「その魔導書には、失われた魔法の詠唱が記されていたんだが、問題はそれを守護する魔物だった」
「どんな魔物だったんだ?」
「氷の巨人だよ。全身が氷の装甲で覆われていて、普通の攻撃じゃ歯が立たない」
トウマは当時のことを思い出しながら話を続けた。レイドは時折相槌を打ちながら、建物の間を抜けるショートカットを使って進んでいく。
「それで、どうやって倒したんだ?」
「炎の魔法で溶かした……と言いたいところだが、実際は違う。氷の巨人の弱点は、核となる魔石だった」
「核?」
「胸部に埋め込まれた青い魔石。それを破壊すれば一撃で倒せる。問題は、その魔石まで到達することだった」
トウマは琥珀色の瞳を輝かせながら、当時の戦闘を振り返った。
「巨人の動きを観察して、攻撃パターンを読んだ。そして、巨人が大振りの攻撃をする瞬間を狙って、胸部に飛び込んだ」
「命がけの賭けだな」
「まあ、そんなところだ。結果的に魔導書も手に入れることができた」
レイドは満足そうに頷いた。二人は橋を渡り、古い石造りの建物が立ち並ぶ区域に入った。
「なるほど、確かに面白い話だった。これで情報の対価は支払われたな」
「そうだな。それで、肝心の地下の構造はどうなってるんだ?」
レイドは足を止め、古い建物を指差した。
「あそこが入り口だ。一見すると普通の古い建物に見えるが、地下に続く階段がある」
建物は三階建てで、外壁には蔦が絡まり、窓の多くは板で塞がれている。長い間放置されていることが一目で分かった。
「この建物、何か歴史があるのか?」
「昔は商会の倉庫として使われていたらしい。三百年前の話だがな」
レイドは建物の周りを歩きながら説明した。
「商会が倒産した後、何度も所有者が変わったが、地下から奇妙な音が聞こえるという噂があって、誰も長く住まなかった」
「奇妙な音?」
「魔物の鳴き声かもしれんし、古い下水道の水の流れかもしれん。真相は分からないが、最近になって音が大きくなってきたという話がある」
トウマは建物を見上げた。確かに、よく見ると一階の窓の隙間から薄暗い光が漏れている。
「中に入る方法は?」
「裏口から入れる。錠前は壊れているからな」
レイドは建物の裏側に回り込んだ。そこには古い木製の扉があり、確かに錠前が壊れている。
「こいつは……」
トウマは壊れた錠前を観察した。金属部分が内側から外側に向かって押し出されるように変形している。
「内側から壊されたな。最近のことだ」
「鋭いな。俺もそう思った」
レイドは扉を押し開けた。中は埃っぽく、古い木材の匂いがする。
「エリナって嬢ちゃんが、この建物に興味を持ったのも頷けるな」
「どういうことだ?」
「この建物の歴史を調べれば、必然的に地下構造についても知ることになる。好奇心旺盛な子なら、実際に確かめてみたくなるだろう」
レイドの推理は的を射ていた。トウマは建物の内部を見回した。一階は元々倉庫として使われていたらしく、天井が高く、太い梁が見える。
「地下への階段はどこだ?」
「この辺りにあるはずだが……」
レイドは床を調べ始めた。トウマも別の場所を探した。しばらくして、壁際に隠し扉らしきものを発見した。
「ここだ」
トウマが手をかけると、重い石の扉がゆっくりと開いた。中からは湿った空気と、かすかに下水の匂いが漂ってくる。
「確かに地下に続いてるな」
「石段が見えるが、かなり古いものだ。足元に注意しろ」
レイドは魔道具の明かりを灯した。薄い青白い光が階段を照らし出す。
「この階段、建物よりも古くないか?」
「よく気づいたな。この階段は、建物が建てられる前からあったものだ」
「古代遺跡の一部ってことか」
「その通り。この街の地下には、古代文明の遺跡が眠っている。建物はその上に建てられたものだ」
二人は慎重に階段を降りていった。石段は滑らかに磨かれており、長い年月をかけて多くの人が通ったことが分かる。
「エリナは一人でここを降りたのか?」
「可能性は高い。好奇心旺盛で、人見知りしない性格なら、危険を顧みずに探検したかもしれん」
階段の途中で、トウマは足を止めた。
「何か聞こえるな」
「水の音か?」
「それもあるが……別の音も混じってる」
トウマは耳を澄ませた。確かに水の流れる音が聞こえるが、その奥で何かが動いているような音もする。
「魔物の気配だ」
「やはりな。下水道に魔物が住み着いているという話は本当だったようだ」
レイドは警戒しながら歩を進めた。
「この辺りから本格的な地下迷宮が始まる。道が複雑に入り組んでいるから、俺についてこい」
階段を降りきると、そこには石造りの通路が続いていた。通路の両脇には水路があり、汚水が流れている。
「昔の下水道か」
「古代都市の下水システムの一部だ。当時の技術は現代よりも優れていた部分がある」
レイドは通路を進みながら説明した。
「この地下迷宮は、大きく三つの層に分かれている。最上層は下水道、中層は貯水施設、最深層は神殿の跡だ」
「神殿?」
「古代の水神を祀った神殿らしい。詳しいことは分からないが、かなり巨大な施設だったようだ」
通路を進むにつれ、魔物の気配が強くなってきた。トウマは剣の柄に手を置いた。
「魔物はどの層にいるんだ?」
「全部だ。最上層にはスライムやゴブリン、中層にはより強力な魔物たちが潜んでいる。最深層は……」
最後の部分でレイドは言葉を濁した。
「最深層には何がいるんだ?」
「分からない。誰も戻ってこなかった」
「なるほど……。エリナがそこまで行けるとは思えないが、急いだほうが良さそうだ」
