記憶と魔力を婚約者に奪われた「ないない尽くしの聖女」は、ワケあり王子様のお気に入り~王族とは知らずにそばにいた彼から なぜか溺愛されています
瑞貴◆後悔してる/手違いの妻2巻発売!
文字の大きさ
大中小
65 / 112
第2章 あなたは暗殺者⁉
離したくないあなたは……僕の暗殺者⑧
しおりを挟む
小一時間ばかり空けた寄宿舎へ戻ったわたしは、昼食の支度をしようと、厨房の扉を開ける。
そうすると、作業台をテーブル代わりにして一人でお茶を楽しんでいるエレーナと目が合った。
「あれ? 随分と早く帰ってきたんだね。第一部隊の隊長さんからちゃんと報酬はもらったのかい?」
「それが……、パジャマを選んでいる途中でいなくなってしまって。結局、アンドレに買ってもらったんです」
「ふふっ、パジャマね……。アンドレさんがジュディちゃんに買ってあげたかったんでしょう」
にこっと、エレーナが笑う。
「違いますよ。安月給でカツカツのアンドレが、致し方なく買ってくれたんです。それはもう、憐れむような目をされたんですから! 酷いと思いませんか!」
「そんなことはないと思うけどね。最近のアンドレさんは楽しそうだもの。ジュディちゃんのことが好きなんでしょう」
「いいえ。アンドレはわたしのことが嫌いなんです。彼は優しいから拾ったよしみで気にしてくれているだけですし」
彼の気持ちはちゃんと分かっている。
彼はわたしのことが、とにかく嫌いだ。そうでなければ、コーヒーゼリーを断るのに、あんなに冷めた顔をするわけがない。
……彼にとってはたかがゼリーでも、丁寧に作ったからショックだった。
それに、わたしが栞を消失させたときも、体がすくむ位、怖い顔で睨まれた。
まあね、あれに関してはわたしが悪いけど、何もあんなに怒らなくてもいいのに。
どう考えても彼はわたしに嫌悪感を抱いているし、わたしだって、アンドレを好きにならない。
カステン辺境伯から忠告されているんだし、その意味くらい理解している。
決して恋心ではないが、彼と一緒にいなければいけない運命的なものを感じる。ただそれだけ。それ以上の感情はない。
もし、アンドレの傍にいるのを断念すれば、記憶を一生取り戻せない気がするから。
「アンドレさんは良家のご令息だから、ちょっとお高くとまっているだけよ。絶対ジュディちゃんのことが好きだと思うけどね」
「あれ? どうして、良家のご令息だって思うんですか? カステン辺境伯の遠縁ですよね」
「だって、洗濯する時に彼が使う水魔法も風魔法も綺麗だからね」
「魔法が綺麗……?」
何度か彼の魔法を見たが、そんな風に感じなかったため、パッとしない返答をする。
「これまでの人生で、いろんな人の生活魔法を見てきたけど、アンドレさんのような完璧な魔法を発動させる人はいなかったもの。彼は血筋がいいんでしょう」
「それならどうして、ここで隠れるように暮らしているのか分かりませんよ」
「アンドレさんは忌み子だからでしょう。あっ、これはここだけの話よ」
口を滑らせたと思ったエレーナが、立てた人差し指を自分の口元に当てる。
「忌み子?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「二人同時に子どもが生まれることがあるのよ」
「エエッ! 同時に二人もですか⁉」
「そうよ。ほらあるでしょ、神話の双子。天使と悪魔の話が。全く同じ顔の人物が並ぶと、片割れは不吉を招くからって、昔からこの国では生まれた時にどちらかをね……引き離すのよ」
「引き離す、ですか……」
「まあ大抵は産婆さんが何も言わずにどちらかを死産したことにするから、世間では、そんな兄弟姉妹を見る機会はないけどね」
とても言いにくそうに、それでいてどこか寂し気に語った。
「随分と詳しいんですね」
「私の産んだ子がそうだったからね。産声は二人分あった気もするけど、その後すぐに、一人は死産だって聞かされたのよ。義母からは、『二人揃っていると村から追い出されるから、死産で良かったね』って、言われたんだから。頭にくるでしょう。悪魔の化身なんてのは、どうせただの迷信に過ぎないのにね」
「今、お子さんはおいくつなんですか?」
「——ジュディちゃんと同じくらいかなぁ。魔力なしの私に嫌気がさした義母と元亭主から家を追い出されて、もう十五年以上会ってないし」
「そうだったんですか。聞いてしまってごめんなさい」
詳しいと口走ったばかりに、言いたくない話を喋らせた気がする。
「あ~、気にしないで。だからかなぁ、ジュディちゃんと一緒にいると嬉しくてね」
「そう言ってくれるのは、エレーナさんしかいませんから、わたしも嬉しいですよ」
にぃっと笑ったエレーナへ応えるように、笑顔を返す。
「きっとアンドレさんのことを、産婆さんが手をかけられなかったんでしょう。まあ私も、自分が体験しなきゃ知らなかったけどね」
「なんだか……聞いてはまずい話な気がするので、胸の中にしまっておきます」
カステン辺境伯が、アンドレの身分証は、ここにはないと言っていた意味。それは、彼の弟か兄かは知らないけど、その人物の身分証という意味なんだろうか?
