あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第一章 ―― 黒薔薇の刻印

【005】お見合い

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 見合いの日の朝は、曇天だった。
 まるで鏡だ、桜子の心を映す。
 見合いが行われる料亭までは、馬車で移動する。付き添いの家族は父だが、冷酷な悪鬼を見たいと嗤った姉が着いてきた。父は姉には甘い。姉に似た母を、溺愛していたのと同じだ。それを見ていると、父に人の心が無いとは思わない。いいや、愛する母が自分のせいで自殺したから、父は私が嫌いなのだろうかと桜子はたびたび考える。

 馬車を降りて料亭に入ると、立会人の洲崎堂すざきどう子爵がやってきた。先方の付き添いの一条大佐と、見合いをする当人の四峰礼人大尉はすでに来ているのだという。

 歩き出した須崎堂男爵の後ろで、ちらりと父が桜子を振り返った。

「くれぐれもミスをするな」

 父もまたそう言うと歩き出す。姉は別室で待機し、盗み見るのだという。

 とぼとぼと父のあとに続いた桜子は、今日は一段と貧血が酷いと思った。こうして庭に面した一室に入ったとき、桜子はわずかにふらつきながら足元を見ていた。そうしなければ、足がもつれて倒れてしまいそうだったからだ。

「ほら、桜子。座りなさい」

 暫くすると父の優しい声がした。人前での父は、非常に善良だ。
 だが貧血で思考がぼんやりしているせいで、促されなければ、ずっと立っていたかもしれない。こればかりは、父の声がありがたかった。

 ゆっくりと座る。氷酷の鬼とはどんな人なんだろう。そう思って顔を上げ、桜子は驚いて目を丸くした。そこには、先日自分を助けてくれた青年軍人の姿があったからだ。

 偶然、だとは思わない。きっとあのときは、お見合いをする自分を見に来たのだろう。

 そのとき青年軍人――礼人と目が合う。緑色の形の良い瞳が、桜子の目を見ている。

 怖い評判は噂だけだと考える。助けてくれたときは優しいと思った。それとも本当は怖いのだろうか。ぼんやりとそう考えていると、横から父に袖を引かれる。

「せっかくお誘い頂いたんだ。庭を見ておいで」

 父の声で我に返った。父の声は優しかったが、目が笑っていなかった。自分がどれくらいの間、ぼんやりとしていたのかも分からない。たぶん、長い間ぼんやりとしていた気がする。早く行けと言わんばかりの父に、慌てて桜子は立ち上がる。すると礼人も立ち上がり、二人で庭に出ることになった。空は朝よりも、さらに黒い雲に覆われている。

「お世辞にも、お日柄がいいとは言えないな」

 空を見上げた礼人の言葉。

「あ、は……い」

 桜子は貧血でぼんやりするのと、緊張から上手く言葉が出てこないため、返事をするにも必死になった。以前こういう人が結婚相手だったらと思ったほどだから、そういう意味でも緊張していた。結婚したいわけではない、逃げていきたい、けれど結婚するのならば、優しい人が良い。

 そう考えていると礼人が嘆息した。そして池を見る。

「そこの池、錦鯉。それと、そばに色づく楓が見頃ですね」
「はぁ……」

 気を抜くと見惚れてしまう。自分から自由になる未来を奪っていく相手のはずなのに、嫌いになれない。

「あまり興味がなさそうですね」
「っ、あ……すみません」
「いいよ、別に。俺もないし」

 特に笑うでもなく、かと言って不機嫌そうでもなく礼人が言う。


 ──ガラガラと音がし、障子戸が開く音がしたのはその時だった。視線を向けた桜子は、姉が裸足で飛び出してきたのを見た。

「あなたが四峰伯爵様? すごく実力がある方だとお噂はかねがね」

 礼人は怪訝そうな顔をしている。紅子は赤い肉厚の唇の両端を持ち上げた。

「婚姻の件ですが、妹ではなく私ではいかがかしら? 私の方が綺麗ですし。それに妹は呪われ──」
「何を話している?」

 そこへ騒ぎに気づいた父が出てきて声を挟んだ。
 姉が父を見て目を輝かせて笑う。

「お父様。私が代わりに花嫁になりたいの」
「ふむ。それは魅力的な案だ。四峰大尉、それでもよろしいのですか?」

 桜子は、姉の願いは絶対だと知っていたので、お見合い相手はこの後から姉になるのだろうと思った。ちらりと礼人を見る。するとそこには不機嫌そうな顔があった。

「何一つよくはありませんが? 俺は桜子さんと見合いをしています」

 紅子が信じられないという顔をする。

「なっ」

 それからすぐに紅子が狼狽えたような声を出した。
 その時、その場に冷気が溢れかえったような感覚がした。それだけ、紅子を睨めつける礼人の眼差しが冷ややかだったせいだろう。身震いしながら、父は必死で息をついている。

「……紅子、下がっていなさい」

 さすがの父も逆らえなかった様子だ。それを見て、涙ぐみながら姉が立ち去る。ちょうどその時雨が降り始めたので中へと戻ることとし、その後会食が始まった。いよいよ貧血が酷くなってきたので、ぼんやりしてしまい、桜子はほとんど話を聞いていなかった。



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