トウマは歩を早めた。通路の分岐点で、レイドは右の道を選んだ。
「この先に最近の足跡がある。恐らくエリナのものだ」
「どうして分かる?」
「小さな靴跡だ。それに、歩き方に特徴がある」
レイドは床を照らしながら説明した。
「つま先から着地して、かかとに体重をかけている。軽やかな歩き方だ」
「なるほど。流石、情報屋だな」
トウマは感心した。レイドの観察力と推理力は思っていた以上に優秀だった。
「他に気づいたことはあるか?」
「足跡が途中で乱れている。恐らく、何かに驚いて走り出したんだろう」
「魔物に遭遇した可能性が高いな」
「そうだ。さらに進むと、戦闘の痕跡もある」
レイドが指差した先には、壁に爪痕のような傷があった。
「これは……ゴブリンの爪痕だ」
「エリナは戦ったのか?」
「いや、逃げたんだと思う。足跡はこの先でも続いている」
「なら、急ごう」
二人は足早に通路を進んだ。
――――――
しばらく進むと、通路が広いホールのような空間に開けた。天井は高く、壁には古代文字が刻まれた石板が埋め込まれている。
「古代遺跡らしくなってきたな」
「ここは祭壇だったんじゃないか?」
ホールの中央には、円形の石の台座があった。
「誰かいる」
レイドが指差した先に、人影が見えた。
「エリナちゃんか?」
近づいてみると、茶色い髪の少女が石の台座の隣に座り込んでいた。青い服は汚れているが、怪我はしていないようだ。
「エリナ!」
トウマが声をかけると、少女は顔を上げた。
「え?あなたたちは?」
「俺はトウマ。あんたの父親に頼まれて探しに来た」
「お父さんが?」
エリナは安堵の表情を浮かべた。
「大丈夫か?怪我は?」
「大丈夫です。少し疲れただけなので」
「どうしてここに?」
「古い建物を調べてたら、地下への入り口を見つけて……つい好奇心で入ってしまいました」
やはり、父親の予想通りだった。
「それで迷子になったのか」
「はい……途中で魔物に襲われて、必死に逃げてたら、ここに辿り着いたんです」
「魔物と戦ったのか?」
「少しだけ。護身用の短剣を持ってたので」
エリナは腰に下げた小さな短剣を見せた。
「よく一人でここまで来れたな」
「でも、もう帰り道が分からなくて……」
その時、ホールの奥から不気味な音が聞こえてきた。
――ドズン、ドズン
「まずいな」
レイドが身構えた。
音が次第に近づいてくる。やがて、ホールの奥から巨大な影が現れた。
「石の巨人……」
それは人型の石像のような姿をしていたが、目が赤く光り、明らかに生きて動いている。
「古代魔法で作られたゴーレムか」
「でかいな」
石の巨人は高さ三メートルほどで、腕には古代文字が刻まれている。
「エリナ、俺の後ろにいろ」
「は、はい」
石の巨人がゆっくりと歩み寄ってくる。その足音は、ホール全体を震わせた。
「レイド、エリナを頼む」
「分かった。そっちは任せたぜ」
エリナをレイドに任せると、トウマはゴーレムに向き直って剣を構えた。
石の巨人が拳を振り下ろしてくる。トウマは紙一重でかわし、その腕を蹴って巨人の肩へと跳び上がった。
「遅い!」
剣を巨人の頭部に突き立てた。
「グオオオオ!」
石の巨人が怒りの咆哮を上げた。
「やったか?」
しかし、巨人は崩れることなく、トウマを振り落とそうと暴れた。
「ちっ、やっぱり弱点を見つけないと効果は薄いか……なら!」
トウマは短剣を取り出し、魔力を込めて刃を伸ばすと、腕の古代文字を斬りつけた。
「ガアアアアァ!」
「分かり易くて助かる。これで終わりだ!」
トウマは巨人が繰り出してきた拳を余裕で躱すと、それを足場に一気に駆け抜け、巨人の胸の古代文字を剣で貫いた。
「グオオオオ……」
石の巨人の動きが止まり、赤い目の光が消えた。
「よし、終わったな」
「す、すごいです!石の巨人をこんなにあっさり!」
トウマの戦いを見ていたエリナは、目を輝かせてそう言った。
「まあ、これくらいは朝飯前だ」
「謙遜すんなよ。あんな化け物を一人で倒すなんて、流石はAランクだな」
レイドも感心したようにトウマの戦いぶりを賞賛する。
「それより、早く帰ろう。あんたの父親が心配してる」
「はい」
三人は来た道を戻り始めた。
「今度からは、一人で危険な場所に近づくなよ」
「はい……でも、古代遺跡って本当に面白いんです」
「気持ちは分かるが、命の方が大切だろ?」
「そうですね……ごめんなさい」
エリナは素直に謝った。
三人は地下迷宮を抜け、元の地下室へと戻った。外の光を見た時、エリナは心底安堵の表情を浮かべた。
「やっと外に出られました」
「お疲れさん。父親のところに送ってやろう」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドに戻ると、エリナの父親が待っていた。
「エリナ!」
「お父さん!」
父娘は抱き合って再会を喜んだ。
「本当にありがとうございました」
父親はトウマに深く頭を下げた。
「気にするな。無事で良かったよ。さて、それじゃあ、俺は地下の魔物退治の続きをしてくる」
「さっきもあんな巨人を倒したばかりなのに、大丈夫なんですか?」
「心配すんな。こういうのには慣れてる。レイド、道案内助かったよ」
「あぁ。こっちも良い話が聞けたしな。無用な心配だろうが、一応気を付けろよ?」
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