あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第一章 ―― 黒薔薇の刻印

【017】助ける権利

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 礼人の声を聞いて、きつく桜子は目を閉じた。

 やはり、露見した。聖母なんかじゃない、あの黒い聖母の末裔なのだと。聖なる力なんかじゃない、禍々しい力の持ち主なのだと。桜子は目をさらにぎゅっと閉じる。長い睫が震えている。違うと叫びたかったわけではないけれど、諦観していはしたけれど、こうなってしまえば、ただ一言伝えられたなら良かったと思った。あなたを、愛してしまったのだと。もう叶わないだろう。敵にそんなことを言われたならば、それはただの枷だ。礼人は明らかに、父と兄を敵視している。きっとそれは、“アリア”が理由だ。

「桜子さん」

 礼人が桜子に向き直った。虚ろな眼差しを、礼人へと向ける。

「桜子さんは、体の何処かに、黒い薔薇のような痣がある?」
「……っ、あります」

 ある。呪いが。確かに。礼人には、正直に話すべきだと思った。

「血を抜いているのはきみの意思?」
「……違います」

 桜子がもうろうとした意識で答えると、静かに礼人が頷いた。
 そして、軍服に帯剣していた軍刀を抜いた。

「俺には、きみを助ける権利はある?」
「え?」
「俺はきみを助けたい。桜子さん、助けてもいい? 助けるという言葉が、正確なのを祈る」

 それを聞いた瞬間、ぐっと息を呑み、桜子は唇を震わせた。
 気付いたら、両方の目から、涙が滲んでいく。

「――助かりたいです。助かりたい。助けて」

 誰かにこんな風に縋った記憶は、桜子には無い。気付けばボロボロと泣きながら、体を震わせていた。

「助けて……」
「うん。俺が必ず助けるよ」

 そう言うと礼人が軍刀を構えて軍靴で床を蹴った。兄が鉈を構える。そして兄もまた口に吸血珠を放り込んだ。そのため、礼人が切り裂いた腹部は、すぐに塞がる。銃声がしたのはその時で、紋付き袴姿だった父が、不愉快そうに発砲していた。礼人は間一髪避ける。そうしながらポケットから取りだした白いヒトガタの紙を、礼人は投げた。それが宙に消える。

「お願い殺さないで……」

 思わず桜子は言った。それが父のことなのか兄のことなのか、勿論礼人のことなのか、それは桜子にも分からなかった。混乱していた。するとチラリと桜子を一瞥した礼人が、はぁっと息を吐き、ポケットから長い念珠を二つ取りだした。

 そしてじりじりとつめよってきた桜子の父と兄の首に、放り投げるようにする。それはまるで意思を持ったように動き、二人の首に掛かった。

「ぐあぁああ」

 父が獣のような声を上げて床に突っ伏す。その時にはすでに兄は気絶していた。

「――首を落としてもよかったんだけどね。きみの願いだから、そうはしない」

 礼人はそう言うと、軍刀の血を払って収めてから、桜子へと歩み寄ってきた。そして痛ましい体躯を見てから、苦しそうに顔を歪めると、まずは頭上の手の拘束を外した。

「すぐに医療班の者がくる。俺よりも熟練の、その者達に針は抜いてもらった方がいい。もう少し我慢して」

 痛ましそうに桜子を見て、抱きとめた彼女の涙を、指で拭う。

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