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第一章「袖振り合う世の縁結び」
11.あれ? ひょっとして、これってストーキング…?
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平日――。
学校を終えてから、親に頼まれたおつかいの品を探しに伊奈羽駅近隣に訪れていた。市内中央に位置するターミナル駅で、下町風情を感じられる太洲商店街と比べると、ギラギラした都会の活気に溢れている。
買い物にいそしむ主婦たちに囲まれながら、デパートの上階へ。
めざすは大北海道物産展! 今日はこのために授業を受けながらずっとそわそわしていた。母親から軍資金は頂いている。いまが旬のイシガキガイを焼くので買ってきなさいとのお達しである。
チン。とベルが鳴って、エレベーターを降りた先で待ち受ける催事コーナー。
赤暖簾。青暖簾。
催事会場に所狭しとお店を構え、呼び込みに励む威勢のいい鮮魚商のおじさんたち。
海老。蟹。イクラ。ホタルイカ。海鮮弁当!
どれも瑞々しい魅力を放っていて、あらがいがたい。ついつい目移りもしながら、気を引き締める。
買うべきものは決まっているのだ。
つつがなく売れ残りを見つけて、上手く値切ることはできなかったけど、ぶじに家族全員分のイシガキガイをゲットできたので良しとする。
……ふう。大変だった。
高校でも中学時代に通っていた塾でも先生との会話に苦労はなかったし、初対面の大人が相手でもあまり身構えず話せるのは、僕の数少ない特色のひとつだ。
おかげで伏見一家のおつかい要員として重宝されている。といっても、このくらいの社交は特技でもなんでもない。これから九遠堂でアルバイトに励むなら、もっと精進しなければ。
一息ついてから、かえりはエスカレーターで地上まで降りることにした。
と、途中で。見覚えのある後ろ姿が目についた。
「やっぱりいいなあ、ウェディングドレス!」
三階の洋品店が並ぶフロア。女性モノのパーティードレスを扱う瀟洒なアパレルショップの店頭。
蓉子さんが華やかな笑顔でワンピースを翻していた。
隣には精悍な面差しの青年が佇んでいる。淡いグレーの長袖シャツにネクタイを身につけた彼の肩には、買い物袋がかかっていた。整った格好だと、大きな紙袋が不釣り合いにみえる。
「女の子の憧れってやつかな?」
「もっちろん憧れてる! だって、自分のことじゃなくてもわくわくするでしょ? にしても、アリサもついに結婚かぁ。大学同期では一番のりなんだもんなぁ」
会話から察するに、蓉子さんのご友人が結婚するらしい。招待を受けて、披露宴に着ていく礼服を探しているのだろう。蓉子さんはハンガーのかかったレールから、赤や薄桃色のドレスを物色していた。
「恵太くんも、当日は久しぶりにあいさつしてよ?」
名前を呼ばれて青年が破顔する。
やはり、この男性が成澤恵太さんのようだ。今日は恋人同士で仲良くショッピングデートの日。となると、偶然行き会ったお邪魔虫の僕が、うっかりして台無しにする流れは避けたい。しかしながら雲外鏡の効果は気がかりだ。ひとまずふたりの様子を影ながら見守ることにして、群衆に紛れておく。
柱の陰の休憩スペースでスマホをにらみ、休むふりをしながら、会話に耳をそばたてる。
「アリサさんとは卒業以来だし、緊張するな。蓉子はこの前、話したんだって?」
