3 / 45
第一章「袖振り合う世の縁結び」
3.神様に良縁を祈願してみよう!
しおりを挟む週末。予定どおり、夕刻から太洲神社に訪れていた。
すっかり西日が沈むころにもなると、祭りの宵もしだいに終わりに近づいて、真夏の夜のけだるい熱気に、高揚と寂寥感が混じって名残惜しい心地がする。
太洲夏祭りの行事も手筒花火の打ち上げを残すのみとなっており、太洲神社の敷地内は見物客でごった返していた。
芋の子洗いもかくや、隣県のジャンボ海水プールの客入りにも引けをとらないだろう。
出店を冷やかして、ベビーカステラを一袋買ってから、寺の裏手で友人を待つことにした。
スマートフォンで連絡を寄越してから数分、ほどなくして一眼レフを首からさげた友人が現れる。夕方にようやく家を出た出不精の僕とはちがい、彼は昼間から撮影に勤しんでいたようだ。
「完全に出遅れたな。こりゃあ参拝どころじゃねぇなぁ。伏見はもう済ませたか?」
「まさか。ひとりで尻込みしてたところだよ」
手筒花火の打ち上げをおこなう広場にはすでに人だかりができている。
すでに打ち上げ開始時間は間近にせまっていた。
あたりを見渡したところ、本堂の正面階段を上った先の向拝には多少の余裕があるように見受けられる。見物客のうちいくらかは本堂の軒下に溜まっていた。広場からは多少は離れるが、どうやらほかに目ぼしい場所はない。
僕らふたりも彼らにならうことにした。
「やべ、腹の虫が……」
階段を上る途中、友人がうめき声をあげた。
どうして今ごろ……と呆れたくもなるが、間の悪いやつなのだ。おおかた撮影に夢中になって食事を忘れていて、昼も夜も胃にろくなものを入れていないのだろう。
「なにか買ってきなよ。まだすこしは時間あるしさ」
場所とりを請け負うと友人の顔が華やいだ。
「恩に切る!」と仰々しく手を合わせて、小走りで駆け降りていく。
彼に背を向けて、先へ進むことにした。最上段までたどり着き、向拝に上がる。
参拝もせずに場所を間借りするのは居心地が悪かった。人だかりを掻きわけ、本堂の前に立つ。
賽銭箱に五十円を入れて、合掌する。
まぶたを閉じて、願い事を思い浮かべる。
たしか縁結びの効果があるのだったか。
神様を祀る社の前で、恋人が欲しいとか、有名人と知り合いたいとか、私利私欲に走るのもいかがなものだろう。しばらく思案してから、妥協点をみつけた。
殊勝な願いであれば、神様も聞き届けてくれるかもしれない。
心の中で手短に唱えておく。
――あわよくば、この世界にとって良き縁に恵まれますように。
さて。参拝を終えてから見物客にまぎれるようにして、欄干の手前に居場所を確保すると、眼下に広場のようすがうかがえた。
ここからなら手筒花火の打ち上げもほどよく見えそうだ。
友人を待ちあぐねているあいだに、太鼓の演奏が始まった。
演目のうちわけは手筒花火と囃子太鼓の競演である。特設ステージには大小の数々の和太鼓が並び、お囃子隊がバチを振りまわしながら、トンカラリンと小気味のいい音を奏でている。
広場に設置された筒の手前に、花火職人とおぼしき青年たちが待機しているようすから察するに、演奏の途中で打ち上げがはじまるのだろう。
「遅いなあ」と悪態を吐きそうになるのを察知してか、手に持ったスマートフォンがバイブレーションを刻む。連絡が届いていた。
――『からあげ屋、激混み』。
『花火、はじまったよ』とメッセージを送る。既読表示に切り替わるが、返信はない。
薄情なつれは放っておいて、手筒花火の打ち上げにそなえよう。
そう心を決めたはずが、液晶画面から目線を上げたとたんに視界に入ってきた存在に気を削がれる。
意識を奪われた、と表現するほうがより正確だ。
いつの間にか、背の高い男がすぐそばに立っていたのだ。
刺子縞の浴衣に柳のような痩身。提灯の薄明かりに淡く照らされた面立ちは、一目して、美形だとわかった。しかし、どうにも視線を外しがたい独特の雰囲気がある。
宵の暗闇にことさらに際立つ、男の顔は不健康なほど青白い。ただ肌が白いだけではなく、瞳も髪も、全体的な色素が薄いのだ。
幽玄とでも表現すればいいだろうか、鷹揚に構えた物腰からどことなく気品が感じられる。ここが霊験あらたかな社寺だからか、それとも祭りの夜の高揚感がそう感じさせているのか。
まるで鬼にでも行き合ったような心地がした。
なぜ、鬼のようだなどと連想したのか。
――特筆すべきは彼のまなざしの鋭さだ。無骨で冷淡な印象を与える面差しのなかで、青磁色の瞳はひときわ異彩を放っている。嶮しく眇められたまなこは、仇敵を見つけた密林の蛇のように広場をながめていた。
僕はどうしてか、がらにもなく緊張していた。
どっと跳ねる心臓は、地響きのように轟く太鼓の音に誘われてか、それとも。
手筒花火の打ち上げが始まった。
広場に並んだ青年たちが抱えた大筒から勢いよく火の粉が飛び、あたりでは歓声があがる。黒煙を放ちながら燃え盛り、夜空へ向けて噴射する火柱は、まるで天を目指して暴れる飛龍のようだ。
男は両目をかすかに細めるようにして、爆ぜる火花を眺めている。
僕は息をひそめていた。隣に異様な男の気配をひしと感じながら微動だにできず、ただ呆然と花火を見つめる。
「……外れだな」
ぼそりと、つぶやく声を聞いた。
手筒花火はまだ始まったばかりだというのに、男はふらりと背を向けて向拝から去っていく。思わず振りあおげば、あっという間に人波に揉まれて消えた。見失ってしまった。
ふっと肩の力が抜けた。
――何だったのだろう。今の、不可思議な引力は。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる