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20・魚醤の噂
第58話 女王様現る
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ファイブショーナンの端っこは岸壁になっており、そこでみんな釣りをしたり日光浴をしたりしてのんびり過ごしている。
ここで料理をさせてもらうことにした。
鍋に油を満たして熱し、粉で包んだ魚肉をサッと揚げる。
パチパチと油の弾ける爽やかな音が響き渡り、そこにいた人々がハッとして振り返った。
「こんな場所で揚げ物を……!?」
「いい匂いがする……」
「腹が減る~」
そうだろうそうだろう。
横でコゲタも、よだれを垂らしながらじーっと揚げ物を見つめている。
コゲタ用はあとで取り分けてあげるからね。
彼は体が小さいので、許容できる塩分が少なかろう。
魚醤は少なめにしておこう。
周りに人が集まってきたので、揚がった天ぷらを切り分けてから、さっき買ってきた魚醤を皿に開けることにした。
どれどれ……。
おお、癖のある香りだ。
発酵したタンパク質の匂いというか、なんというか……。
指につけて舐めてみると、なるほど、強めの塩味とコクがある。
塩とハーブだけではたどり着けない味!!
天ぷらをちょんちょんっと付けて食べてみると……。
「うっま」
唾液腺がぎゅっとなる強烈な旨味。
天ぷらに本当に合うぞ!
魚と魚でベストマッチだったな……。
「お、俺にも食わせてくれないか?」
「そこで釣れた魚だ! これで揚げ物を作ってくれ!」
岸壁にいた人々が次々集まってきてしまった。
すぐ横で、取り分けた天ぷらをコゲタがフーフー冷ましながら食べている。
僕はせっせと、揚げて揚げて揚げまくる!
劣化した油は一旦魔力に戻し、またきれいな油にするのだ。
「油が一瞬で入れ替わった!?」
「魔法か!?」
驚いている驚いている……。
「おいちょっとこっち来てみろ! 凄いぞ!」
「油が無限に出てきてどんどん揚げてくれる!」
「衣うめー」
どんどん人が集まってくるぞ!!
これは、衣が足りなくなる……!!
僕が危惧したところで、さらに周囲が騒がしくなった。
「ほう、岸壁で美味しい揚げ物を作っていると聞いたが、真のようじゃな……」
だ、誰だ!?
偉そうな物言いをする人だ!
「ご主人! えらいひと!」
「なんだってー!?」
コゲタが、尋常ではない人が来たぞと教えてくれる。
周囲で騒いでいた人たちも、一瞬静かになる。
「バルバラ陛下だ」
「陛下がどうしてここに!?」
「陛下、美味しいもの大好きだから」
陛下!?
僕の眼の前に、その陛下とやらが立つ。
そして僕の上が日陰になった。
どういうことか?
それは、巨大な日傘を持った侍従を引き連れた女性がここに現れたからだ。
彼女は、黒髪に褐色の肌、そして紫色の瞳をしていた。
バルバラというと……。
僕は思い出す。
ファイブショーナンの女王じゃないか。
いわゆる長命種の一つであるセイレーンであり、この国の始まりから今に至るまで、女王であり続ける人だ。
というか、彼女こそがファイブショーナンの国体と言っていい。
「ああ、いい香りじゃな……。とても良い粉を使っている。わらわのお腹が鳴って仕方が無いぞ。そなた……旅人であろう? わらわに美味い料理を食べさせてくれれば褒美をやろうぞ」
「褒美……!?」
これを聞いて、僕が思いついたのは、可能ならやってみたいなーと思っていることだった。
魚醤を……魚醤をアーランに広めたい!!
