一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

文字の大きさ
95 / 105

第95話 酒場の騒動と意外な依頼

しおりを挟む
アーデンブルクの街に入ったトウマは、まず宿を探すことにした。メインストリートを歩いていると、賑やかな看板が目に入る。

「『銀狼亭』か。まあ、名前からして冒険者向けの宿だな」

建物は二階建てで、一階が酒場、二階が宿泊施設という典型的な造りだった。扉を開けると、煙草の煙と酒の匂いが鼻をくすぐる。

「いらっしゃい!」

カウンター越しに、恰幅の良い中年の男性が手を振った。店主らしい。

「すまん、部屋は空いてるか?」

「ああ、大丈夫だ。一泊銀貨五枚でどうだ?」

「それで頼む」

トウマは代金を支払い、部屋の鍵を受け取った。荷物を部屋に置いてから、再び一階の酒場に降りてくる。

「何か食えるものはあるか?」

「ウサギのシチューと黒パンのセットが銀貨一枚だ。あと、今夜は地鶏の丸焼きもあるぞ」

「シチューとエールを一杯頼む」

「了解だ」

店主がシチューを持ってきてくれる間、トウマは酒場の様子を眺めた。冒険者らしい男たちが数人、テーブルを囲んで酒を飲んでいる。商人らしい身なりの男性が一人、角の席で食事をしていた。

「はい、お待ちどう」

「ありがとう」

シチューは思った以上に美味しかった。野菜の甘味とウサギ肉の旨味が良くマッチしている。

「店主、このシチューは中々だな」

「そうだろう?うちの女房の自慢料理なんだ」

店主は嬉しそうに胸を張った。

トウマが食事を楽しんでいると、酒場の扉が勢いよく開いた。

「おい、誰かいねえのか!」

入ってきたのは、顔を真っ赤にした若い男だった。服装からして冒険者のようだが、かなり酔っているらしい。

「どうした、ギラック?また飲み過ぎたのか?」

店主が呆れたように声をかけた。

「違う!違うんだ!俺は……俺は騙されたんだ!」

ギラックと呼ばれた男は、よろめきながらカウンターに手をついた。

「騙されたって、何の話だ?」

「依頼だよ、依頼!あの糞野郎、俺に嘘の情報を教えやがった!」

ギラックは拳をテーブルに叩きつけた。

「落ち着け、ギラック。何があったんだ?」

店主が心配そうに声をかけると、ギラックは涙目になりながら答えた。

「森の奥にある宝箱の情報を売るって言うから、金貨二枚も払ったんだ。そしたら、その場所には何もなかった!完全に騙されたんだよ!」

「それは災難だったな」

「災難なんてもんじゃない!俺の全財産だったんだ!」

ギラックは悔しそうに頭を抱えた。

(情報売りに騙されたのか。よくある手口だな)

トウマは同情しながらも、どこか他人事のように思っていた。こうした詐欺まがいの商売は、冒険者の世界では珍しくない。

「ちなみにその情報売りってのは、どんな奴だった?」

角の席にいた商人風の男性が口を開いた。

「ああ?えーっと、背が高くて、黒い帽子をかぶってた。髭も生やしてたな」

「それ、もしかして『黒帽子のダン』じゃないか?」

近くで聞いていた別の客の一人がそう口を挟んできた。

「知ってるのか?」

「あぁ、そいつは有名な詐欺師だ。偽の情報を売りつけて、各地を転々としている。最近この辺りに現れたという噂は聞いていたが、あんたついてなかったな」

「そうか、やっぱり騙されたのか」

「金貨二枚って、結構な額だな。気の毒に」

店主が同情の声をかけた。

「くそう、あいつを見つけたら絶対に金を取り返してやる!」

「いやぁ、残念だがもう遅いだろう。そいつが本当にダンならとっくに街を出てるだろうよ」

「そんな……」

ギラックは絶望的な表情を浮かべた。

トウマはエールを飲みながら、その会話を聞いていた。確かに気の毒だが、冒険者の世界では自己責任という面もある。

「あの、すみません」

その時、酒場の入り口に新しい人影が現れた。声をかけてきたのは、二十代前半くらいの女性だった。長い黒髪に、知的な雰囲気を醸し出している。服装は質の良い布地でできており、貴族か裕福な商人の娘といった印象だった。