いや、仮にそうだとしても、やはりアンドレのものではないだろうに。
――ん? っていうか、なんてことはない。
どこかの家の養子にでも入れば、アンドレとご令嬢の結婚も、あながち現実味のある話なのかもしれない。そう思えてならない。
ええっ、そもそもカステン辺境伯の籍に、アンドレが入ればいいだけじゃない!
どうしてだ? なんだって、それをしないのか分からない。
あれれ……。
もしかして、そうしようとしていた矢先。わたしが妻を招くための邸宅に転がり込んで、彼の邪魔しているのだろうか⁉
エエエー、どうしよう。そんな香りがぷんぷんする。
アンドレといい、カステン辺境伯といい、わたしをあの事務所から追い出すのに必死なんだもの。
そうだと分かれば、うかうかしていられない。どうやら真剣にアパートを探す必要がありそうだ。
◇◇◇
そうすると、作業台をテーブル代わりにして一人でお茶を楽しんでいるエレーナと目が合った。
「あれ? 随分と早く帰ってきたんだね。第一部隊の隊長さんからちゃんと報酬はもらったのかい?」
「それが……、パジャマを選んでいる途中でいなくなってしまって。結局、アンドレに買ってもらったんです」
「ふふっ、パジャマね……。アンドレさんがジュディちゃんに買ってあげたかったんでしょう」
にこっと、エレーナが笑う。
「違いますよ。安月給でカツカツのアンドレが、致し方なく買ってくれたんです。それはもう、憐れむような目をされたんですから! 酷いと思いませんか!」
「そんなことはないと思うけどね。最近のアンドレさんは楽しそうだもの。ジュディちゃんのことが好きなんでしょう」
「いいえ。アンドレはわたしのことが嫌いなんです。彼は優しいから拾ったよしみで気にしてくれているだけですし」
彼の気持ちはちゃんと分かっている。
彼はわたしのことが、とにかく嫌いだ。そうでなければ、コーヒーゼリーを断るのに、あんなに冷めた顔をするわけがない。
……彼にとってはたかがゼリーでも、丁寧に作ったからショックだった。
それに、わたしが栞を消失させたときも、体がすくむ位、怖い顔で睨まれた。
まあね、あれに関してはわたしが悪いけど、何もあんなに怒らなくてもいいのに。
どう考えても彼はわたしに嫌悪感を抱いているし、わたしだって、アンドレを好きにならない。
カステン辺境伯から忠告されているんだし、その意味くらい理解している。
決して恋心ではないが、彼と一緒にいなければいけない運命的なものを感じる。ただそれだけ。それ以上の感情はない。
もし、アンドレの傍にいるのを断念すれば、記憶を一生取り戻せない気がするから。
「アンドレさんは良家のご令息だから、ちょっとお高くとまっているだけよ。絶対ジュディちゃんのことが好きだと思うけどね」
「あれ? どうして、良家のご令息だって思うんですか? カステン辺境伯の遠縁ですよね」
「だって、洗濯する時に彼が使う水魔法も風魔法も綺麗だからね」
「魔法が綺麗……?」
何度か彼の魔法を見たが、そんな風に感じなかったため、パッとしない返答をする。
「これまでの人生で、いろんな人の生活魔法を見てきたけど、アンドレさんのような完璧な魔法を発動させる人はいなかったもの。彼は血筋がいいんでしょう」
「それならどうして、ここで隠れるように暮らしているのか分かりませんよ」
「アンドレさんは忌み子だからでしょう。あっ、これはここだけの話よ」
口を滑らせたと思ったエレーナが、立てた人差し指を自分の口元に当てる。
「忌み子?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「二人同時に子どもが生まれることがあるのよ」
「エエッ! 同時に二人もですか⁉」
「そうよ。ほらあるでしょ、神話の双子。天使と悪魔の話が。全く同じ顔の人物が並ぶと、片割れは不吉を招くからって、昔からこの国では生まれた時にどちらかをね……引き離すのよ」
「引き離す、ですか……」
「まあ大抵は産婆さんが何も言わずにどちらかを死産したことにするから、世間では、そんな兄弟姉妹を見る機会はないけどね」
とても言いにくそうに、それでいてどこか寂し気に語った。
「随分と詳しいんですね」
「私の産んだ子がそうだったからね。産声は二人分あった気もするけど、その後すぐに、一人は死産だって聞かされたのよ。義母からは、『二人揃っていると村から追い出されるから、死産で良かったね』って、言われたんだから。頭にくるでしょう。悪魔の化身なんてのは、どうせただの迷信に過ぎないのにね」
「今、お子さんはおいくつなんですか?」
「——ジュディちゃんと同じくらいかなぁ。魔力なしの私に嫌気がさした義母と元亭主から家を追い出されて、もう十五年以上会ってないし」
「そうだったんですか。聞いてしまってごめんなさい」
詳しいと口走ったばかりに、言いたくない話を喋らせた気がする。
「あ~、気にしないで。だからかなぁ、ジュディちゃんと一緒にいると嬉しくてね」
「そう言ってくれるのは、エレーナさんしかいませんから、わたしも嬉しいですよ」
にぃっと笑ったエレーナへ応えるように、笑顔を返す。
「きっとアンドレさんのことを、産婆さんが手をかけられなかったんでしょう。まあ私も、自分が体験しなきゃ知らなかったけどね」
「なんだか……聞いてはまずい話な気がするので、胸の中にしまっておきます」
カステン辺境伯が、アンドレの身分証は、ここにはないと言っていた意味。それは、彼の弟か兄かは知らないけど、その人物の身分証という意味なんだろうか?
いや、仮にそうだとしても、やはりアンドレのものではないだろうに。
――ん? っていうか、なんてことはない。
どこかの家の養子にでも入れば、アンドレとご令嬢の結婚も、あながち現実味のある話なのかもしれない。そう思えてならない。
ええっ、そもそもカステン辺境伯の籍に、アンドレが入ればいいだけじゃない!
どうしてだ? なんだって、それをしないのか分からない。
あれれ……。
もしかして、そうしようとしていた矢先。わたしが妻を招くための邸宅に転がり込んで、彼の邪魔しているのだろうか⁉
エエエー、どうしよう。そんな香りがぷんぷんする。
アンドレといい、カステン辺境伯といい、わたしをあの事務所から追い出すのに必死なんだもの。
そうだと分かれば、うかうかしていられない。どうやら真剣にアパートを探す必要がありそうだ。
◇◇◇
3
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
「君を愛することはない」と言われたので、私も愛しません。次いきます。 〜婚約破棄はご褒美です!
放浪人
恋愛
【「愛さない」と言ったのはあなたです。私はもっとハイスペックな次(夫)と幸せになりますので、どうぞお構いなく!】
侯爵令嬢リディアは、建国記念舞踏会の最中に、婚約者である王太子レオンハルトから婚約破棄を宣言される。 「君を愛することはない!」という王太子の言葉は、国中に響く『公的拒絶誓約』となってしまった。
しかし、リディアは泣かなかった。 「承知しました。私も愛しません。次いきます」 彼女は即座に撤退し、その場で慰謝料請求と名誉回復の手続きを開始する。その潔さと有能さに目をつけたのは、国の行政を牛耳る『氷の宰相』アシュ・ヴァレンシュタインだった。
「私の政治的盾になれ。条件は『恋愛感情の禁止』と『嘘がつけない契約』だ」
利害の一致した二人は、愛のない契約結婚を結ぶ。 はずだったのだが――『嘘がつけない契約』のせいで、冷徹なはずの宰相の本音が暴走! 「君を失うのは非合理だ(=大好きだ)」「君は私の光だ(=愛してる)」 隠せない溺愛と、最強の夫婦による論理的で容赦のない『ざまぁ』。
一方、リディアを捨てた王太子は「愛さない誓約」の呪いに苦しみ、自滅していく。 これは、悪役令嬢と呼ばれた女が、嘘のない真実の愛を手に入れ、国中を巻き込んで幸せになるまでの物語。
ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています
木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。
少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが……
陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。
どちらからお読み頂いても話は通じます。
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
一年だけの夫婦でも私は幸せでした。
クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。
フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。
フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。
更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる