いわくつきの骨董売ります。※あやかし憑きのため、取り扱いご注意!

穂波晴野

文字の大きさ
10 / 45
第一章「袖振り合う世の縁結び」

10.愛するひとの浮気を許せますか?

しおりを挟む


「すぐ戻りますから!」
 店を飛び出す。

 走り出した先に女性の後ろ姿を運良く見つけて呼び止める。
 突然、背後から声をかけられたからだろう、女性はいぶかしげに見つめてくる。

「あなたは……先ほどのお店にいた」
 向けられるのは疑惑のまなざしだ。あわてて言い訳をひねり出す。

「アフターサービスです。店主がお客様のことをいたく心配しているようで。高額のお取り引きですし、お客様の状況をヒアリングして、軌道に乗るまで見守ることができればと思いまして」
「そんなサービスがあるんですか?」
「最近はじめたんです!」

 苦しい。苦しいにもほどがある。 
  僕が焦るのを見かねてか、女性はくすりと笑った。

「アルバイトの……学生さんですか?」
「ええ、まあ……」

 我がことながら、信用されてないなあ。

「そっか。……うん。じつは私も、学生時代は接客バイトしてたんです。アフターサービス、お願いしても?」
「はい、もちろん!」

 信じてもらえたようだ。
 思わぬ展開になってしまったが、これもきっとアルバイトの範疇だろう。無理やり自分を納得させて、付近の落ち着ける場所で、詳しい話をうかがえないかと申し出る。

 そして、太洲商店街にある喫茶チェーンに入ることになった。

 ヨネダ珈琲店。
 メニュー表に目を通してソフトクリームが載ったパンケーキに心惹かれつつ、ブレンドコーヒーを注文する。相席の彼女も同じものを頼んだ。

 名前を尋ねると、女性は糸原蓉子と名乗った。
 市内で働くオフィスレディだそうだ。おそらく二十代中盤だろう。

 僕が椎堂さんと出会ってまもない素人である真実は伏せて、改めて九遠堂を尋ねるに至った状況を整理したいと伝えた。

「あの……失礼かもしれませんが、九遠堂であつかっている品がどういうものかは、ご存知ですよね?」
「ええ。もちろん。どんな運命が相手でも、道を開いてくれる不思議な力があるんでしょう? それなら、恵太くんがもう、わたし以外に心を寄せることがないようにってお願いしたんです」

 そして彼女は、事情を語ってくれた。
 蓉子さんには、大学時代から付き合っている恋人がいる。恋人――成澤恵太さんは穏やかで心優しく、絵に描いたような紳士だそうだ。

 仕事熱心なだけではなく、料理も得意でファッションや小物のセンスもいい。
 さらには大手商社の営業マンである彼は、蓉子さんにとってまさに理想の相手だった。

 大学を卒業し就職を経てなお二人の関係は良好だった。蓉
 子さんは恵太さんとの結婚も視野に入れており、同棲に関しても打診を重ねていたらしい。

 しかし、順風満帆かと思えた二人の関係性はある時をさかいに一変した。顔を合わせると喧嘩が絶えない状況が今も続いている。

 蓉子さんは今年の春頃からずっと、恋人の浮気を疑っているという。

「きっかけは、彼の鞄の中に女物のスカーフが入っていたことだったんです。恵太くん、就職してからは仕事に一筋で忙しそうにしてたし、わたしも自分のことで手一杯な時期もあって、おたがいに関与できない人間関係をもつこと自体は、もう仕方ないと思ってます。だから最初は誤解もあるかなって思ってました」
「浮気だってわかるようなことがあったんですか?」
「はい。スカーフについてたずねたら、彼、うろたえてしまって。『飲み会で同僚が落としたものを偶然拾った』って言ってたけど、絶対に嘘……」

 疑惑の種が芽吹いてしまったのだ。

 ほかに好きな女性ができたのでは? 疑念が頭をかけめぐったすえに、蓉子さんは恋人を激しく問い詰めた。

 恵太さんは「浮気なんてありえない」「変わらず愛してる」の一点張り。うすらさむい言い訳としか思えなかった。態度から彼が嘘をついているとわかってしまい、蓉子さんは彼を信じられなくなってしまった。

「もう、こんなのイヤ。……悔しくて、悲しいばっかりで。わたし、恵太くんのこと疑ってばかり……大好きなのに、これからも好きでいたいのに、見過ごすのもできなくて……」

 それでもだましだましに関係を続けていくうちに、蓉子さんは決定的な証拠をつかむに至った。

 恵太さんの住むマンションに忘れ物を取りに戻った際に、恋人の部屋から女性が出て行く瞬間を見てしまったのだ。

「とっても綺麗な人でした。足が長くて、すらりとして、モノトーンのシックなワンピースがよく似合ってたな。そしたらもう、彼のことが信じられなくなってしまって……会うと顔を合わせるのもつらくて」