「どうしたんだ、お嬢さん?」

店主が優しく声をかけた。

「実は、冒険者の方を探しているんです。少し困った事情がありまして……」

女性は困った表情を浮かべながら説明した。

「冒険者なら、ギルドに行けば良いんじゃないか?」

「それが、ギルドの方に相談したところ、個人的に依頼した方が良いと言われまして」

「個人的に?」

「はい。あまり大げさにしたくない事情がありまして……」

女性は小さく頭を下げた。

「なるほど。それで、どんな依頼なんだ?」

商人風の男が興味深そうに尋ねた。

「実は、私の弟が家出をしてしまったんです。おそらく、この街のどこかにいると思うのですが……」

「家出?それは大変だな」

「はい。弟は十五歳で、冒険者になりたがっているんです。家族の反対を押し切って、勝手に家を出てしまいました」

女性は心配そうに眉を寄せた。

「それで、その弟を探してほしいってことか」

「はい。もしよろしければ、報酬は金貨五枚お支払いします」

「金貨五枚!?」

ギラックが驚いたように振り返った。

「それは結構な額だな。人探しにしては高すぎるんじゃないか?」

聞いていた周りの客たちも眉をひそめた。

「それは……事情がありまして。できるだけ早く見つけたいんです」

本人が言っていた通りなるべく大げさにはしたくないのだろう。女性は少し焦ったような表情でそう答えた。

「なるほど。まあ、家族の心配する気持ちは分かるな」

「それで、どなたか引き受けてくださる方はいらっしゃいませんか?」

女性は酒場を見回すと、ギラックが勢いよく手を上げた。

「俺がやる!」

「あんたは今、酔っているだろう。明日の朝まで待った方が良いんじゃないか?」

商人風の男が呆れたように言った。

「大丈夫だ!俺はまだまだ元気だぞ!」

ギラックはふらつきながらも、意気込んでいた。

「ちょっと待て、ギラック。お前、さっき全財産を失ったって言ってたよな?」

店主が心配そうに声をかけた。

「だからこそだ!金貨五枚もらえれば、元通りになる!」

「そういう問題じゃないだろう」

(あいつじゃ頼りないな)