「まずは陛下、どうぞ。露店で買った魚醤、素晴らしいです。これに揚げたてのこの天ぷらという食べ物をつけてお召し上がりください」
「おお!」
バルバラ陛下が笑顔になった。
彼女は一見すると、露出度の高い水着みたいな格好をしており、腰回りに網目のあるパレオみたいなものを巻いていた。
しゃがみ込むと、パレオに取り付けられたピカピカの貝殻が当たってカラカラと音がする。
指先でつまみ、サクッと食べるバルバラ。
「んっ! んーっ!!」
目を丸くし、サクサクと食べる。
「ほおお、美味い! これは美味いな! そなた、まるで油の性質を知り尽くしているような……。余計な油が染み込んでおらず、さっくりと衣を歯で裂いた後、ほくほくになった魚肉が出てくる。これは堪らん……。我が国の魚醤もよく合う……」
大変好評だったようだ。
彼女の食レポに、周囲にいた国民たちもおおおおお、とどよめく。
バルバラ陛下は僕と目線を合わせ、にっこり微笑んだ。
「旅人よ。名乗れ。そして望みを伝えるが良い。わらわに無理のない範囲でかなえてやろう」
おお、ご褒美の範囲はごくごく常識的なようだ。
そこで僕は、願いを告げた。
「僕はアーランから魚醤を仕入れに来たのですが、かの国には塩とハーブしか調味料がないのです。陛下。どうか、アーランと交易関係を結び、魚醤を売ってください……!」
「ほう、アーランの!」
バルバラが口元に手を当てて驚いた仕草をする。
「そなた、今ファイブスターズがアーランとの関係を悪化させていることは知っておろう? よくぞファイブショーナンの元首であるわらわの前で言えたものよな」
「ああ、存じ上げてはいるんですが……。ファイブショーナンののどかな雰囲気と、冷戦って全然イメージが合わなくてですね。そもそも利害関係が全く相反しなくないですか?」
「いい度胸じゃな! だが、その通り。これは国同士の付き合いというものよ。一応、わらわの国は都市国家郡に数えられている故な。ファイブショーナンは単体で完結しておる。文化や技術は他国よりも古いままであろう。じゃが、それが国の繁栄に関係するか? 人々は楽しく歌い踊って暮らし、国を維持できるだけの仕事を、気が向いた時にやる。雨が降れば休み、日が暮れたら酒を飲んで騒ぐ、そんな国じゃ」
パラダイスじゃないか!
住みたい。
「故に……ファイブショーナンは満たされておる。アーランへ魚醤を売ってやる理由はない。アーランは何か、わらわたちの欲しいものを提供できるのかや?」
「できます。この天ぷらの衣を提供できる」
僕が発したこの言葉に、ハッとする女王。
周囲の人々もざわざわし始めた。
「あのサクサクの衣は、うちの国に無いものだ……」
「畑の世話なんか毎日やってられないもんな!」
「サクサクの衣が作れるなら、毎日のハッピー度が上がるぜ!?」
「陛下! ご決断を!」
「陛下! サクサク天ぷら食べたいです!」
「うむ」
バルバラ陛下は重々しく頷き、立ち上がった。
「用意をせよ! わらわはこれより、アーランへ使者を出す!! 長く他国との交流を絶ってきたファイブショーナンが、世界と交わる時がやってきたぞ!」
うおおおおおーっと叫ぶ、周囲の国民たち。
今、魚醤と天ぷらの衣が時代を動かそうとしている……!!
ここで料理をさせてもらうことにした。
鍋に油を満たして熱し、粉で包んだ魚肉をサッと揚げる。
パチパチと油の弾ける爽やかな音が響き渡り、そこにいた人々がハッとして振り返った。
「こんな場所で揚げ物を……!?」
「いい匂いがする……」
「腹が減る~」
そうだろうそうだろう。
横でコゲタも、よだれを垂らしながらじーっと揚げ物を見つめている。
コゲタ用はあとで取り分けてあげるからね。
彼は体が小さいので、許容できる塩分が少なかろう。
魚醤は少なめにしておこう。
周りに人が集まってきたので、揚がった天ぷらを切り分けてから、さっき買ってきた魚醤を皿に開けることにした。
どれどれ……。
おお、癖のある香りだ。
発酵したタンパク質の匂いというか、なんというか……。
指につけて舐めてみると、なるほど、強めの塩味とコクがある。
塩とハーブだけではたどり着けない味!!
天ぷらをちょんちょんっと付けて食べてみると……。
「うっま」
唾液腺がぎゅっとなる強烈な旨味。
天ぷらに本当に合うぞ!
魚と魚でベストマッチだったな……。
「お、俺にも食わせてくれないか?」
「そこで釣れた魚だ! これで揚げ物を作ってくれ!」
岸壁にいた人々が次々集まってきてしまった。
すぐ横で、取り分けた天ぷらをコゲタがフーフー冷ましながら食べている。
僕はせっせと、揚げて揚げて揚げまくる!
劣化した油は一旦魔力に戻し、またきれいな油にするのだ。
「油が一瞬で入れ替わった!?」
「魔法か!?」
驚いている驚いている……。
「おいちょっとこっち来てみろ! 凄いぞ!」
「油が無限に出てきてどんどん揚げてくれる!」
「衣うめー」
どんどん人が集まってくるぞ!!
これは、衣が足りなくなる……!!
僕が危惧したところで、さらに周囲が騒がしくなった。
「ほう、岸壁で美味しい揚げ物を作っていると聞いたが、真のようじゃな……」
だ、誰だ!?
偉そうな物言いをする人だ!
「ご主人! えらいひと!」
「なんだってー!?」
コゲタが、尋常ではない人が来たぞと教えてくれる。
周囲で騒いでいた人たちも、一瞬静かになる。
「バルバラ陛下だ」
「陛下がどうしてここに!?」
「陛下、美味しいもの大好きだから」
陛下!?
僕の眼の前に、その陛下とやらが立つ。
そして僕の上が日陰になった。
どういうことか?
それは、巨大な日傘を持った侍従を引き連れた女性がここに現れたからだ。
彼女は、黒髪に褐色の肌、そして紫色の瞳をしていた。
バルバラというと……。
僕は思い出す。
ファイブショーナンの女王じゃないか。
いわゆる長命種の一つであるセイレーンであり、この国の始まりから今に至るまで、女王であり続ける人だ。
というか、彼女こそがファイブショーナンの国体と言っていい。
「ああ、いい香りじゃな……。とても良い粉を使っている。わらわのお腹が鳴って仕方が無いぞ。そなた……旅人であろう? わらわに美味い料理を食べさせてくれれば褒美をやろうぞ」
「褒美……!?」
これを聞いて、僕が思いついたのは、可能ならやってみたいなーと思っていることだった。
魚醤を……魚醤をアーランに広めたい!!
「まずは陛下、どうぞ。露店で買った魚醤、素晴らしいです。これに揚げたてのこの天ぷらという食べ物をつけてお召し上がりください」
「おお!」
バルバラ陛下が笑顔になった。
彼女は一見すると、露出度の高い水着みたいな格好をしており、腰回りに網目のあるパレオみたいなものを巻いていた。
しゃがみ込むと、パレオに取り付けられたピカピカの貝殻が当たってカラカラと音がする。
指先でつまみ、サクッと食べるバルバラ。
「んっ! んーっ!!」
目を丸くし、サクサクと食べる。
「ほおお、美味い! これは美味いな! そなた、まるで油の性質を知り尽くしているような……。余計な油が染み込んでおらず、さっくりと衣を歯で裂いた後、ほくほくになった魚肉が出てくる。これは堪らん……。我が国の魚醤もよく合う……」
大変好評だったようだ。
彼女の食レポに、周囲にいた国民たちもおおおおお、とどよめく。
バルバラ陛下は僕と目線を合わせ、にっこり微笑んだ。
「旅人よ。名乗れ。そして望みを伝えるが良い。わらわに無理のない範囲でかなえてやろう」
おお、ご褒美の範囲はごくごく常識的なようだ。
そこで僕は、願いを告げた。
「僕はアーランから魚醤を仕入れに来たのですが、かの国には塩とハーブしか調味料がないのです。陛下。どうか、アーランと交易関係を結び、魚醤を売ってください……!」
「ほう、アーランの!」
バルバラが口元に手を当てて驚いた仕草をする。
「そなた、今ファイブスターズがアーランとの関係を悪化させていることは知っておろう? よくぞファイブショーナンの元首であるわらわの前で言えたものよな」
「ああ、存じ上げてはいるんですが……。ファイブショーナンののどかな雰囲気と、冷戦って全然イメージが合わなくてですね。そもそも利害関係が全く相反しなくないですか?」
「いい度胸じゃな! だが、その通り。これは国同士の付き合いというものよ。一応、わらわの国は都市国家郡に数えられている故な。ファイブショーナンは単体で完結しておる。文化や技術は他国よりも古いままであろう。じゃが、それが国の繁栄に関係するか? 人々は楽しく歌い踊って暮らし、国を維持できるだけの仕事を、気が向いた時にやる。雨が降れば休み、日が暮れたら酒を飲んで騒ぐ、そんな国じゃ」
パラダイスじゃないか!
住みたい。
「故に……ファイブショーナンは満たされておる。アーランへ魚醤を売ってやる理由はない。アーランは何か、わらわたちの欲しいものを提供できるのかや?」
「できます。この天ぷらの衣を提供できる」
僕が発したこの言葉に、ハッとする女王。
周囲の人々もざわざわし始めた。
「あのサクサクの衣は、うちの国に無いものだ……」
「畑の世話なんか毎日やってられないもんな!」
「サクサクの衣が作れるなら、毎日のハッピー度が上がるぜ!?」
「陛下! ご決断を!」
「陛下! サクサク天ぷら食べたいです!」
「うむ」
バルバラ陛下は重々しく頷き、立ち上がった。
「用意をせよ! わらわはこれより、アーランへ使者を出す!! 長く他国との交流を絶ってきたファイブショーナンが、世界と交わる時がやってきたぞ!」
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