白雪姫のままで

青山惟月

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シンデレラは眠らない

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 樋口舞ひぐちまいは、悩んでいた。学級委員である彼女は、不登校の問題児、眞田澪さなだみおの家に届け物をしなくてはならなかったからだ。
 真面目一辺倒の舞とは対照的で、澪は市内でも有名な不良と言われていた。
 舞も入学式で見掛けた以来、彼女の姿を見たことがなかった。しかし、進路調査のアンケートを届けるよう担任から頼まれてしまい渋々引き受けたのだった。

 午後六時過ぎ、澪の家の前についた舞はチャイムを鳴らす勇気を振り絞っていた。澪の家は、築四十年くらいは経過したような木造のアパートで、トタン張りの壁が古くささを一層強調していた。
 ようやくボタンを押す意を決したその時、後ろから声がした。
「なにやってんのさ」
「ひっ!?」
「ひって。そんな怖がらなくていいよ」
 振り替えると、金髪でジャージ着姿の澪が立っていた。舞が想像していたよりも、彼女からは怖そうな雰囲気は感じなかった。
「いいよ、上がって。学校関連の何か持ってきてくれたんでしょ」
「えと、進路アンケート渡しに来ただけなので」
「しんろー?進路ねぇ。うち、こんなんだから働くしかないだろうね」
「そ、そう……あ、じゃあ私はこれで」
「あ!まって。あんた樋口さんでしょ?」
「そうですけど」
「送るわ家まで」
「え……どうやって」
「ん?バイクで。ボロいけどね」
 澪はバイクの鍵を見せて自慢げににやっと笑った。
「それ違反じゃ……」
「ちゃんと免許持ってるってば。取得から一年経ってるし。ほらほらこっちきて」
 澪に呼ばれるがまま、思わず着いていってしまった舞。
 ヘルメットを渡され、アパートの裏に停められていたバイクに乗るように言われた。初めてのバイクにゆっくりと腰をおろす舞。澪が運転のため前に座った。
「ちゃんと腰に掴まっててよ。落ちたらいやだからね」
 そう言って彼女は舞の家までの短いツーリングを始めたのだった。
「うちの場所は……」
「あーいいよいいよ、分かってるから」
「?」
「忘れてるよなー。まあいいって」
 舞は生まれて初めてバイクに乗った。振り落とされないように、必死に澪の腰に掴まる。走り出すと、ぎゅっと腕に力が入って、緊張しているのが澪に伝わった。
 澪の家から舞の家まではさほど遠くなかった。十分程度のツーリングだったが、舞は体感時間で三十分くらいに感じていた。

「はい。着いたよ」
「あ、ありがとう」
 サッとバイクから降りた舞。
「ねえ、樋口さん」
「なんですか?」
「今度の土曜日、夜遊びしない?」
「よ、夜遊び!?」
「悪いようにはしないから」
「か、考えておきます……」
「もし良いなら、午後九時に玄関に立っていて。だめならいいから」
「わかりました」
「それじゃ!」
 バイクに股がり、澪はそのまま舞の家を後にした。

 「ただいま──」
 誰もいない家の中に向かって舞は挨拶をした。舞の両親は共働きで、ほとんど家に帰ってくることもない。幼い頃は勉強でトップをとると誉めてくれた。それが嬉しくて嬉しくて、彼女は努力し続けた。    
 しかし、高校の入学試験の日彼女は強烈な腹痛に見舞われた。後から病院に行ったところ、ストレス性胃腸炎と診断された。胃に穴が開く寸前だった。
 結局受験は失敗。二次募集の掛かっていた地元の高校へ進学した。
 その頃からだろうか、両親の舞への興味が拍車をかけて薄らいだ。
 誉めてくれる事もなければ、勝手に生きろとばかりに家にも帰ってこなくなった。毎月の生活費は銀行に振り込まれていてキャッシュカードで必要な分を降ろすだけだった。
「誰かとまともに話したの、いつ以来だろう」
 彼女は静かな部屋で一人呟いた。

 土曜日──

 舞はそんな境遇の抗心からか、澪を待つため家の玄関に立っていた。
 午後九時、約束の時間に澪はやって来た。先日のバイクに跨がって。
「ありがとう」
「ううん、こんな時間に出掛けたことないからちょっとドキドキする」
「変なところへは連れていかないから安心して。親御さんはいいっていったの?」 
「うん」
 舞は嘘をついた。冷静に思えばこうして自らの意思で親の期待や世間体に背くことは初めてだった。
「いこうか」
 また二人でバイクに乗って走り出す。先日と違い、舞は何故か安心していた。自分より少し背の高い澪が頼もしく思えた。二人を乗せたバイクは町外れの丘の公園へたどり着いた。
「ここ、昔来たことある」
「思い出した?小学生の時のペルセウス座流星群をここで見たこと」
「え?眞田さんてもしかして」
「そうだよ、十年前まで隣に住んでたじゃない」
「名字が変わってたから気がつかなかった……」

 澪は十年前まで、舞の家の隣に住んでいた。二人はよく遊んでいたが、父親の転勤で県外に引っ越したと舞は聞いていた。
 その後、中学生で両親は離婚し母親に引き取られたがアルコールに溺れた母親は帰ってきたり来なかったりを繰り返していた。親への嫌悪感か、悪い仲間とつるむようになったが高校への進学でグループからは抜けたという。
 しかし、生活のためにアルバイトをせねばならずまともに通学すらできていなかったのだった。
「バカだよね。こんなのなら学校なんて行かなくてもよかったよね」
「ごめん、私事情を知らなくて」
「ううん、いいの仕方ないよ」
「うち、昨日で学校辞めたんだ」
「え!?」
「祖父母の家が金沢にあって、小さな旅館をやってるんだけど。そこで住み込みで働かせてもらうことになったんだ」
「そう……」
「だから今日はお別れの挨拶ってやつ。後は、ここでもう一度流星群が見たかったんだよね」
「今年のペルセウス座流星群って、早朝じゃなかった……?」
「そう、だから今日は朝までの夜遊びなんだよ。眠らない夜を過ごすのだ」
 夜の空気は夏でも以外と冷たかった。上着を持ってきて正解だと舞は思った。午前零時を過ぎても帰らない二人。シンデレラならとうに魔法は解けている時間だが、二人の魔法はまだ解けない。空白の十年を埋めるように話をした。将来の夢、親のこと、不安だらけな毎日を、吐露する様に二人は言葉にした。
 うっすらと東の空にオレンジの光がさし始めた。その時だった。
「あ!今光った」
「こっちも!」
 四方に飛び散るように少しずつ星が流れていく。星が見えたのは僅かな時間だった。
「さて、帰りますか!」
 澪の掛け声と共に二人は公園を後にした。帰れば現実が待っている。また、誰もいない家に戻らなければいけない。
 しかし、二人の足取りは往路よりも軽かった。
「また!十年後」
 舞は澪を乗せたバイクが見えなくなるまで手を振っていた。
 
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