いわくつきの骨董売ります。※あやかし憑きのため、取り扱いご注意!

穂波晴野

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第三章 天使とディーバの取引明細

36.願う覚悟

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 昨夜は思わず見直した。
 いかな椎堂さんであっても、善意と親切心を持ち合わせてはいたらしい。仕事で日夜忙しい佳代さんを助け、不慣れな土地でトラブルに直面した女性に手をさしのべ、みずから九遠堂に招くとは。

 籠絡も詐欺も何のそのと実行してみせる、悪行三昧の店主が善行を積むのは気分がいい。アルバイト先へと向かう足どりも自然とかろやかになる。

 九遠堂の入り口から店内を覗き込むと、今日は先客がいた。

 昨夜の彼女だ。

「カナタさん! もう大丈夫ですか?」

 駆け寄ると、カナタさんは屈託のない笑顔を浮かべて応じてくれた。耳もとのピアスがきらりと光る。こころなしか顔色もよく、昨夜とはうって変わって、化粧で隈取りされた瞳には確たる生気が宿っている。

「昨夜の……。このお店の方だったのね」
「申し遅れました、この店のアルバイトの伏見です。こちらへはおひとりで?」

「ええ、佳代さんは会社へ。太洲まで着いていこうかと申し出てくれたのですが……これでも、ストーカー対策に習った護身術の心得ならあるし……お断りしたら最後には納得してくれて」

 店にはひとりで訪れたらしい。
 昨夜は気がつかなかったが、ハスキーな声質と滑舌のよい喋り方が印象的だ。声に自信があるのだろう。ひょっとすると、音楽活動ではボーカル担当なのかもしれない。

 ダメージジーンズやスタッズのついたジャケットに、つい視線を奪われてしまいがちだが、反逆的なファッションを抜きにしても華のある女性だった。

「あの、はっきり言ってこの店と椎堂さんが役に立つかは僕は保証できません。それでも、伊奈羽市にいるあいだの安全くらいは保証してみせますから!」
「いえ、その、実は……このお店のことは知っていて。九遠堂の椎堂さん、ですよね」

 カナタさんはすがるような目で椎堂さんを追う。

「いかにも俺が椎堂だ」
「梁間さんから聞いたことがあるんです。相応の代価を払えば異形の力を貸してくれる店の噂。椎堂という店主の名前。……人でありながら人倫から外れた変わり者だって。そのときは伊奈羽市には変わった都市伝説があるんだ、と思った程度でしたけど……」

「そうと知ってここへ訪れたということは、覚悟は決まっているようだ。ならばよろしい、この俺が聞き届けよう。汝、俗世において類(たぐ)い稀(まれ)なる願いを欲する者よ。おまえはなにを望む?」

「あたし、会いたいんです。梁間さんにもう一度」

 願い事に迷いはない。
 約束があったとはいえ、京都から伊奈羽市まで一直線に飛んでくるようなひとだ。気持ちにブレはないと確かめたからこそ、九遠堂に訪れたのか。

「昨夜から梁間さんにメッセージを送っているのですが、返信がなくて。連絡がとれなくなりました。昨夜のことだって、正直後悔もしてます。待ち合わせの場所に黒服の人たちがいて、こわくなって助けを求めてしまったけど、あのままバンに乗っていてあの人に会えるのなら、あたしは信じるべきだった。……できなかったのは、弱さだな。だから、会って真意を確かめたい」

 真剣な表情でうったえかけられてしまえば、部外者があれこれ口出しするのも気が引ける。
 やはりこうなってしまうのか。
 あくまで純粋な人助けを期待していたのだが。

 椎堂さんを頼みの綱とすることは、怪奇なるものの手を借りて現実を歪めることと同義である。場合によっては、望みの薄い状況であっても結果を覆せてしまうのだ。

 ただし、あらゆる物事を見通す九遠堂の主人が、客人の願うとおりに現実を組み換えることはない。この男は誰の味方でもないのだろう。

 鬼がでるか、蛇がでるか。梁間氏なる存在の思惑が不鮮明である以上、現状では判断を下しがたい。

「では手始めにその梁間とやらについて子細を語ってもらおうか」
「それ、僕も気になってました。おふたりのなれそめといいますか」

 合いの手を入れると、カナタさんは気恥ずかしそうにはにかんだ。

「なれそめって……。伊奈羽市で会ったのも一度きりですし」
「どんなお方なんですか?」
「年若い男性、かな。ハンサムな顔立ちにおしゃれなたたずまいをしていて、雰囲気があったな。作曲家としても才能の豊かな方でしたし、正直、見惚れましたね。それでも……彼の曲をはじめて聴いたときほどの高揚はなかった」

 約二年前、カナタさんと梁間氏はSNSを通して出会ったそうだ。「栗林カナタ」の名義でインディーズ歌手として、ソロ活動をはじめたころからの知り合いだという。

 当初、ひとりで曲作りをしていたカナタさんのもとへ、一介のファンだった梁間から「協力者になりたい」との申し出があった。

「あの人のつくった曲をはじめて聴いたとき、一度でキラーチューンだ、と思いました。梁間さんは……本当にすごい。人の心をつかむ音楽をよく理解してる」

 送られてきた楽曲データは、素人のものとは思えないほどに精緻なつくりで、それは劇的なメロディラインだったという。なにより、梁間氏の音楽はカナタさんの感性に合致した。諸手を挙げて快諾するには十分なほどに。

 ただし、楽曲の使用には条件があった。
 梁間氏からは、彼が「栗林カナタ」に楽曲提供していることは内密にして欲しいとの要望があったのだ。条件を飲んでくれないことには協力できないとまで付してあった。

 カナタさんは説得を試みたが、梁間氏は頑固だった。これだけは絶対に譲れないとの一点ばり。
 カナタさんは大いに頭を悩ませた。

 ファンを騙すようで心苦しかったが、駆け出しの歌手が曲の魅力に抗うことなどできようもない。最後には梁間氏をゴーストライターとして迎える決断を下したのだ。

 以来、梁間氏との共作は、作詞作曲ともに「栗林カナタ」の名義で発表している。

「ゴーストライターを雇うことは、一般的によくあることなんですか? その、業界として」
「ありかなしかをさしおいても、聴衆を欺くのはペテンでしょ。有名な作曲家が難聴をわずらったことを隠したまま、ゴーストライターを起用していたことが、スキャンダルとして報じられた事件だってあります。あたしは、ずっと不誠実だと思ってたし……賞賛も感嘆も梁間さんが受けるべきものなのに」

「栗林カナタ」は梁間氏が作曲を担当するようになってから、急激に知名度を上げた。注意深く耳を傾けてきた聴衆の中には、音楽性の変化から裏事情を悟った者もいるのかもしれない。

 しかし、ファンの多くは栗林カナタの音楽のすべてを正面から受けとめていた。
 すでにたくさんの聴衆にとって彼女はスターだった。歌声も楽曲も、個人の才能の結晶であると皆が認めていたのだ。

「今回は改めて作曲家の公表について、直接話し合うためにこの街までやってきたんです」
「しかし相手は不在であり、待ち受けていたのは見覚えのない男たちだった」
「ええ……。男たちからは、自分たちは梁間の仕事仲間であり、彼のところまで案内すると誘われたんですけど……」

 バンに乗せられそうになったところでカナタさんは急に怖くなり、抵抗しようとすると逃げ場を阻まれた。そして、その場にいた僕らに助けを求めるに至った、と。

 僕は指先で顎を撫でながら、うんと唸る。

「狂言だった、という可能性はありませんか」
「騙されたのかもしれない、とは考えました。けど、たとえそうだとしても、やっぱり梁間さんと彼のつくる曲を諦めきれない。一方的に関係を解消されるのもお断りです。楽曲提供の契約から何からなにまで、あの人は謎かけがすぎる」

「カナタさん、好奇心が猫を殺すって聞いたことあります?」
「リスクは承知の上です。九遠堂の皆さんも協力してくれますよね?」

 ひとくくりにされてしまった。カナタさんの肝が据わった姿勢に椎堂さんは満足げだ。

「覚悟を問うまでもなかったようだな」
 カナタさんはおもむろに頷く。
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