いわくつきの骨董売ります。※あやかし憑きのため、取り扱いご注意!

穂波晴野

文字の大きさ
9 / 45
第一章「袖振り合う世の縁結び」

9.危ない骨董店は、あやしいお客さまを歓迎中

しおりを挟む
 翌日。午前十時をすぎるころ。

 日曜日の太洲商店街はにわかに活気づいていた。
 開店準備中のアパレルショップ、古着を買い漁る女性たち、コロッケ屋の前の長蛇の列、トルネードアイスとケバブを売る陽気なメキシコ人、レトロゲームショップに集う子どもたち。

 平和でにぎやかな街角には、これから昼下がりにかけてさらに買い物客が集まってくるのだろう。

 白昼の往来を歩きながら、この世の陰惨を固めた煮こごりのような人のところへ向かっている現状に、自分の正気を疑いたくもなってしまう。

 夜更けにたどった道を思い出しながら歩いた先に、九遠堂は待ち受けていた。
 扉は開いている。

「どうもこんにちは。六百万円分の労働を提供しに来ました、伏見です」

 店主は帳場の奥に腰を下ろしていた。
 ――男は名を、椎堂と名乗った。

 服装は落ち着いた色合いのシャツに、丈の長い羽織をあわせている。
 和装姿が妙にしっくりきていたせいか、見慣れない生き物を見たようで目を疑う。現代的な装いに意外性を覚えるのは、この人の厳つく古めかしい言葉づかいのせいだろうか。

 近づくと、彼はかすかに眉をつり上げた。驚いているようだ。

「このお店の時給、いくらですか? 伊奈羽市の最低賃金が九百二十六円だから土日祝と欠かさず六時間働いたとして……日給約五千円を毎年百二十日。十年分くらいか、思ったよりも長いなぁ」
「……物好きだな。まさか本当にやってくるとは、肝が据わっているのか、単に向こう見ずなのか」
「ふっかけてきたのは椎堂さんじゃないですか。いや、店長、とお呼びしましょうか」
「椎堂でいい」

 さて。雇用規約のほかにも聞いておきたいことは山ほどある。なにから尋ねるべきだろうかと考えあぐねていると。

 扉が開いた。入り口に現れた女性には見覚えがあった。

 昨夜、店先ですれ違った相手だ。
 あのときは一瞬目があっただけだが、僕は人の顔を覚えることに関しては自信がある。

 彼女は「……こんにちは」と謙虚に礼をする。そしてヒールの底をカツカツと鳴らして、帳場の前に立った。

「……決めました」
「では答えは?」
「五十万円、用意しました。あれはわたしに売ってください」

 女性客はハンドバッグから茶封筒を取り出して渡す。受け取った店主は封筒の中身を検分して「たしかに」と応じた。

 帳場には平べったい正方形の小箱が置かれた。椎堂さんはひきだしから出したその小さな箱を女性に渡した。

「こちらを。常世に無二の雲外鏡、たしかにお渡しいたしました」

 女性はふわりとほほえむ。
 その横顔がぞっとするほど美しくて。なぜだか悪寒がした。

 商談を終えて女性が退店するまで、僕はその場に硬直して見守ることしかできなかった。五十万円という巨額のやりとりもさることながら、ただならぬ空気がただよっていたのだ。

 やはりこの店はあやしい。昨夜の出来事と照らし合わせても、目前で常識の範疇を飛び超えた出来事が起きているのは明らかだ。

「椎堂さん、改めてお聞きします。ここはどういうお店なんですか。少なくとも、ただの骨董品店ではないでしょう」
「さてな」
「はぐらかさないでくださいよ。昨日の洋燈と同様、あの女性に売り飛ばしたものも妖しげなバケモノが取り憑いてるんじゃないですか?」
「鋭いじゃないか。バケモノ、か。俺はあのような異形の徒をまとめて、〈怪奇なるもの〉と呼んでいる。神霊や精霊、妖怪、悪魔とも解釈される、常世の住人たち――それらは我々の生きる世界に遍在している」

「まさか曰くつきの骨董品って……」
「そうだ、この店に置かれている曰くつきはそういうモノどもを封じた品だな。つまり、異形の力を借りてでも叶えたい願いを持つ人間に、まさしく力を貸し与えてやってると言えるか」

 金一封は仲介料、ということか。
 怪奇を封じた骨董を商う店、九遠堂。その店主である、椎堂さん。

「……どうかしてる」
「人は弱い。自己研鑽では埋まらない対象に焦がれたときに、神仏に祈る者もいれば、悪魔の手を借りることを選ぶ者もいるだろう。だからこそ俺のような人でなしにも仲介料が懐に入るわけだ」
「人でなしって。まさか本物の詐欺師なんですか?」

「確かめてみたらどうだ? 小間使いとして雇う以上、最低限の指示は与えてやるが、尋ねれば何でも懇切丁寧に答えてやるほど生温くはない」

 椎堂さんは不敵に笑ってみせる。
 それこそ映画の中の悪役が大画面で観客に向かってやってみせるように。

 ……ああ、この人は。どうしてこんなにも邪悪な振る舞いが似合うのだろう。

 土蔵で追いつめられて命からがら助かった時も、この男の高慢な態度に気圧されてしまったのだ。けれども泣き寝入りするのはどうしても納得がいかなくて。

 精一杯、背伸びをして食い下がった結果が今日に繋がっている。
 じつは、気がかりがあったのだ。

 九遠堂にはじめて訪れた時――。
 あの女性の様子は尋常ではなかった。思いつめたような表情。覚悟を決めた彼女の恍惚。それをただ傍観しているのはやるせなかった。

 この男が信用ならない以上、僕がとるべき行動は……。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...