「うん。幸せそうだった。人生のなかで主役でいられる会なんて、そうそうないもの。だからこそ、アリサにとって特別で完璧で、一番幸せな日にしてあげたい。……そういう乙女心よくわかるから」
「容子ならどんなドレスも似合うよ」
さらりと告げる恵太さん。蓉子さん気恥ずかしげに頬を染めてはにかむ。
「そう言ってくれると信じてた」
「うん……君は綺麗だから」
「ありがと。恵太くんは……ああいうの似合うよね?」
蓉子さんはそう言って、柱に貼られたポスターを指さした。
スポーツウェアの広告だ。涼しげな黒いポロシャツを着た男性が爽やかに微笑んでいる。
「ああいうの着て、郊外までドライブ行って、大学でバドミントンしてたときみたいに……またふたりで。最近、ゴルフばっかなんでしょ?」
「はは……ごめん、先週は断りきれなかった」
「私より職場の上司と過ごす休日を大事にしてる、と。……ぷっ、ごめん、ごめん。つい面倒なこと言っちゃってるね。大きい会社って、付き合い大変そうね。今日も早あがりにしてもらうの大変だったんでしょ?」
「いや……職場の飲み会断っただけだからさ」
「めずらしいね。……あ、ひょっとして先週ふたりで会えなかった埋め合わせのため?」
「強制参加の流れではなかったから大丈夫。うちの会社、体質が熱血だろ。男らしく飲めだの食えだの……付き合いきれない時もある」
「恵太くん、ひょっとして最近疲れてる?」
ふいに蓉子さんが不安そうにして、青年の顔を覗き込んだ。
「おっと、かっこ悪いところ見せてごめん。このまえ休み損ねて疲れが溜まってたかな」
恵太さんが冗談めかすように笑う。
蓉子さん安堵するのを見届けると、彼の表情にふっと真剣な色が宿った。
「蓉子はさ、どういうひとをかっこいいと思ってる?」
「いきなになぁに? 言わせる気?」
「改めて聞いておきたくて」
「そうね……一言でいうと、王子様……なのかな。優しくて、それでいて逞しい男のひと」
その言葉を聞き届けてから、恵太さんは蓉子さんの肩をたたく。
それから腕時計を指さして、そっと耳打ちしていた。そのまま彼らは、扉の前に店頭スタッフが控える試着室へと向かっていく。
物陰から見守っていたが、良い雰囲気だ。
ふたりとも和やかで、楽しそうで、傍目からもキラキラしている。
手元にはイシガキガイの入った紙袋。僕もそろそろ帰らなければ。家族が待ってる。
僕にとっての家族は、自宅で待ってる妹と両親だ。正面からは伝えられないけれども、ずっと一緒に過ごしてきた大切な人達ではある。蓉子さんにとってはきっと、僕にとっての家族と同じくらい、恋人が大事なのだろう。
ふたりの幸せのために〈怪奇なるもの〉が力を貸すのなら。
僕が一方的に「悪だ」と決めつけるのは危険かもしれない。
……あれ? 待てよ。ひょっとして。椎堂さんって見かけによらず、ただの――いい人なのだろうか?
学校を終えてから、親に頼まれたおつかいの品を探しに伊奈羽駅近隣に訪れていた。市内中央に位置するターミナル駅で、下町風情を感じられる太洲商店街と比べると、ギラギラした都会の活気に溢れている。
買い物にいそしむ主婦たちに囲まれながら、デパートの上階へ。
めざすは大北海道物産展! 今日はこのために授業を受けながらずっとそわそわしていた。母親から軍資金は頂いている。いまが旬のイシガキガイを焼くので買ってきなさいとのお達しである。
チン。とベルが鳴って、エレベーターを降りた先で待ち受ける催事コーナー。
赤暖簾。青暖簾。
催事会場に所狭しとお店を構え、呼び込みに励む威勢のいい鮮魚商のおじさんたち。
海老。蟹。イクラ。ホタルイカ。海鮮弁当!
