コストカットだ!と追放された王宮道化師は、無数のスキルで冒険者として成り上がる。

あけちともあき

文字の大きさ
41 / 107

第41話 イングリドと初めての海

しおりを挟む
 沿岸都市の名は、ミーゾイ。
 この大陸において、キングバイ王国が有する唯一の領土だ。
 ここを窓口として、周囲の国々と交易を行っている。

 隣国であるマールイ王国と不和の関係になったことは、彼らとしても頭の痛い問題だろう。

 ミーゾイの入り口は広く開放されている。
 武器などのチェックが行われ、街中では抜かないように封印がされるだけだ。

 俺たちが乗っている馬車は、アキンドー商会のものなので、ほぼフリーパス。
 商会は、キングバイ王国といい関係を築いているらしい。

「不思議な匂いがする……。これが海の匂いなのか……」

 イングリドがきょろきょろしている。
 ミーゾイに入ってすぐ、俺たちは馬車を降りたから、彼女が感じる海独特の香りはより強まっていることだろう。

「オーギュスト! ギスカ! 海を見よう! 海がいっぱいに見えるところに行こう!」

「まあ待つんだイングリド。俺たちは一応、仕事で来てるんだ。こちらの依頼人に顔を通しておかなければな」

「あ、そ、そうだった」

「あっはっは! 慌てなくても、海は逃げやしないよ! ちなみにあたいは海は見ても、一定以上海には近づかないからね。あたいらドワーフは水に沈むんだ」

「ギスカはギスカで、基本的に水が多い場所は嫌いなのだな」

「いや、そうでもないさね? 水が多いってことは、いい水が取れて、いい酒が造れるってことさ。それに港町はあちこちの国の酒が飲める! いいところだよー」

 ギスカの顔が緩んだ。
 なるほど、流通の拠点となる場所だから、各地の名産品が集まる。
 物には色々な見方があって、面白いものだ。

 俺たちは、依頼書を持って目的地へ向かった。
 そこは沿岸都市の中心。
 背の高い建物がないこの街では珍しい、二階建ての屋敷だった。

 そして、屋敷の主は俺の顔見知りだった。

「おお!! マールイ王国にゆかりのある冒険者が引き受けたと聞いていたが、あなただったか、道化師オーギュスト!!」

 鮮やかな赤毛を巻毛にしてキチッと固めた、鼻の高い男だった。
 身につけている衣服は、海獣の皮を用いたジャケットである。
 海をイメージしているのか、青い色に染められている。

「お久しぶりだ。そしてお嬢さんがたははじめまして。私はキングバイ王国、オルカ騎士団の団長キルステン。こちらの偉大なる道化師、オーギュスト殿の、剣の弟子でもある」

「そうか。私はイングリド。えっ、オーギュストの弟子……!?」

「ギスカだよ。いやあ、道化師は顔が広いねえ……。呆れるほど広い」

 長い間生きているからね。
 キルステンと出会ったのは、まだ彼が子どもの頃。
 キングバイ王国まで、交易交渉のために出た俺は、ひょんなことから彼に剣を教えることになった。

 とは言っても、陸上の剣と船上の剣は違う。
 彼には、船の上で振るう剣を教えたわけだ。
 あくまで、基礎の基礎だがね。

 それを覚えていてくれるとは、嬉しいものだ。
 ほんの二週間ほどだったが、彼の中に俺の教えは根付いているようだ。

「どうです、オーギュスト師。久々に私の腕を見てはもらえませんか?」

「ああ、構わないが……。あれは君がまだ子どものころだったじゃないか」

「初めに習い覚えた剣こそ、私の剣全ての基本となっています。ぜひ、あなたに見ていただきたい」

 強く請われると、断りづらいというものだ。
 こうして、俺とキルステンは、余興の試合をすることになった。

 そこは、海が全面に望める船着き場。
 キングバイ王国の騎士たちが詰めかけ、港で働く人々も集まり、さらには噂を聞きつけてか、ミーゾイの住人も大勢やってきた。

 まるで見世物ではないか。
 テンションが上ってくるな……!!

「嬉しそうですよ、オーギュスト師」

「それはそうさ。俺は道化師だからね」

「なるほど! ではこれは、あなたの本気を引き出して、それを上回って見せる格好の舞台ということになるな! 行くぞ!」

「来たまえ! 諸君! その目を開いてよくご覧あれ! 諸君の街を守り、あるいは諸君を率いる偉大なる騎士団長キルステン! かの者の実力を!」

 キルステンが目を丸くした。
 まさか自分が持ち上げられるとは思ってもいなかったのだろう。
 道化師とは、道化になることも仕事の一つ。

 この場の主役は君だぞ、キルステン。
 俺とキルステンの試合が始まる。

 手にしたのは、海上で使うサーベル。
 オルカ騎士団の正式装備だ。

 刃と刃がぶつかり合い、剣閃の中を俺と彼が華麗に舞う。
 俺は跳ねたり、欄干に飛び乗ったり、右手から左手にサーベルを移し替えたりしながら変幻自在に剣を振るう。
 迎え撃つキルステンは、実直な剣だ。俺がかつて教えた基礎を、そのまま昇華した素晴らしい技の切れ。

