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第一章「袖振り合う世の縁結び」
1.袖振りあうも……
しおりを挟む「袖振りあうも多生の縁」という、ことわざがある。
スクランブル交差点ですれ違う瞬間に衣服の袖が触れ合うような、ほんのささいな出会いも、前世からの因縁により生じている。
ゆえにどんな出会いも大切にすべきなのである。
そういった意味合いのありがたい戒めで、仏教思想に基づく成句だ。
現代文の授業に耳を傾けながら国語便覧をめくっていたときに、たまたま開いたページにはそんな解説が載っていた。
僕には、このことわざを「袖振りあうも多少の縁」と書くのだと勘違いしていた時期がある。
七十億人以上もの人類がひしめく世界で、袖と袖とがこんにちはするほどの近距離で巡り合うなんて偶然は、宇宙的視座から鑑みればミクロな奇跡で、多少なりとも縁があるものと考えてもおおよそ間違いではないだろう。
しかし、「多生」と「多少」ではまるで正反対ではないか。
片や、前世からつづく関わり。
片や、今生かぎりのわずかな繋がり。
念のため記しておくと僕は熱心な仏教徒ではない。
輪廻転生も因縁生起も釈迦の説法もピンとは来ないまま、除夜には寺へ、正月には神社へ、クリスマスにはローストチキンを食べている。
混沌とした宗教観を内包しながら暦を刻む、二十一世紀の日本で生きていながら、僕は真面目に、人と人との出会いについて考えている。
立ち止まった雑踏で、ふと哲学的な問いを反芻するようになったのは、この街であの人と出会ってからのことだ。
あの人と僕との間に結ばれたこの淡い繋がりは、確証のない「多生の縁」とやらに引き寄せられたものか。
それとも、袖を振り合ううちにほどけてしまうほどの「多少の縁」に過ぎないのか。
考えるだに詮無いことに想いを馳せてしまうのは、知ってしまったからだろう。
世界に潜む、この世ならざるものの存在を。
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