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2章
12 もう一人の聖女
しおりを挟む冷気が露出した肌に突き刺さる。
寒さによって震え出した身体を悟られたくなくて、ぎゅっと拳を握りしめた。
ここは夜会の会場から続くバルコニー。
室内は比較的暖かかったが、外は真冬のような寒さだ。
前を歩いていた人物が振り返り、シェラを見てくすりと笑った。
「シェラさま、寒いようでしたら場所を変えますか?」
「いえ、大丈夫です」
首元までしっかりと覆われた厚手のドレスを着た彼女は、肩を出したシェラと比べたらだいぶ温かそうに見える。
「そうですか。すみません、どうしても二人きりになりたかったので」
少し癖のある赤い髪を掻き上げながら、全く申しわけなさを感じさせない声で言った。
「どういうご用件ですか? レニエッタ王妃」
名前を口にすると、彼女は面白そうに笑う。
「あたし、すごく驚きました。本当にあのアレストリアの王太子と婚約したんですね。バルトハイルさまに聞いた時は、思わず大きな声をあげてしまいましたよ」
「…………」
彼女に呼び止められた時から予想はしていた。きっと、婚姻についてのことを言われるのだろうと。婚約、と口にしたところからすると、詳しい話は知らないようだが。
「シェラさまには、もうまともな力は残っていないようですし、あなたが廃棄されることは当たり前のことだと思いますが――」
一度言葉を切って、レニエッタはまっすぐシェラを見る。その黒い瞳に、仄暗い夜の静けさを宿して。
「でも、逃げるのはよくないですよね? 国の秘密を知っている、元聖女なのに」
――元聖女。
たしかに、それが今の自分の肩書だろう。
力を失いかけ、聖女の座から落ちた。
そして、今その椅子に座っているのは――
「これからは新しく聖女になったあたしが、バルトハイルさまをお支えします。あの方の目指す先がどういったものか、今までおそばにいたシェラさまならわかりますよね? あの王太子が、アレストリアという国がどれだけ邪魔なのか」
背中に冷たい汗がつたう。
小さく震え出した指先は寒さのせいか、それとも恐怖ゆえか。
緊張のせいで乾き切った喉から紡がれた言葉は、ひどくか細いものだった。
「なに、を……しようと?」
「なにもしませんよ。あたし、は」
ぞくりと全身の毛が逆立った。
自分より四つも年下のこの少女が、心から恐ろしいと思う。半年前にバルトハイルと婚姻を結び、ヴェータの王妃となった、まだ幼さの残るこの少女が。
全ては、彼女が持つ聖女としての力が、そう思わせるのだ。
「それじゃあ、あの王太子には何をしてもらいましょうか」
「やめなさい」
「そうですね、アレストリア側の都合で条約は破棄してもらいますか? それとも、あたしの傀儡にしてから国に帰すとか?」
「レニエッタ!」
まるで子供が遊ぶ計画を立てるように、人差し指を頬にあてて楽しそうに話す。
この少女にとってはバルトハイルが全てで、それ以外のものは自由に操れる人形でしかないのだ。
そう。
他人の身体を人形のように、意のままに操る。それが、レニエッタの力。
彼女が触れた者は、一瞬で傀儡と化すのだ。
聖女の力に目覚めた者は、相応の身分が与えられる。
一年近く前まで、レニエッタはただの町娘だった。それが力を発現したことにより、王宮に召し抱えられたのだ。
この国では偽りの身分を作り上げるのは造作もない。辺境で自由奔放に暮らしていた貴族の娘を、国王が見初めたとでも言えば、レニエッタの拙いふるまいもある程度は許容される。
そして力の強さゆえ、彼女がバルトハイルの妃になることは必然だった。
すでに力を失いかけていたシェラと入れ替わるようにして、聖女の座に就くことになったのだ。
「悔しいですか? シェラさまには、しょせん視ることしかできませんしね」
声を荒げたシェラに見せつけるように、長いそでに隠れた左手首をゆっくりとさすった。
「まさか……あなた、あれを持ち出したの!?」
「あたしが持ってきたんじゃないですよ?」
「これは陛下の指示?」
「さあ、どうですかね」
くすくすと笑いながら話すそのさまは、ゲームを楽しんでいるようにも見える。
こんな勝ち目のない勝負、したくはないのに。
「シェラさまこそ、これがなくてもまだ聖女の力は使えますよね? あの王太子にばれたらどうするんですか? 自分の婚約者が記憶を覗けるって知ったら、どう思いますかね」
「っ……」
そうだ。
自分だって、レニエッタを責められるような立場ではない。
力のことを隠して、ルディオのそばにいることを選んだ。
もし、彼がそれを知ってしまったら、どう思うだろうか。気持ち悪いと言って、なじられるだろうか。
罵倒されて、捨てられるだけならいい。
でもその先に、彼の隣で笑う、別の女性の姿があったとしたら――
想像した未来に、胸の奥が締め付けられる。
感じたことのない痛みが、シェラを襲った。
こみ上げてくる涙を必死に止めようと、目頭に力を入れる。
眉間にしわを寄せて、険しい顔つきになったシェラを見て、レニエッタが驚いたような表情で言った。
「もしかして、あの王太子のこと……本当に好きなんですか?」
思わず肩が跳ねる。
自分でも、気づかなかった。気づいていなかった。
この、胸の痛みの正体を――
ああ……いつの間に、こんなに好きになっていたんだろう。自分を嘲笑う、目の前の少女に言われて気づくなんて。
動揺を見せたシェラに、レニエッタが口の端をつり上げて笑う。
「あの人をあたしのお人形にしたら、とっても楽しそうですね」
それはなんて、残酷な――
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