捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら

文字の大きさ
12 / 68
2章

12 もう一人の聖女

しおりを挟む

 冷気が露出した肌に突き刺さる。
 寒さによって震え出した身体を悟られたくなくて、ぎゅっと拳を握りしめた。

 ここは夜会の会場から続くバルコニー。
 室内は比較的暖かかったが、外は真冬のような寒さだ。

 前を歩いていた人物が振り返り、シェラを見てくすりと笑った。

「シェラさま、寒いようでしたら場所を変えますか?」
「いえ、大丈夫です」

 首元までしっかりと覆われた厚手のドレスを着た彼女は、肩を出したシェラと比べたらだいぶ温かそうに見える。

「そうですか。すみません、どうしても二人きりになりたかったので」

 少し癖のある赤い髪を掻き上げながら、全く申しわけなさを感じさせない声で言った。

「どういうご用件ですか? レニエッタ王妃」

 名前を口にすると、彼女は面白そうに笑う。

「あたし、すごく驚きました。本当にあのアレストリアの王太子と婚約したんですね。バルトハイルさまに聞いた時は、思わず大きな声をあげてしまいましたよ」
「…………」

 彼女に呼び止められた時から予想はしていた。きっと、婚姻についてのことを言われるのだろうと。婚約、と口にしたところからすると、詳しい話は知らないようだが。

「シェラさまには、もうまともな力は残っていないようですし、あなたが廃棄されることは当たり前のことだと思いますが――」

 一度言葉を切って、レニエッタはまっすぐシェラを見る。その黒い瞳に、仄暗い夜の静けさを宿して。

「でも、逃げるのはよくないですよね? 国の秘密を知っている、元聖女なのに」

 ――元聖女。
 たしかに、それが今の自分の肩書だろう。
 力を失いかけ、聖女の座から落ちた。

 そして、今その椅子に座っているのは――

「これからは新しく聖女になったあたしが、バルトハイルさまをお支えします。あの方の目指す先がどういったものか、今までおそばにいたシェラさまならわかりますよね? あの王太子が、アレストリアという国がどれだけ邪魔なのか」

 背中に冷たい汗がつたう。
 小さく震え出した指先は寒さのせいか、それとも恐怖ゆえか。
 緊張のせいで乾き切った喉から紡がれた言葉は、ひどくか細いものだった。

「なに、を……しようと?」
「なにもしませんよ。あたし、は」

 ぞくりと全身の毛が逆立った。
 自分より四つも年下のこの少女が、心から恐ろしいと思う。半年前にバルトハイルと婚姻を結び、ヴェータの王妃となった、まだ幼さの残るこの少女が。

 全ては、彼女が持つ聖女としての力が、そう思わせるのだ。

「それじゃあ、あの王太子には何をしてもらいましょうか」
「やめなさい」
「そうですね、アレストリア側の都合で条約は破棄してもらいますか? それとも、あたしの傀儡にしてから国に帰すとか?」
「レニエッタ!」

 まるで子供が遊ぶ計画を立てるように、人差し指を頬にあてて楽しそうに話す。
 この少女にとってはバルトハイルが全てで、それ以外のものは自由に操れる人形でしかないのだ。

 そう。
 他人の身体を人形のように、意のままに操る。それが、レニエッタの力。
 彼女が触れた者は、一瞬で傀儡と化すのだ。

 聖女の力に目覚めた者は、相応の身分が与えられる。
 一年近く前まで、レニエッタはただの町娘だった。それが力を発現したことにより、王宮に召し抱えられたのだ。

  この国では偽りの身分を作り上げるのは造作もない。辺境で自由奔放に暮らしていた貴族の娘を、国王が見初めたとでも言えば、レニエッタの拙いふるまいもある程度は許容される。

 そして力の強さゆえ、彼女がバルトハイルの妃になることは必然だった。
 すでに力を失いかけていたシェラと入れ替わるようにして、聖女の座に就くことになったのだ。

「悔しいですか? シェラさまには、しょせん視ることしかできませんしね」

 声を荒げたシェラに見せつけるように、長いそでに隠れた左手首をゆっくりとさすった。

「まさか……あなた、あれを持ち出したの!?」
「あたしが持ってきたんじゃないですよ?」
「これは陛下の指示?」
「さあ、どうですかね」

 くすくすと笑いながら話すそのさまは、ゲームを楽しんでいるようにも見える。
 こんな勝ち目のない勝負、したくはないのに。

「シェラさまこそ、これがなくてもまだ聖女の力は使えますよね? あの王太子にばれたらどうするんですか? 自分の婚約者が記憶を覗けるって知ったら、どう思いますかね」
「っ……」

 そうだ。
 自分だって、レニエッタを責められるような立場ではない。
 力のことを隠して、ルディオのそばにいることを選んだ。

 もし、彼がそれを知ってしまったら、どう思うだろうか。気持ち悪いと言って、なじられるだろうか。

 罵倒されて、捨てられるだけならいい。
 でもその先に、彼の隣で笑う、別の女性の姿があったとしたら――

 想像した未来に、胸の奥が締め付けられる。
 感じたことのない痛みが、シェラを襲った。

 こみ上げてくる涙を必死に止めようと、目頭に力を入れる。
 眉間にしわを寄せて、険しい顔つきになったシェラを見て、レニエッタが驚いたような表情で言った。

「もしかして、あの王太子のこと……本当に好きなんですか?」

 思わず肩が跳ねる。
 自分でも、気づかなかった。気づいていなかった。
 この、胸の痛みの正体を――

 ああ……いつの間に、こんなに好きになっていたんだろう。自分を嘲笑う、目の前の少女に言われて気づくなんて。

 動揺を見せたシェラに、レニエッタが口の端をつり上げて笑う。

「あの人をあたしのお人形にしたら、とっても楽しそうですね」

 それはなんて、残酷な――

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

契約結婚の相手が優しすぎて困ります

みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

処理中です...