47 / 112
第2章 あなたは暗殺者⁉

気づかない二人①

しおりを挟む
 厩舎の前に着くと、わたしの到着に気づいた隊長が、にっこりと嬉しそうに笑い、「こっちこっち」と手招きする。

 それに誘われるように歩みを進めるわたしは、アンドレの前を素通りして、ナグワ隊長に笑顔を返す。

「ジュディさん! 待ってましたよ」
「遅くなったわね」
「そんなことはないですよ。出発する準備は整っていますからすぐに出ますね。俺の馬に一緒に乗っていきましょう」

「ふふっ、馬くらい自分一人で乗れるわ」

「いや、そうだとしても、一緒にいた方が話もしやすいでしょう。ジュディさんの話も聞きたいし」

「わたしも隊長から、いろいろ教えてもらいたいわ」
「手取り足取り、何でも教えてあげますよ」

「助かるわ」と笑顔で返すと、知らないことに溢れるわたしにとって、願ってもない申し出に期待した。

 何より、本日の目的である魔猪を見つけた時に動きやすいはずだ。
 そう思ってナグワ隊長と共に、彼の愛馬へ向かおうとすれば、ガシッと手首を掴まれた。

 その正体を見ると、ムッとした顔のアンドレだ。
 眉根を寄せる彼は、コーヒーゼリーの件を引きずっているのだろう。そう感じるくらい、相変わらず不機嫌な顔をしている。

 もう二度と彼のために余計なことはしない。
 アンドレにそう誓った以上、むし返す気はさらさらない。
 わたしとしては彼の話を聞きたくないが、一応、用件だけ訊ねてみた。

「どうしたの?」

「僕はジュディと仕事の話をしたいので、僕の馬に乗るといいですよ」

「どうせ話なんてないでしょう。あったとしても、戻ってきてからゆっくり話した方がいいんじゃないかしら」

「どちらにしても、ジュディが隊長の馬に乗るのは許可できません」

「どうしてよ?」
「ジュディは僕と同じく、ただの同行者でしょう」

「そうだけど、ナグワ隊長が一緒に乗ろうって勧めてくれているのよ。いいじゃない」

「隊の指揮をするナグワ隊長が、ジュディを乗せていては、何かあってもすぐに動けないでしょう。僕と一緒に行きますよ」

「ですって」と、ナグワ隊長を見つめる。

「まあ、確かにそうだな。ジュディさんはアンドレ殿と一緒に来てください」
 顎を触りながら言った。

 だとしても、わだかまりの残る彼とは、とてもじゃないが一緒に乗る気になれない。
「それなら一人でいいわよ。アンドレとは一緒に乗らないから」
 
「馬が魔猪に驚いて暴走すれば、土地勘のないジュディは道に迷ってしまいますよ。僕と一緒に行きましょう」

「嫌よ、それなら他の兵士と一緒に行くから」
「彼らの仕事の邪魔になるでしょう。さあ行きますよ」

 と、半ば強引に誘うアンドレと同乗することになった。

 アンドレは、わたしのゼリーは絶対に要らないと拒絶したくせに、わたしが他の兵士の馬に乗ると言えば、駄目だと譲らなかった。

 彼の謎な行動……。
 ――これって、じらしというものなのか?

 わたしの気を引こうとして、わざと冷たくしたり、そっけなくしたりしているのだろうか。わたしのことが好きなのか?
 いいや、アンドレに限ってないな。間違いない。

 何かと壁を作るアンドレの考えていることは、正直よくわからない。

 だけど親から「捨てられた」と話していたから、何か、嫌な思い出でもあるんだろう。
 そう考えて、手作りゼリーを拒絶されたことは、水に流しておいた。

 ――その方が気まずくないからと割り切って。

 正直に言うと、朝食での出来事を一度考えだせば、立ち直れない。
 今はそれに向き合える気がしないため、考えるのをやめた。

 馬に揺られてしばし経過すると、畑が見えてきたため、アンドレに話しかけた。

「魔猪は昼間に活動するし。母親がいなくなった直後に、大きな動きはしてないでしょうね。結界の一番近くの畑にいるんじゃないかしら」

「そうですね。出国用ゲートの一番近くの畑は、もう少しで見えてきますよ」
 ならばと、目を閉じる。

 視界から入る雑念を消せば、小さな魔力の塊が二つ並んでいるのを感じた。
 人の物とは違う魔力に、魔猪だと確信する。

 魔猪の子どもといっても、魔力量から推測すると、すでに野生の猪くらいの大きさがありそうだ。

 成体になれば、その何倍も体は大きくなり、逃げ回る彼らの足はすこぶる速い。

「やっぱり二頭の魔猪がいたわね。アンドレも感じる?」

「前方にいる兵士たちの魔力に阻まれて、はっきりとは感じないかな」

「右前方七百メートルの距離にいるわよ。想像よりも成体に近いから、ラッキーね」

「ラッキーですか⁉ 逃げ足が速くて面倒だと思いますが」

「だって、大きい方がいっぱい食べられるじゃない。畑の持ち主も、農作物を荒らされて困っているはずだしね。あの大きさなら、一頭渡せば納得してくれるでしょう」

「魔猪を民間人に渡すつもりだったんですか……。それは、また面倒なことを思いつきましたね――」

「アンドレが何と言おうと、絶対に渡してあげるわよ」
「それを決めるのは、ナグワ隊長であってジュディではありません」

「渡してあげないと、わたしの気が済まないわ。魔猪が身を潜めている場所の見当はついていたのに。昨日の夜は自分かわいさに、すぐに動かなかったんだから。悪いでしょう」

「それをジュディが気にする必要はないでしょう」

「いいの。これでもカステン辺境伯軍の一人だもの、気にするわよ」

「そうですか……。ジュディは不思議な人ですね。あなたとは、別の形で出会いたかったです」

「え? どういう意味⁉︎」
 しみじみと告げられたアンドレの言葉。その意味が分からず、彼の顔を見ようと後ろを振り返る。

 すると、話題を魔猪に戻された。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

「君を愛することはない」と言われたので、私も愛しません。次いきます。 〜婚約破棄はご褒美です!

放浪人
恋愛
【「愛さない」と言ったのはあなたです。私はもっとハイスペックな次(夫)と幸せになりますので、どうぞお構いなく!】 侯爵令嬢リディアは、建国記念舞踏会の最中に、婚約者である王太子レオンハルトから婚約破棄を宣言される。 「君を愛することはない!」という王太子の言葉は、国中に響く『公的拒絶誓約』となってしまった。 しかし、リディアは泣かなかった。 「承知しました。私も愛しません。次いきます」 彼女は即座に撤退し、その場で慰謝料請求と名誉回復の手続きを開始する。その潔さと有能さに目をつけたのは、国の行政を牛耳る『氷の宰相』アシュ・ヴァレンシュタインだった。 「私の政治的盾になれ。条件は『恋愛感情の禁止』と『嘘がつけない契約』だ」 利害の一致した二人は、愛のない契約結婚を結ぶ。 はずだったのだが――『嘘がつけない契約』のせいで、冷徹なはずの宰相の本音が暴走! 「君を失うのは非合理だ(=大好きだ)」「君は私の光だ(=愛してる)」 隠せない溺愛と、最強の夫婦による論理的で容赦のない『ざまぁ』。 一方、リディアを捨てた王太子は「愛さない誓約」の呪いに苦しみ、自滅していく。 これは、悪役令嬢と呼ばれた女が、嘘のない真実の愛を手に入れ、国中を巻き込んで幸せになるまでの物語。

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

処理中です...