46 / 88
第4章 離れたふたり
4-1 さようなら、あなたが好きでした
しおりを挟む
もう少しで午前も終わる。そんな時刻に起きたアクシデント。
その日の訓練は、ルイーズが運ばれた時点で終了となった。
ぼう然自失のエドワード。動きたいのに、体がぴくりとも動かない。そのまま訓練場に立ち尽くしていた。
……もしかして、対面する彼女は既に……。悪い想像が、彼の頭の中を埋め尽くす。
しばらくして、エドワードは拳を握りしめ、決意を固める。
ルイーズを確かめるために、救護室へ向かう。だが、足取りは重い。
彼が着いたとき、救護室には治療希望者は誰もいないように見える。
エドワードが視界に捉えた、フードを目深にかぶる人物へ問い掛ける。
むしろ、そちらの人物の方が、久々に見るエドワードの顔色の悪さにギョッとして、何かを言いたげだ。
「……ルイーズは?」
「? ああ、先ほどの騎士の候補生か。深い傷だったが、ヒールで塞がり、少し前に元気に帰っていった。あの調子なら、あしたも訓練に参加できるだろう」
「そ、そうか……。申し訳なかった。俺がそばにいたのに煩わせてしまったな」
エドワードは、はぁぁ~っと、安堵のため息を漏らす。今度は、一気に解けた緊張から動けない。
気持ちの整理が追い付かないエドワードは、しばらくその場でしゃがみこむ。
彼は、ルイーズが無事と聞いても、表情はまだ冴えないまま。
彼女を危険に晒した原因は自分であり、自責の念にかられる。
(ルイーズが、救護室まで持たなかったのではないかと思い、生きた心地がしなかった。本当に、彼女が無事で良かった……。会えるのは……あしたか)
彼は、顔を隠さず、自身の部屋から救護室に入り込んだ。
彼の顔を知らない救護室の受付係が入ってきたら、大騒動になるのも忘れ、ルイーズのことを考えていた。
****
一方、屋敷に帰ったルイーズは不思議な感覚に襲われていた。
屋敷に着くまでは、いくら傷が塞がったとはいえ、怖くて動かせなかった右手。
自分の部屋に着いてから、ゆっくり確認してから動かそうと思っていたのだ。
手や腕に付いていた血は洗い流されていた。けれど、騎士服に付いたのはそのまま。服が冷たい。
そのせいだろうか、ルイーズの右手の指先は冷え切っており、感覚がおかしい。治療後からずっと変だった。
着ている服を脱ぐために、ボタンを外そうとする。
だが、右肘は動かせても、右手の指先は、だらりと床に下がったままで力が入らない。
右手を動かしたくても、うまく動かせなくなっていた。
正確には、今日けがをした手首から指先の感覚を失っている。
「ナニコレ、ボタンが外せない」
利き手である右手が使えない。何が起きたのかと、ルイーズは困惑を隠せない。
それでも、ようやっと、使いにくい左手で汚れた騎士服を脱いだ。
(できることは全部したと、救護室の回復魔法師様から言われたんだから、わたしの右手は、このまま動かないのか。それは、自分の不注意だから仕方ないけど。
あしたから、訓練にはもう行けない。
……それに、これをエドワードが知ったら。
駄目ね。どう考えても、エドワードは嫌な気持ちになる。わたしが悪いんだ。
彼には絶対に知られないようにしないと。
自分の身もわきまえず、彼のそばにいようとして、本当に馬鹿なんだから。
エドワードのことは一刻も早く忘れよう)
暗い表情のルイーズは、自分に必死に言い聞かせた。
ルイーズは、紐の多い服を数着持っているだけ。
さて、どうやって着るかと悩みながら、ゆっくりクローゼットを開く。
するとルイーズの知らない新しい服が、クローゼットの中いっぱいに入っているのが目に飛び込んできた。
エドワードは、騎士服のまま、いつも自分の前にいたのだ。
エドワードがルイーズのために買っていた服を見たことがなかった。
あの日の彼の行動を、ルイーズは初めて理解する。
ふたりで町に行った日。ルイーズは、どの店でも別室で待っていただけ。
こらえきれない感情で、かすかに唇が震える。
あふれんばかりのクローゼットを見たときから、ルイーズの視界は、にじみ始めていた。
しみじみと見ているうちに、もう、涙はこぼれ落ちる限界。
(……エドワードってば、随分とたくさん買っていたのね。
わたしのクローゼットの中に、こんなに洋服があるのは初めてだわ。
ルイーズのままでいることを落ち込んでいたくらいだもの、あのとき、彼がここで生活するつもりは少しもなかったのに。
……どう見たって、全部わたしのためでしょう。
惚れられるのは迷惑だって言っていたのに……。馬鹿なんだから……。
こんな優しくされたら誰だって好きになっちゃうでしょう。
もう、とっくに好きだったのに。
それなのに……もっと、好きになったじゃない。
……もう、どうやってエドワードのことを忘れたらいいのよ……。
わたし、あなたに合わせる顔もないのに……。ちゃんとエドワードにお礼も言えないまま、お別れだ)
「離れたくないくらい好きだったのに。あなたが困るっていうから……、何も言えなかった」
エドワードと入れ替わり中、彼と過ごす時間があまりに自然で癒やされる。一緒にいると楽しくてたまらない。もう離れたくなかった。
自分の体に戻れば、彼との関係は終わり。それは分かっていた。
今はまだ、エドワードを忘れられそうにないルイーズは、長い時間がたてば、いつか月日が忘れさせてくれる。
そう信じるしかなかった。
これまで、自分の右手が動かないと分かっても、ルイーズの涙は出てこなかった。
それなのに、エドワードを想い、彼女は開けっ放しのクローゼットの前でしゃがみ込み、顔を抑えて泣き続けている……。
