一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第94話 旅立ちの朝と小さな商人

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翌朝、トウマは宿の部屋で荷物をまとめていた。昨夜の出来事を思い出しながら、剣の手入れを済ませ、短剣を腰に固定する。

「さて、そろそろ出発するか」

窓の外を見ると、朝日が村を優しく照らしていた。セレフォアの一件が片付いて、ミルフィールドの村は平和を取り戻している。村人たちの笑い声が遠くから聞こえてきた。

宿の一階に降りると、宿の主人が朝食を用意してくれていた。

「トウマさん、おはようございます。今日はお発ちなのですね」

「ああ、世話になったな」

トウマは簡単な朝食を済ませ、宿代を払った。外に出ると、エリーとジョンが待っていた。

「トウマさん、本当にありがとうございました」

ジョンは深々と頭を下げた。昨日の衰弱した様子とは打って変わって、健康そうな顔色をしている。

「お父さんを助けてくれて、ありがとう」

エリーも小さな手でトウマの手を握った。

「いいって、気にすんな」

トウマは苦笑いを浮かべながら、エリーの頭を軽く撫でた。

「じゃあ、俺は行くからな」

「はい、お気をつけて」

村人たちに見送られながら、トウマは村の入り口へと向かった。

――――――

ミルフィールドを出発してから約三時間。トウマは森を抜けて、大きな街道に出ていた。この道を進めば、次の街であるアーデンブルクに到着する。

「天気も良いし、のんびり歩くか」

空は青く晴れ渡り、心地よい風が吹いている。街道沿いには色とりどりの花が咲き誇り、小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。

しばらく歩いていると、背後から馬車がやってきた。ちょっと変わった造りの馬車で、屋根に大きな看板が立てられている。

「『ルーナ商会』……商人の馬車か」

馬車が近づいてくると、御者台に座った人物が手を振った。

「こんにちは、旅の方!」

声をかけてきたのは、まだ幼い少女だった。おそらく十二、三歳といったところだろう。茶色の髪を三つ編みにして、商人らしい丈夫そうな服装をしている。

「こんにちは、商人の娘さんか?」

「いえ!私、ルーナと申します。この馬車の商人です!」

ルーナは胸を張って答えた。

「え?まさか、お前一人で商売してるのか?」

「はい!といっても、まだ修行中の身ですけど……」

「修行?」

「はい。お父さんとお母さんが、アーデンブルクで商売をしているんです。それで私も近くの村を回って、商人の修行をしています」

「そういうことか……だが、護衛も付けずに一人じゃ流石に危ないだろう」

トウマは困惑して聞き返した。いくら修行とはいえ、この年頃の子供が一人で商売をするなんて危険すぎる。

「いえ、この辺りは定期的に衛兵の方々が巡回しているので、比較的安全なんです。それに、近くの村までは馬車で半日くらいですから」

「治安は良い方ってことか。う~ん、とはいってもなぁ……」

「それよりお兄さん、良ければ何か商品はいかがですか?」

一応の納得をしながらもまだ心配する様子のトウマを他所に、ルーナは馬車から降りると、後ろの荷台を開けた。中には様々な商品が並んでいる。薬草、簡単な道具、食料品など、旅人向けの商品が揃っていた。

「へぇ、なかなか品揃えが良いな」

トウマは感心して商品を眺めた。どれも質が良く、値段も適正だった。

「ありがとうございます!お父さんに仕入れを教わったんです」

ルーナは嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、この回復薬をもらおうか」

「はい!銀貨三枚になります」

トウマは代金を払い、回復薬を受け取った。

「ありがとうございます!」

ルーナは丁寧にお辞儀をした。商人としての基本的な礼儀は身に付いているようだ。

「こちらこそだ。まぁ、修行は良いが気を付けてな」

「はい!お兄さんもお気をつけて」

トウマは離れていくルーナの馬車に手を振ると、再び歩き始めた。

――――――

その後、半刻ほど歩いたところで、前方から騒がしい声が聞こえてきた。

「何だ?」

近づいてみると、先ほどのルーナの馬車が道端に停まっていた。馬車の周りには三人の男たちが立っている。

「おい、嬢ちゃん、もう一度言うぞ。荷物を全部出せ」

「そうだ、大人しくしてれば怪我はさせないからな」

「いやです!これは私の大切な商品です」

ルーナは馬車の前に立ちはだかって、必死に商品を守ろうとしている。

(案の定じゃないか)