どれも瑞々しい魅力を放っていて、あらがいがたい。ついつい目移りもしながら、気を引き締める。
買うべきものは決まっているのだ。
つつがなく売れ残りを見つけて、上手く値切ることはできなかったけど、ぶじに家族全員分のイシガキガイをゲットできたので良しとする。
……ふう。大変だった。
高校でも中学時代に通っていた塾でも先生との会話に苦労はなかったし、初対面の大人が相手でもあまり身構えず話せるのは、僕の数少ない特色のひとつだ。
おかげで伏見一家のおつかい要員として重宝されている。といっても、このくらいの社交は特技でもなんでもない。これから九遠堂でアルバイトに励むなら、もっと精進しなければ。
一息ついてから、かえりはエスカレーターで地上まで降りることにした。
と、途中で。見覚えのある後ろ姿が目についた。
「やっぱりいいなあ、ウェディングドレス!」
三階の洋品店が並ぶフロア。女性モノのパーティードレスを扱う瀟洒なアパレルショップの店頭。
蓉子さんが華やかな笑顔でワンピースを翻していた。
隣には精悍な面差しの青年が佇んでいる。淡いグレーの長袖シャツにネクタイを身につけた彼の肩には、買い物袋がかかっていた。整った格好だと、大きな紙袋が不釣り合いにみえる。
「女の子の憧れってやつかな?」
「もっちろん憧れてる! だって、自分のことじゃなくてもわくわくするでしょ? にしても、アリサもついに結婚かぁ。大学同期では一番のりなんだもんなぁ」
会話から察するに、蓉子さんのご友人が結婚するらしい。招待を受けて、披露宴に着ていく礼服を探しているのだろう。蓉子さんはハンガーのかかったレールから、赤や薄桃色のドレスを物色していた。
「恵太くんも、当日は久しぶりにあいさつしてよ?」
名前を呼ばれて青年が破顔する。
やはり、この男性が成澤恵太さんのようだ。今日は恋人同士で仲良くショッピングデートの日。となると、偶然行き会ったお邪魔虫の僕が、うっかりして台無しにする流れは避けたい。しかしながら雲外鏡の効果は気がかりだ。ひとまずふたりの様子を影ながら見守ることにして、群衆に紛れておく。
柱の陰の休憩スペースでスマホをにらみ、休むふりをしながら、会話に耳をそばたてる。
「アリサさんとは卒業以来だし、緊張するな。蓉子はこの前、話したんだって?」
「うん。幸せそうだった。人生のなかで主役でいられる会なんて、そうそうないもの。だからこそ、アリサにとって特別で完璧で、一番幸せな日にしてあげたい。……そういう乙女心よくわかるから」
「容子ならどんなドレスも似合うよ」
さらりと告げる恵太さん。蓉子さん気恥ずかしげに頬を染めてはにかむ。
「そう言ってくれると信じてた」
「うん……君は綺麗だから」
「ありがと。恵太くんは……ああいうの似合うよね?」
蓉子さんはそう言って、柱に貼られたポスターを指さした。
スポーツウェアの広告だ。涼しげな黒いポロシャツを着た男性が爽やかに微笑んでいる。
「ああいうの着て、郊外までドライブ行って、大学でバドミントンしてたときみたいに……またふたりで。最近、ゴルフばっかなんでしょ?」
「はは……ごめん、先週は断りきれなかった」
「私より職場の上司と過ごす休日を大事にしてる、と。……ぷっ、ごめん、ごめん。つい面倒なこと言っちゃってるね。大きい会社って、付き合い大変そうね。今日も早あがりにしてもらうの大変だったんでしょ?」
「いや……職場の飲み会断っただけだからさ」
「めずらしいね。……あ、ひょっとして先週ふたりで会えなかった埋め合わせのため?」
「強制参加の流れではなかったから大丈夫。うちの会社、体質が熱血だろ。男らしく飲めだの食えだの……付き合いきれない時もある」
「恵太くん、ひょっとして最近疲れてる?」
ふいに蓉子さんが不安そうにして、青年の顔を覗き込んだ。
「おっと、かっこ悪いところ見せてごめん。このまえ休み損ねて疲れが溜まってたかな」
恵太さんが冗談めかすように笑う。
蓉子さん安堵するのを見届けると、彼の表情にふっと真剣な色が宿った。
「蓉子はさ、どういうひとをかっこいいと思ってる?」
「いきなになぁに? 言わせる気?」
「改めて聞いておきたくて」
「そうね……一言でいうと、王子様……なのかな。優しくて、それでいて逞しい男のひと」
その言葉を聞き届けてから、恵太さんは蓉子さんの肩をたたく。
それから腕時計を指さして、そっと耳打ちしていた。そのまま彼らは、扉の前に店頭スタッフが控える試着室へと向かっていく。
物陰から見守っていたが、良い雰囲気だ。
ふたりとも和やかで、楽しそうで、傍目からもキラキラしている。
手元にはイシガキガイの入った紙袋。僕もそろそろ帰らなければ。家族が待ってる。
僕にとっての家族は、自宅で待ってる妹と両親だ。正面からは伝えられないけれども、ずっと一緒に過ごしてきた大切な人達ではある。蓉子さんにとってはきっと、僕にとっての家族と同じくらい、恋人が大事なのだろう。
ふたりの幸せのために〈怪奇なるもの〉が力を貸すのなら。
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