 いまにも泣き出しそうな顔で、蓉子さんは話す。

「わたし、この近辺に住んでいるんですけど、夏祭りの夜に憔悴したまま商店街を歩いていたら、いつのまにかお店の前にたどり着いていたんですよね。そこで椎堂さんから『彼の心をふたたび縫いとめる方法がある』と提案を受けて。ただ、金額が金額でしたし……迷いました」

 蓉子さんは結局、二度目の来店……つまり今日までのあいだに決意を固めた。
 恋人との復縁のために、椎堂さんとの取り引きを成立させて雲外鏡を手に入れてしまった。五十万円という大金を用意して。

「その雲外鏡……ですけど、見せてもらってもいいですか?」
「どうぞ。けど、鏡の蓋をとらないでくださいね。椎堂さんは恋人にプレゼントするようにと助言してくれました」

 小箱から出てきたのは、漆塗りの丸い手鏡だった。母親がかばんに忍ばせていたファンデーションのコンパクトに近い形をしている。菖蒲の花の蒔絵が描かれたフタを開けると鏡面があらわれるのだろう。

 見かけからはおかしな点は見当たらない。
 手に持ってみたところで、昨夜の洋燈のように、怪奇なるものが姿を見せることもなかった。

「あの……僕が尋ねるのもおかしい……かもしれないんですけど、納得しての……取引ですよね?」
「……もう悩みたくないんです。わがままだってことはよくわかってます。それでも、このまま恵太くんの心をだれか渡すくらいなら、わたしはこの鏡に賭けてみたい」

 蓉子さんは大事そうに鏡を抱えて、寂しげに笑った。
 ……悩ましい。この雲外鏡という品にも、おそらくおそろしいモノが潜んでいる。しかし現状ではその善悪に判断がつけづらい。

「そうですか……。念のため、僕の連絡先を教えておいてもいいですか? 何か変化があったら教えてください」

 九遠堂の客人は、こころよく応じてくれた。
 スマートフォンを取り出して連絡先を交換する。

 蓉子の携帯の待ち受け画面には、恵太さんとおぼしき人物と二人で写った写真が設定されていた。目の前の彼女よりもほんのすこし若く見える女性は、隣の男性と腕を組んで楽しそうに笑っている。

 幸せそうな恋人たち。けれども今は破局の危機を迎えているという。
 二人が再びかつての幸福を取り戻せるのであれば、それは望ましい結末ではないだろうか? その手伝いをしている椎堂さんは、果たして「人でなし」という言葉にふさわしい詐欺師なのか。

 だんだんと、自信がなくなってきた。

「あら、雨……」

 喫茶店から出ると、天気雨が降っていた。

 蓉子さんはハンドバッグから折りたたみ傘を取り出した。ピンクの花柄にレースをあしらったおしゃれな傘だ。
 この季節は日照りがきつい。晴れ渡る青空から降り注ぐ雨はたぐいまれな偶然で、そうそう出会えるものではない。

 蓉子さんも、日焼けを気にして晴雨兼用の日傘を持ち歩く人なのだろうか。

「この傘、可愛いでしょ? こういうのわたしの趣味じゃないんですけど……」

 傘をさす手を見つめていたら、蓉子さんがおもむろに話しはじめた。

「もしかして、スカーフだけじゃなくて」
「ええ。恵太くんの部屋で見つけたんです。言い出せなくてもってきちゃいました」

 彼女は力なく笑う。
 蓉子さんの話を聞きながら、頭には疑問符がもたげていた。
 悩みながらも決断し、その心を打ち明けてくれた客人。そして、そんな彼女の願いを聞き届け、雲外鏡を与えた九遠堂の主人――椎堂さん。両者のあいだで取引は成立している。

 でも、それって〈怪奇なるもの〉を介入させることで、ひとの心をねじ曲げてはいやしないのかな。

 無言でよしとするのはどうにも違和感がある……ような。気持ちがまとまらず、口にはできないまま、僕は雨のそぼ降る商店街で蓉子さんを見送った。



 九遠堂に戻ると、椎堂さんは帳場の奥に座してゆったりと待ち構えていた。
 まるですべてを見透かしたようなまなざしを向けて、僕に尋ねる。

「あの客を追いかけていったのだろう。どうだ、おおよその事情は把握できたか?」
「あの鏡、本物……ですよね」
「確約しよう、当然だとも」
「蓉子さんに危害を加えるものではないと保証できますか?」
「さあな。なに、一週間もすれば答えは出るだろう」

 結局、その日は他に客人は訪れず、何を尋ねても椎堂さんはうろんにはぐらかすばかりで、怪奇なる存在について語ろうとしなかった。

「小間使い」というのは冗談ではなかったようで、僕に任された仕事は、店内清掃と店番程度の雑用のみ。


 九遠堂では週末に一、二日ほどアルバイトをすることで話はまとまった。
 風変わりで偏屈な店主との付き合いは、まだはじまったばかりだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...