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第2章 あなたは暗殺者⁉

悪事の偽装①(フィリベール)

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SIDE フィリベール

 わずか三日前。リナを抱き抱え、聖水で身を清めたが、今ではその水に指一本さえ、つける気になれない。
 かつて、光がキラキラと水面に反射し、眩かった聖なる泉は、すっかり見る影もない。

 ここが王宮の敷地の中で一番奥に位置しているのが、不幸中の幸いなのか、瘴気だまりの騒ぎは、王宮内に広がっていないようだ。

 そんな瘴気だまりから生まれてくる魔物は、昨日までは魔虫が大半だったが、少し前からは魔犬の数が増えてきているように思う。

 こうなれば、魔狼などの少し大きな魔物がいつ生まれてきてもおかしくはない。時間の問題だ。

 今朝、中央教会に配備していた騎士たちが、泉へ戻ってきた。おかげで日中、少し眠ることができた。

 まあ、それも陛下が判断したのだろう。
 夜間の魔虫対策のために、昼間のうちに寝ておき、私が下級兵のように夜警をすればいいと……。

 ――間もなく日が沈む。そうなれば、目視頼りの騎士では魔虫を見逃すのは、間違いないと納得する。

 ――ルダイラ王国の各地の状況は深刻だ。結界が不安定なせいで、魔物の侵入が後を絶たない。

 各領主からひっきりなしに届く手紙によって、陛下は王宮騎士団の援軍配置に追われているようだ。

 この国の存続に関わる大事な話の全てを、真横にいる騎士二人の雑談で知った。

 陛下と王妃に面会を求めたが、かなわなかった。私がジュディットを逃したことに、あの二人は立腹なのだろう。

 中央教会の祈祷室に閉じ込めたリナに関しては、逃亡の余地はないと、陛下が判断したらしい。

 あの部屋にいる限り魔力が吸収され、攻撃魔法も今のところ発動できないようだ。

 とりあえずリナは、祈祷室で大人しくしているみたいだし、それでいい。これ以上の面倒事は勘弁してくれ。

 リナのことは当面考えたくないため、正直いって、いつまでも閉じ込めておいてくれと願う。

 あわよくば、そんなリナが懐妊していないかと期待する。そうすれば、その子どもをジュディットが産んだ子として、世間に知らせることもできるだろう。

 リナと済ませた禊の儀――……。後から調べれば、闇魔法を正妻のみに託すものであり、そもそもその気がなければしなくてもいい儀式だった。
 王族が妃へ、純愛を示すものらしい。

 おそらく聖女のジュディットから話を聞いていたのだろう。
 だが、彼女と結婚式に関する話を避けていたせいで、その手の話は聞き流していた。悔しいことに全く知らなかった。こんなことならリナと儀式を執り行わなかったのに――……。もはや絶望しかない。

 こうなっては、リナと私を結びつけたことが最大の問題であり、これをなんとかしたいところ。

 当初の予定通り、ジュディットを正妻に据える方法はないかと、あらゆる方法で模索している。それくらい私の置かれた状況は深刻だ。

 日頃、この王宮に出入りしない王宮騎士団長である王弟を、陛下が離宮から呼び出すほど、状況はひっ迫しているみたいだ。

 陛下は何も教えてくれないため、私には正しい情報が入ってこない。これも、横にいる騎士たちの話から聞きかじっただけ。

 だがしかし、ジュディットがいなくなっただけで異常事態が起きている現状は疑いようもない。事態を招いたのは、間違いなく私……。
 到底受け入れられない現実に、両目を手のひらで覆い隠す。

 何より……、大司教から助言を受けた「リナの顔を見れば幻滅する」という話が、私の心に相当応えたようだ。それでも彼女を妃にするしか道もない。

 心が晴れない今となっては、もう、何が最善の策か分からなくなってきた。

 今なら。お茶一つで喜ぶジュディットであれば、王宮の騎士と懇ろの関係になっていた件は目を瞑り、可愛がってやれる気はする。

 あいつが謝罪してきたら、私だって寛容になり、浮気を許す振りくらいはできる。

「王太子殿下あぁ~、見つかりました!」

 私に向かって、ドゥメリー公爵が走り寄ってくる。それに気づいたのは、私だけではない。横にいる騎士二人も一斉にその声の主を見た。

 冷静に判断した私は、作り笑いを浮かべ「愛しのジュディットが見つかったかもしれない」と、その二人へ告げ泉の淵から離れた。

 ある意味、隠れるのが一番不審に思われるだろう。周囲から疑念を持たれないよう、堂々と公爵の前に立つ。

「ジュディットが見つかりました」
 息を切らすドゥメリー公爵は、少し髭が伸び、髪は雲のようにぼさぼさだ。
 たった一日半で、威厳ある公爵の面影は消えている。いいぞ。私の指示通り、ジュディットを血眼になって探していたのだろう。

 その姿を見て、うむっと満足した笑みが漏れる。
 ジュディットを迎えに行くならば、父親は薄汚れた雰囲気の方が、都合がよい。しめたものだ。

「この先の会話は、声を抑えろ」
「御意に」
「ジュディットは、どこにいた?」

「カステン辺境伯軍の寄宿舎におりました」

「売春宿ではなかったのか……。それはいいが、貴族はまずいな……。私の顔も、公爵の顔も知っているだろう。そこで間違いないのか?」

「はい。そこから出てきて、親密気な男二人と淫らな寝衣を選んでおりましたから。途中で一人はいなくなりましたが、もう一人と再び寄宿舎へ戻っていく姿を確認いたしましたので、滞在先はそこで間違いございません」

 チッと、思わず舌打ちする。
「あの女、すでに男と……」

 自分がつけた避妊の魔法契約があるとはいえ、誰彼構わず男と不純な関係を持つジュディットを、汚らわしく思う。
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