「やるようになりましたな、キルステン閣下!」

「なに、受けた教えは決して忘れず、一日たりと訓練を欠かさぬのが私の主義ですから!」

 鋭い一撃が放たれて、これを受けようとした俺のサーベルが弾き飛ばされる。
 ピタリ、と剣先が俺に突きつけられた。

 俺は両手を小さく挙げて、ニヤリと笑った。

「参りました」

 今まで固唾を呑んで試合を見守っていた騎士団が、うわーっと盛り上がった。
 観衆は大盛りあがり。
 我らが騎士団長は凄い、さすがだと、褒め称える声が響き渡る。

「いやいや、あの冒険者も凄いぞ。キルステン団長と渡り合ったんだ」

「あれだけの腕を持った奴が、今回の仕事を請け負ってくれるのか。団長と二人なら、無敵じゃないか」

 心に余裕ができれば、相手を認める気持ちにもなるものだ。
 好意的な声が多い。

 これを聞いて、ギスカが首を傾げた。

「なんだって、負けたあんたが褒められてるんだい?」

「それは人の心理というものだよ。自分たちの指導者が、本当に頼れる大したやつだと知れれば、みんなポジティブな気持ちになるものさ。そうなれば、相手もよくやったと褒めることだってできる。これが、俺がキルステンをこっぴどく叩きのめしたらどうなる? 俺は恨まれ、キルステンの立場はなくなる。誰も幸せにならない」

「……まさかあんた、これを狙って……?」

「いやいや、キルステンの実力は本物だ。平らな地面の上で細工なしに戦えば、俺だって危ない。だからこれは真剣勝負。この舞台の上では、種も仕掛けもございません! そういうことさ。それに……この方がみんな笑えるだろ?」

「食えない男だね……!!」

 ギスカがにやりと笑うのだった。
 ちなみに。
 勝負の最中、イングリドはずっと、夢見心地で海を見つめていたという。
しおりを挟む
感想 115

あなたにおすすめの小説

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する

こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」 そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。 だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。 「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」 窮地に追い込まれたフォーレスト。 だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。 こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。 これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。

本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?

今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。 バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。 追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。 シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。

僕だけレベル1~レベルが上がらず無能扱いされた僕はパーティーを追放された。実は神様の不手際だったらしく、お詫びに最強スキルをもらいました~

いとうヒンジ
ファンタジー
 ある日、イチカ・シリルはパーティーを追放された。  理由は、彼のレベルがいつまでたっても「1」のままだったから。  パーティーメンバーで幼馴染でもあるキリスとエレナは、ここぞとばかりにイチカを罵倒し、邪魔者扱いする。  友人だと思っていた幼馴染たちに無能扱いされたイチカは、失意のまま家路についた。  その夜、彼は「カミサマ」を名乗る少女と出会い、自分のレベルが上がらないのはカミサマの所為だったと知る。  カミサマは、自身の不手際のお詫びとしてイチカに最強のスキルを与え、これからは好きに生きるようにと助言した。  キリスたちは力を得たイチカに仲間に戻ってほしいと懇願する。だが、自分の気持ちに従うと決めたイチカは彼らを見捨てて歩き出した。  最強のスキルを手に入れたイチカ・シリルの新しい冒険者人生が、今幕を開ける。

外れスキル【削除&復元】が実は最強でした~色んなものを消して相手に押し付けたり自分のものにしたりする能力を得た少年の成り上がり~

名無し
ファンタジー
 突如パーティーから追放されてしまった主人公のカイン。彼のスキルは【削除&復元】といって、荷物係しかできない無能だと思われていたのだ。独りぼっちとなったカインは、ギルドで仲間を募るも意地悪な男にバカにされてしまうが、それがきっかけで頭痛や相手のスキルさえも削除できる力があると知る。カインは一流冒険者として名を馳せるという夢をかなえるべく、色んなものを削除、復元して自分ものにしていき、またたく間に最強の冒険者へと駆け上がっていくのだった……。

精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ
ファンタジー
 2020.9.6.完結いたしました。  2020.9.28. 追補を入れました。  2021.4. 2. 追補を追加しました。  人が精霊と袂を分かった世界。  魔力なしの忌子として瘴気の森に捨てられた幼子は、精霊が好む姿かたちをしていた。  幼子は、ターニャという名を精霊から貰い、精霊の森で精霊に愛されて育った。  ある日、ターニャは人間ある以上は、人間の世界を知るべきだと、育ての親である大精霊に言われる。  人の世の常識を知らないターニャの行動は、周囲の人々を困惑させる。  そして、魔力の強い者が人々を支配すると言う世界で、ターニャは既存の価値観を意識せずにぶち壊していく。  オーソドックスなファンタジーを心がけようと思います。読んでいただけたら嬉しいです。

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

結婚式の日に婚約者を勇者に奪われた間抜けな王太子です。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月10日「カクヨム」日間異世界ファンタジーランキング2位 2020年11月13日「カクヨム」週間異世界ファンタジーランキング3位 2020年11月20日「カクヨム」月間異世界ファンタジーランキング5位 2021年1月6日「カクヨム」年間異世界ファンタジーランキング87位

世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~

aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」 勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......? お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?

処理中です...