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第三章 天使とディーバの取引明細
35.謎の女性はパンクファッション
しおりを挟むとり残された女性だけがやけに不安げだ。
「警察がここにくるの……?」
「いえ、呼んでません。僕も少々事情がありまして」
この場にいる椎堂さんと佳代さんが事情を知る証人とはいえ、まちがっても補導されたくはない。
「よかった……。あの、助けてくれてありがとうございます」
女性はほっと胸を撫で下ろす。見たところ、二十代前半ほどに見える。
赤く染められたセミロングの髪と、黒を基調としたパンクファッションが特徴的だ。身長は僕と変わらない。全体的にスマートな体型をしているが、肩口が広いほうだろう。露出した腕にはさりげなくタトゥーが描かれている。
女性は、身体を垂直に折り曲げるようにしてお辞儀をしてみせるが、彼女のぎこちない挙動からは緊張がみてとれた。
危機的状況を命からがら切り抜けたばかりなのだ、無理もないだろう。
「お怪我はありませんか? なにやら事情がおありのようですね。さしつかえなければ、教えてはいただけませんか。あなたのことを」
丁重にときほぐすようにしながら、佳代さんが質問をくりだす。
「それは……」
はじめのうちは女性は躊躇するように足踏みをしていたが、やがて意を決して正面を向いた。凜然とした声で名乗る。
「栗林伽奈と申します。今夜京都から梁間さんに……知り合いに会うために来ました」
「その、梁間さんとは?」
「作曲家の方です。一度だけ伊奈羽市でお会いしたことがあります。実はわたし、栗林カナタという芸名で音楽活動をしていて。あの人と知り合ったのはネット上ですが、本当によくしてくれる方で……。なのにどうして……」
「その梁間という方は、先ほどの集団のなかには居なかったのですね?」
「はい。ただ……あのひとたちは梁間さんの知り合いなのかも。梁間ヨウに会わせてやると言われて着いて行ったら、車に乗れと言われて……こわくなって……」
佳代さんは胸ポケットから、すかさず名刺を取り出した。
「経東通信社の者です。今回の件からは事件性も感じとれますし、落ち着いた場所で、詳しいお話をおうかがいさせてはいただけませんか?」
「やめてください! 梁間さんを疑うようなことできません!」
「では、宿泊先はお決まりですか?」
「ホテル……を予約していたんですけど、場所がわからなくなってしまって」
「それならうちへ来ませんか。狭いですが、セキュリティに関しては保証します。オートロックで住民の許可がなければ内部に立ち入れない、厳重なマンションの一室です。もちろん、不快であるようならばこの件に関しての追及も詮索もいたしません」
カナタさんは、こくりと頷いた。
肩を震わせながら「よろしくお願いします」の一言を絞り出す姿が痛々しい。
「そういうわけだから、この子、わたしが預かるわね。……明日有給つかうかなぁ」
「明日はこちらで預かろう」
椎堂さんの申し出に驚いたのは、僕だけではない。
佳代さんが訝しげに尋ねる。
「なに企んでるのよ?」
「純然たる善意だが。栗林とやら、落ち着いたら太洲の九遠堂を尋ねてこい。……求める解を探る手助けならばできるやもしれん」
夜半の駐車場で椎堂さんがかけた声は、思いのほかに優しい音がした。おそるおそる面差しを仰ぎ見ると、憮然と構えた無表情にもわずかながらの人情味が感じられる。
しかし、幽鬼のように冷徹冷淡な男との落差に、その場にいた誰もが凍りついたのは言うまでもない。
しばらくしてからカナタさんははっとして、目尻に涙を浮かべて告げた。
「ありがとう、ございます……」
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