トウマは内心で頭を抱えながらも馬車に近づいた。三人の男たちは典型的な盗賊の格好をしている。

「チッ、面倒な嬢ちゃんだな」

「時間の無駄だ。適当に引きずり出して縛っておけ」

盗賊たちは面倒そうにルーナに手を伸ばそうとしていた。ルーナも必死に抵抗しているようだったが、子どもの身で男三人には敵わない。

「おい、やめろ!」

トウマが声をかけると、盗賊たちが振り返った。

「あ、お兄さん!」

ルーナは安堵の表情を浮かべた。

「なんだ、お前は?」

「通りすがりの冒険者だよ。とはいえ、その子は知り合いなんでな」

そう答えるとトウマは剣を抜いた。

「冒険者?チッ、面倒なことになったな」

「おい、話が違うじゃねえか。少女一人ならどうにでもなるって……」

「うるせえ!偶然居合わせた冒険者の邪魔なんて予想できるか!それに冒険者といっても相手は一人だ。全員で掛かれば余裕だろ!」

意見が纏まったらしく、盗賊たちも武器を構えた。

「ルーナ、馬車の陰に隠れてろ」

「は、はい」

ルーナは慌てて馬車の陰に隠れた。

さっそく一番前に居た盗賊が斧を振り上げて襲いかかってくる。トウマは一歩引いてそれを躱すと、切り返すように剣を振るった。剣は盗賊の腕を切り裂き、斧が地面に落ちる。

「ぐあああ!」

「くそっ、こいつ只者じゃねえぞ」

残る二人の盗賊が同時に攻撃してくる。一人は剣を、もう一人は槍を武器にしている。

「はっ!」

トウマは剣を持った盗賊の攻撃を受け流し、そのまま槍を持った盗賊に向かって突進した。槍の間合いに入り込み、柄を叩いて武器を弾く。

「なっ!」

トウマは剣の柄で盗賊の腹を打った。盗賊は苦しそうに倒れ込む。

「うわぁぁっ!」

最後の盗賊が自棄になって剣を振るってくるが、トウマはそれを軽く躱すと最後の一人も気絶させた。

「終わったぞ、ルーナ。もう安全だ」

「お兄さん、あの、本当にありがとうございました」

ルーナが馬車の陰から出てきた。目に涙を浮かべながらトウマを見つめている。

「いいって。けど、やっぱり危なかったな。どうやらこいつらは、ルーナが一人なのに目を付けて襲ってきたみたいだったが」

「は、はい。何度かこの街道を通っていたので、それで知られていたのかもしれません」

ルーナは震え声で言った。

「とりあえず、こいつらは縛り上げて街の衛兵に突き出そう」

トウマは剣を鞘に収めると、持っていた縄で盗賊達を縛り上げた。

「あの、お兄さん」

「なんだ?」

「もしよろしければ、お礼をさせてください」

ルーナは恥ずかしそうに言った。

「礼なんかいいって」

「いえ、商人は受けた恩は必ず返すものです。お父さんにそう教わりました」

「そうか……」

退く様子の無いルーナに、トウマは少し困った。この子は本当に商人の家の子なのだろう。

「それと、もしお兄さんがアーデンブルクに向かわれるのでしたら、一緒に行っていただけませんか?衛兵の巡回があるとはいえ、やっぱり一人は不安になってしまいました」

「現に襲われたわけだからな。そりゃそうだろう」

ルーナは真剣な表情で言った。

「もちろん、きちんと護衛料をお支払いします。銀貨十枚いかがでしょうか?」

「十枚って……もうすぐそこだし、それは多すぎるだろう」

「いえ、相場です。それに、命を助けて頂いたことを考えれば安すぎるくらいです」

そう言ってルーナは首を振った。

「そうか。わかった、引き受けよう」

「本当ですか?ありがとうございます」

ルーナは嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、行こうか」

「はい。馬車にお乗りください」

「いや、歩いて行く。その方が何かあった時に対処しやすいからな」

「そうですか。それでは、ゆっくり進みますね」

こうして、トウマは小さな商人の護衛として、アーデンブルクへと向かった。

街道を進みながら、ルーナは色々な話をしてくれた。商人の仕事のこと、両親のこと、将来の夢のこと。その一つ一つが、彼女の純粋な心を表していた。

「お兄さんは、どうして冒険者になったんですか?」

「色々あってな」

「色々?」

「まあ、面白そうだったからかな」

トウマは曖昧に答えた。

「面白そうだから、ですか?」

「ああ。世界は広いし、見たことのない景色がたくさんある。それを見るのが楽しいんだ」

「素敵ですね」

ルーナは憧れの表情を浮かべた。

「私も、いつか色々な場所に行ってみたいです」

「商人なら、きっと色々な場所に行けるぞ」

「そうですね。がんばります」

やがて、夕日が街道を照らし始めた頃、アーデンブルクの街並みが見えてきた。

「着いたな」

「はい。お兄さん、本当にありがとうございました」

ルーナは深々と頭を下げた。

「いいって、気にすんな。それより、今度からは護衛を付けてもらうように両親にちゃんと言うんだぞ?」

「は、はい。そうします」

「それじゃあな」

街に戻ってきて安心した様子のルーナにそう忠告すると、トウマは手を振って彼女と別れた。

「さてと、まずは今夜の宿を探さないとな」

街の灯りが灯り始める中、トウマは一人、アーデンブルクの街へと向かった。
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