トウマは苦笑いを浮かべながら、会話を聞いていた。

「あの、できれば経験豊富な方にお願いしたいのですが……」

女性もギラックの様子に不安を感じたのだろう。困ったような表情を浮かべてそう言った。

「経験豊富って言っても、ここにいるのは……」

商人風の男が酒場を見回すと、その視線がトウマに止まった。

「あの方はどうでしょう?」

「ああ、その人はさっき来たお客さんだな。冒険者かどうかは分からないが……」

「あの、すみません。もしよろしければ、お話を聞いていただけませんか?」

女性がトウマに近づいてきた。

「俺か?」

自分に話が回ってきたトウマは、エールのジョッキを置いて振り返った。

「はい。もしよろしければ、依頼を引き受けていただけませんか?」

女性は丁寧に頭を下げた。

「人探しの依頼か。まあ、話だけでも聞いてみるか」

「ありがとうございます。私、エリーザ・フォン・ハーレルと申します」

「ちょっと待てよ!俺が先に名乗り出たんだぞ!」

納得がいかなかったのだろう。そこにギラックが文句を言ってきた。

「お前は酔っ払ってるだろう。受けるにしても明日の朝まで待ってからにしろよ」

トウマは呆れたように答えた。

「そうだ、ギラック。今夜はもう寝た方が良い」

店主もギラックを諫めて、下がらせた。

「やれやれだな。俺はトウマだ。それじゃ、詳しい話を聞かせてもらおうか」

二人は酒場の隅に場所を移した。エリーザは真剣な表情で説明を始める。

「弟のアルベルトが、三日前に家を出てしまいました。アルベルトは昔から冒険者に憧れていて、家族の反対を押し切って家出をしたんです」

「十五歳か。まあ、冒険者になりたがる年頃だな」

「はい。おそらく、この街の冒険者ギルドに行っているはずです」

「ギルドに確認したのか?」

「はい。ギルドの方に聞いたところ、確かに登録に来たそうです。ただ、書類に不備があったため、まだ正式な冒険者にはなっていないとのことでした」

「なるほど。それで、今はどこにいるか分からないってことか」

「はい。おそらく、この街のどこかで宿を取っているはずです」

エリーザは心配そうに続けた。

「それで、金貨五枚か。人探しにしては高額だな」

「それは……できるだけ早く見つけたいんです。実は、父が重い病気を患っておりまして」

「病気?」

「はい。医者によると今週が山だという話で、場合によっては……」

最後までは言えず、エリーザの表情が暗くなった。

「それは……大変だな」

「父は、今もアルベルトに会いたがっています。どうか、お願いします」

エリーザは深々と頭を下げた。

(そういう事情があるのか。それなら急ぐ必要があるな)

トウマは少し考え込んだ。

「分かった。引き受けよう」

「本当ですか?ありがとうございます」

エリーザは安堵の表情を浮かべた。

「まず、アルベルトの特徴を教えてくれ」

「はい。身長は私と同じくらいで、髪は茶色です。服装は、普通の町人の格好をしていると思います」

「顔は似てるのか?」

「はい。私と似ていると言われることが多いです」

「なるほど。それなら分かりやすいな」

頷くトウマの前に、エリーザは小さな肖像画を取り出した。

「あと、これを持っていってください。アルベルトの肖像画です」

「へぇ、これは分かりやすい。助かるよ」

トウマは肖像画を受け取った。確かに、エリーザと似た顔立ちの少年が描かれていた。

「よろしくお願いします。ハーレルの屋敷は街の東にある青い屋根が目印です。一目見ればすぐにわかると思います」

「了解だ。何か分かったら連絡するよ」

エリーザは安心したような表情を浮かべて、酒場を出て行った。

――――――

その後、トウマは部屋に戻ると、ベッドに腰掛けて肖像画を見つめた。

「アルベルト・フォン・ハーレルか。十五歳で家出して冒険者になりたがる、か……よくある話だな」

琥珀色の瞳に、少年の顔が映り込んだ。

「まあ、見つけるのはそれほど難しくないだろう。問題は、素直に帰ってくれるかどうかだな」

トウマは肖像画を大切にしまい込むと、明日の計画を立て始めた。

窓の外では、アーデンブルクの街が静かな夜の帳に包まれている。街の向こうに見える星空が、まるで明日の冒険を予感させているかのように輝いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い

☆ほしい
ファンタジー
過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。 「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」 そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。 スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。 これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

『規格外の薬師、追放されて辺境スローライフを始める。〜作ったポーションが国家機密級なのは秘密です〜』

雛月 らん
ファンタジー
俺、黒田 蓮(くろだ れん)35歳は前世でブラック企業の社畜だった。過労死寸前で倒れ、次に目覚めたとき、そこは剣と魔法の異世界。しかも、幼少期の俺は、とある大貴族の私生児、アレン・クロイツェルとして生まれ変わっていた。 前世の記憶と、この世界では「外れスキル」とされる『万物鑑定』と『薬草栽培(ハイレベル)』。そして、誰にも知られていない規格外の莫大な魔力を持っていた。 しかし、俺は決意する。「今世こそ、誰にも邪魔されない、のんびりしたスローライフを送る!」と。 これは、スローライフを死守したい天才薬師のアレンと、彼の作る規格外の薬に振り回される異世界の物語。 平穏を愛する(自称)凡人薬師の、のんびりだけど実は波乱万丈な辺境スローライフファンタジー。

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

執事なんかやってられるか!!! 生きたいように生きる転生者のスローライフ?

Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった中学生、朝霧詠無。 彼の魂はそのまま天国へ……行くことはなく、異世界の住人に転生。 ゲームや漫画といった娯楽はないが、それでも男であれば心が躍るファンタジーな世界。 転生した世界の詳細を知った詠無改め、バドムス・ディアラも例に漏れず、心が躍った。 しかし……彼が生まれた家系は、代々ある貴族に仕える歴史を持つ。 男であれば執事、女であればメイド。 「いや……ふざけんな!!! やってられるか!!!!!」 如何にして異世界を楽しむか。 バドムスは執事という敷かれた将来へのレールを蹴り飛ばし、生きたいように生きると決めた。

処理中です...