遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。

月湖

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3 むかしの事

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あれはもう7年も前。
まだ僕が初等部高学年生の頃の事だ。
お昼休みにあった委員会の集まりが少し長くなってしまい、このままでは午後の授業に遅れそうだと普段は絶対にしない中庭を抜けるというショートカットを試みた時だった。
前を見ていたつもりでも、遅刻の焦りできちんとは見えていなかったのだろう。
それに気付いた時には遅かった。

「あっ!」

足元にあった小さな花壇を仕切る煉瓦ブロックに躓いて、僕は盛大に転んでしまった。
幸いにして地面は石畳ではなく芝生だったため、手をついてもそれほど痛くはなかった。
初等部の制服であるハーフパンツから覗く膝小僧には小さな擦り傷もあるけど、血は出ていないからこっちも大丈夫。
それより。
この中庭は高等部の校舎にほど近く、周りを見ればちらほらと上級生がこちらを見ていた。
数人、僕を心配してなのかこちらに歩いてくる人も見える。

は、恥ずかしい!!

侯爵家の人間である自分がこんな場所でみっともなく地面に転がって何をしているのか。
急いで立とうとしたところで、足首に激痛が走った。

「い、いた・・っ!」

生まれて初めての激痛に立てた膝からカクンと力が抜けてしまい、僕はぺたんと地面に座り込んでしまった。
あまりの痛みに目に涙が滲んでくる。

「ううう・・・っ」

まだ腫れてはいないがジンジンと走る痛みを堪え魔法で水を出し、痛む右足首にぐるりと巻き付けると更にそれを凍らせた。
湿布など無いのだから今出来る処置はこれくらいしかない。

「回復とか治癒魔法とか、持ち歩けたらいいのに・・!」

なんて、特別な薬草から作る回復ポーションは作る手間が掛かる割に作っても最長5日しか効能が持たないから常備するには非効率だし、ガラスの瓶は持ち歩きには適していない。
こんなところでで無い物強請りをしててもしょうがない。家に帰ったらきちんとしよう。

「痛い、けど・・・」

次は算術の授業で、席順的に私が先生に当てられる事になっている。
行かなければ、周りの友達に迷惑が掛かってしまうだろう。

「ゆっくり、なら・・・っ」

痛い、けど。
ゆっくりなら、歩けるかな?

そうっと、出来るだけ右足に体重を乗せないようにして立ち上がり、勇気を出して足を出し―――たところで。

「う、わあああ!?」

突然脇の下に手を入れられ、自分の身体が宙に浮いた。

「え!?なにっ?いたっ!」

驚き、浮き上がった恐怖で足をバタつかせてしまい、痛めた足に疼痛が走る。

「ほらほら、暴れない暴れない。足が痛いんだろう?」

痛みに硬直する自分のすぐ後ろから、労わるような優しい声が聞こえて来た。
兄さまよりは少し高い、けれど男の人の声だ。

「ど、どなたですか・・・?」
「どなただろうねー?」

宙に浮いたまま後ろの人に問いかけると、その人はクスクスと笑いながら僕を引き寄せその腕に僕のお尻を乗せて赤ちゃんにするように縦抱っこにしてしまった。
その端正なお顔に満面の笑みを浮かべて僕を抱き上げている、おられるのは。

「!? クリス、ファード殿下!?」
「おや。こんなに小さいのに私を知っているのか」
「勿論です!」
「はは。元気だな」

大きな手がくしゃくしゃと僕の頭を撫で、あろう事か殿下はそのまま歩き出した。

「あ、あの、殿下、降ろしていただけませんか?重いでしょう?」

王族の方に抱っこされるなんて畏れ多過ぎるし、こんな事が父に知られたら叱られてしまう案件だ。
よりにもよって殿下にご迷惑を掛けてしまうなど。

「全然重くないから大丈夫だ。このまま医務室まで連れて行ってあげるからね」
「ええ!?あの、次の算術で当たる事になっていて・・・」
「算術より自分の事だろう」

出来たら授業に出たいと訴えたら、勉強は1日くらい休んでもすぐに取り戻せるけど、身体は1日放置したら一生後悔する事になるかもしれないんだぞと叱られてしまった。
それは、確かにそうだ。

「はい、申し訳ありませんでした・・・」
「分かればよろしい」
「はい。でもあの・・・」

医務室に連れて行って頂けるのはとても有難いんですけど、出来たらお付きの方とかに任せるとか・・・
スタスタと歩き続ける殿下の肩越し、そう思い後ろの方々を見たのだけれど。

「ブラウデン侯爵令息」
「は、はいっ」

突然殿下から声を掛けられてビクッと肩が上がる。
って、あれ?

「・・・殿下は、私の事をご存じでいらしたのですか?」

そうっと殿下を伺うと、殿下はエメラルドの瞳を面白そうに煌めかせて頷いた。

「主立った高位貴族の顔と名前は覚えるようにしているよ」
「そうですか・・・」
「君だって私の事を知っていただろう?」

殿下はそう言ったけれど、我々国民が王族方のお姿を知るのはそのご厚意によって毎年の年始に絵姿が出回るからであって、殿下が僕の事を存じておられるのとは全く違うと思うのですが・・・。

「さすがに全国民の事をというのは無理があるけれどね、最低限、近い人々の事くらいは知っておきたいだろう?」
「殿下・・・」

クリスファード・ルメース・オデュセイア第5王子殿下!
豪奢な黄金色の髪と最高級の輝きを放つエメラルドの瞳はどちらもオデュセイア王家の色。
クリスファード殿下は両方の色を併せ持つ今代王家ただ一人の方だ。

「ご尊敬申し上げます・・・」
「あはは。ありがとう。とりあえず今は余計な事は考えずに、自分の足を労わるように。私は目の前で怪我をした後輩を見て見ぬふりして通り過ぎる薄情者じゃないからね。おとなしく私に運ばれて?」
「はい。ありがとうございます」

そうして僕は殿下に抱っこされたまま初等部の医務室に運ばれたのだった。

何処からどう連絡がいったのか僕達が医務室に着く頃には既に普段は中等部の医務室にいる光魔法・回復魔法持ちの養護教諭が初等部の医務室に待ち構え、部屋に入った途端に足に回復魔法が掛けられて1時間後には痛みも擦り傷すらも跡形もなく消えたのだけれど、僕が転んだ瞬間を目の前で見てしまった殿下がやけに心配して念の為にというものだから、結局その日の午後の授業時間は医務室で過ごした。何故か殿下も一緒に。

その噂はその日のうちに初等部どころか中等部・高等部の全校に広まり、僕は帰宅と同時に父に「殿下の手を煩わせるなど何事か!」とこっ酷く叱られるのである。殿下と同じ高等部のクラスで学ぶ姉の告げ口によって。

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