「……さようなら。あなたが好きでした」
その日の訓練は、ルイーズが運ばれた時点で終了となった。
ぼう然自失のエドワード。動きたいのに、体がぴくりとも動かない。そのまま訓練場に立ち尽くしていた。
……もしかして、対面する彼女は既に……。悪い想像が、彼の頭の中を埋め尽くす。
しばらくして、エドワードは拳を握りしめ、決意を固める。
ルイーズを確かめるために、救護室へ向かう。だが、足取りは重い。
彼が着いたとき、救護室には治療希望者は誰もいないように見える。
エドワードが視界に捉えた、フードを目深にかぶる人物へ問い掛ける。
むしろ、そちらの人物の方が、久々に見るエドワードの顔色の悪さにギョッとして、何かを言いたげだ。
「……ルイーズは?」
「? ああ、先ほどの騎士の候補生か。深い傷だったが、ヒールで塞がり、少し前に元気に帰っていった。あの調子なら、あしたも訓練に参加できるだろう」
「そ、そうか……。申し訳なかった。俺がそばにいたのに煩わせてしまったな」
エドワードは、はぁぁ~っと、安堵のため息を漏らす。今度は、一気に解けた緊張から動けない。
気持ちの整理が追い付かないエドワードは、しばらくその場でしゃがみこむ。
彼は、ルイーズが無事と聞いても、表情はまだ冴えないまま。
彼女を危険に晒した原因は自分であり、自責の念にかられる。
(ルイーズが、救護室まで持たなかったのではないかと思い、生きた心地がしなかった。本当に、彼女が無事で良かった……。会えるのは……あしたか)
彼は、顔を隠さず、自身の部屋から救護室に入り込んだ。
彼の顔を知らない救護室の受付係が入ってきたら、大騒動になるのも忘れ、ルイーズのことを考えていた。
****
一方、屋敷に帰ったルイーズは不思議な感覚に襲われていた。
屋敷に着くまでは、いくら傷が塞がったとはいえ、怖くて動かせなかった右手。
自分の部屋に着いてから、ゆっくり確認してから動かそうと思っていたのだ。
手や腕に付いていた血は洗い流されていた。けれど、騎士服に付いたのはそのまま。服が冷たい。
そのせいだろうか、ルイーズの右手の指先は冷え切っており、感覚がおかしい。治療後からずっと変だった。
着ている服を脱ぐために、ボタンを外そうとする。
だが、右肘は動かせても、右手の指先は、だらりと床に下がったままで力が入らない。
右手を動かしたくても、うまく動かせなくなっていた。
正確には、今日けがをした手首から指先の感覚を失っている。
「ナニコレ、ボタンが外せない」
利き手である右手が使えない。何が起きたのかと、ルイーズは困惑を隠せない。
それでも、ようやっと、使いにくい左手で汚れた騎士服を脱いだ。
(できることは全部したと、救護室の回復魔法師様から言われたんだから、わたしの右手は、このまま動かないのか。それは、自分の不注意だから仕方ないけど。
あしたから、訓練にはもう行けない。
……それに、これをエドワードが知ったら。
駄目ね。どう考えても、エドワードは嫌な気持ちになる。わたしが悪いんだ。
彼には絶対に知られないようにしないと。
自分の身もわきまえず、彼のそばにいようとして、本当に馬鹿なんだから。
エドワードのことは一刻も早く忘れよう)
暗い表情のルイーズは、自分に必死に言い聞かせた。
ルイーズは、紐の多い服を数着持っているだけ。
さて、どうやって着るかと悩みながら、ゆっくりクローゼットを開く。
するとルイーズの知らない新しい服が、クローゼットの中いっぱいに入っているのが目に飛び込んできた。
エドワードは、騎士服のまま、いつも自分の前にいたのだ。
エドワードがルイーズのために買っていた服を見たことがなかった。
あの日の彼の行動を、ルイーズは初めて理解する。
ふたりで町に行った日。ルイーズは、どの店でも別室で待っていただけ。
こらえきれない感情で、かすかに唇が震える。
あふれんばかりのクローゼットを見たときから、ルイーズの視界は、にじみ始めていた。
しみじみと見ているうちに、もう、涙はこぼれ落ちる限界。
(……エドワードってば、随分とたくさん買っていたのね。
わたしのクローゼットの中に、こんなに洋服があるのは初めてだわ。
ルイーズのままでいることを落ち込んでいたくらいだもの、あのとき、彼がここで生活するつもりは少しもなかったのに。
……どう見たって、全部わたしのためでしょう。
惚れられるのは迷惑だって言っていたのに……。馬鹿なんだから……。
こんな優しくされたら誰だって好きになっちゃうでしょう。
もう、とっくに好きだったのに。
それなのに……もっと、好きになったじゃない。
……もう、どうやってエドワードのことを忘れたらいいのよ……。
わたし、あなたに合わせる顔もないのに……。ちゃんとエドワードにお礼も言えないまま、お別れだ)
「離れたくないくらい好きだったのに。あなたが困るっていうから……、何も言えなかった」
エドワードと入れ替わり中、彼と過ごす時間があまりに自然で癒やされる。一緒にいると楽しくてたまらない。もう離れたくなかった。
自分の体に戻れば、彼との関係は終わり。それは分かっていた。
今はまだ、エドワードを忘れられそうにないルイーズは、長い時間がたてば、いつか月日が忘れさせてくれる。
そう信じるしかなかった。
これまで、自分の右手が動かないと分かっても、ルイーズの涙は出てこなかった。
それなのに、エドワードを想い、彼女は開けっ放しのクローゼットの前でしゃがみ込み、顔を抑えて泣き続けている……。
「……さようなら。あなたが好きでした」
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる