1 / 2
白雪姫のままで
しおりを挟む
春休みの教室、誰もいなくなったはずのその場所に桜子はいた。
彼女はこの学校の卒業生だ。五年前に卒業したが、恩師が定年退職となると聞き、卒業以来初めて挨拶に来たのだった。
窓辺に立ちながら、彼女はぼうっと昔のことを思い出していた。
中学生時代、桜子は有望な陸上部の短距離走選手だった。しかし、練習中に靭帯を損傷。手術をしたが、以前のようなタイムが出せなくなってしまった。そのまま地元の高校に入学した桜子は、新入生歓迎会である運命的なものと出会いをする。
それは、演劇との出会いだった。その学校の演劇部は県内でも有数の実力を持つ部活だった。短い劇ではあったが、桜子の心を掴むには充分だった。
彼女の心はこの時決まり、入部した。陸上部時代に作り上げた身体は意外にも役に立った。桜子はめきめき頭角を現し、三年時には副部長を任される程にまでなったのだった。
「桜子、みて、文化祭の新しい台本ができたの」
無邪気に駆け寄ってきたのは部長の雪。彼女は、地元の劇団にも参加している生粋の演者だった。白い肌が印象的で、クラスメートからは白雪姫とも呼ばれている人気者だった。
「どんな話なの?」
「白雪姫をベースに現代劇にアレンジしてみたの」
「白雪姫か……」
この時、桜子は次の公演の主役は雪なのだろうなと悟った。
ストーリーは、実の父親の愛情を巡って継母とうまく関係を築けず、虐待をされていた少女が、成長して学校で演劇と出会いのめり込んで行く。しかし、楽しそうな娘の様子が気にくわない母親にまた虐待をうけ、家を飛び出す。彼女は持ち前の努力で役者として大成してゆくが、活躍を妬んだ母親にもられた毒によって絶命してしまう。というものだった。
「かなり悲劇な内容なんだね、今回の台本」
「そうだね。白雪姫は王子さまのキスで目覚めるかもしれないけど、それは出来ないからね。悲劇にしてみたよ」
「それはそれで面白いかもね」
役の配分は?と聞きたかったが、どうせ確定だろうと思い止めた。
その日の配役ミーティングで、雪が順当に主役に決まった。桜子は母親役だった。
雪の演じる白雪姫は華があった。仕草、振る舞い、全てにおいて桜子にとっては格上といっていいものだった。完璧な演技に桜子は、母親役を忘れかけて見いってしまうほどだった。
十月三日──
文化祭最終日。午後一番に演劇部の公演が行われる。
「最高の舞台を届けましょう」
「はい!」
部長の雪の掛け声とともに、部員が返事をして円陣を組んだ。いよいよ幕が開ける。
「最後の舞台だから華々しく飾らないとね」
雪は桜子に小さな声で告げた。
「最後?卒業公演が残ってるじゃない」
「ふふ。いいのいいの気にしないで」
意味深な会話のあと、劇はすぐに始まった。
観客は生徒、父兄合わせて三百人ほどだった。年間通しての行事でもここまで大規模な公演はこれしかなかった。
雪と桜子の演技が観客を魅了する。白雪姫と呼ばれるほどの美しさを持つ雪と、継母を迫真の演技で演じる桜子。
観客たちは息を飲んで二人の演技に集中していく。
物語はどんどん進んでゆき、雪が毒をもられた飲み物を知らずに口につけるラストのシーンまでやって来た。
一口。口に含むと、悶え出すシーン。そして、決め台詞。
「私、死ぬの?」
練習以上のリアルな演技。と、演者達すら感じた時だった。
雪の口からたらっと血が流れる。
そんな演出あったっけ──
違和感が桜子の胸に走った。雪の演技は続くが様子がおかしい。
「虐待されて、演劇も取り上げられて、私には生きる価値がない。せめて、せめて一糸酬いてやる!」
「あなただけは許せない」
やはり台本にない、辻褄の合わない台詞をアドリブで入れた雪。おかしい、これは演技じゃない。
「幕を降ろして!いいからすぐに !」
桜子が舞台スタッフに大声で指示をだす。唐突に幕が締まる。
桜子は雪に駆け寄った。職員も異変を感じて駆け寄ってくる。明らかに顔色がおかしい。
「桜子、ごめんね……舞台壊しちゃったね」
「そんなことはいい!なんでこんなこと」
「ごめん……」
そのまま桜子は戻ってこなかった。グラスからは致死量の毒が検出された。
雪は日頃から母親に虐待を受けていたそうだ。顔は虐待が分かってしまうから避けられていたものの、身体には無数の傷があったという。虐待の原因は、父親との不仲によるストレスを雪に向けていたと言うことだった。雪はそんなことを一言も桜子に告げたことはなかった。
なぜちゃんと教えてくれなかったのか、当時桜子は悶々と悩んだ。結果たどり着いた結論は、雪は雪を演じていたのではないかというものだった。明るく、美しく、みんなの白雪姫である雪という人物を。
「やあ、桜子さん。元気にしていたかい?」
「先生、お久しぶりです」
「卒業以来だね」
「ええ。なかなか地元に帰るのも久しぶりで」
「いまや、売れっ子舞台女優さんだからなぁ」
「そんなことはないですよ」
「雪くんの事を考えていたのかい?」
「そうですね。忘れられませんから」
「彼女は、君は自分より才能があるといつも言っていたよ」
「雪が?」
「ああ、最初あの時の劇も君を主人公にといったんだがね。部長という立場もあるから自分を主人公予定に台本を書いてみろといったのは私だったんだ」
「そうだったのですか……」
もしかしたら、自分が主役を演じていたら雪は死ななかったかもしれない。ただそれはあくまでも可能性しにか過ぎない。二人とも僅かな間ができる。
「先生もお元気で」
桜子は教室から出ると、足早に校舎を後にした。演劇部の部室に立ち寄らなかったのは、今でも雪がそこで稽古をしているような気がしたからだった。
彼女はこの学校の卒業生だ。五年前に卒業したが、恩師が定年退職となると聞き、卒業以来初めて挨拶に来たのだった。
窓辺に立ちながら、彼女はぼうっと昔のことを思い出していた。
中学生時代、桜子は有望な陸上部の短距離走選手だった。しかし、練習中に靭帯を損傷。手術をしたが、以前のようなタイムが出せなくなってしまった。そのまま地元の高校に入学した桜子は、新入生歓迎会である運命的なものと出会いをする。
それは、演劇との出会いだった。その学校の演劇部は県内でも有数の実力を持つ部活だった。短い劇ではあったが、桜子の心を掴むには充分だった。
彼女の心はこの時決まり、入部した。陸上部時代に作り上げた身体は意外にも役に立った。桜子はめきめき頭角を現し、三年時には副部長を任される程にまでなったのだった。
「桜子、みて、文化祭の新しい台本ができたの」
無邪気に駆け寄ってきたのは部長の雪。彼女は、地元の劇団にも参加している生粋の演者だった。白い肌が印象的で、クラスメートからは白雪姫とも呼ばれている人気者だった。
「どんな話なの?」
「白雪姫をベースに現代劇にアレンジしてみたの」
「白雪姫か……」
この時、桜子は次の公演の主役は雪なのだろうなと悟った。
ストーリーは、実の父親の愛情を巡って継母とうまく関係を築けず、虐待をされていた少女が、成長して学校で演劇と出会いのめり込んで行く。しかし、楽しそうな娘の様子が気にくわない母親にまた虐待をうけ、家を飛び出す。彼女は持ち前の努力で役者として大成してゆくが、活躍を妬んだ母親にもられた毒によって絶命してしまう。というものだった。
「かなり悲劇な内容なんだね、今回の台本」
「そうだね。白雪姫は王子さまのキスで目覚めるかもしれないけど、それは出来ないからね。悲劇にしてみたよ」
「それはそれで面白いかもね」
役の配分は?と聞きたかったが、どうせ確定だろうと思い止めた。
その日の配役ミーティングで、雪が順当に主役に決まった。桜子は母親役だった。
雪の演じる白雪姫は華があった。仕草、振る舞い、全てにおいて桜子にとっては格上といっていいものだった。完璧な演技に桜子は、母親役を忘れかけて見いってしまうほどだった。
十月三日──
文化祭最終日。午後一番に演劇部の公演が行われる。
「最高の舞台を届けましょう」
「はい!」
部長の雪の掛け声とともに、部員が返事をして円陣を組んだ。いよいよ幕が開ける。
「最後の舞台だから華々しく飾らないとね」
雪は桜子に小さな声で告げた。
「最後?卒業公演が残ってるじゃない」
「ふふ。いいのいいの気にしないで」
意味深な会話のあと、劇はすぐに始まった。
観客は生徒、父兄合わせて三百人ほどだった。年間通しての行事でもここまで大規模な公演はこれしかなかった。
雪と桜子の演技が観客を魅了する。白雪姫と呼ばれるほどの美しさを持つ雪と、継母を迫真の演技で演じる桜子。
観客たちは息を飲んで二人の演技に集中していく。
物語はどんどん進んでゆき、雪が毒をもられた飲み物を知らずに口につけるラストのシーンまでやって来た。
一口。口に含むと、悶え出すシーン。そして、決め台詞。
「私、死ぬの?」
練習以上のリアルな演技。と、演者達すら感じた時だった。
雪の口からたらっと血が流れる。
そんな演出あったっけ──
違和感が桜子の胸に走った。雪の演技は続くが様子がおかしい。
「虐待されて、演劇も取り上げられて、私には生きる価値がない。せめて、せめて一糸酬いてやる!」
「あなただけは許せない」
やはり台本にない、辻褄の合わない台詞をアドリブで入れた雪。おかしい、これは演技じゃない。
「幕を降ろして!いいからすぐに !」
桜子が舞台スタッフに大声で指示をだす。唐突に幕が締まる。
桜子は雪に駆け寄った。職員も異変を感じて駆け寄ってくる。明らかに顔色がおかしい。
「桜子、ごめんね……舞台壊しちゃったね」
「そんなことはいい!なんでこんなこと」
「ごめん……」
そのまま桜子は戻ってこなかった。グラスからは致死量の毒が検出された。
雪は日頃から母親に虐待を受けていたそうだ。顔は虐待が分かってしまうから避けられていたものの、身体には無数の傷があったという。虐待の原因は、父親との不仲によるストレスを雪に向けていたと言うことだった。雪はそんなことを一言も桜子に告げたことはなかった。
なぜちゃんと教えてくれなかったのか、当時桜子は悶々と悩んだ。結果たどり着いた結論は、雪は雪を演じていたのではないかというものだった。明るく、美しく、みんなの白雪姫である雪という人物を。
「やあ、桜子さん。元気にしていたかい?」
「先生、お久しぶりです」
「卒業以来だね」
「ええ。なかなか地元に帰るのも久しぶりで」
「いまや、売れっ子舞台女優さんだからなぁ」
「そんなことはないですよ」
「雪くんの事を考えていたのかい?」
「そうですね。忘れられませんから」
「彼女は、君は自分より才能があるといつも言っていたよ」
「雪が?」
「ああ、最初あの時の劇も君を主人公にといったんだがね。部長という立場もあるから自分を主人公予定に台本を書いてみろといったのは私だったんだ」
「そうだったのですか……」
もしかしたら、自分が主役を演じていたら雪は死ななかったかもしれない。ただそれはあくまでも可能性しにか過ぎない。二人とも僅かな間ができる。
「先生もお元気で」
桜子は教室から出ると、足早に校舎を後にした。演劇部の部室に立ち寄らなかったのは、今でも雪がそこで稽古をしているような気がしたからだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
妹の仇 兄の復讐
MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い住宅街。夏の終わりが、夕焼けに溶けていく季節だった。
僕、寺内勇人は高校三年生。妹の茜は高校一年生。父と母との四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕と茜は、ブラコンやシスコンと騒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄妹だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしているが、家族の前ではよく笑う。特に、幼馴染で僕の交際相手でもある佑香が来ると、姉のように慕って明るくなる。
その平穏が、ほんの些細な噂によって、静かに、しかし深く切り裂かれようとは、その時はまだ知らなかった。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる